恐山あれこれ日記

院代(住職代理)が書いてます。

開山です

2008年04月30日 | インポート

Photo_6  写真は恐山境内で唯一のさくらの木です。自生のものではなく、人手をかけてずいぶん沢山植えたのだそうですが、厳しい環境ゆえ、生き残ったのはこれ一本だったのです。Photo_7 我々にとっては、春を告げるとりわけ貴重な木です。

 今年は暖冬のせいか、例年よりやや早く、蕾がほころび始めました。まるで明日の開山日に合わせたかのようです。

Photo_9  本日まで従業員さんたちに掃除をはじめ、様々な準備を整えていただき、いま山内は静かに開山を待っています。

 どうか本年もご参拝を賜りますよう、よろしくお願いいたします。


苦しいときの「霊」だのみ

2008年04月21日 | インポート

 先日、若い女性の声で電話がありました。

「このところ、悪いことが続くんです。水子の祟りだと言われたのですが、そうなのでしょうか」

 祟りだと言ったのは誰ですかと問うと、「お友達です」と言います。

「あなたはそれを信じるのですか」

「ですから、あの、専門のお坊さんにきちんと教えてもらいたくて」

「では、私が祟りはないと言ったら信じますか?」

「でも・・・・。あの、わたし、5万円する仏像も買ったし、水子供養も何度もしたのに・・・・」

 このあたりで、彼女はもう半分泣き声です。

 経験から言うと、こういうタイプの人は、「祟りはない」と言っても、その場はよくても、決して心からは納得しません。また必ず祟りの不安に襲われ、それこそ霊感商法でとことん騙されるまで、目が覚めないことがあります。なぜなら、彼女には、水子が祟っているのではなく、自分自身の今の状況から生じる不安が祟っているからです。

 私はおそらく彼女は何らかの意味で孤立しているのではないかと思い、「旦那さんは何と言っているのですか?」と尋ねてみると、

「離婚しているんです」

 申し訳ありませんが、私は思わず「やっぱり!」と言ってしまいました。夫婦の心が通じあっていれば、お互いにいたわりあって、水子にしてしまった心の痛みを分かち合い、癒そうとするでしょう。こういう人たちは、水子の祟りなどと簡単に言いません。

 そうではなくて、何らかの生活の不安があったり、人間関係で孤立している人が、自らの苦境と、そこから生じる不安を、死者のせいにするのです。これは死者に対する冒涜ではないでしょうか。

「苦しいときの神だのみ」と言いますが、最近世間には、「苦しいときの霊だのみ」というか、苦しい自分のあり方をきちんと見つめず、そこから目をそらして、安直に霊を「犯人」に仕立てる人が多いように思います。その風潮を煽っているのが、例の「スピリチュアル」テレビ番組だとするなら、「霊」の立場からも糾弾すべきでしょう。

追記 本日までに参禅修行に申し込みいただいた方、ありがとうございました。参禅許可証は5月1日の開山以降、順次お送りします。また、大事な情報が一つ落ちていました。参禅費用は、1泊2食で、1万5千円です。お詫びして付け加えます。まだまだ定員には余裕があります。ご希望の方、是非どうぞ。

追記2 次回の「仏教・私流」は5月19日(月)午後6時半より、豊川稲荷・東京別院にて行います。


ちょっとせつない、イイ話

2008年04月11日 | インポート

 檀家さんの法事に行きました。親戚も大勢集まった法事で、つつがなく読経も終わり、座を改めてお斎(とき・食事の供養)となりました。

 宴も半ばとなり、お酒も適当に行き渡って、施主の檀家さんも上機嫌で客座をまわってお酌をしていました。そのうちに私の前までやってきて、急にしみじみとした顔になると、こんな話をしてくれました。

「いやあ、方丈(住職のこと)さん、今日はありがとうございました。親戚もいっぱい集まってくれて、祖父さんも喜んでいると思います。

 祖父さんは私が小学校の頃に亡くなったんですが、本当に穏やかな人でね、孫の私はずいぶんやんちゃでしたが、ほとんど怒られたことはありませんでした。でも、ただ一回だけ、忘れられない思い出があります。

