ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
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『21世紀の資本』の著者、ピケティの日本での発言

2015-02-12 10:21:57 | 経済
 世界的ベストセラー『21世紀の資本』の著者でフランスの経済学者、トマ・ピケティが来日し、1月31日東京都内の日本記者クラブで記者会見した。また2月2日放送のNHK「クローズアップ現代」に出演し、インタビューに答えた。
 ピケティは、パリ郊外生まれの43歳。米マサチューセッツ工科大の助教授などを経て、現在パリ経済学校教授。2007年の大統領選では、サルコジに敗れた社会党の女性候補ロワイヤルの経済顧問を務めた。
 平成25年(2013)8月に出版された『21世紀の資本』は、米国でベストセラーとなるなど、世界で約150万部が発行された。昨年12月には日本版も発行され、高価な専門書としては異例の13万部を突破した。
 ピケティは格差拡大の原因解明に取り組んでいる。従来、格差問題で主に焦点があてられてきたのは、労働者の賃金だった。これに対し、ピケティが注目するのは、株や不動産、預金などの資本である。ピケティは、資本が格差拡大の大きな原因ではないかと考え、世界20か国以上の所得税や相続税等のデータを1870年代までさかのぼって集めてデータ化した。そして、そのデータをもとに『21世紀の資本』を著し、富の分配や格差が生まれた背景を明らかにした。
 ピケティは、株式、預金、不動産などの資本の収益率(r)は、所得や産出の年間増加率である経済成長率(g)を上回る「r>g」という不等式が成り立つと主張する。この不等式は、労働によって得られる賃金所得の増加や経済成長率よりも、資本が多くの富を生み出す力を持っていることを示す。それが、格差を生み出す。これによって、資本主義の発展とともに富が多くの人に行き渡って所得分配は平等化するという、従来の経済学の定説を覆した。ただし、ピケティの統計の選択については恣意的だという批判もある。
 次に、来日中の発言の概要を伝える新聞記事を転載し、その後に補足及び私見を述べる。

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●産経新聞 平成27年2月1日

http://www.sankei.com/economy/news/150131/ecn1501310039-n1.html
2015.2.1 06:07更新
中国経済「税の使い道ははっきりしていない」 ピケティ氏会見の主な一問一答

 世界的ベストセラー「21世紀の資本」の著者で来日中の仏経済学者、トマ・ピケティ氏は31日、東京都内の日本記者クラブで記者会見し、高所得者層に高い税金をかけるべきだと持論を展開した。一問一答は次の通り。

--日本は昨年4月、財政再建のため消費税を増税した
 「日本の成長を促すという観点からみると、消費税増税はいい結果を生んでいない。若者に利する形の累進課税にし、若者や低所得者層の所得税を引き下げるべきだ。逆に、高所得者層の所得税や不動産税などは高くすべきだ」

--米国では格差が広がっても国内総生産(GDP)成長率は伸びている
 「米国の国力が上がったのではなく、世界各地から移民を受け入れ、人口が増えているからだ。トップレベルの大学の研究もすばらしく、これらが経済成長に結びついている。日本や欧州はもっと大学に投資すべきだ。欧州各国は緊縮財政をやり過ぎた面もある」

--これほど、貧富の格差に注目が集まるのはなぜか
 「高度成長期の格差はあまり問題ないが、(世界的に)低成長期なので問題視される。低所得者層の所得の伸びより高所得者層の所得の伸びの方が大きいことを皆が実感してしまうからだ。格差が広がれば、(低所得者層と高所得者層は)緊張関係になる。それぞれの国がどんな制度や仕組みを作るかで、格差を小さくできる」

