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天才ネオリベ殺人鬼

2017-03-28 20:50:59 | 読書
深爪@重版御礼「深爪式」絶賛発売中 @fukazume_taro 3月14日
「コンビニはエロ本を売らずにおむつを売れ」という主張、単に「コンビニでおむつを売って欲しい」と言えばすむことなのにエロ本に対するヘイトを加えたもんだから反感買いまくりなんだけど、何かを腐して己の主張を通そうとするのは愚策にもほどがあるんだなと改めて思った。


「エロ本を売るな」というのはヘイトなのでしょうか。食品や日用品と同じように、エロ本が陳列され、24時間いつでも買えるようになっている。あるいは、若い美人のグラビアが載ってますよと謳う、電車内の中吊り広告。未成年者もいるAKBが水着で並んだ姿。

満員電車で職場や学校へ向かい、ときに痴漢の脅威も受ける女たちにとって、それは絶望的な視界である筈だ。逆にホストクラブのホストや、ジャニーズの芸能人が集団で写る街頭広告は、男たちにとって脅威であるとまではいえないが、もし彼らが半裸の水着姿であるとか、もっとセックスアピールをしていれば、男たちの心にモヤモヤとした不安や苛立ちをかきたてるに違いない。

男と女の対立。男社会の優位は確立されており、女は商品のように扱われがちで、廻り廻ってその運命は男でも立場の弱い男には容赦なく襲いかかる。『闇金ウシジマくん』は一貫してこのテーマを扱う。「フーゾクくん」の杏奈は言う。「会社は正社員は幹部だけで、あとは臨時の契約社員でイイんだよ。契約社員なんて、スキルの付かない雑用やらされて、30歳くらいでクビ切られたらどーすんの? 収入のあるダンナと結婚? どこにいるのだ」。瑞樹も言う。「わたしが女で風俗嬢だからって下に見てるんだろうけど、お前はどんだけ稼ぎがあんじゃい!! (風俗嬢は、性病のリスク、下手すると殺される危険もあり、殺されても、フツーの人が殺されるより罪が軽いというウワサが)」。2人の先輩を見ながらモコも「まともな男なんて、この世にいるのか?…」と。




松永太とは、一体どういう人物なのだろうか。

それを知る上で参考になるものが、松永の供述調書に残っている。「人生のポリシー」について、松永が述べている部分だ。

「私はこれまでに起こったことは全て、他人のせいにしてきました。私自身は手を下さないのです。なぜなら、決断をすると責任を取らされます。仮に計画がうまくいっても、成功というのは長続きするものではありません。私の人生のポリシーに、『自分が責任を取らされる』というのはないのです。(中略)私は提案と助言だけをして、旨味を食い尽してきました。責任を問われる事態になっても私は決断をしていないので責任を取らされないですし、もし取らされそうになったらトンズラすれば良いのです。常に展開に応じて起承転結を考えていました。『人を使うことで責任をとらなくて良い』ので、一石二鳥なんです」

♞ ♞ ♞

供述から本性が見られないのであれば、法廷での松永の表情や態度からはどうだろうかと思い、目を凝らした。しかし、それも雲をつかむようなことだった。彼は変幻自在に表情や態度を豹変させる。人好きのする柔和な表情を浮かべて礼儀正しく答弁しているかと思えば、急にふてぶてしい態度になって「お説教してるんですか!」「無礼ですよ!」などと検察官や(緒方)純子の弁護人を非難したり、急にしおらしい態度になって「裁判長様、ぜひご理解ください」などと哀願したりする。まるでカメレオンである。しかしどれも松永の本性とは言えまい。彼の前妻は私に、こう語った。「恐ろしいときの松永は、蛇のような目つきになるんです」…。そのような冷酷さの片鱗を、作られた姿ではなく、松永の本質の部分を、私は見たかった。 —(豊田正義 『消された一家 北九州・連続監禁殺人事件』 新潮文庫・原著2005年)





『消された一家』を昨秋に読み、震撼とさせられたが、当ブログで記事化することができずにいた。今こそ書きたい。マンションの一室に父娘を監禁し、多額の金を奪うと同時に、電気ショックや睡眠・排泄の制限などで虐待し、男性を衰弱死させた。その後、7人家族を同じ部屋に監禁し、やはり電気ショックなどで奴隷化。果ては、幼い子を含む家族同士を殺し合わせた。洗脳して君臨することで、自らは手を汚さず、「忖度」させて殺し合わせ、死体の処理までさせるよう仕向けた、天才的なシリアルキラー・松永太。

ウシジマくんの最も凄惨なエピソード「洗脳くん」のモデルでもある。私は2002年にこの松永が逮捕され顔写真が公開されたとき、タレントの中山秀征に似ているなと思った。愛嬌があって、一般的にイイ人そうと思われているが、裏では後輩に土下座説教する二面性がある。保守的で、女にはマメな、目立ちたがり。そこへいくと、洗脳くんの神堂は、もっと宗教寄りで、モダンホラーめいた冷酷さの恐怖だ。

導入で、女性誌編集の仕事を持つ女の主人公は、アパレル店員の彼氏がイケメンだが頼りにならず、頼りになる強い男を求めている。スピリチュアル志向も。頼りになる男と結婚できたら、という希望が、恐ろしい男・神堂のつけ入る隙になってしまうあたり、一貫したテーマが生きていて好ましいのだが、しかし「洗脳くん」は、現実を予見したかのようなエピソードもみられるウシジマくんとしては貧弱で、つまらない。事実は漫画よりも奇なりだ。『消された一家』は読みごたえがある。

ネオリベラリズム=新自由主義は、官から民へ、規制緩和、市場原理に委ねる、などを骨子とする政治経済のイデオロギーだが、かねて私は、「自由に伴う責任を回避する」ことこそネオリベの肝で、回避するためには政党・宗教・官僚制・金融・マスコミ・インターネットなどの媒体を必要とすると考えてきた。

松永太が手を汚さず、家族同士、疑いを持たせ、マインドコントロールして殺し合わせる。森友問題で、安倍夫人付けのノンキャリ女性官僚をはじめ、財務省や大阪府などの官僚たちが勝手に忖度して便宜を図ったことにしたい安倍政権。安倍や橋下が「なんとなく・いい人そう・頼りになる」で支持されているのとも重なる。ウシジマくん内の男女対立は、稀に女の悪が上回るが、もっぱら男が悪い。松永以降に明るみに出た計画的な連続殺人では角田美代子・上田美由紀・木嶋佳苗と女の犯行が目立つが、これらが男が経済を支配する既得権のもたらした結果であるかは別途論考したい—



消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫)
豊田 正義
新潮社

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