ストレスフリーの資産運用 by 林敬一(債券投資の専門家)

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検証 「円安は日本全体にはプラスだ」 by 黒田日銀総裁 その2

2014年11月07日 | 2014年の資産運用
 前回は日銀のクロちゃんの言った「円安は日本全体にはプラスだ」は、円資産の目減りを考慮すれば全くの間違いだと述べました。貿易収支だけ考えても、円安が収支をさらに悪化させる段階にまで日本経済は進んでいるのです。
  
 今回のバズーカ2号は、中央銀行が返済不能なまでに累積債務のたまった国の国債を買いまくるだけでなく、株式やREITも購入額を増やします。そして国民の大事な大事な年金まで援護射撃に使って自己主張を実現しようとしています。そんな政府・日銀のやり口に、みなさんも大いなる危機感を覚えていらっしゃるでしょう。

 私は3年ほど前から「2015年前後に経常収支が赤字化し、円安が進行する可能性がある」とみなさんにお伝えしてきました。黙っていてもそうなるのに、今回のクロちゃんはそれにプラスして赤字国債の実質引受や、株式投資に手を染めて日銀の資産の中身を劣化させようとしています。そうすれば円は徐々に信用を失い円安は自ずと実現できます。国や会社や家計そして個人も、悪になびくのはいとも簡単です。そして国も会社も家計も個人も、そこからの更生はとても困難で長く苦しい道になります。

 それが前々回に指摘した「ホテルカリフォルニア現象」です。クロちゃんは自分がそして中央銀行がオールマイティーだと信じていますので、ヤバくなったら自分がブレーキを踏めばよいと考えています。いかにも市場の恐さを知らない官僚的発想です。

円安が止まらなくなった場合、ブレーキをかけられますか?

 いままで円高に対していくら介入してもブレーキが効かなかったのと同様、円安に対しても経済全体の競争力の裏付けがなければ、介入などは無力なのです。

 そしてブレーキを踏み安くなりすぎた円を高く戻すということは、すべてを巻き戻すことですから、国債を売り、株を売り、REITを売ることで、金利の上昇を甘んじて受け、株の下落を受け入れることです。それをしても大丈夫なところまで日本経済をもっていけるというのは、大いなる幻想です。中央銀行が日本経済の競争力を取り戻すことはできないし、政府の成長戦略で競争力を取り戻すのも、ほとんど幻想です。それができるくらいなら、何故いままでの日本ではできなかったのか。はたまた諸外国で低迷した経済を何故政府と中央銀行によって成長路線に乗せることができなかったのか。アメリカにそれができたのは、先日の記事に描きましたように、アメリカは元々高い潜在成長力を有しているからです。

 現実の市場分析に戻ります。円安がさらに昂進した場合、株式相場はいつまでも喜んで上昇を続けるでしょうか。物価上昇は消費全体を減退させ、企業業績を悪化させます。トヨタなど一部の企業の好業績で日本経済の底上げなど決してできません。115円にタッチし始めた為替レートに対して、すでに昨日の株価は危機感を見せ始めています。

 日本の株式売買高の3分の2は相変わらず海外投資家が担っています。円安の急速な進行はドルを基準に株式投資の判断をする海外勢の足をひっぱります。国債に対する海外勢の買いの手も引っ込んでいきます。そのあとは、満を持して日本売りのタイミングを計っているヘッジファンドが頭をもたげる可能性があります。

 政府・日銀の一か八かの賭けが大成功を収めて、日本経済が資産バブルとともに大いなる成長を遂げれば、日銀がホテルカリフォルニアからチェックアウトできる日が来るでしょう。しかしそんな日は来ません。こころある人々は資産バブルなど望んでいません。ツケをバクチで解消することなど古今東西絶対に不可能なのです。


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検証 「円安は日本全体にとってはプラスだ」 by 黒田日銀総裁

2014年11月05日 | 2014年の資産運用
 株式市場は昨日も先月末に引き続き大きく上昇しました。クロちゃんのバズーカ発射に加えて、我々の年金を運用するGPIFが運用先を国内株式にシフトするというニュースに大きく反応しています。株を買っている方には、さぞ喜ばしい援護射撃でしたね。

