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偏愛と放浪の記録

「犬の力(上)(下)」(著:ドン・ウィンズロウ/訳:黒原 敏行)

2014-03-06 20:22:30 | 【書物】1点集中型
 「サトリ」と、マーク・グリーニー「暗殺者の鎮魂」を読んた時期が近かったので、前者と同じウィンズロウ作品で、後者と同じくメキシコ麻薬カルテルを題材にしたかなり有名らしい物語ということで読んでみた。

 “You're On Your Own”「自分の道は自分で拓け」。綺麗ごとだけではとても立ち向かえない世界。罰せられるべき人間を罰するために、抜け出すことのできない世界で生き残るために、自ら別の罪を背負わざるを得ないDEA捜査官アート。
 拉致され、拷問を受けた部下エルニーのことを想いながら、アートはしかし「むごい目にあうのは自分以外の人間であってほしい」と願ってしまう。それはあまりにも自然すぎる、普通の感情であり、そんな場面で普通の人間が覚えるであろう苦悩そのもの。そして、そこに呵責を覚えるのも、目的のためにただ冷静に行動するだけの機械になりきれないのも、アートの人間らしさ。たとえば007のようなスーパーヒーローとは全く違う、いわゆる“等身大"の人間が巨大すぎる敵に立ち向かう困難と、克己(良い意味でも、良くない意味でも)の道が描かれている。

 そして警察官でありながら麻薬カルテルの首領である叔父の、後継となるべく歩まざるを得ないアダン。上巻のラストシーン、ついに人間としての一線を超えたアダンがこのあとどういう道を進むことになるのか。それを知ることはつまり、だんだん冒頭の凄惨な場面に近づいていくということ。その恐ろしさがそのまま下巻への期待になった。
 それとアートと同じく、YOYOで自分の道を切り拓いてきたノーラやカラン、パラーダ司教それぞれの行く末も気になった。アダンとパラーダ司教の間でノーラがどういう行動を取るのかとか。

 下巻ではより謀略が複雑に、さらに色濃くなった印象。至るところで裏切りが行われ、パラーダ司教も巻き込んで、物語にいよいよ勢いがついていく。アダンとは違うかたちで、でも根本は違わないかたちで、アートも一線を越えてしまう。すべてが終わったときにすべてを捨てる覚悟で。
 アートと利害が一致したノーラの怒りも凄烈だ。仮借なき怒涛のような戦闘の場面と同じように、その筆の激しさそのものにウィンズロウ自身の迸る感情を見るようにも思う。特に、「人生のすべてを賭けたこの戦いは、なんのためのものだったのか」とアートが振り返るP370の1ページまるごと。麻薬ビジネスが引き起こすあらゆることに、ウィンズロウがぶつける憤怒そのもののようだと思った。
 だから、ノーラとカランがどこかで、生きていくためにいっしょにいて、それだけで互いがじゅうぶんだと想い続けられることを、祈らずにはいられない。

 「暗殺者の鎮魂」を読んだときにも思ったけど、聖書を理解してるともっと深いところが読み取れてより面白く読めるんじゃないかなぁ。知らなくてもストーリーは充分読者をひきつけてくれるんだけど、さらにハマるポイントが増えるんだろうと思う。
 おかげさまで当然、詩篇の「犬の力」の「犬」が示すところが、訳者あとがきを読むまで全然わからなかったんだけども(笑)。まあ、アート自身も本当のところの正解は知らないみたいだから、読者としても「なんとなく」くらいの感覚でいいのかな。アートが、彼が信じていた「犬の力」から、解き放たれるときが来たのなら。その魂が、剣から解き放たれたのなら。


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