駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

G氏の世界

2014年10月03日 | 診療

                

 G氏はまだ74才だが、既に認知症で殆ど寝たきりである。通院困難になり、往診しないT医院からケアマネージャーを通じ往診依頼があり、半年ほど前から往診をしている。発病前の様子をよく知らないのだが、早期退職をされており元々変わった性格だったらしい。奥さんは世話はされるが、なんというか見放されている様子で、お尋ねしても「こんな人だった」と言う程度ではっきりした病前のことは分からない。

 所謂、「こんにちわ」などという挨拶はきちんと出来るが、食事が取れているか、調子がどうかといった質問には「はい」とか「いい」といった簡単な返事しかされない。

 ところが先日往診すると顔を見るなり大声で「まじめにやっているのに退院させてくれない」と突如切実に訴えられた。ちょっとびっくりしてつい「「ここはお家ですよ」と否定的な答えをしてしまった。どうもたしなめるような答えがまずかったようで、口を積むんでしまわれ、いつもの簡単な返事しか反ってこなくなった。

 「もう四十年も住んでいるのにね」と奥さんは取り合わない様子だ。本当は話の接ぎ穂が続くように会話をした方がよいとされているのだが、ほつれ髪でほとほと疲れた表情の奥さんに時々来て五六分しか居ないのに、あれこれ注意する気になれず、そのままお暇した。G氏は毎日天井を眺め、奥さんの介助で少量の全粥を食べ一体何を感じ何を考えているのだろう。何か閉じ込められたような捕らえられたような感じを持っておられるらしいのは分かる。表情は乏しく眼を見開いて私を見詰められるが、親しみや馴染みの表情はなく、ちょっと失礼だがロボットに認められているような感じがする。もう十回ほどお会いするのだが、いつかにっこり笑ってくれることがあるだろうか。

コメント
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