北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

北朝鮮の核実験という暴挙

2006-10-09 23:47:50 | Weblog
 体育の日でお休みの三連休も今日で終わり。悪天候で大したこともできずじまい。行楽地は客足が伸びなかったのでは、と心配。

【北朝鮮の核実験…】
 朝部屋の片付けをしていると、先週滝野公園でもらった蕎麦粉があるのに気付きました。

 蕎麦粉といっても、イベントの一環で来園者に石臼を挽いてもらうというコーナーがあったのですが、そこでたくさんの人が少しずつ挽いたものをそのまま袋に入れてくれただけのものです。

 だから黒い皮も入っているし、挽いた粉も粒径がさまざまなものです。「篩いにかけると美味しい蕎麦粉が取れるよ」という言葉を信じてもらってきたのですが、あまり置くと鮮度が下がります。そこでお昼は蕎麦に決めて、もらったクズのような粉を篩いにかけました。

 80番メッシュというやや細かい篩で粉を篩うと、やっとのことで400gほどがとれたのでこれで蕎麦を打ってみました。

 普通田舎蕎麦として食べる粉は、こうして篩った最初の粉は排除して、篩に落ちなかった粉をもう二度、三度と挽いて蕎麦粉にします。そうしないと最初の粉は粘りが少なくて蕎麦らしい味が少ないものが出てくるからです。

 しかしなかには、こうして最初に出てくる粉をすべて入れるやりかたもあってそれを「一本挽き」と呼んでいます。

 こうした粉の特徴は簡単に繋がってくれないこと。繋がりづらい成分が多く入っているからなのですが、慣れればそこはお湯を使ったりお湯の分量を増やしたりして技術でなんとかカバーできるものでもあります。

 やっとのことで打ち上げて早速茹でて食べてみましたが、うん、なるほど、一本挽きの蕎麦の感じが良く出ています。一本挽きの粉は、見た目がつやつやして食べるとつるんとする食感が出てきます。

 更級蕎麦に近い感触なのですが、これもまた良し。こういう食感を店の特徴としてウリにする蕎麦屋さんもあるでしょう。確か富良野市に「半月」というおそば屋さんがありましたが、そこの食感もまさにこんな感じ。
 一度食べたときに訊いてみると、江丹別の一本挽きの粉を使っているということでしたからね。普通の田舎蕎麦らしい蕎麦とまた違う味わいの粉でした。

 こういう粉を手に入れるのがなかなか難しいんですけどね。

    *   *   *   * 

 さて夕方からは北朝鮮が地下核実験を行ったという話題でテレビニュースが持ちきりでした。

 中国の説得や国連の警告も無視した実験の強行は、国際平和の観点から決して認めることの出来ない暴挙と言えるでしょう。

 いかなる説得も効かない、という状況には便りになるチャンネルが相互に存在しないということの結果でしょう。もっともそれぞれの政治的立場がお互いに譲れないものになっているからこそ、そういう状況になっているということもあるのでしょうが。

 とにかく日本としては関係各国との連携を強化して、こちら側の連携が崩れないというサインを送り続けて、核実験というカードの効果を発揮させない環境を作ることが大事なのでしょう。連携を崩さない外交努力が必要です。

 我が国も、楽観的ではなく悲観的でもなく、現実を冷徹に見ることから対処を始め、国民も一枚岩になっているというサインも大事ですね。

 それにしても、孤立する方が政権が存続しやすくなる国と付き合うことは難しいものです。そういう国が隣国であるという自覚ももっと必要なのですが。
コメント
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