僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

彼女がくれた餞別とは…

2011年01月19日 | 思い出すこと

久しぶりに散髪へ行き、長かった髪を短くしてもらった。 

だいたい、2ヶ月に1度くらいのペースでしか行かない。 散髪というのは面倒である。 できたら、散髪というものをせずに一生を終えたい、と思っているのだけれど、世間さまは、ぼさぼさ頭でいると 「おいおいおい、散髪ぐらい、行けよ」 と渋い顔で忠告するわけで、人並みの生活を維持するためには、嫌でも散髪には行かなければならない。 学生の頃には、近所の散髪屋さんと家族ぐるみで付き合ったほど親密だったので、そこでいつも髪を刈ってもらっていた。 しかし、35年前に引っ越してきた藤井寺では、近所の散髪屋の親父は、ぶしつけに僕のプライベートなことを聞いたり、あれこれ世間話を持ちかけてきたりして、うるさいことこの上ない。 ゆっくり居眠りでもしながら…というこちらの希望など、叶うべくもなかった。

煩わしかったけれど、まあ近所だし、他にいい店があるという保証もないので、藤井寺に住んでから何度かその散髪屋行った。 しかし、ある日、僕がその店に入った時、大柄な男性客が散髪を終えて、お金を払って店を出て行くところだった。 そのすぐあとで、散髪屋の親父と若い店員の2人がひそひそと、そのお客の悪口を言い始めたのである。 聞けば、その大柄な男性は、地元のプロ野球・近鉄バファローズの控え捕手だったようだ。 そのお客がいなくなってから、 「あれは太りすぎで動作が鈍そうや」 「近鉄のキャッチャーには梨田や有田がおるんやから、近鉄におっても出番はないで。 どうせ補欠で終わるやろ」 などと好きなことを言いながらヒッヒッと笑っていた。 そのことがあってから、僕はその店に行くのは止めた。 

それから僕は、駅前の大衆理容に行くことにした。
理容組合に入っていないので、値段も低額だし、月曜日でも営業している。
椅子の数も店員の数も、町の理髪店とは比べ物にならないほど多い。
土・日曜日は込んでいるが、朝の早い時間なら待たずにしてもらえるのでてっとり早い。

大衆理容…というのに最初は少し抵抗があったが、いっさいお客に話しかけてくることもなく、何から何まですべて事務的な流れ作業で、しかも速い。 おまけに安い。 さらに仕上がりも悪くない。 もっとも僕は、あまり髪型にはこだわらない人間だし、要するに、何でもいいわけだ。 その点では、僕におあつらえ向きの店といえた。

ここなら余分な気を遣うこともなく、気楽である。 かれこれ30年以上も前から、この大衆理容に通い続けているが、むかしは店のお兄さんたちも態度が横柄で、サービスも悪く 「安い値段なんだからがまんしろよ」 みたいな雰囲気も漂っていたが、年月が経つと共に職人さんもどんどん入れ替わっていき  (ここは全国チェーン店らしい)、 最近は平均年齢が20代か30代かと思われる若い人たちが多く、接客態度もびっくりするほど親切になってきた。

髭を剃るとき、湯気の立った蒸しタオルを口の周りにふわりと置き、置いてから 「熱くないですか?」 と、やさしく聞いてくれる。 まあ、置いてから聞いても仕方ないけど。

洗髪のとき、首を伸ばしてお湯のシャワーを髪にジャーっと浴びるのだが、浴びてから、 「お湯、熱くないですか?」 と丁寧に聞いてくれる。 まあ、浴びてから聞いても仕方ないけど。

たまに、「おみやげはどうします…」 と聞かれることがある。
「おみやげ…? おみやげまでくれるの」 と初めて聞いたとき、驚いた。
「おみやげねぇ…。 どんなものがあるの…?」 と尋ねると、
「いえ、あのぉ、普通でいいですか…?」 と言うので、
「あ、そうね。 普通でいいよ」 と答える。
「じゃ、普通にしときますね、もみあげ」
おみやげ、じゃなくて、もみあげ、だった…。 


散髪にまつわることで、一度、珍しい体験をした。

僕は大学を卒業してすぐ、ある百貨店の楽器売り場の店員をしていた。
しかし、いろいろな事情があって3ヶ月で辞めることになった。

今日で百貨店の仕事が終わるという6月末日のこと。
僕は、ひと気のない売り場で、一人ポツンと立っていた。

「のんさん、ちょっと」 と、うしろから声がした。
見ると、となりのピアノ売り場のお姉さんだ。 僕より2、3歳年上の、小柄でぽっちゃりした美人のお姉さんが、ちょっとこちらへ、と手招きをしている。 僕はお客さんが誰もいないのを確認して、お姉さんの方に歩いて行った。 

「ちょっと、ここへ入ってくれる」
売り場の裏の、品物が積んである倉庫のような薄暗い部屋の中へ、彼女は僕を招き入れた。
「は…? 何ですか…?」
なんとなくドキドキして、僕は薄暗い空間で戸惑っていた。

「もうすぐお別れね。 あなた、髪の毛が伸びてるわ」 と彼女は意外なことを口にした。
「わたしは美容師をやっていたの。 餞別は何もできないけど、その髪の毛、切ったげる」
そう言って、彼女はポケットから鋏を取り出し、手に持っていた白い布を僕の首から肩へ、手際よく広げて掛け、髪の切れ端が直接服にかからないように準備した。

「動かないでね」 そう言って、彼女は僕の背後に回り、髪を裾のほうからジョキジョキと切り始めた。 まわりにダンボール箱が山積みされていて、薄暗く狭い部屋の中で、鋏の音だけがシャカシャカと響いた。 妙な感じだった。

5分くらい経っただろうか。 
「はい。 できあがりよ。 これできれいになったわ」
僕の頭を眺め回しながら、彼女はうれしそうに言った。
「いなくなったら寂しいけど、時々こちらにも遊びに来てね」
「ありがとう。 また、近くに来たら必ず寄ります」
「じゃぁ、これが私の餞別よ。 お元気でね」

髪の屑が散らばった床を掃除して、彼女は隣のピアノ売り場へ戻って行った。

これまで、いろんな人からいろんな餞別をいただいたが、散髪の餞別というのは、後にも先にもこれ一度っきりである。 あのお姉さん、今頃どうしているんだろうな~。


 

 

 

コメント (4)
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