津々堂のたわごと日録

爺様のたわごとは果たして世の中で通用するのか?

■「木下延俊慶長日記」と細川家(2)

2024-08-15 06:27:07 | ご挨拶
 道中を前後しながら帰国の途に就いた延俊と細川内記は、途中の宿も同じ宿場に取り、親しく交流している。
 廿日以降延俊は京都に留まることになる。
 細川内記(忠利)と稲葉彦六はそれぞれの封地へ帰国したものと思われる。

慶長18年2       

 ・ニ月一日ーー昼彦六殿(稲葉典通)御同道成され、内記殿へお越し成され候。
 ・二月四日ーー(帰国の為)四つ過ぎ江戸ヲ御立ち成され候
        昼の御やすみかな河(神奈川)、晩の御とまり藤澤ニて候、細内記さま、稲彦六さまさきニ御着き成され候、
        日暮れかたニ内記さま御宿へ御越しに成られ候

 ・二月五日ーー晩ノ御とまりゆもと(湯本)にて候、内記さまも同書ニ御とまり成され候、殿様(延俊)は内記さまへ御出
        に成られ・・・
 ・二月六日ーー湯本ニ御とまり成され候也(大雨?ー中略)細内記殿も御出成され候、
 ・二月七日ーーとの様ハ吉原ト申し候所ニ細内記様御座候、それニて昼ノ御やすミ成され候。
 ・二月八日ーー今朝ハ細内記殿へ御振舞ニ御越し候(中略)(清水逗留)晩がたニ細内記殿御さそひ成され候て寺参り成さ
        れ候、それより殿様御やどへ御立より成され候て、久々に御咄し御振舞をだす

 ・二月九日ーー細内記様へ御越しに成られ候て・・・
 ・二月拾日ーー今日は天気能く御座候、細内記殿の御内膳州の処へきょうかを御よミ遣はされ候
 ・二月十一日ー内記さま、彦六さま、清水より御越し候(中略)内記さま、彦六さま御同道候て藤堂和泉守殿へ御越しに成
        され、能御座候由申候

 ・二月十二日ー(駿府)内記殿、稲彦六殿御城へノ御礼一度ニ御申候て御礼相済み申すとすぐニ駿河を御立ち成され候
 ・二月十三日ー晩の御とまりかけ河にて候、内記さまもかけ河ニ御座候て、内記殿御宿へ御より成され候て・・・
 ・二月十四日ーあらいノ御宿へ内記殿御出なされ、御咄し成され候也
 ・二月十六日ー宮(熱田)泊、今晩ハ細内記殿ニて御食参り候
 ・二月十七日ー(須また)泊、晩細内記殿御立ちで成され御咄候
 ・二月十八日ーゑつ河(愛智川)ニ細内記殿御座候、それへ御より成され候、
 ・二月廿日ーー草津発、せたニて細内記殿の御宿へ御座候、(京都着)二条ニ御座候也、細内記殿御見廻

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