ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

人権210~五箇条の御誓文

2015-10-10 09:28:02 | 人権
●日本の国是を示した「五箇条の御誓文」

 17世紀から20世紀初頭までの時期の西欧発の人権思想史をたどった。ここで、近代西洋文明と遭遇した日本における思想的展開を見ておきたい。欧米列強の迫る中、封建制を打破し、日本の統一と近代化を実現しようとする思想が、幕末から明治にかけて発達した。その展開は、欧米のリベラリズム、デモクラシー、ナショナリズムを摂取し、日本の伝統・文化・国柄に基づいて主体的に応用し、独創的に発展させたものだった。この思想的展開の要に、五箇条の御誓文がある。
 1868年(慶応4年) 3月14日((明治元年4月6日)、明治天皇は、「五箇条の御誓文」を発表した。政治の御一新に当たり、明治天皇が国家の大方針を示したものだった。
御誓文は、次の通りである。

一、広く会議を興し、万機公論に決すべし。
一、上下(しょうか)心を一にして、盛んに経綸を行ふべし。
一、官武一途(いっと)庶民に至るまで、各々其の志を遂げ、人心をして倦(う)まざらしめむことを要す。
一、旧来の陋習を破り、天地の公道に基くべし。
一、智識を世界に求め、大いに皇基を振起すべし。
 我国未曾有の変革を為(なさ)んとし、朕躬(み)を以て衆に先じ、天地神明に誓ひ、大(おおい)に斯(この)国是を定め、万民保全の道を立(たて)んとす。衆亦此(この)旨趣(ししゅ)に基き協心努力せよ。

 現代語訳を示す。

一、会議を開き、多くの人の意見を聞いて政策を決める。
一、身分の上下に関係なく、心を合わせて、政策を行おう。
一、公家、武士や庶民の区別なく、国民の志がかなえられ、失望のない社会にしよう。
一、これまでの慣習をやめ、国際社会の習慣に従おう。
一、新しい知識を世界の各国に求め、国家を繁栄させよう。
 わが国は、未曾有の大改革を行うので、私はみずから先頭に立ち、天地神明に誓い、重大なる決意を持って、国家の大方針を決め、国家・国民の安定を図る道を確立するつもりである。国民の皆さんにもこの趣旨に基づいて、心を合わせて、努力をお願いしたい。

 「私」とは、明治天皇である。天皇が天地神明に誓って、国是すなわち国家の大方針を決め、これを国民に発表し、国民に心を合わせて努力してほしいと呼びかけたものである。
 明治天皇は御誓文と同日、御宸翰(ごしんかん)を出された。宸翰とは天皇直筆の文書である。そこには次のような意味のことが記されている。
 「今回の御一新にあたり、国民の中で一人でもその所を得ない者がいれば、それはすべて私の責任であるから、今日からは自らが身を挺し、心志を苦しめ、困難の真っ先に立ち、歴代の天皇の事績を踏まえて治績に勤めてこそ、はじめて天職を奉じて億兆の君である地位にそむかない、そのように行う」
 すべての人が「所を得る」ような状態をめざし、全責任を担う。天皇の決意は、崇高である。ここには天皇が国民を「おおみたから」と呼んで、大切にしてきたわが国の伝統が生きている。御誓文と御宸翰に示されたもの、それが近代日本のリベラリズム、デモクラシー、ナショナリズムの始まりだった。
 新政府は、五箇条の御誓文の国是の下に、封建制度を改めた。その一環として封建領主が所有する領民と領地を天皇に返す改革が行われた。まず版籍奉還が行われ、続いて廃藩置県が断行された。廃藩置県によって、各藩の徴税権を中央政府に集約し、近代的な租税制度が確立された。財政的基盤を明治政府は、国力の増強、国民の実質化を進めた。政府主導のナショナリズムによって、上からの近代化が進められた。改革と近代国家の建設が、天皇と国民が一体となって進められたところに、わが国の大きな特徴がある。

 次回に続く。