 そして為替相場も昨日分だけで2円近く円安に振れました。これもGPIFの運用が外貨資産にシフトするという決定が貢献していると思われます。

 まず数字で簡単に捉えられるGPIFインパクトを把握してみましょう。最初に国内株式ですが、GPIFのこれまでの運用方針は全体の12%でしたが、今後は25%に増やすのでプラス13%と思われますが、実はすでに6月末実績で17%になっているので、プラス8%です。金額では全体が127兆円の運用ですから8%は10兆円です。この10兆円は、外人が1年に買い越す分程度のインパクトになりますからけっこうな額で、これにさらに日銀がETFを買い増す分がプラス1兆円です。

 と言っても実は25%は標準で、プラスマイナス8%のバッファーがあるので、17%はすでにバッファーの下限数値を達成しているとも言えます。株価は先取りして実際にすでに上がってしまったので、これから買ったらアホかと言われるだけでしょう。

 外貨建ての債券と株はこれまでの方針がそれぞれ11%と12%、計23%が、今後は15%と25%で計40%となり、株の比ではありません。これも実績ではすでに計27%になっていたので、新たなプラス分は13%、金額は17兆円分のインパクトです。バッファーは両者とも5%ありますから、買い余地は大いにあります。

 では外貨建てにシフトする13兆円のインパクトはどの程度のものか。これは経常収支と比較します。直近の1年、つまり14年上期と13年下期の1年間の経常収支は3兆円の黒字でした。それよりはずっと大きい数字です。17兆円は日本の経常収支がかなり大きな黒字だった時期の額に匹敵します。赤黒逆ですが、インパクトとしては今後の円安が見込まれて当然の額です。もっとも為替市場の取引高の巨大さからは、大したことはないと言えないこともありません。

 これらの投資の分、GPIFは日本国債を売却することで対応することにしています。額にして10兆円プラス17兆円の27兆円にもなります。しかしこれはすべて国債に飢えている日銀が吸収するので問題はないというのが政府・日銀のシナリオです。

 さて今回のテーマは、クロちゃんのご託宣の検証です。私は9月の中旬にクロちゃんの通信簿で、「今の円安は日本経済にマイナスではない」と言い放ったクロちゃんを、「円安、物価高は不幸の連鎖をもたらす」として批判しています。

 今回円安が昂進する中でクロちゃんは異次元緩和をさらに追加しています。そして円安については前回の発言から一歩踏み込み、「円安は日本全体にとってはプラスだ」と言い放ちました。本当にそうなのか検証します。

 円安が貿易収支でプラスの効果をもたらすのは日本が輸出超過国だった時のことです。日本はすでに輸入が輸出を上回っていますから、日本全体でみれば円安が貿易収支をさらに悪化せせることになります。あのソニーですら先週の決算発表で「円安は当社の収支を悪化させる」と言っています。グローバルにビジネスを展開し終えた日本企業の収益体質は大きく変化し、円安に頼らなくなっているのです。この点では×。

 経常収支の中で海外からの収支は黒字なので、円安はプラスに働きます。この点は〇。

 しかし円安が本当に絶大な威力を発揮するのは、円資産の実質目減りです。9月にお知らせした「クロちゃんの通信簿2」で私は、自分の自宅マンションを始め円資産がすでにピークに比べて43%目減りしたと述べました。その時の数字を確認しましょう。

9月中旬時点では、

●円の最高値75円から107円への下落率は、
  107円 ÷ 75円 = 1.43 ・・・43%安

●長く80円程度だったので、それに比べると、
  107円 ÷ 80円 = 1.34 ・・・34%安


では現在のドルレート113円で再度計算します。

●円の最高値75円から107円への下落率は、
  113円 ÷ 75円 = 1.51 ・・・51%安

●長く80円程度だったので、それに比べても、
  113円 ÷ 80円 = 1.41 ・・・41%安

 みなさんの資産はピークから5割も目減りし、80円と比較しても4割も目減りしています。海外旅行も行く気がしなくなるほどの円安です。

 大企業を中心とする一部の輸出型企業収益など、日本中の円資産に比べればものの数ではないのです。みなさんの家も、株式も、預金も、将来に渡る給料や年金もすべて円資産です。それがドルを標準に考えると大きく目減りしています。

 クロちゃん、それでもあなたは「円安は日本全体にとってはプラスだ」などと言えますか?

