♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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■十戒-自由への励まし 70 / 大嶋重徳

2018年09月06日 | Weblog
2018/8/2放送

世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 大嶋重徳です。
 聖書には十戒と呼ばれる神と人との間に結ばれた約束があります。 十戒を初めとした聖書のことばは人間を縛りつけるものではなく、自由へと導くためのことばなのです。
 十戒の第六戒には「殺してはならない。」(出エジプト記20章13節 新改訳2017)とあります。

 イエス様は「腹を立ててはならない」と誰かに腹を立てることの禁止も説明されました。つまりイエス様は、殺さなければ良い、のではなく、殺人が起こる場所について私たちの目を向けさせようとされているのです。確かに聖書の最初の殺人であったアベルとカインの事件も殺人の原因が兄の弟への妬みであって、この妬みが腹を立てる怒りを引き起こしました。この怒りのある場所で殺人が起こったのです。

 殺人をするだけで終わりません。この殺人者カインはこう言います。「それで、私に出会う者はだれでも、私を殺すでしょう。」(創世記 4章14節 新改訳第三版) つまり誰かを殺したことで更に自分が殺されるのではないかという復讐を恐れる心を持つようになったのです。人を殺すことはさらなる復讐を見ます。この復讐に対する恐れの心は更に、やられるぐらいなら先にやってしまおう、と先制の暴力を産んで行くのです。朝晩に流れる痛ましい殺人のニュースもまた同じです。殺人のすべてが、腹が立つという怒りが引き起こしていきます。この腹ただしい怒りが積もりに積もって最終的に殺人にまで行きついて行くのです。

 十戒第六戒が私たちに教えていることは、殺さなかったらそれでいいということでありません。むしろ殺す所にまで行く前の感情について、腹が立つ怒りに目を向けるように促すのです。私たちは自分自身の中に生まれた腹立ちという怒りを軽んじてはなりません。時に旧約聖書に記されている「目には目を、歯には歯を」(出エジプト記21章24節、レビ記24章20節、申命記19章21節、参照マタイ5章38節)ということばは復讐の容認だと理解されることがあります。しかしこのことばは、目をやれたら目以上をやりかえしてはいけないという同等の報復しか許さないという意味です。むしろやられたら倍返しを求める人間の通常の思いの禁止なのです。

 今朝、あなたが怒りに覚えていることは何でしょうか。あなたは、怒って当然、と自分の正当な怒りの自由を持っておられるかもしれません。しかしその怒りをそのままにしておくことは危険なことです。腹立たしい怒りを神様に聞いていただく祈りの時を持ちましょう。祈りこそ私たちを神様の眼差しへと連れて行ってくれます。そして仕返しや復讐ではない解決の方法を神様から教えられる時を持ちたいと思うのです。

    ( PBA制作「世の光」2018.8.2放送でのお話しより )

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