恐山あれこれ日記

院代(住職代理)が書いてます。

しとしとぴっちゃん

2010年03月30日 | インポート

 久々に禅問答をひとつ。

 ある雨の日、老師が修行僧に問いました。

「門の外の音は、何だ?」

「雨だれの音です」

 すると老師は言いました。

「およそ人は錯覚してさかさまに考え、自分に迷って物をおいかけているな」

「では、老師、あれは何の音ですか?」

「おっと、もう少しで自分に迷うところだった」

 修行僧はさらに問います。

「もう少しで自分に迷うところだったというのは、どういうことです?」

 老師はおもむろに答えます。

「解脱してさとりの世界に入ることは簡単だが、それをそのまま言葉で言うのはむずかしいな」

 さて、この問答、例によって解釈は様々でしょうが、私はこう考えます。

 一般に「あれは何だ?」という問い方と、それに対する「あれは〇〇です」という答え方は、「あれ」と指示される「対象」がそれ自体で存在していて、それを眼や耳などを通じて感受した自分が、「精神」を正しく使用して、対象の「それ自体」性を担保する「本質」を見抜き、何であるか判断する・・・・・という枠組みを前提しているでしょう。つまり、対象と精神はそれ自体で存在する実体として対峙している、というわけです。

「およそ人は錯覚してさかさまに考え、自分に迷って物をおいかけているな」とはこのことで、自分の判断を根拠付ける精神的実体(これは往々にして「真の自己」と考えられるものです)があると錯覚して、それとは切り離された「対象」が、またそれ自体で存在すると誤解するのだ、と言っているのです。

 このとき、「さかさまに考える」という老師の言葉で私が思うのは、たとえば「私はしとしとと雨が降っている音を聞いた」と言われる事態は、実際の言語化の経過が言葉と逆だろうということです。

 つまり、先ず最初に「しとしと」と形容される事態が発生して、それを「降っている」こととして把握する機序が発動し、その把握を「聞いた」という言葉で対象化して、対象全体を「雨の音」と概念化することにより、当の概念化する主体の現成が自覚されて、「私は」という主語が立つ・・・・、実際の経過がこれほど単純で図式的であるはずもありませんが、言語の秩序と言語化の流れが、ベクトルとして食い違っていることは、間違いないでしょう。そして、この言語化の過程で、「対象」と「精神」が仮設されるわけです。あらかじめ「私」と「雨の音」それ自体が存在するのではない、ということです。

 さて、続く問答では、答えを否定された修行僧が、当然ながら、老師は何だと答えるのか、質問します。ここで老師が、「いや、お前が迷って雨だれの音などと言っているものの正体は、空で無我で縁起なのだ」などと即答するなら、「あれは〇〇だ」という〇〇の部分に当てはめている以上は、その時点で、「空」も「無我」も「雨だれの音」と変わりません。つまり、「精神」の判断する「概念」にすぎず、先述の枠組みは維持されたままです。

 逆に、老師が何も答えず沈黙し、その沈黙を後世の者がしたり顔で、「そこには言葉にならない真理が現れている」などと解説するとすれば、老師に聞こえたものが本当に「真理の音」か、あるいはただの気の迷いや妄想だったのか、他のだれも判断できないのですから、解説そのものが妄想です。それどころか、「言葉にならない真理」がそれ自体で立ち上がり、「根源的実体」として凝固してしまいかねません。

 そこで老師は、「もう少しで自分に迷うところだった」と言うわけです。何か言っても言わなくても、今ここで起きている事態を捉えきれないのです。だから、「言おうとはしているのだが、言い切れない」というところで、自制するわけです。それが「もう少しで」ということなのです。

 したがって、真意を問われた老師のお終いの言葉があるのです。

「解脱してさとりの世界に入ることは簡単だが、それをそのまま言葉で言うのはむずかしいな」とは、「さとりの世界」、すなわち「対象」と「精神」の二元対峙の枠組みを外した、「空」とか「縁起」と呼ばれる事態は、それを体験することは可能だし、そのテクニックも伝わっているが、いかんせん事態そのものは完全に言語化しがたいし、さりとて沈黙に逃げることもできない、という意味なのです。

「言語化できない」と言い切ってしまえば、それがそのまま「言語を超えた真理」に転化しかねない。だから、たとえその事態をそのまま言語化できないとしても、その言語化に挑み続け、常に宿命的に失敗し続け、それでもなお言葉を更新し続けるしかない。その無限の行為において、「空」「無我」と呼ばれている事態を指示し続けるしかない。これが老師の言いたいことなのです。

