電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

オルツィ『紅はこべ』を読む

2007年10月30日 06時23分52秒 | -外国文学
創元推理文庫で、バロネス・オルツィ著『紅はこべ』を読みました。すでに何度か映画になっていそうな冒険活劇、映像は未見ですが原作は何度目かの読了です。

物語は1792年9月のパリ、フランス革命の後に荒れ狂ったギロチンの嵐の中を、ド・トゥルネー伯爵夫人と二人の子どもが逃亡に成功する場面から始まります。ここで読者は大胆不敵な「紅はこべ」と名乗るイギリス人のことを印象深く知ることになります。

舞台は変わり、ドーヴァーの「漁師の宿」に、救出されたド・トゥルネー夫人と子息、令嬢シュザンヌの三人が到着します。護衛役の英国の青年貴族アンドルーとシュザンヌは、互いに心通い合う仲になっている様子です。

そこへパーシー・ブレイクニー卿夫妻も到着、かつてフランス一の花形女優だったマルグリート・サン・ジュスト、今はパーシー・ブレイクニー卿夫人に対し、ド・トゥルネー夫人は、サン・シール侯爵夫妻を密告し断頭台に送ったことを非難します。マルグリートは、兄に対する侯爵の侮辱を許せずに話したことであり、やましいことはないと思っていますが、雰囲気は最悪に。そこへ陽気な伊達男、パーシー・ブレイクニー卿がやってきて、その場をとりなします。

英国皇太子の友人、英国有数の資産家であり、怠け者で臆病で愚鈍なだけの伊達男、パーシーとマルグリートは、熱烈な恋愛の末に結ばれたはずでしたが、サン・シール侯爵夫妻の件以来、礼儀正しくとも心の通わぬ仮面の夫婦になってしまっているのでした。

そこへ悪役登場。フランス革命政府の全権大使、実は紅はこべを追うスパイの親玉、ショーヴランです。彼は、恐怖政治下のフランスに渡ったマルグリートの兄アルマンの生死を決める手紙と引替に、紅はこべの秘密を探るようにと、マルグリートを脅迫します。マルグリートは、兄を助けたい一心でスパイ行為を働きますが、それは夫パーシー・ブレイクニーを窮地に追い込むことになるのでした。



せっかくの物語の楽しみがふいになりますので、あらすじはこのへんでとどめておきたいと思いますが、フランス革命後の恐怖政治を背景に、断頭台から多くの人々を救うために活躍する紅はこべとスパイのショーヴランとの智恵比べ。そして仮面の夫婦が真の愛を取り戻すまでの冒険活劇です。

原作は1905年に刊行されています。20世紀開幕の直後、日露戦争での日本海海戦の年です。ヨーロッパは世紀末を抜け出し、帝政の終焉の時代に入ろうとしております。Wikipediaによれば、作者のオルツィはこの原稿をいくつかの出版社に出版を断られたのだとか。しかし演劇として評判を取り、逆に出版を依頼されるようになったのだそうです。典型的な愛と冒険の物語ですから、小難しい理屈を並べる出版業界人には、きっと見下されたのでしょう。なんとも皮肉な結果ですが、ある意味、そこは浮世の常なのかもしれません。

『紅はこべ』の第二作も、翻訳されたことがあるようですが、手近な文庫には入っておりません。著作者の死後50年を経過したことから、自ら翻訳を試みている(*)方もおられるようです。両方の作品とも、できれば文庫本に加えてもらえないものかと思います。

(*):『紅はこべ』第三作を翻訳中のサイト
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