イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「アニメと戦争」読了

2022年06月12日 | 2022読書
藤津良太 「アニメと戦争」読了

アニメに限らないことだが、アクション映画を観ていても次々に人が死んでいく場面がいくらでも出てくる。僕は心優しい善人でもなんでもないが、ここで死んでいく人たちの人生というのは一体何だったのだろうといつも思ってしまうのだ。主役を殺すために戦いにいくのはきっとそれがこの人の仕事だからなのだろけれども、ずっとそれをしているわけではなく、たまの休日にはひょっとして魚を釣りに行くこともあるだろうし、実は相当な釣りバカであったりするのかもしれない。主役に頭を打ちぬかれたばかりにそれが突然途切れてしまうというのはあまりにも不条理ではないかと思うのである。
同時に、戦争に参加する兵士というのは上官に絶対服従で、あそこに行けばきっと撃たれるとわかっていても命令ならば行かねばならない。それを拒否すると犯罪に問われ悪くしなくても死刑になる。そういうことに唯々諾々と従える人の心理とは一体どういうものなのだろうかとまったく会社に対して忠誠心を持てない自分はいつも疑問に思っていた。

ひょっとしたら、そういう疑問がアニメを通して解けるのではないかとこんな本を借りてみた。
それと、つい最近だが、リメイクされた「宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち2202」というアニメを観ていたのだが、この物語では、最強兵器である波動砲を撃たない主人公たちとそれを嘲るように容赦なく攻撃を加える敵、そして結局それを使ってしまう主人公たちの姿を観ながら、ああ、これは核兵器を持ちながら絶対に使えない核保有国を揶揄しているのだろうなと思いながら、こんな表現をして大丈夫なのかとアニメの奥深さを実感したというのもこの本を借りてみた理由である。

著者は、戦争を題材にしたアニメの分類を、時間軸、シチュエーション軸のふたつに分けて分類している。
時間軸では、「状況」の時代、「体験」の時代、「証言」の時代、「記憶」の時代の四つの区分としている。これは戦争がどのように語られたかということに従った分け方なのであるが、制作に携わった人たちがどの年代を生きてきたかということに大きく関わっている。
状況の時代はまさに戦争が「状況」として語られた時代だ。「体験」の時代とは、戦争体験を持った世代が、同じような体験をした世代に語り掛けていく時代。「証言」の時代は、体験者が体験を共有していない世代に語りかけていくもの。「記憶」の時代とは、様々な戦争の語りを統合することで、「集合的な記憶」を社会の中に形成してゆくことである。
シチュエーション軸では、歴史的―非歴史的、みんな―個人というグリッドでアニメを分類している。
時間軸では「状況」の時代というのは戦前のプロパガンダのために作られたアニメということなので僕の世代とはかけ離れてしまっているが、「体験」「証言」の時代というのはまさにリアルタイムでテレビにかじりついていた頃だ。
「体験」の時代とは制作側の人たちが戦争を体験した世代の人たちだ。この本では「少国民世代」と書かれているが、『敗戦直後の「将来への希望の喜びと過去への悔恨、つまり、解放感と自責感がわかちがたくブレンドしてながれていた」世代の人たちである。その中で、とくにアニメ制作の世界で活躍した人たちは1930年代に生まれた人たちであるという。
「ゲゲゲの鬼太郎」「サイボーグ009」「宇宙戦艦ヤマト」などがこれにあたる。もちろん、すべては空想の世界が舞台なのではあるが、いたるところに太平洋戦争の影が見えるという。特に、「ゲゲゲの鬼太郎」は何度もアニメ化されているので同じ原作を扱ったエピソードを追いかけてゆくと時代の変化が見て取れるという。「妖花」というタイトルのエピソードでは、最初は生まれてすぐに出生していった父が戦地で白骨になるという設定であったが、現時点で最後にアニメ化されたものは戦地へ行ったのは祖父となり、主人公たちは戦争というものについて解説を受けるという設定に変わっている。それだけ戦争というものの実感が薄れていっているということが如実にわかるという好例である。
また、「宇宙戦艦ヤマト」では原作の西崎義展は、『アジア・太平洋戦争に至る背景には西洋文明崇拝があり、皇国史観やアメリカ的物質文明崇拝も、こういった趨勢のなかで、とくに強く表れた風潮だった。私たちは今、世界を見た目で、西洋文明だけが人間を幸せにする道なのだという、日本の現代を形成した選択には誤りがあったと批判しなければならない。逆に、日本人の勤勉さや、緻密さ、複雑さに、民族としての長所を認め、世界全体がもっと幸せになれるように指導性を発揮してほしいと要望されている。』というようなことを言っている。このアニメは、一方では戦争賛美だという批判もあるそうだが、確かにナショナリズム的な考えが根底にあるというのはよくわかるし、クルーがすべて日本人であったというのもそういった理由からではなかったかとも思えてくる。アニメの監督・設定デザインをしたのは松本零士だったが、この人は同じ少国民世代ではあったけれどももっとロマンのある、戦争色のない宇宙大航海物語にしたかったというので相当な対立があったという。
艦首には菊の御紋が絶対に必要であるという西崎に対して、それを嫌った松本は、波動砲の砲門のライフルマークを目立たせ、これで正面から見ると菊の御紋に見えるだろうとしたというのは嘘っぽくもあり本当っぽくもある。また、地球から発進するときに流れていた音楽は当初は軍艦マーチであったそうだ。このエピソードを読んでみても、「解放感と自責感」のせめぎ合いというものが見て取れるような気がする。「宇宙戦艦ヤマト」もリメイクされたけれども、おそらくこの考えは変わることなく根底にあったのではないかと「・・・2202」のストーリーを思い出していた。