 仏教の思想的問題の核心が言語であると、私が考えるゆえんです。


弔い問答 その4

2010年03月20日 | インポート

『月刊石材』掲載、青森県青森市・やまと石材社長の石井靖氏によるインタビューのご紹介、最終回です。

□仏教との出会い

石井社長(以下、石井) 話を戻しますが、子どもの時に世の中に不安を持たれて、そこから国語の教科書でしたか、「諸行無常の言葉、このもやもや感はこれだ」という話を少しお聞かせいただけますか。

南直哉(以下、南) その通りだったですね。要は、自分の感じていることが人に通じることなのかどうなのか、全然わからないわけですよ。小学校の高学年あたりから、「異常なのかな」という感じがしていたんです。異常というか、何か孤立している感じをずっと持っていたんです。

石井 ご自身で「こう感じているのはどうも自分だけ」という感覚…。

 だいたい同級生の中に、「三ヵ月入院しました」「小学校、丸1年くらい休んでます」などというのは、私しかいないわけです。そうすると、自分が考えていることは自分だけのことで、誰にもわかってもらえないような話なのか、あるいは、人にとってはどうでもいいことなのか。私が常に気になったり考えていることを、人に話せないわけですよ。

 人というのは、要するに同世代。それでいて大人に何かを話せる雰囲気でもない。ちょっと話すとびっくりして、非常に忌まわしいとまで言わなくても、「何? やめてくんない。この忙しいのに…」といった視線を感じるわけです。どこにも何かを聞いてもらえそうな所がないわけですよ。そうすると、ノイローゼじゃないですけど、何か今ひとつピンとこないわけですわ。

 それで中学に入ったらますますで、でも思春期になるから、女の子の目も気にするわけですよ。だけど、「どうも…」と思っていたんです。そうしたら国語の教科書に「諸行無常」とあり、「あっ、これはしゃべってもいいことなのかな」と。この言葉のつながりで、自分が考えていたり感じたりしていることを、外に出せる何かがあるのではないのか、というのが一番大きかったですね。

 だから、家に帰ってきて百科事典を引いてみたら「仏教の言葉」とあって、初めて「こういうことをテーマにする何かがあるんだな」というのがわかったから、大転機だったですね。

石井 もやもやしていて出せないでいたものを、その言葉をきっかけにスッと出せた。

 子供の頃、孤独というのは一人でいることだと思っていたんです。でもそれは違って、孤独というのは、わかって欲しいことがわかってもらえないこと。わかって欲しいことがなければ、誰も孤独にならないわけですよ。ところが、わかって欲しいことが人に通じないという時に、孤独を感じるのであって、そばに恋人がいようと親がいようと関係はないんです。

 ところが「諸行無常」という言葉があって、しかもそれを言いだしたのは、インドで二千年前に死んだ人ということになれば、そのインドの人と今の自分がわかるということは、「ひょっとしたら、それがわかる人がまだいるかもしれない」と、当然思うじゃないですか。教科書に載っているくらいだから。

 その時に孤独から開放されたんですよ。今まで自分は孤独だったんだ、とわかったんです。その時に一回悟ったんです。言葉によって、考え方と、ものの感じ方が変わったわけですから、何かあると思ったんです。ひょっとすると自分の考えていることは、非常に大きな意味があるんじゃないのかな、と思ったんですよね。

石井 一回目の悟り、と書かれていましたよね。

 物の考え方と感じ方が、そこで変わっちゃいましたからね。これが何であるかわからんうちは死ねないな、と感じましたね。

石井 中学生の時ですよね。

 死ねないというか、多分これを避けて生きることは、まず難しいというのはすぐにわかったんです。そのことがもうここらへん(頭)にドカーンと入っちゃったから、あとはどんなことをやっていたって消えないです。だからそれ以外のことは、ほとんど眼中にない。

 大学に入る時に、親父に「文学部に入る」と言ったら、彼は旧世代の人だから「おまえがそういうならしょうがないかもしれないけど、男が何も文学部じゃなくてもいいのに」と言うわけです。思春期の人間というか馬鹿ですから、目の前のことにとらわれるわけですよ。この問題にアプローチするのに、物理だ、数学だなんてムダだと思うことになれば、あっさりやめちゃうんです。今にしてみれば、数学とか物理が人間精神の偉大な活動の一つ、ということで後悔をしているんですが、あの時は、諸行無常を説くのに数式が何の役に立つのかと、スパーンと馬鹿らしくなって止めちゃうわけです。

