電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

永田和宏『タンパク質の一生〜生命活動の舞台裏』を読む

2021年05月19日 06時00分47秒 | -ノンフィクション
岩波新書赤版で、永田和宏著『タンパク質の一生〜生命活動の舞台裏』を読みました。2008年の6月に第1刷が刊行され、私が手にしたのは2012年1月発行の第7刷。順調に刷を重ねている、私より5歳上の、岩波らしい碩学による一般向け解説書です。

本書の構成は次のようになっています。

はじめに
第1章 タンパク質の住む世界―細胞という小宇宙
第2章 誕生―遺伝暗号を読み解く
第3章 成長―細胞内の名脇役、分子シャペロン
第4章 輸送―細胞内物流システム
第5章 輪廻転生―生命維持のための「死」
第6章 タンパク質の品質管理―その破綻としての病態
あとがき

第1章では、タンパク質の役割と細胞の構造、細胞の共生進化、DNAの共通性などがかいつまんで紹介され、第2章はDNAを中心とするセントラル・ドグマの解説となります。このあたりまでは、ほぼ50年前の学生時代に習った生化学・分子生物学の知識でなんとかなる部分で、違いと言えば昔のセントラル・ドグマは

DNA→mRNA→タンパク質

で済ませていたのを、現在は

DNA→mRNA→ポリペプチド→タンパク質

の4段階とし、ポリペプチドのフォールディング(折りたたみ)を重視しているところでしょう。

たしかに、共立出版の雑誌『蛋白質・核酸・酵素』が「アロステリック酵素」を特集していた50年前には、mRNAによって伝えられた情報をもとに作られたポリペプチドは、自動的に熱力学的に最も安定な形に再構成されて蛋白質となる、とされていましたので、フォールディングがそれほど重大なものとは認識していませんでした。ところが第3章では、この「折りたたんで形を作る」ことが「自然に」行われるのではなく、細胞内では分子シャペロンが望ましい形に折り畳まれていくことを介添えすることが述べられます。このあたりは、細胞内構造の重要性とも相まって、認識を新たにしたところです。

もう一つ、第4章ではリボソームで作られた蛋白質が本来の「赴任地」へ運ばれていく仕組みが説明されます。ここでは、膜蛋白質の重要性と小胞体やゴルジ体の役割、貨車輸送に喩えられるモータータンパク質や小包の宛先の表し方、外部から内部へ取り込むエンドサイトーシスの仕組み、インスリンやコラーゲンの場合、HSP47の発見と分子シャペロンとしての役割など、本書の白眉と感じられるところです。

第5章は、輪廻転生に喩えられる蛋白質の生成と分解、再利用の話です。これまでずっと動物の光周性は不思議な現象と思っていましたが、細胞周期が蛋白質の分解によって決まるあたりはなるほどと説得的です。第6章は、人間社会との安易なアナロジーを戒めつつ、製造ラインの停止、修理と再生、廃棄処分、工場閉鎖に喩えられる蛋白質の品質管理のシステムを紹介しますが、実にわかりやすいものです。当然、品質管理の破綻としての様ざまな病態についても、実に説得的です。



私にとって、これは実に有益な一冊でした。分子生物学、細胞、遺伝子などに興味関心を持つ人にとって、自分の知識をアップデートするにはたいへんに有益な本のようです。いまさらワトソン『遺伝子の分子生物学』の高価な新版を購入するまでもない、昔、その分野をかじったことのある人には絶好の本と感じました。この分野に全く不案内な人には、必要とされる予備知識の面でちょいと辛い本かもしれません。


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