羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

初夢

2015年01月03日 07時39分32秒 | Weblog
 ものの本によると、「初夢」とは元日の朝に見る夢とある。しかし、元日から二日の朝という説もある。また二日から三日の朝という説もある。
 ということは、正月三日ならば、どの朝であっても最初に見た夢を「初夢」としてもよさそうだ。
 元日、二日、三日を、「三賀日」というのだから。

 さてさて、今朝、見ましたね。
「昨日のブログに、1秒たりとも無駄な時間はなかった、大見得を切りなすったが、本当かな?胸に手を当ててごらん」
 誰なのか判明つきにくい御仁の声がはっきりと聞こえた。
「えー、はい」
 半分覚醒しつつ、でも夢の中。
「たしかにそうは書きましたが、よーく来し方を振り返ると、無駄と失敗の連続でした」
 頓首
「わかれば宜しい」

 そこで目が覚めた。
 以前ならば筆が滑った、とでもいうのだろうか。
 今ならさしあたり、ミスタッチ、打ち損じかな。
 つまらない夢を見たものである。
 せめて「一富士 二鷹 三茄子」みたいな縁起のいい夢を見たかったなぁー。
 しかし、夢ばかりは望んで見られるものではなさそう。
 私の非意識、下意識、深層に潜む本質が見え隠れするものなのだろう。

 ふと、思い出した。
 おもむろに三笠書房版『原初生命体としての人間』を取り出す。
 第五章「ことばと動き」から
『ことばのもつ抽象が、論理が人間の歴史をつくってきたというが、これは人間の歴史のある一面であって、具体的な特殊・個・非論理・点的な、意識下の巨大な力が歴史をつくってきたことも忘れてはならない』
 ここにたどり着くための夢だった。
 うん、そうだ、そうに違いない。
 思いがけない初夢でした、の。

 本日は、年賀の客あり。
 さぁ、さぁ、支度 支度。
 正月三日。 
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