 「経済」と言ったって、要するに毎日何を食うかの問題だろう、何だって食っていけるはずだと。そうなると、とにかく一番このことを大っぴらに考えても大丈夫そうな学部、生活とは何か、みたいなことにしか頭がいかんわけですよね、高校生ぐらいでは。ますますおかしくなってきて、考え方とか行動パターンがもう変わってしまったんです。

石井 すごいと思ったのは、その後、仏教書だけではなく哲学書などまで、幅広く随分お読みになられたことです。

 正確に言うと、仏教書はほとんど読んでいないですね。基本的な道元禅師の『正法眼蔵』と仏陀が語ったといわれる経典のいくつか、つまり、「諸行無常」を具体的に書いてある典拠になるような書物をざっと読んで以降は、もうほとんど仏教書は読んでいないです。インドの原典に近い翻訳のようなものを読んで、今のお坊さんや評論家みたいな学者が書いたようなものは一切読んでいないです。

石井 それはいったいなぜですか。

 いくつかは読みましたが、使い物にならんのですよ。一番知りたいことが書いてないんです。要するに「仏性」と言ったって、何のことだかわからない。「諸行無常」について、ひどいのになると「ものの哀れ」と一緒のような「はかない」、「桜は散りました」のような話。そうではないとすると、「実体のないこと」と書いてある。「あるじゃないか」と。

 どんなに仏教書を読んでも、自分の経験に刺さらないんですよ。私は自分の経験と一致しない言葉は言えないんです。どうもこれはダメだな、と思ったんですね。

 仏典に本格的に触れる前に『正法眼蔵』を拾い読みして、「自己をならう」とか「自己を忘れる」といった話を読んだんですが、わからないわけです。その次に強烈な印象があったのはハイデッガーの著作なんですが、これもよくわからんわけです。ただ、『正法眼蔵』の「諸行無常」とか、「自己を忘れる」と同じで、「死に対する先駆的決意性」とか、言葉自体がパコーンとこう入るわけです。そうすると、繰り返すことで漠然としたイメージが出てくるんです。あるいは世界観とかね。

 その後大学に入って、また仏典か何かを読んでいたのですが、ハイデッガーがわかりたくて読んだ周辺の本の哲学者の言葉に、一発で通じる時があったんです。そこで、仏教書を読むことをやめたんです。

 要は仏教のことを理解したいというか、『正法眼蔵』のこと、ゴータマブッダの何がしかの言葉を理解するのにむしろ役に立つのは、仏教書以外にあると。

石井 あくまでも知りたかったのは、仏陀の言葉であったり、道元禅師であったり。

 もっと言うと、『正法眼蔵』がわかりたかったんです。

石井 わかりたいがために、周辺の仏教書じゃないものを読んだ。

 私にとっては、「諸行無常」が「自己の存在根拠が欠けている」といった実感であり、「縁起」が、例えば自意識は「何かを意識する」という形で、意識でないものに向かって流れださない限り意識として働かない、みたいなことを、言葉としてハッキリ定義できなくても、自意識がすごい脆いってことは、子供の頃から思っているわけですよ。 

 そういった実感を説明する言葉は、仏教学者や評論家にはないわけです。むしろそれは現代哲学の中にあるわけです。これを武器にすると、自分の実感に近い形で仏教、『正法眼蔵』を読めるんです。

 私は幅広く読書をしたわけではなくて、仏教の言葉が知りたかったから、道具を探したらそうなったというだけ。さっき言ったように自分がいるってことを考えた時に、心身構造、社会経済構造、言語構造といったものが、どう見たって決定的な役割を果たしているとわかれば、その周辺の本も読むじゃないですか。だからブログにも書きましたけど、あるキリスト教の神父の「私は聖書を読むように新聞を読んで、新聞を読むように聖書を読む」というのに近かったです。

 つまり、『正法眼蔵』が自分に何を訴えてきているのかがわかるためには、道具は何でもよかった。ぶち込んで使えたらそれでいい。自分の体験と言っている事が、最初はどう繋がっているのかわからないけど、この繋がりを説明できれば何でもいいんです。結果的にいわゆる坊さんの本にも仏教学者の本にも、それを説明する概念がなかったといっただけの話です。

石井 今思い返してもそれはないですか?

