蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

きみが見つける物語(スクール編)

2009年01月11日 | 本の感想
きみが見つける物語(スクール編)(角川文庫編集部編)

「十代のための新名作」と銘打たれた角川文庫のアンソロジーシリーズ。
あさのあつこ、恩田陸、加納朋子、北村薫、豊島ミホ、はやみねかおる、村上春樹という豪華布陣で、ルビもふってあるので、本を読まない十代になった息子に読ませようと買ってきた。

北村さんの「空飛ぶ馬」以外は未読だったので、息子に渡す前で読んでみた。

豊島ミホさんの「タンポポのわたげみたいだね」、村上春樹さんの「沈黙」が特によく、恩田陸さんの「大きな引き出し」もよかった。

「タンポポのわたげみたいだね」は、主人公の女子高生には、通学電車でいつも隣あって座っていた親友の女の子がいたが、その女の子が登校拒否気味になり、学校に来ても保健室に直行、みたいな形になっていて、主人公は長い間電車の席をわざわざ確保するなど、親友を昔の姿に戻そうとしてきたが、あまりの効果のなさにその友達を見限って、つきあおうと、声をかけてきた男子に電車の隣席をゆずるが・・・といった話。
話の重要なキーとなる要素が終盤まで伏せられていて、それが明かされると物語全体のイメージががらりと変わるというミステリ的味付けがとても有効で、ありふれたティーンズものと一線を画している。

「沈黙」は、ボクシングの練習を続けてきた主人公の独白形式で綴られる。主人公を毛嫌いしている中学時代の同級生を、主人公は殴ってしまう。この同級生は長らく復讐の機会を狙い続けていて、高校時代に主人公はそのワナに陥ってしまったが・・・という話。
ワナに落ちた主人公は、学校で村八分状態になる。その辛さが上手に表現されている。されに絶望のフチから主人公が立ち直るプロセスも納得感がある。ハードボイルド風の主人公の独白はとてもかっこいい。

確かに十代に読んでもらいたい短編が並んでおり、この本の紹介により同じ著者のさらに他の作品へ誘導したいという編者の意図も見事に成功している。(私は豊島さんの作品を初めて読んだのだが、他の作品も読みたくなったし、今までどうも面白いと思えなかった恩田さんの「常野物語」シリーズも読みたくなった)
しかし、私の息子は、最初に掲載されている「タンポポのわたげみたいだね」を何とか読み終わったものの、「全然面白くない」と本を放り出してしまったが・・・
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名文を書かない文章講座

2009年01月05日 | 本の感想
名文を書かない文章講座(村田喜代子 朝日文庫)

村田喜代子さんというと、文学賞総なめで(実は作品を読んだことがないのだが、タイトルだけから推測すると)虚構性の強い難解そうな作品を書く人、という印象があった。

ところが文庫のオビには「文章を書くのはむずかしい?いいえ、まず話すように書きなさい」とある。私の先入観とは正反対のキャッチコピーだったので興味を引かれて呼んで見た。

本書を読むと、発想とか文章術は正統派という感じで、小難しさとか気取りみたいなものは感じられず、私の先入観は確かに誤っていたように思った。

また、確かに「話すように書きなさい」という内容もあるにはあるのだが、そのあとすぐに推敲の大切さが説かれ、例文(本書はカルチャーセンターの講義をもとにしたもので、生徒のものと思われる例文がいくつか引かれている)に対してちょっと厳しく小うるさい国語教師のような辛辣なコメントがついていて、「話すように書いたら、村田先生に怒られそう」なんて思ってしまった。
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ルポ貧困大国アメリカ

2009年01月04日 | 本の感想
ルポ貧困大国アメリカ(堤未果 岩波新書)

4つの観点からアメリカの貧困層の実態を描く。
①貧しさゆえに安くて高カロリーのジャンクフードに依存して肥満人口が増加している。②天災時の危機管理担当官庁(FEMA)の業務の一部が民営化されてハリケーンの被害が拡大した。③医療制度の不備により一回の罹患・入院でライフプランが崩壊している。④貧困層を狙い撃ちした兵隊のリクルーティングに学費ローンの返済に苦しむ多くの若者がひっかかっている。

