ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

2・7は「北方領土の日」

2013-02-07 10:22:24 | 国際関係
 本日は「北方領土の日」である。昨年のこの日から本日まで、領土返還に前進は見られなかった。だが、昨年12月に政権交代が起こり、安倍内閣が成立したことにより、わが国の外交はここ数年来ない戦略的な動きを見せており、ロシアとの外交についても、ある程度期待の持てる状況になっている。
 安倍首相は、首相就任前の昨年12月16日、自民党総裁として報道陣に対し、日露関係改善と北方領土問題の解決に意欲を見せ、「領土問題を解決して、平和条約締結に至ればいい」などと語った。すると、ロシアのプーチン大統領は、12月20日、「たいへん重要なシグナルで高く評価する」と述べ、北方領土問題で「建設的な対話」を期待すると表明した。ただし、極東地域の長期的発展プログラムについては、「クリール諸島(千島列島と北方四島)にも必要な注意を払う」と述べ、現地のインフラ整備を引き続き進める考えも示した。
 
 私は本年1月2日の拙稿「ロシアに北方領土返還を求める好機」にて、北海道大学名誉教授・木村汎氏の提案を紹介した。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20130102
 木村氏は、アジア太平洋地域で覇権を進める中国に対して、ロシアは焦りを感じているから、わが国の首相は「ロシアが極東経済を発展させ、真に地域の一員たらんとするなら、ベストパートナーは日本であり、それには四島返還が必須である」と交渉するとよい、と提案をしている。木村氏の意見は、ロシアと中国の力関係が逆転したという情勢を、北方領土交渉に生かせという見方からのものである。
 また私は1月3日の拙稿「北方領土交渉に力を入れるのは今」にて、東海大学教授・山田吉彦氏の見解を紹介した。
http://blog.goo.ne.jp/khosogoo_2005/d/20130103
 山田氏は「ロシアは、シェールガスが一般化する前に、サハリンの利益を獲得しなければならない」「LNGプラントを造るには1兆円ほどの費用が必要」「外資を導入しなければならない」「サハリンガス田開発はガスの売却先も含め、日本を抜きにしては考えられない」「日本は、自虐史観を捨て、あらたな交渉の材料を用意し、日露関係の将来を見据えた北方領土返還交渉に臨まなければならない。交渉に力を入れる時期は今だ」と述べている。
 木村氏の提案、山田氏の見解とも、政府・外交専門家が良く参考にすべき意見である。

 持論の繰り返しになるが、わが国が現行憲法を放置し、国防に規制をかけられた状態に止まっている限り、ロシアとの領土返還交渉は、解決に至らないと思うからである。実力の裏づけのない外交は、相手国になんら圧力を感じさせない。現行憲法の第9条をそのままにしながら、領土の返還交渉をいくら続けても、埒があかないだろう。領土問題は主権の問題、国防の問題であり、つきつめると憲法問題であることを認識しなければならない。まず憲法改正を行い、国民の団結心を高め、国防力を充実し、その上でロシアとの交渉を進める。その時に、中国を中心としたアジア太平洋情勢や世界のエネルギー市場の動向等を語ることが、外交を有利に進める材料となるだろう。

 ところで、安倍政権は森喜朗元首相をロシアに特使として派遣すると報道された。報道後、森氏は1月9日、BSフジのプライムニュースでのインタビューで「一番いいのは国後島と択捉島との間に線を引くことですよ」と述べた。これは3島返還論である。北方領土返還交渉の原則を逸脱した意見であり、特使として交渉に臨む人間が口にすべき案ではない。森氏の領土問題の認識、政治家としての交渉力、社会人としての国際感覚を疑わざるをえない。安倍首相は、森氏を特使として派遣することを止めるべきである。元首相だとか、自民党の重鎮だとかを考慮する必要はない。内輪の論理や人情は、外交には通用しない。ただ国益を以て、判断すべきである。
 先に提案を紹介した木村氏は、本件について明快な意見を述べている。
「森氏の意向は、直ちにモスクワのプーチン氏に伝えられたに違いない。被害を最小化するせめてもの努力として、安倍首相は森氏の特使派遣を中止すべきだろう。そうでないと、ロシア側によって次のように誤解されること必定である。森氏の『3島論』イコール安倍政権の本音であり、少なくとも森発言はあらかじめ首相の意を受けた観測気球である、と。」
 安倍首相は、対東南アジア外交では戦略的な外交を展開しているが、対ロシア外交では、やや考えが甘いのではないか。ロシアとの外交は、領土返還交渉が主題であって、東南アジアとの外交課題より、はるかに高度な課題である。しっかり戦略を立てなければいけない。また交渉に派遣する人材は、よほどよく吟味しなければならない。
 以下、木村氏の意見を転載する。

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●産経新聞 平成25年1月23日

http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130123/plc13012303110004-n1.htm
【正論】
北海道大学名誉教授・木村汎 「3島」で安倍外交を躓かせるな
2013.1.23 03:10