 なかったですね。だから例えば、唯識(あらゆる存在はただ識、すなわち心にすぎないとする見解)のある概念が使えるか。唯識というのはよく出来ているし、「これは使えるな」と思った時に、唯識の言葉を使うために唯識学者の本を読むということはあります。

 いずれにしても、すべての本というか言葉は道具ですからまず理解する。だから、使えれば何でもよかったんです。結局私が、『正法眼蔵』なり、仏典との関係をリアルに語れる、実感をもって語れるものでありさえすれば、ハイデッガーであろうと何であろうと、言葉はなんでも良かったんです。

□人間はそれだけで欠陥がある

石井 今のお話は大学時代のことで、その後いったんはお勤めになられた。でも、まだ勉強は続けられていた。

 仕事は真剣にやっていたんですが、どう見ても続かんな、という感じだったですね。

石井 「出家しよう」と思った最後の決め手は何ですか。

 きっかけで一番大きかったのは、ある人から「辞めろ」と言われたんです。「あなたはこのままやっていると仏教の理解、禅の理解もそこそこまでは進むだろう。サラリーマンとしても、普通のサラリーマンになるだろう。しかしそれは、君にとっていいことではない」と言ってくれて、「では伺いますけど、どっちにしたらいいですか」と言ったら、その人が「俺は全く責任はとらないが、あなたはサラリーマンを辞めて、坊さんになった方がいいと思う」と言った人がいるんです。人にまでそう思われたのでは「もうダメだ」と思ったんです。もう一回やってみよう、失敗したら戻ったらいいんだから、と思ったんですよね。

石井 ご両親の反応はどうでしたか。お父さんはやっぱり来たか、のような感じですか。

 決して賛成はしないけれども、「しょうがない」ですね。だから後になってから「俺はあの時、『賛成』とはとても言えなかったが、なるほどと思った。このままサラリーマンは続かない。本当は何をやりたいんだろうと思っていた」と言っていました。坊さんと聞いた時には「決して賛成ではなかったが、なるほど、人というのは自分に合ったものを見つけてくるもんだなと思った」とは言っていました。


弔い問答 その3

2010年03月10日 | インポート

『月刊石材』掲載のインタビュー記事、3回目。聞き手は青森市・やまと石材社長の石井靖氏です。

□気持ちを掬いとれるかどうか

石井靖社長(以下、石井) 石材業界でも「業界の生き残り」といった話になりますが、先ほどのお話で、「世間一般から必要とされない業界だったら、そもそも本当は必要ないんじゃないか」と。私もそう思うんです。

南直哉(以下、南) 私は何度も言ったことあるんですが、「仏教は永遠だが、教団はそうじゃないから」といった話をすると、若い人たちはみんな不安な顔して聞いていますよ。

石井 お寺様でもそんなこと言う。

南 永平寺での生活が長かったですから、最後は講師みたいなこともやっていました。「道元禅師が教えた仏教は永遠だけれど、曹洞教団は違いますよ」と。私はそう思います。

 寺の住職になるために僧侶になる、というのはダメなんです。僧侶というのは、ライフスタイルですからね。僧侶という生き方を選んだら、縁があったから住職になりました、というのが本当でしょう。

 だから教団も寺も滅びたって、いっこうに仏教にとっては何の問題もない。お坊さんがいて信者が集まったら、その場所が寺です。仏教は滅びっこないです。なぜなら普遍的な問題を扱っているから。

 教団と寺とは違うんです。社会的条件が変わってリアリティを失えば、その教団は滅びていくんです。奈良時代の寺が未だに続いているんですから、そう簡単になくなることはないですが、何割かの寺がなくなることは間違いないですよね。次の時代にリアルに生き残れる僧侶と、その寺と教団が続いていくだけで、今の業界なり今の教団を、そのまま維持していかなければいけないといったことは、毛ほども考えることはないです。

石井 そうなんですね。バブル時代にガーッとなった時、お墓の業界だって大型霊園を造って、お寺さんに経営主体になっていただいて、実は石屋さんが販売するという方法なんですけど、それだって今よりは「家族として」とか、檀家制度の上にのっかった販売でしかなかった、という感じでした。

 では、マンション形態の『クレヨンしんちゃん』の先にある家族に、仏壇をどう押し込むかという話でいくと、従来の仏壇が何となく部屋の雰囲気、インテリアにあわないという話があって、一方で、フローリングの部屋にも合う仏壇などもあるんですが、南先生はその辺をどう思われますか?

