羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

冬の贈りもの

2009年12月13日 08時44分31秒 | Weblog
 すっかり葉を落とした柿の木に、赤い実が一つ二つ、やってくる鳥のために残してあるかもしれない。
 北風もおさまり、雨上がりの翌日、お日様が顔を出すと、庭からはきっといいにおいが立ち込め、日向ぼっこにうたた寝は格別だろう。
 
 麻紐に絡められた干し柿。口にいれるとその甘さが拡がる。
 日本画とまで言わなくても、さっと一筆描き、水彩で色付けもいい。絵心のある人はこの自然さをまず描きたくなるだろうな、と思いつつ噛みしめる。
 俳句や歌心のある人も、きっと口に入れる前にしっかりと見届けて、一句したためるだろうな、と二つ目をあっという間に食してしまった。
 
 このいただきものの自家製干し柿には、数個の種が入っていた。
 その種に感動するところを見ると、最近の果物は、種無し葡萄に種無し柿、西瓜だって種が少なくなったことへの日ごろの鬱憤の裏返しかもしれない。

 そしてもう一品。
 柚である。こちらは少しだけ切り残された枝に青々した葉が黄色に映えていた。
 仏壇をあけると、朝の一番茶を置くところに袋入りの柚がのっていた。
 いい匂いを仏さまに、と母が昨晩のうちに供えたらしい。

 さて、この自然の二品は、杉並育ちである。
 決して暇をもてあましている方ではない筈なのに、干し柿や柚の包装にまでも独自の工夫がこらされていた。丁寧な暮らしぶりが偲ばれる冬の贈りもの。
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