 ある日、私は例によって家中を走り回って遊んでいて、座敷に駆け込んだ拍子に躓いて、床の間に大事そうに置いてあった何かの壷を割ってしまいました。しまったと思いましたが、子供のことですから、素知らぬ顔をしてそのまま座敷を出て遊び続けていると、はたして、祖父さんに見つかってしまいました。

 私は祖父さんに手を引かれて座敷に連れ戻され、

『お前がやったんだろう』

私はとっさにシラを切りました。

『知らない』

『嘘はダメだ』

『本当に知らないもん!』

『では、ここでしばらく思い出したらよかろう!』

 そう言うと祖父さんは、私を座敷の床柱に着物の帯でぐるぐる巻きに縛り付けて出て行ってしまいました。私は情けないやら悔しいやらで、大泣きに泣きましたが、さすがに泣き疲れた頃、様子を見ていたらしい祖父さんが入って来てこう言いました。

『お前は誰も見ていなかったと思って嘘をつくのだろうけど、違うぞ。たった一人だけ、見ていた者がいるんだぞ。お前、誰だかわかるか?』

 信心深い祖父さんのことだから、どうせ神様か仏様みたいな話だろうと思って、ふて腐れて黙っていると、普段聞いたことのない大きな声で、祖父さんは言いました。

『それはお前だ! 誰が見ていなくても、お前は見ていた!』

 ねえ、方丈さん。私には忘れようにも忘れられない大事な思い出でね。祖父さんには感謝しているんですよ」

 この檀家さんは、いま弁護士です。聞いて、私はよい話だなあと思いました。と、同時に、ちょっと切なくなりました。

 見る自分と見られる自分。この断裂こそが自己が自己であることの意味です。それは時に善と悪の選択を迫って、自己が自己である限り、重荷であり続けるでしょう。

追記: 恐山の参禅についてお尋ねがありましたので、お答えします。初日の入山時間は午後4時をお守り下さい(オリエンテーションの都合です)。遅れた場合、入山宿泊はできますが、参禅プログラムに参加できない場合があります。なお、翌日の終了は午前10時ごろの予定です。


恐山参禅のご案内

2008年04月02日 | インポート

 恐山は今年も5月1日から開山となりますが、それに先立って、今年1回目の参禅修行への参加者を募集します。これは宿坊での通常の宿泊とことなり、曹洞宗の修業道場の作法に準じた日程で、修行体験をしていただくものです。

 1泊2日の日程で、坐禅、お勤め、写経、講話、作務(清掃など軽作業)などを中心とする修行になります。期間中は禁酒・禁煙。食事は参禅者メニューの精進料理です。

 ご希望の方は、下記の要領にしたがって、お申し込み下さい。

◆申し込み要領

一、実施期日 2008年6月7日(土)午後より8日(日)午前まで

一、募集定員 20名 (満15歳以上に限ります)  

    ※ 定員に達し次第で締め切り、本ブログに告知します。

    ※ 未成年者は保護者の署名・捺印を添えてください。

一、申し込み方法  

         次の事項をお書きの上、封書にて申し込んでください。

   〇氏名、住所、年齢、性別、連絡先電話番号

   〇健康状態 特に足腰の故障、その他心配な点など

   〇坐禅経験の有無、恐山参拝経験の有無

    ※ 申し込みは郵送に限ります。

    ※ 電話、本ブログなどでは受け付けません。

一、申し込みあて先

   〇4月30日まで 

    〒035-0051 むつ市新町4-11 円通寺内 恐山参禅係

   〇5月1日以降  

    〒035-0021 むつ市田名部宇曽利山3-2 恐山参禅係

    ※ 募集は5月20日まで。定員に達し次第で締め切り。

一、電話による問い合わせ(5月1日以降)  

    恐山寺務所(0175-22-3825) 担当:南/佐々木

    ※ 4月中の電話問い合わせはできません。

一、参禅の許可 お申し込みの方に、「参禅許可証」を返送します。

 ちなみに、2007年11月10日の本ブログにて、前回の参禅修行の様子を紹介しています。ご参照下さい。

 皆様のご参加をお待ち申し上げます。