 どうでもいいんです。

石井 ああ、やっぱり。

 というのは、これから先、仏壇を置くとすれば、仏教が必要な人、あるいは仏法が必要な人だけです。「先祖の家」として置くかどうかわからないですよね。「先祖の家」として置く人は、仏壇がなくても何かを置くでしょう。

 ある若い女の人から私のところに電話がかかってきて、「大好きだったおじいちゃんが亡くなった。おじいちゃんのお骨をちょっとだけわけてもらって持ってきたけど、私は今学生で東京のアパートにいる。どうしたらいいですか」と言うんです。その時に、「今すぐ仏壇屋に行って仏壇を買ってきましょう」といったことは、馬鹿げていますわね。下宿に大きな仏壇を置いたら馬鹿でしょう。しかしその子は遺骨の入ったもの、ビンか何かを持っている。何とかしたいわけです。「どうすればいいんだろう」と言うわけですから。そうなれば、それにふさわしいことを言ってあげれば、そこでおじいちゃんを祀っているんですから、いわゆるどんな形態であれ仏壇です。仏壇でなくても、少なくとも霊壇でしょう。つまり、この人の気持ちを掬いとれるかどうか、が問題です。

石井 買う買わない、の問題じゃないですね。

南 そうです。業界の立場でいえば「新しいマンションに、どうやって仏壇を置いてもらいましょうか」という話になる。その発想ではいつまで経っても事は進まんのですよ。

 問題は、単身者や夫婦だけの人が、「死者を供養したい」とか「祀りたい」と思った時に、その気持ちを汲み取ってあげられるようなものをサービスする事が大事で、ただ仏壇を持ち込むのがいい、という話ではないと思うんです。そういった人がたくさんいるとするならば、その人たちをネットワーク化して何かをするなど、いくらでも考えようはあると思います。消費者優先というのはそういうことです。

 仏壇が押し込めるか押し込めないか、これは我々にとっても大きな問題ですけれども、個人の心情に寄り添った教えを提供出来るか出来ないか、が今後の仏教を決めるんです。同じように個人の感情に寄り添ったサービスを提供できるかどうか、が業界を分けるんです。

石井 そうですね。

 もっと言えば、パーソナル仏壇を提供できるかどうかです。

□お墓を建ててもらえるかどうか、という「問い」を、どう「問題」として構成するか?

石井 これもお聞きしたかったんですけど、今の核家族化の先にあるものの危機感は皆ありまして、例えば、三段重ねのお墓にとらわれることのない、もっとお客さんがお参りしたくなるお墓の形でいいんじゃないかと思いまして、従来型ではないお墓を私のところもたくさん建てました。ところが今になって三段以外のお墓が増えて、霊園がおもちゃ箱をひっくり返したようだというようなこともあるし、私自身も見ていて「本当に日本人の心が安らぐか」という疑問も出始めているんですが、その辺はどうお考えですか?

 ほうっておけば、収束するところに収束すると思いますよ。

石井 行き過ぎ、流行みたいなものもあるけど。

 ものすごく申し訳ないですが、本音を言えば、それは仏教にとってはどうでもいいことなんです。

石井 はい、それをお聞きしたかったですね。

 申し訳ないですが、お墓がどんな形であろうと、少なくとも私が理解する仏教にとってはどうでもいいことなんです。霊園風景の統一感というのは、霊園の問題です。

石井 仏教の問題ではないですよね。

 仏教の問題ではない。ですから「この霊園には豚がいるし、こっちには犬がいるし、あっちにはオートバイがあるけどまずくない?」というのであれば、「こちらの霊園では墓石は統一させていただきます」って言えばいいだけなんです。

 「この墓で、この霊園はけしからん」という必要は、我々には全くないです。「こんな所でお経を読みたくない」という人がいるなら、別の坊さん、私みたいな者を呼ぶ。「どちらでもやらせていただきます」というのを呼んでくればいいだけの話です。

石井 なるほど、私もそう思うんです。南先生がおっしゃるように、根底にあるものを考えずに、形がどうか、和がいいとか洋がいい、国産がいい、中国がダメだとか言っているうちに、そのうち誰もお墓を建てなくなる。「その方が怖い」というのが私の危機感なんです。

