ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

ヨーロッパは移民問題で揺れている2

2017-12-20 08:55:25 | 国際関係
●ドイツの移民問題

 2010年10月16日、アンゲラ・メルケル首相は、ある講演で「多文化主義は失敗した」と述べた。 その講演は、ベルリン南西郊外のポツダムで開催されたキリスト教民主同盟(CDU)の青年部会で行われた。CDUは先に書いたように、キリスト教政党であり、連立政権与党の保守政党である。ロイター通信等によると、メルケルは、講演で、若い党員や支持者を前に、「ドイツは移民を歓迎する」と前置きした上で、「ドイツに多文化社会を築こう、共存共栄しようという試みは、完全な失敗だった。そして、この30~40年の失敗は、すぐには穴埋めできない」と訴えた。その上で「移民はドイツ語を学び、ドイツ社会に融合しなければならない。すぐにドイツ語を話さない人は、誰一人歓迎されない。ドイツ社会で生きてゆくなら、法に従うだけでなく、私たちの言語を習得しなければならない」と述べ、喝采を浴びたという。
 メルケルは以後、移民のドイツ語教育に力を注ぐ一方で、ドイツ基本法(憲法)に反するイスラーム教社会の強制結婚など、イスラーム教の伝統的な習慣を規制していくとみられた。また不法移民に対しては厳しい対応が行われるであろうし、それが正規の移民にも広がるとも予想された。だが、この同化政策の効果は容易に上がっていない。
 そのようなところに、2011年3月にシリアで内戦が起り、シリアから大量の難民や移民がヨーロッパに流入するようになった。泥沼化した内戦は、2016年末の時点で30万人を超える犠牲者を出していた。またこの間、100万人以上の難民が発生し、ヨーロッパや周辺諸国に避難・移住した。
 難民・移民は、経済状態がよく、仕事が得られ、生活が安定できそうな国を目指す。EUの盟主的な存在となっているドイツは、メルケルの方針で彼ら難民・移民を積極的に受け入れた。その多くは、イスラーム教徒である。2010年に「多文化主義は失敗した」と述べたのに、彼女はさらにヨーロッパの外からの多数の非キリスト教移民を受け入れたのである。受け入れの理由は、EUの理念である移動の自由の維持、移民による労働力確保や人道主義的な支援等である。だが、こうした難民・移民が激増すると、彼らによる集団婦女暴行事件等が起こり、深刻な社会問題が生じた。
 ドイツはEU・ユーロ圏で一人勝ちしている。域内最大の工業力を持ち、輸出主導型の経済を推進しているドイツにとって、EUは自国繁栄に絶好の機構である。西独は東独との統一を機に、東欧からの安い労働力を利用し、さらにトルコ以外のイスラーム教国からさらに安い労働力を大量に入れることで、輸出競争力を強化してきた。EUはナチスが出来なかったドイツによるヨーロッパ支配を実現した「ドイツ第四帝国」であるとか、ユーロもマルクが名前を変えたに過ぎないとかという見方もある。
 だが、そのドイツでさえ、移民の規制、難民支援の削減、EU離脱を主張するリベラル・ナショナリズムの政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が、勢力を伸長しつつある。2016年9月の州議会選挙でメルケル首相率いるCDUが伸び悩む中、AfDは躍進した。同党のペトリ代表は「もう一つのヨーロッパ、つまり諸国から成り立つヨーロッパ実現のための機は熟した」と語り、ヨーロッパ最大の反EU、リベラル・ナショナリズム政党であるフランスの国民戦線(FN)との連携を強めた。
 このような中で、2017年9月に総選挙が行なわれた。メルケルが率いるCDU/CSUは第1党の座を維持したものの、議席を大きく減らした。CDU/CSUと大連立を組んでいた中道左派の社会民主党は惨敗した。その一方、難民の受け入れに反対するAfDが初めて議席を獲得しただけでなく一気に第3党に躍進し、議会運営や政策決定にも影響を及ぼす勢力となった。
 選挙結果を受けて、メルケルは連立政権を組む交渉に取り組んでいるが、それがうまくいっていない。12月17日現在、まだ交渉中という異例の事態となっている。メルケルのCDU/CSUは、最初社民党との連立継続を望んだが、拒否された。社民党は野党となって再起を図る方針である。そこでメルケルは、中道の自由民主党(FDP)、環境政党の90年連合・緑の党の3党の連立を目指して、協議を進めた。だが、CDU/CSUとFDPが難民の受け入れ制限などを主張したのに対し、緑の党が反対した。環境問題でも大胆な政策を求める緑の党に対し、CDU/CSUとFDPが反対した。そのため、10月半ばから行っていた交渉は11月半ばに決裂した。このような状況で、再選挙を求める声が出ており、4期目を目指すメルケルは窮地に立たされている。
 事態打開のため11月21日、シュタインマイヤー大統領が政権樹立に向けた仲介に乗り出した。ドイツの大統領が政権樹立の調整に入るのは戦後初めてである。多数派の政権ができない場合、議会解散・再選挙に踏み切るかどうかは、最終的に大統領の判断に委ねられる。各党は再選挙も辞さない構えを強めており、事態が打開されるか否かは予断できない。再選挙になった場合、「ドイツのための選択肢」(AfD)がさらに議席を伸ばすと見られる。
 EUは、2017年5月にフランス大統領になった統合推進派のマクロンの提案等を勢いにしてEU改革の加速を目指している。しかし、EUの中核であるドイツで政治空白の長期化や不安定化が続けば、EU全体にも影響が及ぶ可能性がある。
 こうした中、大統領の仲介で、11月30日メルケル首相と議会第2党の中道左派、社会民主党のシュルツ党首が会談した。首相の保守系キリスト教民主・社会同盟と社民党による大連立の継続の可能性が議論された。社民党は12月7日、政権協議に応じることを正式決定したが、党内の一部には強い異論があり、大連立を「政治的自殺」と主張している。CDU/CSUの側も、早期にまとまらなければ協議を打ち切るべきだとか、少数政権を選択すべきだとかの意見があり、党内が意思統一されているわけではない。
 長期的に見て、今後もしドイツで、反EU、リベラル・ナショナリズムの政権が誕生するような事態になったならば、EUは死に至る。もちろん近い将来、一気にそこまでの変化が起こるとは考えにくい。だが、そうした巨大な地殻変動が起こり得るエネルギーが、ヨーロッパには蓄積しつつある。今のまま移民受け入れ政策を続けるならば、イスラーム教移民が増え続け、人口の過半数に至る国も出てくると予想される。 

 次回に続く。