♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■キリストはいつも生きていて/福井 誠

2015年04月09日 | Weblog
2015/4/9放送



 世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか? 福井 誠です。今日のバイブル・メッセージは「キリストはいつも生きていて」です。ヘブル人への手紙 7章24節、25節から読んでみましょう。
 「 しかし、キリストは永遠に存在されるのであって、変わることのない祭司の務めを持っておられます。したがって、ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるからです。

 先週、ヘブル人への手紙(9章)からお話したように、イエス・キリストの十字架は私たちに罪の赦しを与えるものでした。罪は水に流すものではなく血の犠牲によって赦される、これが聖書の基本的な考え方です。その思想的な背景のもとに、イエスの十字架の犠牲がまさに全人類の罪の赦しのための尊い犠牲であった。ただ一度限りの永遠の犠牲であった、と語られるのです。そして更に聖書は重要なことを語ります。罪の赦しの偉大なわざを成し遂げられたイエスはその後復活された、ということです。

 大切なのは、復活されてどうしたのか、ということですねえ。復活の意味は、イエスがまことに神の子であったことを証明するものである、といろいろと説明されもしますが、もっと実際的な意味は、キリストは今も生きていて、いつも生きていて、私たちのために働いておられる、ということでしょう。つまりイエスは私たちの罪の赦しのために大きな犠牲を払ってくださっただけではなく、今なお私たちの罪の赦しのアフターケアをなさっておられるということですね。私たちは罪赦された恵みを覚えて新しい人生を歩もうとするものですが、やはり救われた罪人です。なかなか罪なきまっすぐな人生を歩むということは難しいことなのです。けれども繰り返し失敗し、バックスライドすらしてしまう私たちのために、イエス様は神の右の座にあって神様に執り成しを続けておられます。私たちの弱さを神に語り、十字架の恵みの確かさを語り続けてくださって祭司の務めを忠実に果たしてくださっている、と言うのです。このようなイエスの働きが今なおあるとすれば、私たちは安心して神に従う歩みを続けられることにもなります。復活し、今なお私たちのために執り成してくださっているイエス様を信じて神に従う新しい人生を積極的に歩み続けたいものですね。

(PBA制作「世の光」2015.4.9放送でのお話より )

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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