 試行錯誤というのはとても大事で、問題を解決する場合に、答えが最初からわかってやるような人はそうはいないんです。それよりも一番大事なのは、問題が構成できるかどうか。「問題は何なのか」がわかるかどうか、が先なんですよ。

石井 ご著書の中にもありましたが、「問い」を「問題」にしてあげるということですね。

 そうそう。そちらの業界で言ったらまさに「これからお墓は建ててもらえるかどうか」という「問い」を、どう「問題」として構成するかの方が先なんです。「正しいお墓は何か」なんてことは、考えることじゃないんです。それは後からくる話だと思いますけどね。

 私は出家して今年で二十五年なんですけれども、非常に腑に落ちないのは、坊さんがしゃべっていることを聞いていると、最終的には仏教の何と関係があるのかわからない時があるんです。「それのどこが仏教なんですか?」ということが全然わからない場合があるんです。「そもそも仏教の問題なんですか?」と。

 その話が確かなことであったとしても、「あなたがなぜそれを考えるのかがわからない」と言って、よく聞いてみると「師匠がそう言った」「えらい人がそう言った」みたいな話なんです。「で、あなたは?」って言うと何もない。

 だいたい日本でどうやって死者を葬るかは、仏陀には関係ない、お経に書いてあるわけがないでしょう。永平寺の高僧が「本来、本来これは」と言う。黙って聞いていましたが、耐え切れなくなって「ではその本来は、どこが本来なんですか?」と言ったらえらく怒られました。「こういうことは、やっぱり年上の人間にはそう簡単に聞いちゃいけないんだな」と思ったことがありましたが、この人たちは、一体どこを根拠なり出所にしてものを言っているのかなと。仏陀はお墓にしても「自分の葬り方は在家に任せろ」と言ったぐらいですからね。まさか日本のお墓まで気にしているわけがない。

石井 「こんな形にしなさい」みたいなことは。

 そう、「こうしなきゃいけない」とかね。だからそういうことを聞いていると、それはそれで何を言っているのかなと思いますよ。

 講演会などで話をすると「大変面白いお話でしたが、仏様の話はしなくていいんですか」と言われてビックリしたことがあります。私は最後の最後まで仏教の話をしていたつもりなのに「落研(落語研究会)のご出身ですか?」「お話は大変結構ですけれど、仏教の話は最初から最後までなかったですね」などと言われて、すごく驚きます。

 私に言わせると最初から最後まで仏教のことを話しているつもりが、一言も仏教に聞こえないときがあるんですよ。わかるでしょう、言っていること。私はどんな話をしても、話の最終的な出所には仏教の教義があるんです。少なくともあるつもりでしゃべっている。そういう人間からすると、あんまり安直に「本来仏教は」と言われると、疑ってしまうんです。だから「本来、仏教のお墓は」とか言うと、「ストゥーパを建てる」といった話か、ということですよね。

石井 本当ですね。


弔い問答 その2

2010年03月01日 | インポート

 前回に続き、『月刊石材』誌に掲載のインタビューを紹介します。聞き手は青森市・(株)やまと石材社長の石井靖氏です。

□「これはサービス業だ」

石井社長(以下、石井) ちょっと安心しました。まさに私たち石材店ごときが言うことでもないし、お客さんにとっては、「大きなお世話だ」という話なんです。お墓作りをさせていただく中で、お寺様とお客さんの中間の立場にいると、「お寺様ももう少し工夫したほうがいいのに」なんて…。

南直哉(以下、南) 石材屋さんも葬儀屋さんと同じと考えれば、お寺さんとネットワークを組んだ方がいいと思いますね。お互い情報を流したりすればいいんです。たとえば葬儀屋さんが都会でお葬式を頼まれたら「あのお坊さんはいいよ」と。お坊さんが仏壇屋さんを頼まれたら「あそこは正直だよ」と。お互い袖の下ではなくて、信頼関係をもてる人間でネットワークを組めばいいと思うんです。

石井 もちろんちゃんとした仕事をする、というのが前提ですね。

 もちろん。つまり、お互いの利益を守るのではなくて、依頼人なり消費者の利益を守る一点において、一致するネットワークを組めばいい。そうしてトータルでケアすればいい。さっき言ったように、葬儀屋さんは直葬でやろうが、友人葬でやろうが、やってあげればいいんです。そのあとを見て「違う」と思っているのであれば、その時にその情報を拾い出せる、ケアできるシステムを作っておいて、流せばいいんです。

