恐山あれこれ日記

院代(住職代理)が書いてます。

「今」と「而今」

2019年05月20日 | 日記
 時として、「いま・ここ」に集中するのが禅の教えだとか、「いま・ここ・自己」に徹底するのが仏教だとかいう言い方がされますが、私はこれはあまりにナイーブだろうと思います。というのは、その「いま」「ここ」「自己」が具体的にどのような事態を言うのか、皆目わからないからです。

 このような言い方がされるとき、「いま」は、均質に流れる川のような時間がそれ自体としてあって(絶対時間)、それを微分して析出された「点的時間」(瞬間)を漠然と考えているのでしょう。同じように、何もかもが位置づけられる巨大な箱の如き空間(絶対空間)があり、これを極限まで限定した局所的空間として「ここ」はイメージされていて、この座標的な時空間に、それ自体として存在する「自己」が位置づけられているのでしょう。

 ところが、仏教においては、涅槃や悟りを目指して修行する以上、その「いま」「ここ」は未来のどこかに初めから開かれていて、「成仏」を目指すというなら、「自己」は予め脱落されなければならないものとして設定されます。しかも「今ここの自己」と称される実存は、常にすでに、業的実存として自覚されるべき存在様式で現成するわけです。

 このとき、「『涅槃』や『悟り』を目指して修行する」というとき、その「涅槃」や「悟り」が何であるか確定できないとなると、現実に出来ることは、無限遠に退く「涅槃」「悟り」に方向づけられながら、「修行」プログラムをただ反復するしかありません。

 具体的には、「涅槃」「悟り」を誓願して、それまでの自己の在り方を懺悔し、さらにまた発心し修行するという繰り返しです(いわゆる「行持道環」)。

 このような一定の行動パターンの反復は、直線的に流れる時間イメージから規定される「前後」関係を次第に無効化します。ということは、意識の形式としての時間が溶解していくということです。と同時に、その反復がどこでも可能であるなら、空間的な局所性(ここ)も無意味になるでしょう(「身心脱落」的事態)。

 同じような現象は、坐禅でも起こります。言語作用の極限までの絞り込みは、自意識を解体し、「自己」の連続性としてプログラムされる「いま」「ここ」(今ここにいるのは常に自己)を解除していきます(「非思量」的事態)。

 私は、この事態が道元禅師の言う「而今」と近いだろうと思います。すなわち、「而今」とは、我々が通常する使用する「今」という言葉が意味する点的現在を言うのではなく、むしろそのような点的「いま」・局所的「ここ」が構成される時間・空間意識の機序を解除したときに現成する事態、一定の条件下で直線的な時間の構成を可能にするような、「原時間性」とも呼ぶべき事態だと考えます。

 おそらくは、日常的に意識される「いま」「ここ」も、「自己」同様、他者に媒介されて成立する観念でしょう。他者との共同の、あるいは同調を必要とする行動がなければ、そもそも「いま」「ここ」などと考える必要もありません。

「いま、よろしいですか?」「いいですよ」というやりとりや、「ここで待っててね」「わかった」というような会話や、その会話を要請する行動を前提にして初めて、「いま」「ここ」が時間的に析出されるわけです。ということは、時間と空間と自己、「いま・ここ・自己」は根源的に社会化され、共同的に構成されていることになるでしょう。
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開山しました。

2019年05月10日 | 日記
 恐山は本年も5月1日、無事開山の日を迎えました。

 今年は改元の日と10連休と開山日が重なるという異例な1日となり、特に御朱印を求める参拝の方々は、6人の和尚さんが総出で書き続けても、閉門時間まで長い行列ができ、1時間以上お待たせすることになってしまいました。ところが、後で明治神宮ではなんと10時間!!待ちという報道があったことを知り、仰天してしまいました。

