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ロビンフッドは義賊か

2021年02月01日 | 株式市場

  アメリカの株が乱高下を始めています。

  その最大の原因は、もちろん通常の価値評価をはるかに上回る株価の上昇による高値警戒感です。特に先導役となっているテスラ株はPER株価収益率でいうと200倍というレベルで、2000年のITバブルを超えるところまで買われています。その他のGAFAMも高いPERまで買われていて、警戒警報が鳴らされています。

  しかしこの一週間は別の要素が出てきて相場を振り回していました。それがタイトルにある「ロビンフッド」の存在です。といっても、もちろん森に住むかの有名な義賊のロビンフッドではなく、その名を借りている株式の無料取引アプリです。会社の発表によればそのアプリの個人によるダウンロード数は19年12月にすでに1,000万を超えています。それがこの1年、コロナ禍の中でさらに300万人が参加したとニュースになっていました。取引手数料が無料であるばかりでなく、取引金額も1ドルから可能と、初心者にとって非常にハードルが低いのが特徴で、面白半分での株取引が可能となって、ミレニアル世代の若者が多く参加していると言われています。もちろんコロナによる外出制限も大いに貢献しているのでしょう。

  参加者の大多数は金融資産が少ないただの個人なのですが、それが1,000万人という塊になることで巨大な力を発揮しています。ではそこに参加しているロビンフッダーがどれほど相場を動かしたのか。動きが際立ったゲームストップという企業の株価を見てみます。

  ゲームストップ社はすでに廃れつつあるビデオゲームを店頭で販売する会社で株価は長く低迷し、そのうち廃業するだろうといわれていた企業ですが、その株価が暴騰したのです。長い間株価は1ケタ台と倒産領域にいました。それが今年どうなったか、株価の推移を追います。(ドル)

1月4日  26日  27日09:30 10:00 11:30 16:00  29日16:00

$17.25  43      352   469   132  197     325

  年初の17ドルあたりから何故か株価が高くなり、それをめがけて空売り専門ファンドが空売りのポジションを積み上げ始めました。その後26日の43ドルに至る過程で個人も買いと売りの取引を増加させ、特に空売りのポジションが多きく積み上がったのです。

  そこで登場したのが無料アプリ、ロビンフッドを利用する多くの個人投資家、ロビンフッダーです。彼らはSNSのReddit内にある株式情報フォーラムであるWallStreetBetsを利用して、「空売り勢を締め上げろ」と狼煙をあげました。それが27日になって株価の暴騰を呼びました。最高値は483ドルにもなっていますので、年初以来では28倍。前日比でも3.3倍と瞬間的に暴騰しています。

  では、「空売り勢を締め上げろ」とはどういうことか。英語ではshort squeezeと言います。簡単化して説明します。空売り勢は株を持っていないのですが、高値だと見れば株式そものを所有者から借りて市場で売却し、あとで安くなった同じ株式を市場で買い戻して返却するという形で利ザヤを稼ぎます。高低差が利ザヤです。

  ところが思惑に反して空売りした価格より株価が上昇してしまうと、それ以上高くならないうちに必死に買い戻そうとします。その瞬間はロビンフッダ―も買い、空売り勢も買うので価格が一挙に跳ね上がる状態になるのです。空売り勢は藁をも掴む状態で買いに走るのため、ロビンフッダー達はニッコリ笑って買った株式を売ってあげるのです。日本の株式用語では「踏み上げ」と言います。もちろん逆に売り場を失って高値を掴んだままのロビンフッダーもあらわれます。

  こうした株式市場での攻防は、実は日常的に起こっているのですが、今回の例はあまりにも激しい動きだったのと、以下の別の要素で大きなニュースになっています。それは、正義の味方ロビンフッダ―対悪徳巨大ヘッジファンドという構図になったことです。

  アメリカでは去年一年で主に株式を保有する億万長者たちが1年で資産を3割も増やしたことが大きなニュースになり、その中でもヘッジファンド長者が妬まれる構図があります。悪いことをしているわけではないのですが、妬みが悪意になり、今回は「やっつけろ」となりました。数年前に「ウォールストリートを占拠せよ」という運動が大々的に起こりましたが、それに似た動きともとれます。その時は若者に支持を受けた社会主義者を標榜する大統領候補バーニー・サンダースがヒラリー・クリントンを脅かしました。

  先ほどのゲームストップ株がロビンフッド達の締め上げによって極端な高値になっていた時、ロビンフッドの運営者が取引に自主的制限をかけ、一転して下落に転じました。そうした制限などによる一部の株価の乱高下はアメリカ株式市場全体にも悪影響を及ぼすまでになっています。理由はこれまで株価上昇を支えていたヘッジファンドからの資金流失懸念です。最初に申し上げたように、もともと現在の株価は高値警戒圏にあるため、ちょっとした悪材料に反応しやすくなっています。

  ヘッジファンドは株価上昇の主役の一人であると同時に、下げ局面でも主役になります。下げにより投資家がヘッジファンドから資金を引き上げると、ファンドは株式の売却により返済原資の確保に走る。すべてが逆転をはじめるのです。

もう一つの視点は、SEC証券取引委員会による査察です。今回使われたSNSでの「空売り勢を締め上げろ」が証券取引法の相場操縦に当たるか否か、またロビンフッド運営者による取引の制限が違法にならないかなどの調査が始まりました。市場を扇動するのは日本でもアメリカでも違法行為になる可能性がありますし、取引の制限も同様です。

  一方で取引制限を個人の権利の侵害だとして、大統領の予備選で候補となったオカシオコルテスなど一部の議員が騒いだこともニュース種のひとつになっています。彼女はバーニー・サンダース寄りの考えを持っています。

  以上、ロビンフッダーとヘッジファンドの攻防に端を発した株式相場の乱高下の解説でした。

(注)ロビンフッドが何故手数料なしで株式取引のアプリを運営できるかといいますと、一つは一部の有料投資家からの収入で、そうした投資家には著名アナリストなどの株価分析資料が提供されます。しかし一番の収益源は、株式取引には当然デポジットが必要で、そのデポジットの運用益が入ります。それと先ほどの説明では簡略化して株の売りと買いとしましたが、実際にはかなりのオプション取引が行われます。そのオプション取引での儲けも収益源になります。

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