最高裁Web/平成29年11月29日 最高裁判所大法廷 判決 棄却 大阪高等裁判所
★ 最高裁判例
事件番号 平成28(あ)1731 児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の
保護等に関する法律違反,強制わいせつ,犯罪による収益の移転防止に関する法律違反被告事件
平成29年11月29日 最高裁判所大法廷 判決 結果 棄却
原審裁判所名 大阪高等裁判所 事件番号 平成28(う)493 平成28年10月27日
判示事項 強制わいせつ罪の成立と行為者の性的意図の要否
★ 全文
平成28年(あ)第1731号 児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処
罰並びに児童の保護等に関する法律違反,強制わいせつ,犯罪による収益の移転防
止に関する法律違反被告事件 平成29年11月29日 大法廷判決
主 文 本件上告を棄却する。 当審における未決勾留日数中280日を本刑に算入する。
理 由
1 弁護人松木俊明,同園田寿の各上告趣意,同奥村徹の上告趣意のうち最高裁
昭和43年(あ)第95号同45年1月29日第一小法廷判決・刑集24巻1号1
頁(以下「昭和45年判例」という。)を引用して判例違反,法令違反をいう点に
ついて
(1) 第1審判決判示第1の1の犯罪事実の要旨は,「被告人は,被害者が13
歳未満の女子であることを知りながら,被害者に対し,被告人の陰茎を触らせ,口
にくわえさせ,被害者の陰部を触るなどのわいせつな行為をした。」というもので
ある。
原判決は,自己の性欲を刺激興奮させ,満足させる意図はなく,金銭目的であっ
たという被告人の弁解が排斥できず,被告人に性的意図があったと認定するには合
理的な疑いが残るとした第1審判決の事実認定を是認した上で,客観的に被害者の
性的自由を侵害する行為がなされ,行為者がその旨認識していれば,強制わいせつ
罪が成立し,行為者の性的意図の有無は同罪の成立に影響を及ぼすものではないと
して,昭和45年判例を現時点において維持するのは相当でないと説示し,上記第
1の1の犯罪事実を認定した第1審判決を是認した。
(2) 所論は,原判決が,平成29年法律第72号による改正前の刑法176条
(以下単に「刑法176条」という。)の解釈適用を誤り,強制わいせつ罪が成立
するためには,その行為が犯人の性欲を刺激興奮させ又は満足させるという性的意
図のもとに行われることを要するとした昭和45年判例と相反する判断をしたと主
張するので,この点について,検討する。
(3) 昭和45年判例は,被害者の裸体写真を撮って仕返しをしようとの考え
で,脅迫により畏怖している被害者を裸体にさせて写真撮影をしたとの事実につ
き,平成7年法律第91号による改正前の刑法176条前段の強制わいせつ罪に当
たるとした第1審判決を是認した原判決に対する上告事件において,「刑法176
条前段のいわゆる強制わいせつ罪が成立するためには,その行為が犯人の性欲を刺
戟興奮させまたは満足させるという性的意図のもとに行なわれることを要し,婦女
を脅迫し裸にして撮影する行為であっても,これが専らその婦女に報復し,また
は,これを侮辱し,虐待する目的に出たときは,強要罪その他の罪を構成するのは
格別,強制わいせつの罪は成立しないものというべきである」と判示し,「性欲を
刺戟興奮させ,または満足させる等の性的意図がなくても強制わいせつ罪が成立す
るとした第1審判決および原判決は,ともに刑法176条の解釈適用を誤ったもの
である」として,原判決を破棄したものである。
(4) しかしながら,昭和45年判例の示した上記解釈は維持し難いというべき
である。
ア 現行刑法が制定されてから現在に至るまで,法文上強制わいせつ罪の成立要
件として性的意図といった故意以外の行為者の主観的事情を求める趣旨の文言が規
定されたことはなく,強制わいせつ罪について,行為者自身の性欲を刺激興奮させ
たか否かは何ら同罪の成立に影響を及ぼすものではないとの有力な見解も従前から
主張されていた。これに対し,昭和45年判例は,強制わいせつ罪の成立に性的意
図を要するとし,性的意図がない場合には,強要罪等の成立があり得る旨判示して
いるところ,性的意図の有無によって,強制わいせつ罪(当時の法定刑は6月以上
7年以下の懲役)が成立するか,法定刑の軽い強要罪(法定刑は3年以下の懲役)
等が成立するにとどまるかの結論を異にすべき理由を明らかにしていない。また,
同判例は,強制わいせつ罪の加重類型と解される強姦罪の成立には故意以外の行為
者の主観的事情を要しないと一貫して解されてきたこととの整合性に関する説明も
特段付していない。
元来,性的な被害に係る犯罪規定あるいはその解釈には,社会の受け止め方を踏
まえなければ,処罰対象を適切に決することができないという特質があると考えら
れる。諸外国においても,昭和45年(1970年)以降,性的な被害に係る犯罪
規定の改正が各国の実情に応じて行われており,我が国の昭和45年当時の学説に
影響を与えていたと指摘されることがあるドイツにおいても,累次の法改正によ
り,既に構成要件の基本部分が改められるなどしている。こうした立法の動きは,
性的な被害に係る犯罪規定がその時代の各国における性的な被害の実態とそれに対
する社会の意識の変化に対応していることを示すものといえる。
これらのことからすると,昭和45年判例は,その当時の社会の受け止め方など
