ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

嵌められた日本~張作霖爆殺事件4

2006-03-17 12:50:15 | 歴史
 張作霖爆殺事件は日本軍の仕業というのが定説だった。その定説が揺らぎだしている。定説は東京裁判でつくられたものである。
 この「満洲某重大事件」とされた事件の詳細は、東京裁判の時まで、国民には知らされていなかった。東京裁判で検察側証人として立った田中隆吉が、突如この事件について証言した。田中は、関東軍の元参謀だった。田中は「河本大佐の計画で実行された」「そのことを河本自身から聞いた」「これが事実だ」と断定した。田中は実行の詳細を述べたが、弁護側は多くの資料を却下されたり、未提出に終わったりしたために、十分事実を争うことができなかった。

 田中が証人として現れたとき、日本人の被告や傍聴席から驚きの声が上がったという。田中は「日本のユダ」と呼ばれた。田中自身、いわゆる「A級戦犯」として、連合国から訴追されてもおかしくない過去を持っていた。実は田中は、検事団から免責の約束を取り付けた上で、軍上層部の機密事項をまことしやかに次々と述べたのだった。
 月刊『正論』が掲載したプロホロフの談によると、田中は戦後抑留されたソ連で、国家保安省に取り込まれて、ソ連に都合のいいように証言させられたという。私は、田中自身が、祖国への裏切り、または同胞を責める意思をもって偽証したのではないか、という疑いを抱いている。

 次に、プロホロフの説の検討を行いたい。

 拓殖大学客員教授の藤岡信勝氏は、張作霖事件にいろいろ疑問を抱いてきた学者の一人だ。氏が『正論』4月号に書いたものによると、田中義一を首相とする日本政府は、「張作霖を支援して満洲支配の支柱にしようとしていた」。北京で勢力を張っていた「張作霖を満洲に引き上げさせたのも、蒋介石の北伐軍から張作霖を守り彼を温存するためだった。爆破は、その帰満の途上で起こったのだ」。だから「日本にとって彼を殺害して得られる利益は何もない」。しかし、日本軍の実行行為は、詳細まで明らかにされている。プロホロフの主張には、この暗殺の実行の詳細がない。
 そこで、藤岡氏は、「論理的には次のどれかが真実であるということになろう」と言う。

①ソ連の特務機関が行ったという情報そのものがガセネタである場合。
 例えば、二回目の暗殺計画は、実行する前に関東軍が同じ事を実行したので、自分たちがやったように報告したなど。
②プロホロフの情報が正しく、河本以下の証言がすべて作り話である場合。
③河本以下の関東軍軍人が丸ごとソ連の特務機関の配下、または影響下にあった場合。

 以上の三つである。藤岡氏は、今後の研究によってどうなるか、余談を許さないと言う。

 中西輝政氏は、『諸君!』4月号で『GRU帝国』のロシア語の原書を検討した結果を記し、その上で、「重要な疑問の一つ」として、次のことを揚げる。「張作霖爆殺の直後から、日本政府や軍関係者が自ら『関東軍がやったのだ』と思ったほどの偽装工作が、一体どのようにして可能だったのか」。同書は、その具体的な手法については触れていない。河本大佐は、戦前から「自らやった」と公言していた。
 中西氏は、もし『GRU帝国』の叙述が本当だったとすると、可能性は二つしかないという。

④河本が、事件が実はGRUの謀略だったことを知らず、ある種の「パーセプション操作」による作られた擬似状況(バーチャル・リアリティ)の中で「自らやった」と思い込んでいた場合。
⑤河本が「日本に忠実」ではなかった場合。

 以上の二つである。

 中西の④は、藤岡の②と若干似ているが、④は思い込みであるのに対し、②は虚偽である点が違う。④の思い込みは、「『パーセプション操作』による作られた擬似状況(バーチャル・リアリティ)の中で」と中西氏が書いているように、ある種の「洗脳」の結果という可能性が含意されていよう。これに対し、②は、何らかの目的をもって意図的にウソをついている可能性が含意されていよう。
 中西の⑤は示唆的な表現だが、藤岡の③と同じ可能性を想定したものと思う。つまり、河本らがソ連またはGRUと何らかの関係があった場合である。
 ④と⑤の違いは、④は「洗脳」による思い込みであり、⑤は祖国に対する裏切りである。中西氏は、「いずれにせよ、この問題は、戦前の日本陸軍の内部にGRUないしソ連・コミンテルン系の工作網がどのくらい浸透していたか、という昭和戦争史全体と諜報史に関わる大テーマにも絡んでくる」と述べている。

 次回、両氏の意見を踏まえて、私の考察を述べたい。