このうち、④の観点に半分近くの分量がさかれていて、本のタイトルと内容にはズレがあるように感じた。

高校生の32%がクレジットカードを保有している、という記述(出所がはっきりしないが。(直前のビジネスウィークの統計か?))には驚いた。
ただ、別にアメリカ人が特別に借金好きなわけではないと思う。
貯蓄が尽きた層の消費を拡大するには借金させるしかないわけで、どの国よりもコマーシャリズムが発展したアメリカにおいては、借金をさせる誘因(簡単に借金ができる、とか、各種の巧みな宣伝など)が強固なだけだと思う。
そういう意味では貯蓄性向が下がり続けている我が国も借金漬け国家への道を着実に歩みつつある。

冒頭14ページにアメリカの長期的な貧困率のグラフが掲載されている。ここ30年ほどは10%前後で横ばいである。
このグラフからはアメリカが年々「貧困大国化」しているとはいえそうにない。全体の人口は(移民の増加等により)増加しているので貧困層の絶対数は増えているが、着のみ着のままで流入してくる移民が絶えずいることを考えれば、客観的、総体的には、アメリカの「貧困コントロール」は案外うまくいっているようにも思える。

もちろん著者が取材したように、様々な自由化・民営化政策により追い込まれ、貧しさに苦しんでいる人がいるのは事実だろう。しかし、全国民(しかも不法移民もふくめ)がもれなく裕福に暮らしていくことが不可能であることはコミュニズムの実験により証明されている。民主主義、資本主義は最悪の政治・社会制度かもしれないが、これまでに試されたどの制度よりはましな成果を生んできたと考えるべきだろう。
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チャイルド44

2009年01月02日 | 本の感想
チャイルド44(トム・ロブ・スミス 新潮文庫)

実話をヒントにしたミステリ。1950年代のソ連各地で子供の連続殺人事件が起きる。
ソ連では、理想の社会が建設されているという前提のもと、凶悪犯罪は存在しないというタテマエがあった。従って殺人らしい事件があっても、事故や病気とみなしてしまうことが多かったという。ましてや子供を狙った連続殺人なんて、“ありえない”事態であった。

独ソ戦のヒーローで、KGBの前身組織・国家保安局のエリートである主人公は、同僚のジェラシーをかってそのワナにはまって地方警察に追放される。そこで“ありえない”事件が起きているのを察知し、身の危険を顧みず、犯人をさがす。

著者略歴を見ると、ドラマの脚本などを書いた経験がある人のようで、けっこう込み入った筋で、暗鬱なソ連社会を背景にしながら、50ページに1回くらい小さな山場を作って読者を飽きさせない。また、上巻冒頭のすさまじい飢餓状況の描写は一気に読者をひきつける効果があったと思う。

そういったテクニカルなうまさ(ただ、終盤はご都合主義的な展開になるのがちょっと残念)を除いても、隣人や友人の密告を常に恐れなければならず、ちょっとした油断が人生の終焉を意味してしまった閉塞社会の描写が恐ろしくリアルで、読み応え満点。各種ランキングの上位を占めるのも十分理由があることだと思う。
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陋巷に在り1(儒の巻)

2009年01月01日 | 本の感想
陋巷に在り1(儒の巻) (酒見賢一 新潮文庫)

(「泣き虫弱虫諸葛孔明」の感想でも書きましたが)酒見さんのデビュー作「後宮小説」は面白い作品で、いまだに強く印象に残っています。

その後発表された「聖母の部隊」「墨攻」も面白かったので、続く「陋巷に在り」は、諸星大二郎さんの装画(当然、「孔子暗黒伝」を連想させる)、大長編になるらしいという予感、などから、ハードカバー発売時(平成4年)とても期待して読んだのですが、正直、読み終わるのが一苦労だったほど面白くなくて、2巻以降は読みませんでした。

15年ぶりくらいに文庫版を読んでみようという気になったのは、シリーズ後半、異様な盛り上がりを見せるという評判を聞いた(たしか三浦しおんさんのブログだったと思った)から。

で、今回読んでみて、やっぱりイマイチ。著者自身が歴史の考察や薀蓄を語る部分が、どうもうるさくて、ストーリーの流れに乗れない感じ。
もっともこの巻は、全体の大いなるプロローグ、孔子と顔回の紹介をする部分にすぎないのかもしれず、今度は次の巻も読んでみようと思っています。
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