蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

サクリファイス

2007年11月17日 | 本の感想
サクリファイス(近藤史恵 新潮社)

自転車スポーツの選手の最大の敵は空気抵抗です。
例えば、競輪では9人の選手の先頭を走る選手は空気抵抗を一身に受けるので、その後に続いて走ってゴール前で追い抜かすというのが、合理的戦法です。
しかし先頭の選手もそれでは面白くないのであまり懸命に走らないかもしれません。そこで後ろを走る選手は追い越そうとするその他の選手を(ルールの範囲内で)牽制してガード役になってやることで先行選手のやる気を引き出そうとします。
そうはいっても負担が大きい先行選手はガード役の選手の弟子だったり後輩だったり友達だったりするわけ(関係の深さにより走り方が変わってきます)で、そこに人間関係という身体的能力とは関係ない要素が発生し、「脚力が強い奴が勝つ」とばかりはならず、妙味が生まれるわけです。

この本は、自転車のロードレースの世界を舞台にしています。ロードレースは個人競技(順位は個人に帰属する)なのですが、普通はチームで参加し、チームメイトを守るアシスト専門のメンバーと個人的勝利を目指すエース選手が明確に定められています。
アシスト役はエースのタイヤがパンクしたら自分のタイヤを差し出さなければならないほどの貢献を求められます。そこには競輪と同様に様々な人間関係の模様が生まれます。

主人公はエースを目指さず、(なぜ、そうなったのかという理由付けにやや無理があるのですが)アシスト役を指向しています。
主人公のチームのエースはロードレースが人生のすべてという感じの人で、チーム内で台頭してきた若い選手をレース中に故意に転倒させたのではないかと疑われています。主人公もエースを信じてよいのか否か迷いますが・・・といった筋。

プロットはけっこう複雑なのですが、少ないページ数でコンパクトにまとめられ、とても読みやすくなっています。

「サクリファイス(犠牲)」という題名が何を意味しているのか、というのが本書の主題ですが、終盤に至ってその意味合いが二転三転します。誰が誰のために犠牲となったのか?
結論はやや苦く、少々訓話めいたものなのですが、押し付けがましさは感じさせず、納得性が高いのは作者の技量が高いからでしょう。

著者はミステリ系であると思われていますが本書はミステリ的要素は薄く、スポーツ小説、それも相当なハイレベルの出来栄えの作品といえると思います。
コメント
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