 以下は、私が本年最初の法要で行ったご挨拶です。

 皆さま、本日は恐山にようこそお参りいただきました。

 令和最初の日が恐山の開山日と重なり、いささかの感慨がございます。ご参拝の皆様の中にも、そのようなご感想をお持ちいただいている方がおられるかもしれません。

 すでに元号決定の日以降、テレビなどのメディア、あるいはデパートや商店街などご商売の現場では、今日の新天皇即位と改元をめぐって、大変な喧噪でございました。

 しかし、考えてみれば、それは日本人の頭の中だけの区切りで、そう考えれば、実際の我々に毎日に、長い連休になったこと以外、大した変化もありません。

 我々は依然として、明日のことを慮りながら、昨日したことを前提に、今日なすべきことをなさねばなりません。

このとき、そういう我々の営みは常に他の人々とのご縁のなかにあります。いわば、明日の希望も、昨日の反省も、今日の判断も、その縁をどうしたいのか、どうしたのか、どうするのか、ということ以外にありません。

 そして、もう一つ思うべきは、それは今共に生きている人との縁だけではないことです。我々の生は膨大な過去の死者の果てに、その積み重なりの先にあるのであり、同時に次の世代の始まりに位置しています。

 つまり、我々の生は死者ぐるみの生であり、次世代に開かれている生だということでしょう。

 同じように、令和の時代も平成ぐるみでしかありえず、令和の次の時代も令和を引き継がざるを得ません。

 そう思うと、恐山での、将来ご家族の無事を祈願し、既に亡くなったお身内の方々を供養することは、今の我々自身の生の営みそのものを祈願し・供養することと同じであり、さらには、今日皆様にお積み頂いた功徳が、遠く過去と未来の世代に及ぶことを願い信じていただきたいと思う次第です。

 皆さま、本日はご参拝まことにありがとうございました。
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番外:坐禅と講話の会 2019

2019年05月06日 | 恐山の参拝
 本年(令和元年)も、院代の主催による坐禅と講話の会を、下記のとおり2回・1泊2日で行います。


▼期日

 第1回:6月15・16日、第2回:9月28・29日

▼スケジュール

 午後3時までにご到着下さい。

 スケジュール説明後、坐禅指導。夕食後、講話。

 翌朝午前4時半、坐禅。その後、朝のお勤め参加。朝食後、座談会。午前10時終了。終了後、希望者には恐山僧侶による山内拝観があります。

▼お申込み

 5月6日午前9時より受付を行います。恐山寺務所または宿坊に、「坐禅と講話の会に参加希望」と必ずお伝えください。

 各回定員20名にて締め切りとさせていただきます。(電話:0175-22-3825)

▼お願い

 服装は自由ですが、坐禅を行いますので、トレパンなど、下半身を締め付けないものをご用意ください(ジーンズでの坐禅は不可)。

▼参加料

 宿坊宿泊の費用12.000円(入山料別)のみお願いします。
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果てしなく遠い道

2019年04月30日 | 日記
 こういう有名な禅問答があります。ある老師が弟子たちに問いかけました。

「15日までのことはもういい。15日から後はどうだ? 一言、言ってみなさい」

 弟子たちが返答できず押し黙っていると、老師は自ら彼らに代わって言いました。

「毎日よい日だな(日日是好日)」


 この禅問答の解釈も様々で、日々の良しあしなどという妄想を捨て、今この時限りを懸命に生きる、ありのままの姿こそ、釈尊の悟りなのだ、というような解説がよくなされます。

 ですが、私はこう考えます。

「15日」とは「悟り」の言い換えです。ですから、最初の老師の問いは、「悟る前はもうよい。悟ったらどうなるのか言ってみろ」ということなのです。

 この問いに自ら答えた老師の言い分は、毎日が好い日なら、「好い」「悪い」を区別する意味がなくなる、ということです。

 これを「悟り」で言うとこうなるでしょう。

 もし悟ったらどうなるか言えるなら、それは悟りの状態と悟りでない状態の区別がつき、悟りを言語化できるということと同然です。 すると「悟り」はただの概念ということになり、結局ものは言い様、悟りも言い様ということにしかなりません。