 森喜朗元首相はロシアとのパイプを持つ数少ない日本の政治家、党派を問わず、日本の首相が訪露する前に特使として派遣するのに最適の人物だ-。このような評価が何となく醸し出されている。果たして正しい見方なのか。

≪森氏の露コネクションとは?≫
 森氏がロシアに関心を抱いていることは紛れもない事実であり、望ましくさえあろう。石川県の町長だった父君は対岸ロシアとの交流に意欲を示し、死後のイルクーツク近郊への分骨すら希望した。だが、この程度のロシアへの思い入れはさして珍しくない。
 例えば、鳩山家の四代続くソ連-ロシアとの結びつきもそうだ。鳩山由紀夫元首相の祖父の一郎氏はソ連との国交回復に踏み切った立役者で、父の威一郎氏は、ソ連のアフガニスタン侵攻に欧米が抗議した後、最初に大型代表団を率いてソ連を訪問した人物だ。由紀夫氏の息子の紀一郎氏は、留学先にモスクワ国立大学を選び、ロシア交通渋滞の軽減対策を提言した。だからといって、ロシア側は首相当時の由紀夫氏に外交譲歩を行う気配はついぞ示さなかった。
もとより、プーチン露大統領とて血が通う生身の人間である。プーチン外交に、日本人政治家とのケミストリー(相性)がある程度は影響を及ぼすかもしれない。しかし、だからといって、そんな要因に過大な期待をかけることは禁物だ。ロシアの国益を最優先する立場を貫かなければ、プーチン氏とても己の国内的地位の確保すらままならないからである。
 森氏は、首相時代の2001年3月、イルクーツクでの非公式会談で、プーチン大統領に対して、歯舞・色丹と国後・択捉を分離して協議する提案を打診した。この「並行協議」案はそもそもロシア側に採用されなかったとはいえ、日本でもそのメリットについては評価が分かれるところだ。
 当時、外務省で森首相の対露政策づくりに尽力した東郷和彦(現京都産大)教授は、「並行協議」を除くと四島返還を実現する現実的な手立てはないだろうと説く。他方、袴田茂樹(現新潟県立大学)教授は、並行協議が事実上、「2島」返還に終わりかねない危険性を秘めているとみなす。

≪イルクーツク超えた3島返還≫
 この論争は、同年4月の小泉純一郎政権の誕生によって終止符が打たれた。同政権は、四島すべての日本への帰属確認が優先されなければならないとの立場を明確にしたからである。こう主張することによって小泉政権は、森前政権の「並行協議」案を葬り去った。少なくともロシア側はそう受け取った。東郷氏も日本政府が四島返還要求の旗印を降ろすことは金輪際ないという立場なので、小泉政権発足によって変わったのは方法論の違いに過ぎなかった。
 ところが、である。今回、首相特使としてモスクワへ派遣されるに当たって、森氏は「並行協議」どころか、何と「3島返還」論を唱えたのだ。1月9日のBSフジのプライムニュースでのインタビューで次のように述べている。「一番いいのは国後島と択捉島との間に線を引くことですよ」と。

≪特使の派遣はせめて中止を≫
 この森氏の発言は、二重三重の意味で遺憾である。第1に、特使という立場や身分を正しく理解していない。特使は、通常の外交ルートではうまくいかないときに派遣されることが多いから、安倍晋三首相が特使を派遣する必要性は端からないのである。それはさておいても、特使は大臣より重い身分だから、己の言動を慎重なうえにも慎重なものにし、外務省チャンネルとの「二重外交」の弊に陥らないよう注意すべきである。
 森氏は親露家であるが、ロシア通ではない。少なくともロシア式交渉術には無知である。今回の発言が、それを露呈している。日本側が3島で妥協する意図を示唆したら、ロシア側はいったいどのような反応を示すだろうか。
 「バザール商法」を交渉の常道とみなすロシア人は、日本側の3島提案にはまだ妥協の糊シロ(譲歩をみこんでの駆け引きの余地)が織り込まれていると受け取る。当然のように「3島」提案そのものを値切りにかかる。結果として日本側は良くて「2島半」、最悪の場合「2島」で合意せざるを得ない羽目に陥るだろう。そこまで考えて森氏は発言したのか。
 森氏の意向は、直ちにモスクワのプーチン氏に伝えられたに違いない。被害を最小化するせめてもの努力として、安倍首相は森氏の特使派遣を中止すべきだろう。そうでないと、ロシア側によって次のように誤解されること必定である。森氏の「3島論」イコール安倍政権の本音であり、少なくとも森発言はあらかじめ首相の意を受けた観測気球である、と。
 いずれにせよ、安倍政権は参院選挙までは経済対策を優先させようとするあまり、かつての民主党政権同様の間違いを犯した気がしてならない。外交を軽んじるという誤りである。長老の森氏を特使として派遣する安易なアイデアが安倍外交の最初の躓きになることが杞憂であればよいのだが…。(きむら ひろし)
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関連掲示 
・拙稿「領土問題は、主権・国防・憲法の問題」
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/opinion12.htm
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