アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

ジャンキー

2006-05-29 17:54:23 | 
『ジャンキー』 ウィリアム・バロウズ   ☆☆☆☆★

 バロウズの処女作。カットアップやフォールドインといった前衛的な手法はまだ使われていない、オーソドックスなスタイルの小説である。内容もほとんど自伝らしい。そういう意味ではバロウズらしいエグさは控えめだが、確実にバロウズの傑作のひとつである。自伝的といってもバロウズ独特のいびつな世界観はすでに感じられ、明らかに現実が異化されている。はっきりいって面白い。

 麻薬を始めたきっかけから始まり、色んなジャンキー達の話、介抱泥棒をやった話、売人をやった話、治療施設に入った話、ニューオーリンズでの話、メキシコでの話、という具合に、淡々と話は進む。エンタメ小説のようにプロットが起承転結する小説ではない。色んなエピソードを淡々と適当に並べただけという得意のスタイルであり、そういう意味では二作目の『裸のランチ』と同じだ。バロウズには後の『シティーズ・オブ・ザ・レッド・ナイト』のように(一応)冒険小説的なプロットを持つ小説もあるが、適当にエピソードを羅列した小説の方が面白いのはなぜだろうか。普通は逆だと思うのだが。ちなみにバロウズで私が好きなのは初期の『ジャンキー』『裸のランチ』と、超短篇集の『トルネイド・アレイ』、そして『内なるネコ』、『ゴースト』など最晩年の作品である。

 本書は「回復不能麻薬常用者の告白」なんていう仰々しい副題がついているので、ひどく陰惨な告白小説じゃないかと思うかも知れないが、読んでみると全然そうじゃない。バロウズの文体は簡潔、明瞭、淡白で、ものすごくクールである。あとがきの言葉を借りれば「透徹非情」なのである。自伝的な小説なので「私」=ビル・リーが主人公だが、この主人公はほぼ単なるレポーターであって、感情というものがないんじゃないかと思うほどである。麻薬を始めたり中毒になったり逮捕されたり死にかけたり、普通に考えればえらいことになっているにもかかわらず、ほとんどその心の動揺、苦悩みたいなものは描かれない。そこがまず異様である。

 それから文体のスピード感が良い。スピード感というか、話をバサバサ省略していく感じがあって、このテキトーな感じが妙に心地よい。このテンポの良さは主人公の無感情さとあいまって時々ドタバタ・コメディ的なムードを醸し出すこともあり、私は声を出して笑ってしまった部分もある。

 それからやっぱり独特なシュールレアリスティックな感覚が素晴らしい。基本的にはリアルな小説なのだが、麻薬切れになったジャンキーが顔が小さくなるとか、顔の造作がぼんやりしてくるとか、他人の目に見えなくなってしまうとか、そういう文章がさりげなく出てくる。カフカ的といってもいい。この感覚がもっと徹底されると、ジャンキーが昆虫になったりする『裸のランチ』が出来上がるのが良く分かる。それにいつも思うのだが、バロウズが「警官」「密告者」「取締官」などと書くと、それがまるで別のクリーチャーを意味する言葉のように思える。これもすごい。

 面白いエピソードはたくさんあるが、例えば売人をやっていた時の色んな客の話などは特に面白かった。人を密告者だと言いふらす密告者らしき男。いつももうすぐ金が入ると言ってツケで麻薬を買おうとして、手紙や電報を見せる男。麻薬を打っては死にそうになる男。

 こういう淡々とした小説は終わりが難しいが、この小説の結末は見事だ。ヤーヘとかいう究極のドラッグを探しに行くところで終わるのである。このヤーヘというのは精神感応力を増進させるという、またまたバロウズ特有の妄想的なドラッグだ。こうして更なる彷徨をほのめかせたところでこの小説はぷっつり終わってしまう。

 バロウズ作品中最も「普通の小説」である本書だが、その実態はやはりバロウズとしかいいようがない。読みやすいので、『裸のランチ』で挫折した人にもお薦めである。


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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ジャンキー (ぽぉ~)
2006-05-30 19:03:58
いつも読ませていただいています。

バロウズはほとんど読んだのですが、「ジャンキー」や「おかま」はなぜか未読。

これで読みたさ全開になりました!