 そんな悟りに意味はない。そもそも悟りの前と後に違いなどない。そうではなくて、悟ろうと悟るまいと仏道修行を続けること、またそれを毎日続けられることの僥倖を深く感じられること、そういう営み自体が悟りなのだと、老師は言いたいのです。

 翻って思えば、新元号発表で発火したマスコミや商売人あげての改元騒動も、いよいよ大詰めです。それにしても、要はただ1日が過ぎるだけのことに、多少の感慨はともかく、実際どれだけの人が深刻な意味を感じているというのでしょう。

 ただし、私はこの度退位される明仁天皇については、いささか心中察するものがあります。それは去年から今年にかけての二つの公式発言を聞いたからです。

 まず、昨年末の誕生日前の会見。

「平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵(あんど)しています」

 続いて在位30年記念式典での言葉。

「憲法で定められた象徴としての天皇像を模索する道は果てしなく遠く、これから先、私を継いでいく人たちが、次の時代、更に次の時代と象徴のあるべき姿を求め、先立つこの時代の象徴像を補い続けていってくれることを願っています」

 私はこれらの言葉を聞いたとき、我々、特に戦後生まれの人間にとって、ほとんど自明のことであった戦争のない日常と象徴天皇の制度が、彼にはまったく自明なことではなく、まさに切なる祈りと苦難に満ちた模索によって、日々確かめられ、創造されなければならないものだったのだと、初めて思い至りました。

 ならば、それは、おそらく改元で終わりはしないでしょう。平成に戦争がなかったとしても、令和はどうなるかと、上皇としてまた、案じ続けるでしょう。そして、象徴天皇のあるべき姿を後継者に託しながら、自身もまた、象徴天皇制下で初の上皇の在り方を、模索することになる筈です。

 宿命の下に生まれたある人間の、これまでの想像しがたい努力と忍耐に深く敬意を表しつつ、彼の「日日是好日」は、やはり「果てしなく遠い道」の上にしかありえないのだろうと、私は思うのです。

 と、同時に、今回の譲位・退位が改めて目に見えるものとした、現憲法の「国民主権」や「基本的人権の尊重」という理念と、象徴天皇制との間に厳然と存在する懸隔をこの先どのように考え、あるいは埋めていくかという問題に、我々もまた直面せざるを得ないでしょう。

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今後の問題

2019年04月20日 | 日記
 今後の科学技術の発展が宗教にもたらすかもしれない影響で、私が深刻だと思うことをとりあえず三つ。

一、平均寿命が100歳を超える。
 
 すると、一人の人間のアイデンティティーを何が支えていくのかが、重要な問題になるでしょう。近代以降の人間のように単一の職業で支えるわけにもいかず、家族や共同体の形式や構成メンバーがずっと不変であることも考えにくい。となると、「自分が何者なのか」という問いをどう引き受けるかは大問題です。

 このとき、飽きなければずっと好きでいられる趣味や遊び、その気ならずっと信じていられる宗教などがアイデンティティーの重要な構成要素になるかもしれません。すると、従来では考えられないような競争や対立が社会に噴出するかもしれません。

二、特定の意識を別の生体に移植(たとえば脳移植)したり、コンピューター・チップへのコピーが可能になる。

 これは自意識の永続と同義であり、「不死」の実現も同然です。すると「死」は個々の人間(自意識)の選択の結果となり、「人は誰でも必ず死ぬ」という前提が崩れ、新たな死と生の意味付けが要請され、宗教はこれまでとはまったく違う教説を案出しなければならないでしょう。

 たとえば、「死の克服」という文脈ではなく、「生の始末」というようなパースペクティブで、宗教は我々の実存を考えざるを得ないかもしれません。

三、ネット技術で個々の意識がダイレクトに結合する。

 それは人間の実存が「自己」という様式から変容することであり、インパクトは宗教のみにとどまらない話です。

 ただ、あえて宗教に関して言えば、「自己」の実存を問う所謂「普遍宗教」が無意味化し、デジタル空間に新たな「アニミズム」が生まれてくるかもしれません。いや、それさえも無くなり、「宗教」も「人間」もついに解消し、まったく異なるデジタル的実存に変貌するのでしょうか。

