電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

藤沢周平『風の果て』上巻を読む

2007年04月09日 06時48分08秒 | -藤沢周平
文春文庫版の藤沢周平著『風の果て』上巻を読みました。何度目かの読了ですが、読むたびに面白く、発見があります。

藩の重責をになう首席家老桑山又左衛門は、若い頃、上村家の次男坊で、隼太といいましたが、当時の剣道修行の仲間の一人、野瀬市之丞に、果し状を突き付けられます。物語は、そこから回想と現在とが交互に入り混じる形で展開されます。桑山又左衛門の名で登場する場面は現在、上村隼太の名で描かれるのが過去の回想場面。

野瀬市之丞は片貝道場の同門で、他に一蔵、庄六、という貧乏な部屋住みの次男坊三男坊のほか、一千石の名門杉山家の跡取りである杉山鹿之助が仲間に加わっていました。上村隼太は、杉山・野瀬らとともにかつての実力者楢岡図書の屋敷に行き、窮乏の度を深める藩政を救う道として、桑山孫助の名とともに太蔵ヶ原の開墾の話を聞きます。台地に水を引くことができれば、数千町歩の美田ができると夢見るのです。

やがて杉山鹿之助は楢岡図書の娘千加を娶り、家督をつぎます。かつての道場仲間も身分と家柄による隔たりが明らかとなっていきます。一蔵は年上の美貌の後家のもとに婿入りしますが、隼太はその相手が実は身持ちの悪い女だと旧友に告げられずにいました。仲間と別れ、酔って家に帰ると、既に寝静まっており、三つ年上の出戻り女中のふきが入れてくれました。隼太は酔った勢いでふきを抱きしめますが、ふきは隼太を受け入れます。実はひそかに隼太を愛していたからです。


太蔵ヶ原を見に行った折に、隼太は桑山孫助に出会います。当時権力の座にあった小黒家老の息子と凶暴な家士が桑山孫助を棒で打ち、隼太がこれに立ち向かったことから、孫助は隼太に、桑山の婿になれ、そして郡奉行・郡代になって権力の一角に食い込めと教えます。隼太は孫助の家に婿入りし桑山の姓を名乗りますが、どうも家付き娘はわがままで世間知らずだったようで、隼太の真情が別の女性にあったことまでは気づかなかったようです。

宮坂の後家に婿入りした一蔵が、妻の不倫の相手を斬ったことから、野瀬市之丞は旧友が残酷に切り刻まれることを黙視できず、切腹させようと討手に加わることを承諾します。しかし、結果的には生来の偏屈の度合を増すだけの、無惨な結果に終わるのでした。

一方、小黒家老らが計画した太蔵ヶ原の無理な開墾計画は、第一人者の桑山孫助の反対にもかかわらず実行されますが、地滑りにより下流の村の五戸が流され、死者を出す結果となり、中止されます。

物語は、桑山又左衛門という名の現在と、隼太という名の回想が交互に入れ替わる形で進みます。杉山鹿之助改め杉山忠兵衛が又左衛門の最大の政敵として失脚していること、刺客が放たれたこと、などの事情が少しずつ明かされますが、今は小料理屋「卯の花」のおかみとして店を切盛りするふきが、気持ちのよき理解者です。店の帰りに襲撃され、ふと市之丞が飼われていたのは、実は別な人物だったのではないかとの疑念が浮かびます。



ミステリーの手法を取り入れ、現在と回想を交替しながら進む物語は、同時に権力の座に近付く若者と、権力の座に坐る壮年の隔たりを明らかにしています。桑山の家での妻・満江との溝や義母を含む家庭の不和、ふきの変わらぬ一途な思慕と心を許す又左衛門の真情など、内容も豊富な堂々たる傑作です。
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