石井 上田紀行さんの 『がんばれ仏教』(NHK出版)にすごく刺激を受けまして、私どものビジネス感覚におけるコミュニティ作りとか仕掛け方というのは、少なくともお寺様より生々しい部分で出来ますので、お手伝いが出来ます。

 昨年、勘違いも甚だしいというお叱りも覚悟で、お寺様向けのセミナーを青森市内のホテルで開催したんです。「お寺でイベント」という言葉は、ちょっと抵抗感があるお寺様もいらっしゃるでしょうけれど、「もう少し地域の人を巻き込んじゃいましょう」という働きかけをしたんです。お叱り半分、おもしろかった半分のご感想をいただいたんですが。

 ただ、私が思うのは、個別のケアですね。大きいイベントとか、マス(集団・大衆)でどうしようと、あまり考えないほうがいいような気がします。

 仏教の現在、露骨に言えば需要は、もうマスではないんです。葬送儀礼が今はまだちゃんと生きていますから、「大変ありがたいな」と思うんですけれども、仏教が本当に問題とされているのは、一対一の局面なんですね。一対一ですくいとることが出来ないと、結果的にはダメだと思うんです。 

 檀家さんに対しても、寺と家の付き合いも、事実上は「住職個人と、その家の中の一人ひとりとの付き合いだ」と思ってやっていかないと、親が信心深いから、息子も信心深いかどうかは、わかりませんよ。ですから、ハッキリ言えば、「これはサービス業だ」と考えないとダメだと思いますね。

石井 南先生はそのことをハッキリとおっしゃいますし、だからと言って生々しい話じゃないのは、ご著書を拝読しても、「それが一般の生活者を救うことになる」という方針がしっかりしているからだと思います。しかし、地元でそれを理解できるお寺様がいるのかな、と思うと…。

南 ハッキリ言うと難しいでしょうね。曲がりなりにも旧来の檀家制度が完全に崩れてないからです。私の感じでは、ここ三十年、つまり団塊の世代が死に絶えた時が、次の大きな時代です。というのは、駅前に最近多いのは、パチンコ屋と葬祭場でしょう。葬祭場を作る葬儀社の人たちに話を聞いたことがあるんですが、皆が「減価償却は三十年」と言っていました。

 どういうことかと言うと、「団塊世代が亡くなるまで」ということです。この三十年で団塊世代が亡くなると、おそらく旧来の檀家のイメージをもった一群の人たちが、消えてなくなるということですな。この時に、伝統教団は、大きなターニングポイントを迎えるに違いないと思いますね。今、福井のお寺の檀家は三十件ですが、たぶん私が住職している間に二十件を切るでしょう。

石井 やっぱり人口減少ということですね。

 そうですね。それともう一つは世代間の伝承、引継ぎがもう不可能でしょう。先祖代々墓が、おそらくこの三十年間でほとんど機能しなくなるでしょう。

 でも、この三十年間は何だかんだ言ってもたくさん亡くなりますからね。ですからいろんな異業種が参入してきてもマーケットは広いですから、それなりの利益を得ることになれば、構造改革は遅れる。だから、この三十年間で構造改革をしたところが生き残る。

石井 尻に火がつかなければ、なかなか現実を認めたくない、というのが人間ですからね。

 そうです。いくら私が十年以上同じことを宗教問題の講演などで言って、みんな「そうだ」と言っても、何も変わりませんからね。

石井 納得して、同意はしていても行動は起こさない。石材業界も同じ状況のはずなんですよね。

 私の今の感じでは、三十年後も今まで通りにやって生き残れるというのは、檀家が半分になってもやっていける、今檀家を千件以上もっているところだけです。つまり今ある檀家が半分になってもやっていける規模の寺。そうでなければ、そもそも仏教とも宗教とも関係のない収入のある寺。観光資源とか駐車場とかマンション経営などです。そうでなければ祈祷寺。そうでなければカリスマティックな住職がいる寺。この四つだけ。

石井 カリスマティックといいますと?