 結局日本を基準にしかものを見られない視野狭窄がこうした発言につながるのです。それがまさしくこの国を一貫してダメにしてきましたが、今回もしかりです。

つづく
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ホテルカリフォルニアへようこそ

2014年11月01日 | 2014年の資産運用
 70年代にイーグルスが大ヒットさせたナンバーですが、最近は金融関係者の間でリバイバルヒットしているのをご存知でしょうか。

Welcome to the Hotel California
Such a lovely place
・・・
You can check out anytime you like… but you can never leave.


ホテルカリフォルニアへようこそ
素敵なところでしょう
・・・
チェックアウトはいつでもできることになっています・・・でもあなたはきっと出ていくことはできません



 中央銀行に頼り過ぎた経済運営は麻薬中毒と同じで、やめられるはずなのにやめられない。それを金融関係者はホテルカリフォルニア状態にあると言っています。

 アメリカは今月末でFRBによる最大の緩和策である米国債などの購入を予定通り終了し、チェックアウトの手続きをしました。日本は逆に昨日10月31日に日銀が追加緩和を発表し、効き目のない麻薬をさらに投薬することを決めました。国債に売り物がなくなってきたため株式の購入も増やすという発表に市場は能天気に歓迎の意を表し、日経平均は755円上昇し、円は112年代に下落しています。私はこの日銀の追加緩和を非常に懐疑的に見ています。では私なりの解説を試みます。

 まず何故追加緩和をしたのか、それから見てみましょう。

理由1.経済成長の鈍化
13年4月にクロちゃんが「政策は小出しにはしない。すべてを出しつくした」と言っていたのが実は効かず、景気低迷が見えてきました。4-6月期のGDP成長率はマイナス7.1%で、7-9月期もそれを覆すほどの成長はしていません。民間予測の平均値はたった1.9%です。マイナス7%のあとの2%は危険水域です。

理由2.物価上昇の不発
クロちゃんが「2年、2倍、2%」、つまり2年で日銀の資金供給を2倍にして物価を2%に引き上げると豪語したのですが、その失敗が見えてきました。総務省発表の9月の物価指数はわずか0.8%の上昇で、その先行指数である東大日次物価指数10月29日分はマイナス0.84%と、これも危険水域です。
 もっとも物価下落は庶民の味方で、私の言う「不幸の連鎖」は弱まります。

理由3.3本の矢が的をはずしたから
安倍チャンの第3の矢が的をはずしてしまっています。地方再生、女性参加などはとてもよい政策だと思うのですが、カジノ解禁のような元々的外れな的を狙っている政策も多いのです。安倍政権になり2年も目の前なのに実行戦略すらできていません。

理由4.政権運営シナリオの狂い
政権シナリオでは経済が成長し物価は上昇、9月には拉致問題もある程度解決し、支持率を一段と上げて消費増税を決める予定が、拉致問題の解決は遠のき、支持率が50%を割るところに至り、すっかり狂いが生じています。そうした政権運営の失敗から目を逸らすため、日銀の追加緩和と我々の年金を株式投資に投入し株価を上げ、円安に誘導することで目をくらませようとしているのです。

 日銀の今回の決定は、なんと賛成5、反対4の僅差で決められました。これまではほとんど満場一致が多かったのですが、さすがに効果のないことがわかっている麻薬の追加投入を心ある理事は拒否したのです。きっと反対票を投じた理事は、次回改選で追放されるに違いありません。年金を安全に運用しようとしていたGPIF(年金運用機構)の総責任者が先ごろ政権によって追われたのと同じ結末を迎えることでしょう。

 私も日銀のホテルカリフォルニア状態を大いに憂いています。

You can check out anytime you like… but you can never leave.

by Eagles


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