 ところで、これらは本当に「深刻」なことなのか?
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死ぬ練習

2019年04月10日 | 日記
 プラトンには『パイドン』という著作があり、刑死直前のソクラテスが弟子たちと死、あるいは魂の不死をテーマに問答を交わすという話が展開されています。

 そこでソクラテスが語る死は、要するに魂が肉体から分離するという、単純な二元論を前提にしていて、さして芸もなく珍しくもない解釈です。

 その上、欲望に汚染されない純粋な魂は、神々と共に住むような、理想的あるいはイデア的世界に行き、欲望や快楽に塗れた魂は、最終的に獣になるなどと説く部分もあります。このアイデアは、数学で有名なピタゴラス学派が唱導していたギリシャ版輪廻転生説の影響と言われています。

 初めてこれを読んだのは、大学生の頃で、なんだか無邪気な話をしてるなあと思い、急速にソクラテスに興味が失せた記憶があります。ただ、この本でソクラテスが「真の哲学者は死ぬ練習をしている」という意味の発言をしていて、これは後々まで妙に記憶に残りました。

 意味としては、哲学者は純粋な魂の世界、イデア的世界の探究者であるべきなのだから、それは死後の魂の行き先を予め思索することに他ならず、いわば死ぬ練習をしているのだ・・・、と言いたいわけでしょう。

 しかし、考えてみれば、魂は不死だと言うのだから、彼の言説からは死は根本的に排除されているわけで、それで「死ぬ練習」などと言っても、大きく的が外れている感じが否めません。

 当時、それなりに仏教書に取り組み始めていた私は、この「死ぬ練習」という言葉が、むしろ仏教にふさわしいような気がしました。その後出家してずいぶん経ってから、「あんたは小難しいことばかり言うけど、どうだ、仏さんの教えを一言で言えんか?」と挑発された時、ふいに思い出して「死ぬ練習ですよ」と言ったことがあります。

 仏教の究極の目標はニルヴァーナで、それは経験的現象としてはブッダとしての死でしょう(『大パリニッパーナ経』という経典のテーマはまさにゴータマ・ブッダの死)。

 そのニルヴァーナを語っていると思われるブッダの言葉で、私が最もリアルに感じるのは、『スッタニパータ』の1076経です。

「ウバシーヴァよ。滅びてしまった者には、それを測る基準が存在しない。かれを、ああだ、こうだと論ずるよすがが、かれには存在しない。あらゆることがらがすっかり絶やされたとき、あらゆる論議の道はすっかり絶えてしまったのである」

 これは要するに、「死は絶対的にわからない」と言っているわけです(「あらゆる論議の道はすっかり絶えて」いるのだから」)。

 とすると、「絶対的にわからないことを練習する」などということは、所詮無理な注文で、矛盾そのものです。

 しかし、この矛盾にあえて賭けることが仏教の本領であり、ソクラテスのナイーブな「練習」説とはわけが違う話だと、私は思います。

 そういうわけで今、「死ぬ練習」というアイデアをフレームにして仏教を語るとどうなるだろうかと、あらためて、漠然と、考えています。

 
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あと2日

2019年03月30日 | 日記
 このところメディアで続いていた平成回顧と新元号をめぐる喧噪も、あと2日。便乗するわけではありませんが、30から60歳までの30年が重なる私としても、多少の感慨がないでもなく。とりとめのない話をさせていただきます。

 昭和の終わり・平成の始まりの1989年、私は修行道場で丸4年が経つ頃でした。この年から、新聞が自由に読める立場となって、一気に外部の情報に接することが多くなった私にとって、非常に印象深かったのは、出生率が1.57になったという記事と、「ベルリンの壁」崩壊のニュースでした。

 前者は「1.57ショック」とも呼ばれました。それは、丙午の迷信で出生率が大きく下がる年よりも、この1989年、さらに低くなったからです。本格的な少子高齢化の始まりでした。

