2020/11/27放送
世の光の時間です。お元気ですか? 岩井基雄です。
金曜日の今日は昨日に引き続きマルコの福音書から学びましょう。
今日は宮清めとキリストの権威です。
実を結んでいないイチジクの木を裁かれた後、キリストが向かったのは神殿いわゆる宮でした。そこは神への賛美や礼拝、祈りが捧げられるべき場所でした。しかし、キリストが見たのは、人々が欲望のままに叫び物を売り買いする場面だったのです。
確かに神を礼拝するためにお金をユダヤの貨幣に両替したり礼拝のための規定に沿って整えられた動物をそこで購入する必要はありました。しかし人々は、礼拝と祈りの場所を商売の道具として用い、お金を儲ける場所にしていたのです。
その実情を目の当たりにされたキリストについて聖書はこう語っています。
イエスは宮に入り、その中で売り買いしている者たちを追い出し始め、両替人の台や、鳩を売る者たちの腰掛けを倒された。また、だれにも、宮を通って物を運ぶことをお許しにならなかった。
新約聖書 マルコの福音書11章15節、(16節)
そしてキリストはこう叫びました。
「『わたしの家は、あらゆる民の祈りの家と呼ばれる』と書いてあるではないか。それなのに、おまえたちはそれを『強盗の巣』にしてしまった。」
マルコの福音書11章17節
キリストの言動は人々を驚かせました。しかし、それは神の民自身が神の前になすべき正しい行動でした。それらが示されたなら、人々は神の前に自分たちの罪を悔い改めるべきだったのです。
ところが、祭司長たちや律法学者たちはこのキリストの言葉を聞いて、どのようにしてイエスを殺そうかと相談し始めたのです。 それは群衆が皆、キリストの正しく権威ある教えに驚嘆していたからでした。彼らはキリストの影響力を恐れ、妬んだのです。彼らの姿はあの裁かれたイチジクの木に象徴されていました。弟子たちが後でそこを通ると、その木は根本から枯れていたからです。
キリストは本来、神の宮であるべき私たちの心をも清められます。 私たちの心の中にもキリストの権威をもって追い出していただくべき欲望や自己中心的な罪はないでしょうか? 私たちも悔い改めの実を結び、まことの祝福の中を歩ませていただきたいと願います。神様はあなたを愛し、あなたをも悔い改めへと招いてくださっているのです。
(PBA制作「世の光」 2020.11.27放送でのお話より )
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