時代が進み、1980年台のアニメの代表は「機動戦士ガンダム」だ。この時代になると、戦争を絵空事を通してしか考えることができない時代になってきたという。そして、戦争自体も個人の視点からそれを見るという世界観に変わっていく。ぼくはそこまでと思わないが、戦争は良心の傷まない「ごっこ」に変わっていったという。
「宇宙世紀」という時代設定はもちろん非歴史的であるし、ストーリーも戦争の是非というよりも主人公のアムロ・レイの成長譚ともいえなくもないのでやはり戦争が絵空事、もしくは後方に下がってしまっているのかもしれない。こういうのは、そもそもそういったプロットで企画されたという側面もあるのだろうが・・。一方ではロボットが登場するとはいえ、戦車や戦闘機が登場するというのは戦争の「体験」や「記憶」を引きずっているといえるのかもしれない。
原作の富野由悠季は1941年生まれということなので、戦後は知っていても戦争は体験していないし、キャラクターデザインの安彦良和は1947年生まれということだから戦後の混乱も知らないということになる。しかし、この人は、学生運動の筋金入りの活動家だったそうだからパーソナルな部分での反戦というところでは相当な持論を持っていたのかもしれない。

1980年代になるとさらに戦争は忘れ去られてゆき、戦争や戦闘というものがサブカルチャー化し、単なるコンテンツとして消費されるだけとなってくる。その象徴が「超時空要塞マクロス」だ。アイドルが最前線で歌を歌い、それが戦況を決定づけてしまうというのだから荒唐無稽すぎると言えば荒唐無稽なのである。

結局、この本はそれぞれの時代のアニメが本当にあった戦争からどれくらいの距離感で描かれたかということが分析されているものであって、最初に掲げた僕の疑問というものに答えてくれるものではなかった。
しかし、いろいろなメディアで簡単に再放送などを見ることができるようになった今、こういうことを前提にして見直すというのもまた視点が変わって面白いのかもしれないと思うのである。

この本の分類でいうと、「体験」の時代以降、日本人は本当の戦争を体験してはいない。戦争は文学や動画を通してしか知ることができない。そして、それらはすべて生き残った人たちが語ったものであり、アニメも主人公は絶対に玉に当たらないし死ぬことはない。
そういったコンテンツばかりを見てきた僕を含めた人たちはウクライナのどう見るのだろうか。リアルな戦争でも画面を通して見てしまうとそれはアニメと変わらない印象がある。どれだけ爆発が起きても自分は死の恐怖に怯えることはないし当然死なない。

日本でもこういった情勢を受けて軍備の強化が取り沙汰されてはいるが、いざ、本当に有事という状態になったとき、僕たちは戦えるのだろうか。人間には基本的に自分だけは安全だという「正常性バイアス」というものがある。それが、絶対に死なない主人公ばかりを見ていると、自分は絶対に死なないという絶対的な先入観しか残らないのではないだろうか。そんななかでもし戦場に放り込まれたとして、気が狂わずに戦い続けられるのだろうか・・。ひょっとしてこの国は全員が戦争に耐えられない民族になっているのではないだろうか・・。一方では、防衛費を増やすべきだと8割弱の人が思っているという世論調査の結果があるそうだ。僕も中国やロシアの脅威を思うと同じように思うけれども、自分が戦場に出なければならないという想定はそこにはない。

危機感がないと言われればそれまでだが、どうしようもない。ただ言えることは、いざ、どこかの国に攻め込まれたとしたらウクライナみたいに100日も持たずに占領されてしまうだろうなということだけである・・。

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