アブソリュート・エゴ・レビュー

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ワインの匂い

2008-04-16 19:40:21 | 音楽
『ワインの匂い』 オフコース   ☆☆☆☆★

 オフコース三枚目のスタジオアルバム。ライヴ『秋ゆく街で』を入れると四枚目ということになるが、二人オフコース時代の最高傑作の誉れ高い名盤だ。ジャケットに小田和正、鈴木康博の二人が写っているが、若い! 特に小田和正は細身、長髪、色白で、その声と同じようにどことなく中性的な雰囲気を漂わせている。

 それまでの二枚、『僕の贈りもの』と『この道をゆけば』は色々と試行錯誤しながら模索中という、初々しくてアマチュアっぽいところがあったが、この『ワインの匂い』で一気に完成度を上げてくる。オフコース・スタイルが完全に確立されたことを感じさせ、特に小田の楽曲の充実ぶりは驚異的だ。小田楽曲を書き出してみると、『雨の降る日に』『眠れぬ夜』『倖せなんて』『ワインの匂い』『少年のように』『愛の唄』『老人のつぶやき』となるが、一曲たりとも捨て曲はないどころか、キー曲となっている『眠れぬ夜』『ワインの匂い』『愛の唄』『老人のつぶやき』はどれも堂々たる名曲で、この四曲が同じアルバムに収録されているということが信じられない。しかも四曲ともタイプが違う曲でありながら、小田和正以外の何物でもない個性を感じさせる。

 オフコースは当時フォーク・グループと言われていたわけだが、こうして聴くとそのサウンドはむしろアメリカのソフト・ロックを志向していたことが分かる。美声を武器とし、多重録音によって分厚くコーラスを作りこんでいくマニアックさ、潔癖さも、カーペンターズとかミレニアムとかのソフト・ロックのアーティストに通じる資質である。そしてかぐや姫やグレープや拓郎といった、当時の売れっ子フォーク・グループと比べるときれいさっぱり日本情緒がなく、メッセージ性もなく、リアルな風俗描写もない。四畳半とか赤ちょうちんとか神田川とかそういうのは一切出てこず、ただ抽象的で透明な歌詞があるばかりだ。「泣き濡れてただ一人/寂しい黄昏には/恋人よ振り向けば/優しい思い出をあげよう♪」
 こうした日本情緒の欠如、メッセージ性の欠如、喋りの下手さ、そして何より(当時の日本の若者にとっての)リアリズムの欠如が、オフコースが当時売れなかった理由だと思うが、逆にいうとオフコースは当時から洋楽志向、そして音楽至上主義的だったわけで、時代が彼らに追いついてくると他のフォーク連中が失速して行く中悠然とブレークし、そのまま第一線を走り続けることになる。

 さっきカーペンターズと書いたが、『愛の唄』なんて明らかにカーペンターズを意識した曲で、静かなピアノの伴奏から一気にぶわーっとコーラスがかぶさってくるサビの展開はまさに『Yesterday Once More』。なんという名曲然とした名曲だろうか。しかもコーラスがまた凝りまくっていて、一番のサビはハモリのみ、二番は「ハー」という複雑な動きのバックコーラスが入り、最後は更に低音部のコーラスが加わるという、どんどん厚くなっていく構成になっている。

 この当時のオフコースのコーラスの美しさがまた悶絶もので、ロック寄りになった五人時代よりはるかにバラエティ豊かなコーラス・ワークを披露してくれる。たった二人で全部やってるわけだが、小田和正という、普通なら女性がいないと出せない音域まで楽々とカバーしてしまうシンガーがいるせいで、男性デュオの限界に縛られない幅広いコーラスが可能になっている。とにかくどの曲もコーラスが凝っていて、『眠れぬ夜』や『少年のように』では分厚い華麗なコーラスを、『ワインの匂い』や『雨の降る日に』では控えめながらツボを抑えたコーラスを聴かせてくれる。しかしオフコースの超絶コーラス・アレンジを堪能できるのは何と言っても『愛の唄』である。

 しかしまあ、この当時の小田和正の声というのはなんというか、男か女か分からない実に不思議な声で、アンジェリックという形容がここまでふさわしい日本人男性シンガーは他にいないだろう。『少年のように』の歌い出しなんて聴くと、「なんだこの声は」とビビってしまう。今とは歌い方も違い、最近は結構シャウトもするがこの頃は力が抜けていて、高い声も楽々と出している。『ワインの匂い』なんてあんなにキーが高いのにウィスパリング・ヴォイスだし、アップテンポの『眠れぬ夜』はミキシング段階でピッチ上げてるんじゃないかといいたくなるくらい、人工的な不思議な声に聞こえる。まさに声が楽器と化している。

 小田のことばかり書いてしまったが、このアルバムでは鈴木もなかなかいい曲を書いている。美メロの『昨日への手紙』とアコースティック・ギターが渋い『雨よ激しく』が特にいい。他の曲もそれぞれ凝ったアレンジで聴かせるが、小田の曲と比べると見劣りしてしまうのはしょうがない。それから完全に洋楽志向の小田に比べ、鈴木の『あれから君は』みたいな曲では日本のフォークっぽい雰囲気も感じられる。しかし小田だけだと甘く繊細になり過ぎるところを、鈴木の持ち味が中和して全体のバランスが取れているのは間違いない。もちろん、声の相性もいい。二人オフコースの絶妙なコンビネーションが堪能できる名盤である。
 


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