 つまり人が呼べる。個人的な信者、要はキリスト教の牧師みたいに、宗教家と信者で教団が構成できるような、一代限りです。僧侶と信者のグループで成り立っている寺です。

石井 それは宗派に限らず。

 そうですね。その間に合従連衡があって、その過程においては、宗門だけの生き残り競争ではない。日本は檀家制度ですから、地域にどんな宗派があるか、ということで宗派の生き残りにもなる。

 今の日本人には、どの寺がどの宗派ということを知らない人はいっぱいいます。地域における宗派がいくつあるか、どの寺が、誰が生き残るかということだったら、教義なんぞわからなくて、宗派がわからなかったら、一番いいお坊さんのお寺が残るに決まっていますよ。

石井 そうですね。お墓の仕事をしていて「お寺はどこですか?」というと〇〇寺というだけで、宗派はご存知ないんですよ。

 人気のあるお坊さんと、そうではないお坊さんはハッキリしているでしょう。一般の人は、何宗のお寺なんてどうでもいい。「どこの檀家になりたいか」「誰の檀家になりたいか」になると思いますよ。そうすると、「その信仰を子まで引き継ぐか」は別問題ですから、私の感じでは、僧侶と信者のパターンに、全部は決していきませんが、徐々にその比重が高い信仰パターンに変わっていくと思います。

□『クレヨンしんちゃん』の家が、『サザエさん』の家に戻るかどうか

石井 私もまさにおっしゃる通りだと思うんですが、ある一方で変な期待を抱いているところもありまして。「ITだ」「バーチャルだ」「金融危機だ」ってやってきまして、一方で「日本人は心が大事で、伝統を疎かにしたからだ」というような反省が働いて、お仏壇は必ずないとダメだし、本家・分家の考え方も復活させて、檀家制度もきっちり、お寺も大事にして、という流れに揺れ戻しはないのかなと。

 それは『クレヨンしんちゃん』の家が、『サザエさん』の家に戻るかどうか、ということです。戻ると思いますか?

石井 いや、難しいでしょうね。でも、あこがれは持っていますよね。

 そうではなかったら、未だに『サザエさん』があれだけ視聴率が二〇%近くもいくわけがないです。非常に大きいものです。今、北海道から奄美大島まで探したって、一家三世代が同居して、ちゃぶ台を囲んで夕飯を食べる家があると思いますか。

石井 ないですね。

 ないでしょう。あれは絶滅危惧種、絶滅した家族ですよ。絶滅した家族なのに、何であれほど続いているのか。今や懐かしいからですよ。博物館で見るようなものです。懐かしい、伝統芸能みたいなものです。

石井 映画の『三丁目の夕日』(『ALWAYS 三丁目の夕日』)みたいなものですね。

 そうです。懐かしい。では、ピンクレディーが今、同じように復活するかといったら、この世の中でありえないでしょう。いくら心が大切だって、『サザエさん』の家族が突如復活するっていうのは幻想でしょう。

 そうしたらお仏壇を置く、実存的な欲求がどう変わるかが問題なんですよ。もっと言えば、『サザエさん』の家にお仏壇があるのは当り前として、では、『クレヨンしんちゃん』の家にお仏壇を置かせる、あるいは仏壇を置くような条件とは何かを考えるのが問題でしょう。

石井 なるほど。はい。

 自分の親や先祖を大切にするという気持ちは、とても普遍的なものです。それと仏壇とがどう結びつくかですよね。

 もう一つ、日本は先祖を大切にすると言いますけれど、その先祖はせいぜい曾じいさんまでです。これは儒教の国で、跡取りが家の系図を全部頭に叩き込むような話とは、わけが全然違う。日本人の平均的な意識では、関心の及ぶ範囲が極めて限局されます。時間的にも空間的にも、日本人の非常に深い意識の中は狭いですね。

石井 「柳田國男『先祖の話』を読む会」というのをNPO化して全国に広げようという運動がありまして、これでいくと南先生がおっしゃる通り、曾おじいちゃんぐらいまでは自分の家のご先祖なんですけど、後は氏神さまになって、地域のご先祖になって一つになっています。

 一言に先祖と言っても、家意識というのは中国と韓国と日本では全然違うんです。「夫婦別姓はダメだ」なんていうのは、東アジアで日本だけですからね。なおかつ(婿)養子なんて概念があるのは、日本だけなんです。日本人が一般に持っている『サザエさん』型の家というのは、イデオロギーであって文化ではないんです。

石井 その違いを、もう少し具体的に教えていただけますか?