以前ディックをレビューされていましたがSFはあまり読まれないのですか?
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SF (ego_dance)
2006-05-31 13:02:17
ぼぉ~さん、こんにちは。拙文を読んでいただいて大変光栄です。バロウズをほとんど読んだというのも凄いですね。私もわりと読みましたが、『ソフトマシーン』とかあのあたりはやっぱり駄目でした。昔、ペヨトル工房から出ていた本を持っていたのですが。



『ジャンキー』はお薦めです。『おかま』は昔読んだのですが、『ジャンキー』と比べるともっと沈痛で感傷的な感じだったような。よく覚えてないです。



純然たるSFは最近あんまり読んでいないですね。SF的な幻想小説は読むんですが。なぜだろう。アシモフとかクラークは読んでたんですが、ディックにとにかくハマってしまって、そこからシュルレアリスムに行ってしまったせいかも知れません。サイバーパンクはあんまり好きじゃなかったし……テクノロジーにそれほど興味がないせいでしょうか。やはり、自分の中ではディックが最高のSFです。



あと、ちょっと前は逆に昔のSFが新鮮でした。『未来のイヴ』とかヴェルヌの『タイム・マシン』とか。ぼぉ~さんはSF詳しいんですか? これはすごい! というSFがあったら教えて下さい。
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バロウズ・ディック・SF (ぽぉ~)
2006-05-31 23:37:09
お返事ありがとうございます!

バロウズは「裸のランチ」から入っていったんですが、80年代三部作のころになると読みやすいんだけど「裸のランチ」を超えてないなあと思ってましたが、そこから遡のぼって60年代三部作を読むと、「ソフトマシーン」なんかだと章ごとに短編風に読めるんですが「爆発した切符」なんかは前半はストーリーらしきものが見えるものの、中盤以降はカットアップの嵐でもう、ざっと読み流した感じでしたね。



SFはディックから入ってどんどん読んでいったんですが、ディックが元々SFのパロディ的な作風のせいか他のSFがえらくまっとうなものに思えました。

最近は古典回帰というか翻訳されなかった昔の名作がどんどん出てます。

むしろそっちのほうが面白そうで最新のSFは読んでないです。

そんな中でお薦めというとジーン・ウルフなんかいいと思います。懲りに懲った中短編集 「デス博士の島その他の物語」はSFとゆうより良質の幻想文学という読み心地でした。

他に、これはすごい!と思ったのはスティーヴ・エリクソンのSF的な幻想小説「黒い時計の旅」「ルビコンビーチ」がもうすごかったあ~。勢いでエリクソンが影響を受けたというフォークナーまで読んでしまいました。
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SF的な幻想小説 (ego_dance)
2006-06-01 12:39:00
バロウズといえばやっぱりカットアップですが、あれが出てくると読み流すしかないですよね。短篇なんかでちょっとアクセント的に入っているぐらいだと面白いんですが。



「黒い時計の旅」と「ルビコン・ビーチ」は私も読みました。確かにすごかったです。非常に混沌としていて、わけわからないパワーに満ちていました。この人は想像力がありあまってる感じで、いつも時空を歪めてしまうんですよね。あと、この人の本のタイトルはいつもかっこいいと思います。



ジーン・ウルフは読んだことありませんが、時々ネットで名前を見かけて気になっていました。複雑な仕掛けの小説を書く人のような印象があります。今度ぜひ読んでみます。



バロウズ、ディック、エリクソン、と来ると、トマス・ピンチョンなんかもそういう系列じゃないでしょうか。「競売ナンバー49の叫び」なんてかなり変な小説でした。

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ピンチョン (ぽぉ~)
2006-06-01 23:18:33
ピンチョン!大好物ですよ!でもこうやって好きなもの挙げてたらきりないですね。

「メイソンとディクソン」翻訳中らしいですが、速く読みたいです。

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ピンチョン (ego_dance)
2006-06-03 12:38:23
そうですね、確かにきりないですね。しばらく読んでいないのでピンチョンも再読したいです。まずはジーン・ウルフ、トライしてみます。
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