ALQUIT DAYS

The Great End of Life is not Knowledge but Action.

避けられないお酒の場

2006年03月05日 | ノンジャンル
長い1週間が終わった。前半は技術研修のために来日した、韓国の
人達のお世話、後半は商談のために同じく来日した韓国の方、
シカゴの方との出張、会議と、息つく間が無かった。

月曜日の始発の新幹線に乗ってスタートした1週間だったが、
連日の接待と、殆ど寝る暇の無い毎日に、金曜日にはグロッキー
状態であった。

寝る暇が無いというのはつらい。疲れが蓄積されていくのが良く解る。
ましてや、時間に追われる中、安定剤など飲む事も出来ない。
寝汗をかいたり、訳の解らない夢を見たりして、眠れぬ夜が続いた。

一通りスケジュールをこなして、金曜日になってみると、ぐったり
だった。
会社に戻ったものの、残業する余力も無く、帰って白いご飯を
腹一杯食べて、薬を飲んだ後、お風呂にも入らず、ぐっすり眠った。
久し振りに夢を見る事も無く、寝汗で起きる事も無い、「安らかな」?
眠りであった。

連日の接待で午前様となる事も、もう慣れた感はあったが、
初日は辛かった。
研修先のメーカーの計らいで、夕食が用意されていたが、
お抱えの施設で、「親睦会」と銘打って、席が設けられていた。
父親の田舎でもそうだが、都会のように娯楽に溢れているわけでも
ない地方では、お酒の場というのは欠かせない。寄り合い、集まり、
会合などという場は、必ずといっていいほどお酒の場と化する。
この親睦会と銘打った夕食会が、まさにそれだった。

お酒によって、お互いの親交を深め、建前を払って、本音の
お付き合いをするという大前提の中では、「飲まない」という事は、
ある意味、「罪」であるのだ。

まして、相手は、そういった意味では、「昔気質」の人達ばかりだ。
席に案内された時に、すぐ、「やばいなこれは」と、少々大袈裟だが、
戦慄が走った。
飲みたい気持ちはさらさら無い。だが、飲まないことが、せっかくの
もてなしを無にしてしまうような雰囲気満点である。

「じゃあ、とりあえず、最初はビールで乾杯という事で。」
饗応役の声が掛かる。このままではやばい。思わず「仕事の為なん
だから」 という言い訳が頭を掠める。だが、ここで一口でも口を
つけたら、その後の仕事がどうなってしまうかわからない。

意を決して、皆さんの前で宣言した。「すみません、不調法なもので、
お酒は、一滴も駄目なんですよ、私は。。。。」 案の定、
何ともいえない気まずい空気が流れる。

「。。。。じゃあ、余計、飲ませてみようかな」饗応役のちょっとした
嫌味があった後、ウーロン茶が出された。「どうもすみません。。。」
お酒を飲まない事で、何を恐縮して、あやまっているのか、自分が
情けなくなってきた。しかし、それも自分が蒔いた種である事を
充分承知しているだけに、どこへも、持って行きようが無い。

これは、断酒してから今までで、一番辛い事であった。

自分のバカさ加減を思い知らされた。人より遥かにお酒に強く、
毎晩尋常ではない量を飲んでいた自分が、今はお酒を飲めない事で
恐縮して、その事を謝罪?している。こんな滑稽で、馬鹿げた話を
聞いた事が無い。

ただ、辛いながらも、これから先、同じような場が数多くある事を
考えると、一つの試練かとも思えた。
宴たけなわともなると、一方では韓国式の乾杯が繰り返され、
他方では飲まない私に、いろいろな話を聞いてもらいたいと
いうような場となり、調子を合わせながら、聞き役に徹した。

お酒の席で仕事の話は抜きと言いながら、結局は誰もが自分の話を
聞いてもらいたいという事は変わらない。ホワイトカラーから、
現場の職人気質の方まで、本音を次々と飲まない私にぶつけてくる。
どこかで、酔っているものに話しても、自分がそうであるように、
ろくに聞いてくれていないという事も解っているのだろう。
私は相槌を打ちながら、ひたすら聞き役に回った。

研修も初日だというのに、あり得ない事だが、場所を変えて、
二次会という事になった。
だが、場所が変わるなら、こちらとしては好都合だ。カラオケも無い、
女の子もいない、食事とお酒と、当事者同士のみという場は、
非常に辛い。
場所を変えてからは、いつもの慣れたパターンだ。歌と、おしゃべりと、
合間の話と、これまで経験したやり過ごし方で、充分対処できる。
なんとか、楽しい雰囲気の内に、その危険な夜を無事に終えた。

初日だというのに、5日間分ぐらい疲れた。

木曜日の夜は、最後の接待の時だったが、連日の気遣いで疲れも
ピークに達していた。
自分も気が抜けるところといったら、父親の店しかないと思い、
そこへ連れて行った。
料理は多種多様なものを注文して、典型的な和食をいろいろと試して
もらったが、どれも口に合うようで、”Very Good!”を連発しながら、
全て平らげた。やれやれと思っていると、シカゴのお客さんに、
カラオケを経験させてやりたいと韓国の方が言い出し、結局、
自分としては、食事だけで済ませようと思っていたのだが、
ラウンジに行く事となった。

ここでも、地元の友人が経営しているところに連れて行き、
比較的楽な感じで過ごせた。
空港近くのホテルへ車で送り、別れて家まで戻ると、無性に腹が減った。
米をあまり食べていなかった事に気付いて、腹一杯お茶漬けを食べたく
なったのだ。お茶碗に1杯ほどしか残っていなかったが、それでも、
うまかった。
金曜日の昼と夜は、白いご飯をめい一杯食べた。幸せな気分だった。

一晩ぐっすり眠って、土曜日の診察へと、遅めに出かけた。先生に話をし、
「よくそんな場所で、飲まずに凌いだなあ」という言葉を頂き、ああ、
何とか、先生をがっかりさせずに済んだなと、ほっとした。
看護士さんもいつもの様に明るい。私がスリップしたとなったら、
どんな顔になるか、大体察しがつく。やっぱり、あれで良かったんだと、
安堵したのである。

こんな1週間を過ごした後の通院は、特に感慨深い。診察と処置が、
これほどほっとさせてくれたのは、この医院を訪れた当初以来では
無いだろうか?
やはり、いろいろな意味で、通院は大切なのだ。

仕事や、いたしかたの無いお酒の場というものは、これからも必ず
出てくるであろうし、その折毎に、前もって決意を確認しておく事が
必要だ。
そして、出来るなら、そういう場は避けた方が良い。わざわざ、
辛い思いをする為に、あえてそういう場へ出る事は無いのである。
気分転換は、「飲まない」ことを理解してくれている馴染みの店で
充分である。

しかし、ようやく落ち着いて振り返ると、心身ともにきつい
1週間であった。
今日もゆっくり眠る事にする。おやすみなさい。