 少子化に注目したのは、1984年(私が出家した年です)に伊丹十三監督の「お葬式」という映画が発表されたことを、この年に知ったからです。この映画は、見事なまでに我々伝統教団の行うお葬式を戯画化しコメディー化していました。しかもかなりヒットした。ということは、もう我々の「お葬式」は社会においてリアリティを喪失しつつあるということだ、私はそう思いました。

 つまり、少子化と「お葬式」の戯画化は、それまでの日本社会を基礎づけ、伝統教教団が依って立つ檀家制度を支える、「イエ」が崩壊過程に入ったことを示していると、私は考えたのです(数年後、修行僧に講義する立場になった私は、集中的にこの問題を取り上げ、僧侶と教団が大きな転換期に入ることを説き続けました)。

 このアイデアにダメを押したのは、1992年の『磯野家の謎』という本の出版です。まんが「サザエさん」の磯野家は、日本の「イエ」の典型であり、磯野家タイプの「イエ」が、まさに檀家制度の「家」です。これを「研究」した本の出版は、私には、これまでの日本社会を基礎づけていた「イエ」が存在感を失いつつあることの証左に思えました。

 およそ、マンガが「研究」の対象となり、しかもストーリーではなく、磯野家自体の不思議さを摘出して楽しむとなれば、それは磯野家を客観視し、ということは磯野家から距離を取るようになったということだと思ったからです。このことは、「お葬式」映画同様、「イエ」を基盤とする檀家制度のリアリティ喪失と同じことだと、当時私は思いました。

「イエ」が崩壊過程に入るということは、従来の日本社会を構成するパラダイムの腐食を意味し、それは、1991年のバブル崩壊で「高度経済成長」主義の終わりとして、1995年のオウム真理教事件(サリン事件)や1997年のサカキバラ事件(神戸連続児童殺傷事件)で、「豊かさ」追求の生き方モデルと教育方法の空中分解として、そして1995年の阪神淡路大震災で、戦後日本社会システムの驚くほどの脆弱さとして、はっきりと現象化しました。

 そして、根本的な方向性(次のパラダイムの不在)を見失った社会は、最早機能不全に陥った「昭和」パラダイムを、陳腐な弥縫策に頼って引きずっているうちに、東日本大震災と原発事故で止めを刺されました。

 にもかかわらず、今の日本の指導層は、金をばらまいて「経済成長」に固執し、その上オリンピックに万博などと昭和の亡霊まで持ち出して、この期に及んでも弥縫策を続けるつもりです。これを見れば、少なくとも日本の60歳以上が次世代のパラダイムを構想する能力を持たないことは、歴然、当たり前です。

 次のパラダイムはまだ現れません。しかし、これまで30年の世界を見渡せば、今後の日本社会のパラダイムの方向性は見えるでしょう。

 1984年の「ベルリンの壁」崩壊は、グローバル化開始を告げる世紀の鐘の音でした。続く1991年のソ連崩壊、2001年のアメリカ同時多発テロ、イスラム過激派の台頭と昨今の世界規模のナショナリズムの過熱は、冷戦が構造化していた国際秩序が溶解していくプロセスで起こったことです。

 この大規模な構造変化こそ、まさに経済のグローバル化(カネ、ヒト、モノ、そして何より情報の大規模で高速の移動)の結果です。それに決定的に作用したのが、インターネットをはじめとするコンピューター・デジタル技術の爆発的発達です。

 1995年のウインドウズ95は本格的なインターネッ時代の幕開けであり、2007年のスマートフォン登場は、個人の意識を一気にグローバル化する手段を与えました(同時に、その反動として、国家のナショナリズムと同様、個人が狭い人間関係に閉塞していく作用も持ちました)。

 そして、2010年代、ディープラーニング技術の高度化で、人工知能が劇的に進化し、「人間」の在り方さえ根底から変えかねません。

 この一連の流れを概観すれば、結局、グローバル化の趨勢は変わらず、さらに規模と強度を増すと言えるでしょう。それによって、経済分野をはるかに超え、社会のあらゆる局面での多様化は不可避で、次世代においては、多様な人々の共存を可能にするパラダイムを構築する以外に、選択の余地はないと、私は思います。

