リベルテールの社会学

生きている人間の自由とは、私の自由と、あなたの自由のことだ。そして社会科学とは、この人間の自由を実現する道具だ。

『歴史としての支配』

2016-01-21 20:49:22 | 「歴史としての支配」
 本日は、ブログというよりもご紹介。
 さて、「出きたのに出きない」とか、「いやホームページに出したよ」とか、「都合によってHPのページは閉鎖中」とか、この2年間いろいろ雑音を重ねました、『行為の反逆』、改め『歴史の中の行為』、改め『歴史としての支配』。お待たせしました、合同フォレスト・合同出版の皆様のご努力をいただき印刷所へ。まずは、ネットに出現のご報告です。発売予定日 2016年2月10日。 

 皆様におかれましては、できうれば冷やかしでよろしいのでちょっと手にとっていただければ幸せです、って、書店の店頭にはでないのでご注文になりますが。でも『行為の集成』の半額で、暴利もなにもなし。(注:そうはいっても『行為の集成』も申し上げましたようにもうけは数円の予定でした)
 ネット上、内容紹介が出てませんが、皆様にはご承知のように、 
 
 《今日も現実に生きている生活者の行為とは何か?
 有史以来の支配社会の歴史の中で、人間が受け続ける疎外とそこからの脱却の道筋の真実を、今明らかにする、隈 『歴史としての支配』。
 同時に、歴史の中で人間の歩むべき道をも、明らかにする。》
 
 、、、これじゃあよくわからないか。HPから拾ってきましたが。もうすこし具体的に書かないとね。
 ただ、仕事が「早く寝たい」と言うので、本日はパス。
  (現物が出来上がりましたら、その折に載せさせていただきます)
 
 ともかくも、支配とその解消に関係することは全て載っています。「1冊でかよ」 ってそうなので、ちょっと読みづらい。まあこのブログのようなもので、よろしくお願い申し上げます。
 
 
 それにしても、こう麗々しく世間様の前に出たのも初めてで、これならもう少し抑えて文章を書けばよかった。というか、書ければよかった、というか。できなかったことを後悔しても始まらないので後悔しないようにしてまして。でもブログに他人の悪口をさんざん書いた翌日の心境。ここ(ブログ)だとふつう、「トップページ変更」と宣言して埋め草を載っけるところです。
 『行為の集成』は、その元本たちがあって、そちらで発散してますから、したり顔でアカデミックに書けてよかったんですが。
 でも、ということは、今回は、前回元本たちに分散してしまった面白さが、読者の方々にもろに伝わってくるともいえます。私の元本たち、ほんと面白いですよ。

 ともかくもこういう本ができた良し悪しはトータルで評価せざるを得なく、人の悪口を書き飛ばす根性がないと書けない本だ、ということでまとめておきます。こういう仕事はアタマの良し悪しではなく、根性でするものですから。
コメント
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