6月3日。長嶋茂雄さんが亡くなった。小学生のころから長嶋の大ファンだった僕ですけど、プロ野球史最高と言える大人気の選手だった。
僕は小さな頃はラジオで。そして、テレビが普及したらテレビで。
大阪に住んでいながら、阪神よりも巨人がず~っと好きだったのは、ひとえに長嶋選手がいたからだった。
その長嶋選手の「実物」を初めて目の前で見たのが、1969年(昭和44年)の自転車での北海道往復旅行の時だった。その年の8月18日のことです。
(もう56年も前のことですよね~)
それまでの自転車旅行先で知り合った人たちが、東京に来たら寄ってね、とか、泊まってねとか行ってもらえたので、東京では3件の方の家に泊めてもらって、数日間滞在した。そのとき、
「せっかく東京へ来たのだから」
と、およそ10年間、あこがれ続けていた長嶋選手をこの目で見たいと思った。
プロ野球の日程を調べてみると、ラッキーなことにこの日の夜の7時から、後楽園球場で巨人対大洋ホエールズ(今の横浜DeNA)の試合があった。
「やったぁ~」
と、僕は憧れの後楽園へ行き、運よく当日券があったのでそれを買って、一塁側の内野席にの上のほうに座った。
憧れの後楽園球場。内野席のかなり上の席です。
(1969年8月18日撮影)
午後7時、巨人・城之内、大洋・山下の先発で始まった試合は8回まで2対0と大洋がリード。あぁ、もうダメかと思った9回裏、巨人が高田、森永、王の連続安打で1点を取り、あと1点で同点と迫った。
そして4番長嶋が打席に入った。
そして…
長嶋は期待に応え、同点打を放ったのだった。
試合は結局延長13回まで戦い、両者譲らず引き分けになった。
僕としては勝敗よりも、13イニングも見られたことが何よりもうれしかった。
そして、試合中、僕はどうしても長嶋選手に近づきたかったので、途中で内野席上段から、カメラを手に、ベンチのすぐ近くまで降りて行って、長嶋選手を間近に見たのです。
これがその時の写真です。
長嶋選手をこんな近くで撮れた。
夢みたいな瞬間でした。
この写真は今も僕の宝物です。
長嶋選手の思い出を語るとキリがないので、この辺で置いておきますが、やはりこの時が一番嬉しかったですね~。
★追伸
この試合を報じた翌日の新聞も残しています。
これも掲載しておきます。
翌日に買った報知新聞です。
「プロもおつき合い、延長13回水入り」
という見出しが見えますが、これにはわけがあります。
野球界で歴史に残る試合がこの日、別の場所でありました。
詳しくは、次回に書きます。
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