--アベノミクスは、高所得者層が豊かになれば、低所得者層にも富がしたたり落ちる「トリクルダウン」の理論だ
 「トリクルダウンは理論としてはおもしろいが、実効面で機能するのか。過去10年で(世界的に)格差は大きくなっている。経済成長率は、格差が小さかった1950~70年代の方が現代より高かった。『いずれ富が万人に行き渡る』という保証はない。それよりも、若者に利する累進課税にすべきだ。有期契約労働者やパートタイム労働者の待遇を手厚くするのが、日本の格差是正には重要」

--法人税の実効税率の引き下げについては
 「各国が企業を誘致するために実効税率を引き下げれば、グローバル企業が(より法人税の低い国に本社を移して)ほとんど法人税を払わなくていいことになってしまう。日米欧で共通の国際法人税のようなものをつくり、グローバル企業には最低限払うべき税率を設けるべきだ」

--中国についてはどう考えるのか
 「所得税に関する統計を地方まで透明化すべきだ。税収額や使い道があまりはっきりしていない」

●読売新聞 平成27年2月3日

http://www.yomiuri.co.jp/economy/20150203-OYT1T50076.html
◇来日中のピケティ氏の主な発言は次の通り。(読売新聞とのインタビュー、日本記者クラブでの記者会見などから)

【格差の状況】
 20世紀初頭まで、(各国の)貧富の差は大きかった。2度の世界大戦で(インフラなどの)資本が破壊され、格差はいったん縮小した。1970年代までは戦後復興の高度成長で格差はそれほど広がらなかったが、80年代以降、日米欧いずれも格差が拡大している。特に米国でその傾向が顕著だ。
 「資本の収益率(r)は経済成長率(g)を上回る」という数式が歴史的に成り立つ。富裕層の株や不動産などの財産が大きくなるスピードは、一般の人の所得が上がるスピードよりも速い。適切な政策がとられなければ、富の集中はさらに進むだろう。
 日本や欧州は、人口の減少によって、世襲社会に戻りつつある。富を相続する人の数が減り、富裕層の子供は以前より多くの財産を引き継げるようになった。一方、相続できる財産がなく、労働所得のみに頼る若い人が不動産を所有するのは難しくなっている。

【格差の是正策】
 富裕層を対象に、不動産や株式などの資産に対する累進的な課税を世界的に強化すべきだ。日本は国内総生産(GDP)の規模で見ても世界で重要な国なので、大事な役割を担うべきだ。
 格差の縮小と経済成長は両立可能だ。そのためには、国民の幅広い層が適切な教育と職業訓練を受けられるような環境づくりが必要だ。

