幼い頃の考え方や習慣などは、大人になっても変わらないことを喩えて、「三つ子の魂百までも」と言ったりしますが、私なんぞはまさにそのとおりで、ものの考え方や感じ方のおおよそは、まるで成長がなく、子供の頃と変わらないままです。
とりわけ、無防備な頭にビルトインされたいくつかのイメージは抜き難く、ほとんど「偏見」のまま固まってしまいましたが、後にそのイメージを雑多な書物から引き出したアイデアで言語化する作業をしてみると、結構、ものの見当がついたりしました。
おそらく、小学校の4年か5年生の頃です。社会科の授業で工場見学というものがありました。無論、そういうところを実際に見るのは初めてで、学校嫌いの私も、かなり楽しみにしていました。
行ったのは缶詰工場で、確か同級生の父親が働いていて、丁寧に案内してくれたと思います。
私たちが入っていくと、だだっ広い工場にはいろいろな機械がところせましと並べられ、その合い間合い間に、白い帽子と白いマスク、白い手袋に白い服の従業員が立ち並び、彼らを縫うようにベルトコンベアが張り巡らされ、大量の缶が列をなして流れていました。
みんなでそれを眺めながら、説明を聞いているうち、私は急に、どうもどこかで見たことがある風景だと思い始めました。工場など、入るのはこれが初めてなのに、何か知っているところのような気がする。
私は妙な不安に襲われ、説明や見学など上の空で、どこで見たのかを必死で思い出そうとしました。そして、散々考えたあげく、ようやく思い当たったのです。ああ、ここは病院と学校に似ている。缶詰はぼくだ。
当時病弱だった私が馴染みの病院も、行くのが億劫だった学校も、工場そっくりだ。だからイヤなんだ。私は、医師には恩義を感じていたし、好きな教師もいたのに、なぜ、病院や学校に生理的な嫌悪感があるのか。そのとき私は、ありありとわかったのです。ぼくが缶詰にされるからだ。
「おじさんたちは、みんなにおいしく食べてもらえる缶詰を毎日一生懸命作っています」と、門まで我々を見送ってくれた同級生の父親に言われたとき、私は、ぞろぞろと門から出て行く自分たちが、その先で待っている世の中の大人に食べられていくような感じがしていました。
その日、おみやげに桃の缶詰をもらったのですが、これ以後長いこと、私は果物の缶詰が食べられなくなりました。缶詰を開けると、中身が自分の脳のような気がしたのです。
このときのイメージが、私の「社会」のイメージの原型です。常に高効率で大量の生産と消費と交換を求められる市場経済社会で、それにふさわしい規格どおり製品としての人間を制作する学校。規格外製品や不良品を選別し、修理するか始末する病院。善い悪いはともかく、そういうシステムを前提に動いているのが我々の社会だろう・・・・、後に中途半端な知恵がついてきたときに、考えたことの大元は、結局、あのときの工場見学でした。
「偏見」はまさに斥けるべきです。しかし、それがどういう「偏見」なのか、なぜそんな「偏見」を持つようになったのか、それをきちんと考えることは、「偏見」を解体するために必須である以上に、そこから人間の在り様を学び取る、きわめて重要な方法だと思います。
朝夕…涼風が心に空いた心穴を吹き抜けるような白露の候…
南方丈様…如何お過ごしでいらっしゃいますでしょうか?
人間、この世に一度…生み出されてしまえば、皆…何がしかの?
三つ子の魂を抱え…
心穴に蓋をしたり…心穴を開け放ったり心穴、缶詰めになったり…
心穴、缶詰めにされたり
人間(大人)がつくり出した社会という風が…あたかも自然を装って吹いてきます。
心穴を吹き抜ける世の風~冷たくもあり、温かくもあり~
如何様にも吹き…
思いどおりになることなど何一つ無いようです。
此度の南方丈様の問い…私めも幼少の頃思いだしました。
生来?不器用な私めは3歳でアウトサイダー園児!
生きるとは何?
死ぬとは何?
今ここ私って何?
考えたって分かりっこない事を延々と考えてたりして…
周囲の大人達から『こまっしゃくれた子だねぇ…困ったもんだ。可愛いげがない子だ…』と、世間様の風あたりまくり?だったこと思いだしました。
私も三つ子の魂の偏見の解体…自己に深く問うてみます。
南方丈様…有り難うございます。
合掌 虚空 拝
しかし多くの人が優良な規格品であろうと努力しているかもしれない社会の中で、規格外の缶詰でいることは多少の苦労を伴うのかもしれません。優良な規格品であろうとするのと同じ位に。そして、その苦労は、とても理解されにくいのです。
ベルトコンベアー自体は仮想の現実であっても、それを前提に社会が成り立っている現実があれば、そのコンベアーのうえで楽しく生きる術を模索するのもありかなと感じています。
もちろん仏教とは異にするスタンスだということは承知のうえで。いかがでしょう。
品質、価格が安定した商品を世間は求めるんですね。 モモ缶も 人間も 否定はできない。
味付けやサイズなど時代によって好みがかわるんだよね
規格外は当たればいいけど外れもある。
外れに近い私は、小さい頃からモモ缶にあこがれた
人間として生れて、夢の中に未だ居るようなこの大事な時期に・・・。
親からの虐待、叱責などを受けて育ってしまう子供たちは、将来、どんな大きな解体作業をせねばならないのか?
・・・と、現代社会の今時のニュースを聞くと痛ましい気持ちになります。
私自身、4人の子の子育てが充分上手く出来たとは、思えず後悔をする日もある。
いつも優しい母でいられるわけもなく、自分との葛藤の中で子供と向き合うのは、切ない時もあった。
それにしても。。。
何も抵抗出来ない自身の子を虐待する事実を肯定できる理由は、何1つないのでは・・・。
三つ子の魂の中に憎悪という偏見が膨らまないようにと、願うしか出来ない自身もまた、はがゆいばかりです。
2体は自然物に、1体は造形物に宿っていました。あんまり関係ないんでろくに挨拶もしなかったんですけど、世の中には知りたい人もいるんじゃないかと思って、コメントすることにしました。
詳しくは知りませんがその1体がこれ↓
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d5/Jizo-osorezan-jpatokal.jpg
どうせ拝むんだったら、この方にお供えして願掛けたほうが良いのにな~とか思いながら帰ってきますた。
三つ子の魂。。幼少の頃。。。
自分は友達がリリーの缶詰の社長さんの所の子だったので、
小さい頃から缶詰=お金持ち
ってイメージが、、、、、なさけない。。。
缶詰といえば、ホワイトアスパラ。高級なサラダに一本だけ乗っかっていたものでした。
大きくなって一人で稼げるようになったら(自活したら)一缶まるごと食べるのが夢でした.
東京に出てきて、初めてもらったお給料でアヲハタのアスパラを一缶食べたとき、一人前になったなあ。と感慨にふけりました。(笑)
私の缶詰の思いは、方丈様のような哲学ではなく、大人になっても、幼稚なもので、あまりの次元の違いに愕然としました。そして今でも、嫌なことがあるとアスパラを一缶食べている、成長のない自分です(恥)