三日坊主日記

本を読んだり、映画を見たり、宗教を考えたり、死刑や厳罰化を危惧したり。

辻邦生『ある生涯の七つの場所』

2012年12月01日 | 

ずっと以前、辻邦生『霧の聖マリ』(1975年刊)から3冊ぐらいを読んだ『ある生涯の七つの場所』は連作短編集(?)で、プロローグとエピローグを合わせて100の短編、全8巻。
ふと思い出しで全冊を読みました。

1巻目の『霧の聖マリ』のあとがきによると、1920年代から戦後までの40年間の話になる予定で、一人の主人公の幼年から老年までがタテのストーリー、7色で幼年期から少年期、青年期、壮年期、老年期が語られます。
ヨコのストーリーもあって、「黄色の場所からの挿話Ⅰ」「赤色の場所からの挿話Ⅱ」というように、Ⅰ群の挿話シリーズ、Ⅱ群の挿話シリーズというように別の主人公14人の物語もある、という構成です。

もっとも、実際にはそのようになっておらず、それぞれの群の挿話シリーズに共通する人物がいるわけではありません。
とはいえ、最初は関係のなさそうなエピソードが、読み進むにつれて見知った名前や思いがけない名前が出てきて、こういうつながりがあるのかという発見が楽しい。

しかし、名前が同じでも、同一人物かどうか、関係があるかどうかが不明な場合が少なくないんですね。
ゲオルグが同一人物で、弓子(3人いる)は別人だとはっきりわかるからいいけど、ミッシェルやアロンソなどは別人かどうか判別しがたいし、瀬木という姓の人物が4人出てきて、どういう関係かは書かれていない。
英二(従兄)の姉の婚約者はアメリカで苦学していた「高村」で、良子(英二の姉)の夫「高村富士雄」は陸軍大尉。
ウィリーに小説を書くように勧めたのが高校教師のウィリー・カーペンター。
わざわざ同じ名前にしたのは深い考えがあってのことなのか、うっかりなのか。

8巻目『神々の愛でし海』(1988年刊)には、プロローグが別刷りで付けられていて、次のことがわかります。
1931年(昭和6年)父がアメリカに行く
1936年(昭和11年)2月 父のヨーロッパ行き
1936年(昭和11年)7月 革命記念日のデモ
1939年(昭和14年)9月1日 私に長男誕生

ところが計算が合わない。
父が渡米した昭和6年に「私」は13歳(中学受験前だから小学校6年)。
となると、長男が生まれた昭和14年には21歳ということになる。
しかし、中学が4年、高等学校が3年、そして大学は1年留年し、出版社に勤めてから大学の講師になっているわけで、21歳ということはあり得ない。

それと、一人の主人公なんだから、日本に住む「私」とフランスにいる「私」は同一人物かと思ってたら違ってました。
では、フランスにいる「私」は何者かというと、1939年に生まれた息子なんですね。
恋人のエマニュエルがアメリカから4年ぶりにパリに戻った時、「私」は新聞でカミュ(1960年死亡)の論説を読んでいる。
エマニュエルも「もちろん第二次大戦の直前に生まれた」とありますから、年はほぼ一緒。
ということは二人とも20歳ぐらいなわけですが、「私」はエマニュエルがアメリカに行く直後から大学で教えてる。

『神々の愛でし海』のあとがきで辻邦生は「ただ一つお詫びしなければならないのは、この短編連作の第一巻『霧の聖マリ』の「あとがき」で、この短編連作全体がある一人の主人公の生涯であると書いていることです」と断っています。
当初は同一人物として書いていたが、「私」の父や息子の話にスペイン内戦(1936年~1939年)をからませようとして、無理が生じたのかもしれません。
「ぼく」(「私」の孫)がスペインに行った時が、スペイン内戦50周年。
あるいは、昭和49年から15年間かけて書き続けたので、最初の予定とは違ってきたのかもしれません。

もっとも、一番最後の小説「桜の国へ そして桜の国から」(エピソードの前)に、「私は幼少時はほとんど祖母と一緒に暮した。こうした生活は、私の高校二年の年に祖母が死ぬまで続いた」とあるのに、その数ページ後には「祖母が亡くなったのが、私がフランスにいってからあとだった」と書かれていて、いくらなんでもいい加減じゃないかと思いました。
こちらもお詫びしてほしいものです。

辻邦生は細かいことにこだわらない性格なのかもしれないですが。

私 ドイツ文学者
私(父)農業政策の調査でアメリカへ
私(息子)エマニュエルの恋人、宮部音吉の研究者
ぼく(孫)1965年生まれ

黄の場所 私(息子)とエマニュエル前編(スペイン内戦から20年後)
赤の場所 私の小学校から中学校まで
緑の場所 私(息子)が宮部音吉の足跡を調べる
橙の場所 私の高等学校時代
青の場所 1~11は私(父)のアメリカとパリの見聞、12~14は日本にいる私
藍の場所 スペイン内戦とゲオルグ
菫の場所 私(息子)とエマニュエル後編(4年後)

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