【日本について】
 安倍政権の経済政策「アベノミクス」は、格差を拡大する一方で、経済は低成長になるという最悪の事態に陥るリスクがある。金融緩和は資産のバブルを生むだけだ。取り組むべきは賃上げの強化だ。
 消費税率の引き上げは、幅広い層に影響するので、経済成長にとってはよくない。財政再建には、高齢者を中心とした富裕層から税金を多く取るべきだ。
 所得税の最高税率が高かったかつては格差が小さく、経済成長率も高かった。固定資産税に累進制を導入することも考えられる。人口減少社会となった日本では、相続財産が重要な役割を果たす。
 その一方で、低所得者層への課税を引き下げるなど、若者に有利な税制改革が求められる。(栗原健、山内竜介)
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 上記の記事のように、ピケティは、資本主義による格差の拡大への処方箋として、世界的には、世界規模で富裕層に対する資産課税を強化することを提案する。
 ピケティは、資本がごく一部の人に集中していることに言及し、親からの相続等で得た資本を持つ人ほど収入が増え、そうでない人は不利になると指摘する。格差が固定・拡大する。人口減の日本と欧州は世襲社会に戻りつつあると警告し、これを世襲資本主義と呼ぶ。
 ピケティは、階級闘争を説くマルクス主義者ではなく、結果の平等を説く社会主義者でもない。極端な格差は経済成長の障害となるとともに、デモクラシーを脅かすとして、妥当な水準へと格差を是正すべきことを主張する。
 NHKテレビ「クローズアップ現代」では、次のように語った。「格差は妥当な水準であれば問題はない。しかし、問題は極端な格差である。あまりに格差が大きすぎるとやがて社会の流動性も失わせ、経済成長にとって有益ではない。デモクラシーをも脅かす」と。
 欧州経済については、日本記者クラブで「現在の欧州の経済成長は非常に悪い。財政引き締め策が行き過ぎているからだと思う。公的債務を減らすことに躍起になりすぎている。それが経済成長を阻害している。日本が陥っていたデフレとやや同じ問題を抱えている」と語った。
 『21世紀の資本』は、2010年のアメリカでは総所得に占める上位1%の富裕層のシェアは20%、上位10%では全体のほぼ半分に及ぶと書いている。私見を述べると、先進国におけるデモクラシーの発達は、中間層が増加することによる。格差の拡大は中間層を没落させ、ごく一部の富裕者を除く大多数の国民を貧困化する。富裕層は金の力で政治家とメディアを支配し、デモクラシーの制度は維持されていても、実質的に富裕層の意思で政治が行われるようになる。
 ピケティによると、日本経済は上位10%の高所得者層が全所得の約40%を占有し、欧州よりも格差が広がっている。ピケティはバブル崩壊後の1990年代以降、その傾向が顕著だと指摘し、低成長の中で格差が広がっていることに警鐘を鳴らす。若い世代を利する税制の改革、不動産や株式等の資産への累進課税の導入、低所得者層への社会保障の拡充等を提案している。
 安倍首相は1月28日の国会答弁で「ピケティ氏が提言するような世界的な資産課税の導入については執行面でなかなか難しい面がある」とした上で「引き続き、収益の拡大が賃金上昇や雇用拡大につながる好循環を目指すよう取り組んでいく」と表明した。一方、ピケティは「世界で協調しないから日本でもやらないというのを言い訳にすべきではない。日本では資産へのアクセスが難しい若い世代が優位になるように税制を改革することが重要だと思う。消費増税は日本の格差を減らす上であまり良い手段ではないだろう」と述べた。
 ピケティは、アベノミクスの第一の矢、異次元金融緩和策について、ブルームバーグ・ニュースとのインタビューで、「紙幣を印刷するだけでは十分ではないというのが一つの教訓だろう。紙幣を増刷すれば、株式市場や不動産市場ではバブルを起こすことができる。しかし、必ずしも消費者物価や経済成長は上昇しない」と述べた。アベノミクスの第二の矢、機動的な財政出動、第三の矢、民間の投資を呼び込む成長政策に関する論評は聞かれない。大胆な金融緩和は、これらと有機的に連携して行われてこそ、デフレ脱却を進める強力な駆動力になる。だが、ピケティはただ賃金・課税・税率という所得の再配分の方策を説くのみのようである。政治哲学でいう配分的正義の実現を目指す方策である。
 以前にも書いたが、私見を述べると、こうした世界的な資本及び富裕層への課税の強化は、現在の権力関係に変化を求めるものとなる。特に巨大国際金融資本家から、強い抵抗を受けるだろう。その抵抗を斥けて課税を強化するには、各国でデモクラシーの飛躍的な発達が必要である。
 日本経済については、わが国を長期デフレに陥れ、格差を拡大してきた橋本=小泉構造改革路線を否定し、日本型の経営を再評価し、グローバリズムに対抗して国民経済の再構築を行う必要がある。アベノミクスには構造改革路線の理論であった新自由主義の要素が混在している。アベノミクスを総点検して一部修正を行い、新自由主義からの脱却と日本的価値の顕揚を行うべき時である。その点でピケティが提示したデータ分析は、大いに参考になるものである。

関連掲示
・拙稿「ピケティの定理を日本に当てはめると1・2~田村秀男氏」
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/3e4372c3cda217cd240f4ebe492a31bd
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/e/47e8ebf78ab7e337d45b160afaa655ef