 ここ1年でさえ、日本が外国人労働者の受け入れ(おそらく、「移民」と「多民族国家」の皮切り)を始め、世界的な規模の「LGBT」「MeToo」運動の展開、そして「地球温暖化問題」共有化の深まり、中国の台頭とEUの動揺など、これだけをざっと考えてみても、もう方向性は見えているのではないでしょうか。

 この間、日本の仏教の動向はどうだったか。

 檀家制度が崩壊過程に入った以上、今までと別の動きが現れるのは当然です。それはまず、仏教を語る言葉の質的変化として現れました。

 1991年、スマナサーラ長老が再来日し、テラバーダ仏教の本格的な布教を開始します。あえて言わせてもらえば、その3年後、私が論壇誌にエッセイの連載を始めました。さらに2004年、臨済宗の玄侑宗久師が芥川賞を受賞し、小説にとどまらず仏教をテーマに精力的な執筆活動を行います。以後、陸続として、新たな語り口を持つ仏教者の発言が続きます。

 これら発言者に共通するのは、「家」ではなく「個人」(あるいは個人の問題)に向けて言葉を発しようとする態度です。それはとりものさず、発言者が自らの土台とする教えを徹底的に再検討し再確認する作業を不可欠としました。

 それは、従来のパラダイムの崩壊によって「普通の生き方のモデル」を失い、剥き出しの実存となった「個人(というより『孤人』)」の需要に応える動向だったと言えるでしょう。

 ならば、上述した日本社会の転換がそうであるように、平成の終わり以後、伝統教団の組織構造の転換は当然、不可避となるでしょう。主体的にそうするか、なし崩し的にそうなるかは、まだわかりませんが。

 今回は長々と失礼しました。


  
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破杓庵問答

2019年03月20日 | 日記
「問う。如何なるか是れ幸福」

「今日と同じ明日がくることを信じていて、しかも信じていることを忘れている状態」

「如何なるか是れ真理」

「アクセサリーみたいなもんだ。無くても構わんが、無いと寂しい」

「如何なるか是れ死」

「後ろの正面と同じ。見えたらただの正面で、後ろではない。誰も見たことがないのに、その話はできる」

「如何なるか是れ生」

「空気だな。感じることはできるが、つかめない」

「如何なるか是れ希望」

「蛍光灯。明るい時にはいらない。いちおう予備もあったほうがいいけど」

「如何なるか是れ絶望」

「落とし穴。落ちても底無しということはない。ただ、底抜けしないうちに出る算段がいる」
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震災8年

2019年03月10日 | 日記
 昨日の夕食メニューをなかなか思い出せない身になってみると、いわゆる「記憶の風化」は仕方のないことだと思わざるを得ません。

 しかし、経験はそれこそ心身に刻み込まれ、時に意識の底に沈み、また浮上することはあっても、決して風化することはありません。

「風化」の真の問題はまさにこの違い、つまり、当事者の直接の経験と、必ずしも当事者とは言えない者の記憶との、ギャップだと思います。

 東日本大震災直後から3年くらいは、恐山にお参りに来られたかなりの被災者が、その生々しい経験を自ら話して下さることがありました。そういう機会が重なるうち、私は次第に、被災者ご自身に話したい気持ちがあるのだと、感じるようになりました。

 ところが、5年を過ぎた頃から、被災者の方々から当時の経験や気持ちを伺うことが、急に減ってきたのです。

 私は、被災から受けた心身のダメージが癒えてきて、話が出てこなくなったのだと、始めは思いました。しかし、違いました。端的に言うと、被災者は我慢しているのです。被災の経験、それに続く生活の再建、打ち続く困難。それをもう、他人に話すことを諦めている。私にはそう思えました。

