♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して66年の
「世の光」を文字で 

■愛の使命に生きた河井道② / 岩井基雄

2018年09月03日 | Weblog
2018/7/30放送

 世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。
 最後の週の月曜日は歴史の中を歩んだクリスチャンの生涯から学んでいますが、今日もキリストの愛の使命に生きた河井 道(みち)について学んでみましょう。

 伊勢神宮の歴代宮司の家に生まれた河井 道は移住先の北海道でキリスト教と出会い、その愛の使命に生かされました。アメリカで教育を受けた後、日本でのキリスト教女子教育者として活躍し、恵泉女学園を創設、日本の女子教育に大きな功績を残したのです。また誤解を恐れずに言えば、彼女の尽力がなければ昭和天皇は戦争責任者として裁かれる可能性があったのです。河井 道が宮司の家に生まれたキリスト者であるということも神様は不思議に用いてくださったのではないでしょうか。

 経緯はこうです。戦後、天皇の戦争責任が論じられた時期でした。ある時、占領軍総司令官マッカーサーの右腕・副官フェラーズは河井 道に「仮に天皇を処刑することになったら日本国民はどんな反応を示すか?」と聞いたのです。道は断固反対します。フェラーズは驚きます。道がクリスチャンであり、戦時中、戦意高揚の下の学校設置を断固拒否し、拘束されたこともあったからです。フェラーズは道との話し合いを通し、天皇を裁いてはならないとの信念を固めます。アメリカ世論の70パーセントが天皇の処分を要求し、その内、死刑の要求が33パーセントもある中でした。副官フェラーズは河井道の協力のもと約10日間で意見書を書き上げます。この意見書がマッカーサーに決定的な影響を与え、約4ヶ月後マッカーサーは本国政府に最終判断を報告、ワシントンでの天皇訴追論は終止符が打たれたのです。河井 道が抱いた愛の使命は日本全体にも及んだとも言えるでしょうか、キリストの愛に生かされ、その愛に生き続けた道の原点には、神にある人々との交わり、国籍や人種を超えた愛と友情があったのです。

 聖書のことば
 「私たちは自分たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにとどまる人は神のうちにとどまり、神もその人のうちにとどまっておられます。・・・  愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。
      新約聖書 ヨハネ第一の手紙4章16節、18節

 神の愛に生きた河井 道の生涯、私たちもそれに倣い、生かされていきたいと願います。

 PBA制作「世の光」2018.7.30放送でのお話しより)

******

 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。
こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし、日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。
PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

******