電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

朝日新聞特別報道部『プロメテウスの罠』を読む

2012年08月06日 06時04分33秒 | -ノンフィクション
福島原発事故に関連した本が、かなりまとまって出版されるようになりましたので、様々な角度から取り組まれた本を、興味を持って読んでいます。これはまた、いかにも朝日新聞らしいルポルタージュです。朝日新聞特別報道部著『プロメテウスの罠~明かされなかった真実』(学研パブリッシング刊)を読みました。

本書の構成は、次のようになっています。

第1章 防護服の男
第2章 研究者の辞表
第3章 観測中止令
第4章 無主物の責任
第5章 学長の逮捕
第6章 官邸の5日間

第1章では、福島県浪江町津島地区が舞台です。大津波の被災者たちが、津島地区の人たちの炊き出しを受け、民間住宅を避難所として過ごしているところへ、防護服を着た謎の男が、早く今すぐ避難するように言います。福島第一原子力発電所が近い沿岸部の住民は、原発の危険性に思い至っていなかったのでした。
第2章は、NHKのドキュメンタリー(*1)でも報道された、研究者たちが放射能汚染地図をつくるために車で現地調査をする話です。SPEEDI による予測が行われたけれど、その情報は官邸に届かなかったことなどもここで明らかにされます。
第3章は、気象庁気象研究所でのケース。異常な放射能数値を示す最中に、観測中止令が出るという、信じられない話です。でも、信じられない話が現実に起こっているわけで。加えて、専門的研究の発表を非専門家の所長が阻むという驚きもあります。ここでも、「マスコミが騒いでパニックになることを心配」する偉い人が出てきます。
第4章は、内部被曝の問題を取り上げます。ゴルフ倶楽部が汚染除去を求めて仮処分を申し立てたのに対して、東電側は「原発から飛び散った放射性物質は東電の所有物ではない。したがって東電は除染に責任をもたない」という主張だそうな。わーお、それなら井戸に二種類の薬品を入れ、内部で発癌物質が生成するようにした犯人も、同じ主張ができてしまうのでは。もともとは所有していなかった物質です、ということになりますから。
第5章は、ベラルーシ共和国での話。チェルノブイリ原発事故の後に、死亡した人を解剖し、臓器ごとにセシウム137の量を調べるなど、内部被曝の状況について研究していた医科大学の学長が突然逮捕されます。高線量被曝は問題だが低線量被曝は問題無しとする立場が崩れてしまいかねない研究だったからでしょう。それにしても、まず事実を明かにするということがもっとも大切なのでは、と思います。その意味で、食物の汚染を調べられる測定器が各小学校区ごとにある、という彼の国の体制は、参考になります。ポケット線量計では、食物の汚染度は測れません。
第6章は、官邸における動きを跡づけています。依然として不明な点も多いのですが、なぜか前首相がバッシングを受けている様子は、原子力に反対する勢力は何でも利用して引きずり下ろしてしまう、という動きにも見えてしまいます。



本書を読んで感じたこと。観測したデータが職務上の秘密にあたるといいますが、研究組織の存立の理念に抵触するのでは。研究者が単なる作業員になってしまうような組織機構は、たぶんあり方としておかしいでしょう。また、SPEEDIの予測がなぜ生かされなかったのか。ど素人の私でさえも、3月20日頃には、新聞に発表された観測データから、北西に広がる汚染の分布を予測(*2)していました。今となっては結果論ですが、SPEEDIの予測データを持つ原子力安全・保安院の責任者は、なぜ総理大臣に進言し、住民の被曝量を減らすようにしなかったのか。どう考えても、おかしな話です。

(*1):ETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図~福島原発事故から2ヶ月」を観る~「電網郊外散歩道」2011年5月
(*2):各地で観測された放射線量のデータをどう見るか~「電網郊外散歩道」2011年3月
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