電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

佐伯泰英『惜櫟荘だより』を読む

2012年08月10日 06時02分34秒 | -ノンフィクション
佐伯泰英氏といえば、スペインの闘牛に魅せられたプロカメラマンにしてライターであったけれど、無名時代に、ある編集者の一言がきっかけで、文庫書き下ろしスタイルの時代小説作家となった売れっ子です。当方も、テレビがご縁で、『居眠り磐音江戸双紙』シリーズを、なかば呆れながら楽しみ、読みつづけてきています。

その佐伯泰英氏が、何を思ったか、岩波茂雄の熱海の別荘を買い取り、個人で修復を始めます。このあたり、部分的には岩波の『図書』の連載を通じて承知しておりましたが、こうして立派なハードカバーの単行本として読んでみると、なかなかおもしろい。『惜櫟荘だより』と題する本書は、平成の現在と昭和のスペインの回想を交互に描くような手法を交えながら、惜櫟荘の発見→調査→購入→修復→完成となるまでの過程を追っていきます。

スペインでの堀田善衛夫妻とのエピソードなどは、古き良き時代?の文士の姿を彷彿とさせるものかもしれませんし、児玉清さんの入院時のエピソード(p159)などは、思わず涙腺がゆるみます。



それにしても、岩波茂雄という人は、興味深い人物です。当方の恩師の一人、英語のG先生は、学生時代に、『岩波英和辞典』を作った田中菊雄先生の下で、単語や用例をカードに抜書して整理するお手伝いをしていたそうです。要するに苦学生のアルバイトです。熱心さを認められて、先生のお供をして東京の岩波書店に行ったとき、岩波茂雄氏から、今のお金にして数十万円のお金をいただいたそうな。そのとき言われた、「学生は、しっかり勉強をしてくださいよ。」という言葉が、ごく当たり前の言葉なのだけれど、生涯忘れられない、と語っていました。G先生もすでに亡くなられ、本当に寂しくなりました。

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