を考慮しつつ,強制わいせつ罪の処罰範囲を画するものとして,同罪の成立要件と
して,行為の性質及び内容にかかわらず,犯人の性欲を刺激興奮させ又は満足させ
るという性的意図のもとに行われることを一律に求めたものと理解できるが,その
解釈を確として揺るぎないものとみることはできない。
イ そして,「刑法等の一部を改正する法律」(平成16年法律第156号)
は,性的な被害に係る犯罪に対する国民の規範意識に合致させるため,強制わいせ
つ罪の法定刑を6月以上7年以下の懲役から6月以上10年以下の懲役に引き上
げ,強姦罪の法定刑を2年以上の有期懲役から3年以上の有期懲役に引き上げるな
どし,「刑法の一部を改正する法律」(平成29年法律第72号)は,性的な被害
に係る犯罪の実情等に鑑み,事案の実態に即した対処を可能とするため,それまで
強制わいせつ罪による処罰対象とされてきた行為の一部を強姦罪とされてきた行為
と併せ,男女いずれもが,その行為の客体あるいは主体となり得るとされる強制性
交等罪を新設するとともに,その法定刑を5年以上の有期懲役に引き上げたほか,
監護者わいせつ罪及び監護者性交等罪を新設するなどしている。これらの法改正
が,性的な被害に係る犯罪やその被害の実態に対する社会の一般的な受け止め方の
変化を反映したものであることは明らかである。
ウ 以上を踏まえると,今日では,強制わいせつ罪の成立要件の解釈をするに当
たっては,被害者の受けた性的な被害の有無やその内容,程度にこそ目を向けるべ
きであって,行為者の性的意図を同罪の成立要件とする昭和45年判例の解釈は,
その正当性を支える実質的な根拠を見いだすことが一層難しくなっているといわざ
るを得ず,もはや維持し難い。
(5) もっとも,刑法176条にいうわいせつな行為と評価されるべき行為の中
には,強姦罪に連なる行為のように,行為そのものが持つ性的性質が明確で,当該
行為が行われた際の具体的状況等如何にかかわらず当然に性的な意味があると認め
られるため,直ちにわいせつな行為と評価できる行為がある一方,行為そのものが
持つ性的性質が不明確で,当該行為が行われた際の具体的状況等をも考慮に入れな
ければ当該行為に性的な意味があるかどうかが評価し難いような行為もある。その
上,同条の法定刑の重さに照らすと,性的な意味を帯びているとみられる行為の全
てが同条にいうわいせつな行為として処罰に値すると評価すべきものではない。そ
して,いかなる行為に性的な意味があり,同条による処罰に値する行為とみるべき
かは,規範的評価として,その時代の性的な被害に係る犯罪に対する社会の一般的
な受け止め方を考慮しつつ客観的に判断されるべき事柄であると考えられる。
そうすると,刑法176条にいうわいせつな行為に当たるか否かの判断を行うた
めには,行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で,事案
によっては,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し,
社会通念に照らし,その行為に性的な意味があるといえるか否かや,その性的な意
味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断せざるを得ないこ
とになる。したがって,そのような個別具体的な事情の一つとして,行為者の目的
等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があり得ることは否定し難い。し
かし,そのような場合があるとしても,故意以外の行為者の性的意図を一律に強制
わいせつ罪の成立要件とすることは相当でなく,昭和45年判例の解釈は変更され
るべきである。
(6) そこで,本件についてみると,第1審判決判示第1の1の行為は,当該行
為そのものが持つ性的性質が明確な行為であるから,その他の事情を考慮するまで
もなく,性的な意味の強い行為として,客観的にわいせつな行為であることが明ら
かであり,強制わいせつ罪の成立を認めた第1審判決を是認した原判決の結論は相
当である。
以上によれば,刑訴法410条2項により,昭和45年判例を当裁判所の上記見
解に反する限度で変更し,原判決を維持するのを相当と認めるから,同判例違反を
いう所論は,原判決破棄の理由にならない。なお,このように原判決を維持するこ
とは憲法31条等に違反するものではない。
2 弁護人奥村徹の上告趣意のうち,その余の判例違反をいう点は,事案を異に
する判例を引用するものであって本件に適切でないか,引用の判例が所論のような
趣旨を示したものではないから前提を欠くものであり,その余は,単なる法令違
反,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
よって,刑訴法414条,396条,刑法21条により,裁判官全員一致の意見
で,主文のとおり判決する。
検察官平光信隆,同中原亮一 公判出席
(裁判長裁判官 寺田逸郎 裁判官 岡部喜代子 裁判官 小貫芳信 裁判官
鬼丸かおる 裁判官 木内道祥 裁判官 山本庸幸 裁判官 山崎敏充 裁判官
池上政幸 裁判官 大谷直人 裁判官 小池 裕 裁判官 木澤克之 裁判官
菅野博之 裁判官 山口 厚 裁判官 戸倉三郎 裁判官 林 景一)
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