ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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ユダヤ36~スピノザの独創的な哲学

2017-04-11 09:37:31 | ユダヤ的価値観
●スピノザの独創的な哲学

 科学革命の世紀に特異な思想を説き、後世に大きな影響を与えたユダヤ人哲学者がいる。バルーフ・デ・スピノザである。
 スピノザは、汎神論的な独創的思想を生み出し、デカルト、ライプニッツとともに、大陸合理論の代表的哲学者となった。その影響はドイツ観念論の発達、無神論・唯物論の出現に作用し、現代にまで及んでいる。
 スピノザは、1632年にアムステルダムの富裕なユダヤ人の貿易商の家庭に生まれた。両親は、ポルトガルのユダヤ人迫害から逃れてオランダへ移住したセファルディムだった。スピノザは、ユダヤ人学校でヘブライ語・聖典学を学び、ユダヤ神学を研究した。当時のユダヤ教の教義や信仰に批判的な態度をとったため、スピノザはユダヤ教団から破門され、ユダヤ人共同体から追放された。ラテン語を学び、数学・自然科学・スコラ哲学およびルネサンス以後の新哲学に通じ、とりわけデカルトから決定的な影響を受けた。
 スピノザは、オランダの自由主義の政治思想を支持し、神学の干渉から思想の自由を擁護しようとした。そのために旧約聖書の文献学的批判を行い、1670年に『神学政治論』を出版した。本書は禁書とされ、スピノザは極悪の無神論者とみなされた。
 スピノザの哲学体系は、実体(ウーシア、サブスタンティア)の概念から出発する。実体は、ギリシャ哲学からスコラ哲学で中心的な役割を演じた概念である。変化する諸性質の根底にある持続的な担い手であり、それ自身によって存在するものをいう。デカルトは、方法的懐疑によって疑い得ぬ確実な真理として、「我思う、ゆえに我あり(cogito ergo sum)」と説いた。そこから神の存在を基礎づけ、外界の存在を証明した。神を無限な実体として世界の第1原因とし、それ以外には依存しないものとして、物体と精神という二つの有限実体を立てた。これら「延長のある物体」と「思惟する精神」は相互に独立した実体とする二元論の哲学を樹立した。
 これに対し、スピノザは、実体を自己原因ととらえ、無限に多くの属性から成る唯一の実体を神と呼び、神以外には実体はないとした。所産的自然としての個物は、能産的自然としての神なくしては在りかつ考えられることができないものとし、すべての事物は神の様態であるとした。そして、神は万物の内在的原因であり、すべての事物は神の必然性によって決定されていると説いた。また、延長と思惟はデカルトの説とは異なり、唯一の実体である神の永遠無限の本質を表現する属性であるとした。延長の側面から見れば自然は身体であり、思惟の側面から見れば自然は精神である。両者の秩序は、同じ実体の二つの側面を示すから、一致するとした。
 主著『エチカ 幾何学的秩序によって証明された』は、1675年に完成したが、生前は発刊されなかった。副題が示すように、限られた公理および定義から出発し、一元的な汎神論と心身並行論を証明し、それらに基づいて人間の最高の善と幸福を解明する倫理学を展開した。
 スピノザの思想の核心は、神即自然 (deus sive natura) の概念にある。彼の哲学は、一種の汎神論であり、また新プラトン主義的な一元論と理解される。人格的な神の観念を否定し、理性の検証に耐えうる合理的な自然論を提示している。そのため、ユダヤ=キリスト教の側からは無神論者と決めつけられた。だが、むしろ理神論者と見るべきだろう。
 理神論(deism)は、キリスト教の神を世界の創造者、合理的な支配者として認めるが、創造された後では、世界は自然法則に従って運動し、神の干渉を必要としないとし、賞罰を与えたり、啓示・奇跡を行ったりするような神の観念には反対する宗教思想である。キリスト教を近代科学と矛盾しないものに改善しようとした試みであり、信仰と理性の調和を目指し、キリスト教を守ろうとしたものである。17世紀前半のイギリスに現れ、18世紀の啓蒙主義の時代に各国に広がった。そうした風潮において、18世紀の後半、ドイツでスピノザの哲学をどう受け入れるかという汎神論論争が起こった。その結果、スピノザ哲学は無神論ではなく汎神論であるという理解が確立された。
 スピノザの一元的汎神論や能産的自然の思想は、後の哲学者に強い影響を与えた。スピノザは、自己の個体本質と神との必然的連関を十全に認識するとき、有限な人間は神の無限に預かり、人間精神は完全な能動に達して自由を実現し、そこに最高善が成立すると説いた。その哲学は、フィヒテからヘーゲルに至るドイツ観念論哲学の形成に決定的な役割をはたした。ヘーゲルは、スピノザの唯一の実体という思想を自分の絶対的な主体へ発展させた。そのヘーゲルの絶対的観念論を打破したところに、マルクスの無神論的な史的唯物論が登場した。
 スピノザは、ユダヤ教の側から破門にされ、キリスト教の側からは危険人物視された。だが、その神即自然の思想は、数学・自然科学の知見を踏まえたものなので、ユダヤ=キリスト教の信仰と数理的・科学的な理性との両立を図る科学者には、受け入れやすいものだった。
 20世紀最高の天才物理学者でユダヤ人であるアルベルト・アインシュタインは、ニュートンの機械論的世界観の体系を包含する相対性理論を樹立したが、その一方てユダヤ教徒であり、信仰と理性を両立させた世界観を持っていた。彼の神に関する考え方には、スピノザの影響があることが指摘されている。

 次回に続く。