「いまさら言ってもしょうがないですもんね」

 ある中年男性の被災者がぽろっと漏らしたひと言です。これが経験と記憶のギャップでしょう。

 風化する記憶しか持たない人に、もう経験を話しても通じないどころか迷惑だろう。そう考えているのではないか。

 たとえ被災の事実を共有していても、被災の経験は人それぞれで、5年も経つとお互いの立場も境遇も、大きく違ってしまいます。すると、たとえ同じ被災者に対しても、自分の経験を語ることは躊躇われるのではないか。

 私は今、この状況を心配しています。経験は語られることで意味を持ち、当事者の実存に場所を得、「自己」に統合されていきます。というよりも経験は語られることで初めて経験となるのです。そうでなければ、それはただの出来事、あるいは「原体験」にすぎません。

 経験となりきらず、自己に位置づけられない出来事は、それが大きく深いほど実存を動揺させ続け、ついには亀裂を生じさせ、場合によっては心身の不調として顕在化するでしょう。

 とは言え、現実に被災者は容易に語り難いとすれば、どうするのか。私にもさしたる答えはありません。

 ただ、こちらがただ当事者の話を聞く気になっているだけではもう通用しないでしょう。そうではなくて、まず対話をはじめることが大事だろうと思います。始まりが困難な経験の話でなかったとしても、対話が続くうちに、それが浮上してくるかもしれません。そして対話がさらなる語りを促すかもしれません。

 恐山は、それを可能にする場所の一つだと、私は思います。そして、自分がその対話の相手となることができれば、僧侶として本当にありがたく思います。
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理解の不理解

2019年03月01日 | 日記
「理解する」「わかる」と言うとき、それは何を意味しているのでしょうか。

 一つは、事象Aと事象Bとの間の対応関係を記述して、「理解した」「わかった」と言う場合です。例えば、脳の物理的・化学的過程と意識現象の対応関係を記述して、「意識が解明された」と称するときなどです。

 意識の場合、対応関係の記述で「理解」とするのは、無理があります。なぜなら、「怒る」という現象を脳の物理的・科学的過程として解明したとしても、「自分が正しい」という「信念」も持たない者は怒れないからです。「自分が正しい」を科学的に解明することは不可能でしょう。

 もう一つは、事象AとBを因果関係で説明できたときに、「理解した」と考えることです。つまり「AによってBが起こった」と説明することをもって、「理解した」と考えることです。

 すぐにわかるように、この説明にも難があります。つまり、同じ事象に複数の因果関係を設定でき、どれが正しいかは、説明そのものでは決められないからです。

「宇宙は神によって創られた」という説明と「宇宙はビッグバンによって生まれた」説明の正誤は、説明自体から結論できません。

 対応関係にしても因果関係にしても、説明の正誤は再現性にかかっています。つまり、事象Aを再現したら、かならずそれに対応して、あるいはそれを原因として、事象Bが再現されるかどうかです。

 怒ったときの脳の物理的・化学的過程を解明したと言うとき、同じ過程を再現したら、必ず人が怒れば、それを「理解」としようというわけです。

 あるいは、特定の角度と特定の力で、特定の重さのボールを打ち出せば、何回やっても同じ距離まで飛ぶことを再現して、ボールの飛翔についての「理解」と考えるのです。

 この再現性によって説明の正誤を判断する場合の最大の障害は、たった1度しか起こら無いことに関しては、正誤が判断できないことです。まさかビッグバンを再現するわけにもいきますまい。

 すると、再現不能な事象の理解は、所詮「信念」にすぎません。ということは、宗教が時に「迷信」となるように、科学もやはり「迷信」になる時があるでしょう。

 その一方、再現可能性による理解は、結局、人間が対象を操作し支配することと同然です。しかし、操作し支配できることが「正しい理解」だと言うなら、「権力を持つ者が正しい」ということと違いがありません。それは浅はかというものでしょう。

 人間に開かれた世界と魚に開かれた世界は決定的に違い、どちらが「正しい」世界か誰にも決められない以上、我々の理解はすべからく誤解であり、そのうちで最も支持を得た誤解を理解と決めておこうという、所詮は身もフタもない内輪の多数決話になるしかありません。

 ゴータマ・ブッダが「真理」の主張を戒めるゆえんでしょう。 
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