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 ♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して73年、
PBA『世の光』を文字で 

■わたしのはらわたはわななく / 福井 誠

2015年04月16日 | Weblog
2015/4/16放送

 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。今日のバイブル・メッセージは「わたしのはらわたはわななく」です。 イザヤ書16章11節から読んでみましょう。

 「 それゆえ、わたしのはらわたはモアブのために、わたしの内臓はキル・ヘレスのために立琴のようにわななく。

 イザヤ16章はイスラエルの周辺の国モアブに対する神のことばが記録されています。神は高慢と邪悪さの中に落ち入っていたモアブの国に悔い改めを促しています。しかしモアブは悔い改めることができません。高慢はまさに破滅への罠。人が高慢に落ち入るほど恐ろしいことはないものですね。というのも、人が高慢になると、自分を過大評価し自分の考え方に凝り固まって、他人のことばに素直に耳を傾けることができないからです。結局、高慢の中で滅びに突き進んでしまうことがあります。まさにモアブはそんな国でした。

 しかし神はそのように破滅に進むモアブの国を冷ややかに見ておられるのではなくて、実は深い痛みをもって見ておられるというのです。「 わたしのはらわたはモアブのために、わたしの内臓はキル・ヘレスのために立琴のようにわななく。 」 はらわたも内蔵も感情の座です。

 神は、高慢に陥ったモアブが滅びに突き進んでいく様を見て、いい尽くせぬ突き上げような悲しみを味わっているのです。何とかそこから救われて欲しい。自分で気が付いて滅びないで欲しい、と願っておられるのですねえ。神は悪者を裁かれるとは言いますが、神が悪者を滅ぼすのではなくて、悪者が自らの愚かさの中で滅んで行く、と言うのが本当なのですね。人には自分が失敗したと思う時があるものです。高慢になってとんでもない失敗をしてしまったな、と思う時があるのですね。それは気づきです。そんな時に、失敗は失敗、もうなるようにしかならない、と人生を諦めてしまうのではなくて、むしろ人生の失敗に悲しみを抱くあなたの心を自分の心のように感じておられる神様の存在を覚えていただきたいと思います。神様は悔い改め神によりすがる者に必ず答えてくださるお方です。そんな神様を覚えて、いつでも謙虚に人生を歩ませていただきたいものですね。

(PBA制作「世の光」2015.4.16放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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