♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■会津のキリシタン大名 蒲生氏郷 / 岩井基雄

2015年04月24日 | Weblog
2015/4/24放送

 世の光の時間です。お元気ですか? 岩井基雄です。福島県会津におけるキリシタンの原点は伊達政宗に替わって会津の領主となった蒲生氏郷に始まります。氏郷は戦国時代末期の武将で近江の国の日野城主蒲生賢秀の長男(※嫡男)として生まれ、14才の時、織田信長の部下として父と共に初陣に立ち、大きな手柄を立てました。信長からも信頼された彼は、信長の娘冬姫を妻とし、信長の死後、豊臣秀吉に従い、名を氏郷と改めます。天正18年、1590年8月には豊臣秀吉や3000人の武将と共に会津若松に先頭を切って攻め入り、秀吉から会津42万石を渡されます。後に領地は92万石へと加増されます。

 キリシタン大名としても知られた氏郷は、高山右近や前田利家とも親しく、南蛮文化を取り入れていきました。彼は茶道では千利休七哲(※高弟七人)の一人に数えられ、利休の死後その子少庵を会津領内に保護し、後の茶道三千家への道筋を作ったのです。

 氏郷の洗礼名はレオンと言いました。巡察師のヴァリニャーノ が帰国する際には、デウスすなわち聖書が語る神こそ唯一の神であると言い、人々を驚かせました。城下にはキリストの教会が建てられ、イタリア人宣教師を家臣にし、ローマへの使節団を送ろうともしたそうです。氏郷の重臣たちにもキリシタンが多かったのは、氏郷の感化によるものだったでしょうね。また猪苗代にもセミナリオ・神学校を建てました。現在会津若松市内には、天子神社と名づけられた教会の後が3ヶ所あるそうです。また猪苗代でも教会が建てられ、天子のケヤキがあります。猪苗代では領民の約八割が、若松では三割がキリシタンの信者となったと言われています。

 氏郷はどのような夢を描いていたのでしょうか。福音の島とも呼ばれる福島に神様の愛が届けられていった歴史を天で喜んでいるでしょうか。

 聖書のことば
 「信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。昔の人々はこの信仰によって称賛されました。
       新約聖書 ヘブル人への手紙11章1節、2節

 あなたの人生にも夢があります。神様の愛はあなたの人生を豊かな祝福で包むからです。

(PBA制作「世の光」2015.4.24放送でのお話しより)

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 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。
こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし、日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。
PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

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