百聞百見

ふじもと百男の政治活動日記

北播政経懇話会 登校見守り 

2015年01月31日 04時54分18秒 | 日記
 30日(金)、朝、雪になっているかと心配したが、冷たい雨だった。登校見守りに立つ。終わり頃に近所の保育園児がいなくなった、と家族が探しに来られたので、手分けをして探したが見つからず心配したが、何と雨の中を一人で保育園に登園しているところを見守りに立っていた人が見つけて保育園まで送り届けていた。よかった。神戸の事件もあり、とにかく子供や高齢者が不明になったら、すぐに遠慮無く警察に知らせることができるようにすることが大事だということをあらためて実感した。また、登校見守りはやっぱり大切だとも思った。

 午前中は外回りをしたのち事務所で事務整理をやる。午後も事務所を出たり入ったりしながら当面のスケジュール調整や事務連絡などにあたる。今日も来客や電話が相次いだ。

 午後には雨も上がったが、東京では雪が降り、雪化粧の皇居周辺の映像が出ていた。雪国の人には申し訳ないような降雪量での報道ぶりだが、数センチの積雪で交通が大混乱してしまうのは私の住む瀬戸内内陸の加東市でも変わらない。

 夜、小野市のエクラで開催された北播政経懇話会新春パーティーに出席した。急用ができ、少し遅れてしまったが、蓬莱小野市長には当選のお祝いの言葉を贈った。パーティーは真鍋先生のハーモニカの演奏で締めくくられた(写真)。


 

告別式 

2015年01月30日 05時22分30秒 | 日記
 29日(木)、朝、登校見守りに立つ。インフルエンザで学級閉鎖が出ているせいか、通学班の人数が少ない斑もある。

 今日は義理の兄の告別式に参列した。3男1女をもうけ、その子供たちはすでに結婚し、それぞれ2人~3人の子供をもうけている。小さいのが小6、大きいのはこの春に大学を卒業する。少子化の日本にあって、頼もしい子孫の繁栄ぶりだ。兄は壮年からリウマチに苦しんだが、立派な業績を残したといえるだろう。兄は6男1女の末っ子だった。4番目のお兄さんは昭和7年生まれの84歳で、今も現役で仕事(工場)をしておられると聞いた。幼少期は戦争の時代。占領時代から復興期に青年時代を過ごされたはずだ。この時代の方々が戦後日本の奇跡の復興を支えてきた。今の日本がその繁栄の先で、少子化、人口減少に直面している。今日告別式に出ていた兄の孫達が仕事に就け、家庭を持ち、子育てをしていけるような国、地方にしていかなければならない、と思う。国も地方も今年がその大きな分岐点だ。

 明日は南岸低気圧の接近で雨、もしくは雪になりそうだ。テロ集団による日本人人質事件の状況が緊迫を増しているようだ。

自民党支部総会

2015年01月29日 03時57分19秒 | 日記
       

             

 28日(水)、今日は自由民主党加東市支部の移動総会・研修が行われた。旧町単位の支部が合併し、加東市支部となってから8回目の総会で、昨年から総会と研修を兼ね移動総会・研修として実施している恒例行事だ。今回はバス2台で、宇治平等院、月桂冠大倉資料館の見学、京都東山界隈の散策など古都京都を味わった。時折り、雪がちらつく寒い日だったが、充実した一日になった。

事務所で総会準備

2015年01月28日 05時09分27秒 | 日記
 27日(火)、登校見守りに立つ。朝のストレッチ、筋トレが心身のほどよい緊張感を生み出してくれる感じだ。社小学校もインフルエンザで学級閉鎖が出たらしい。

 早めに事務所に出て仕事をする。明日の自民党支部総会の準備や最終打ち合わせ、相談事、電話など切れ目がない。移動総会なので天気も心配。雨や雪にならないように祈る気持ちだ。合間を見つけて大学の本屋さんに行ったが、今日は推薦入試が行われており、書店も棚卸しのため閉店だった。夕方にも来客があった。

 国会が開会し、衆議院の代表質問がテレビ中継されていた。安倍首相や管官房長官は人質事件の対応で多忙を極めているはず。ときどきひな壇の管長官の姿が映るが疲れているようにも見えた。

看護連盟 選対委員会 別れ

2015年01月27日 05時47分26秒 | 日記
 26日(月)、深夜に電話が鳴り目が覚める。入院中の義理の兄が危篤の知らせだった。すぐに北播磨総合医療センターへ走った。家族、親戚がそろったところで、医師が死亡を確認した。その顔は眠るが如く安らかだった。病院を出たのは午前4時に近くなっていた。帰宅しても眠れず朝を迎えた。

 いつものように登校見守りに立つ。天気は下り坂。午前中は、事務所に出て後援会の役員さんと活動の打ち合わせをしたあと、北播磨県民局へ。県民交流室、土木事務所で地元事案について説明を受ける。午後も事務所で打ち合わせをしたのち、県庁へ。
 県庁では、議会だよりの最新号などの県政資料を調達したり、幹事長室で地元事案について相談などを行った。

 午後4時30分から自民党県連で選対委員会に出席した。統一地方選挙の公認、推薦などの申請について協議した。夜は神戸市内のホテルで開催された兵庫県看護連盟の新年互礼会に自民党議員団の看護を支援する議員の会の一員として出席した。看護連盟の各地区支部から多くの看護関係者が出席し、また、来賓には井戸知事、久元神戸市長をはじめ、国会議員、県会議員らが来賓として出席し盛大に開催された。

 本降りの雨の中を運転し、帰宅したのは午後9時30分を回っていた。長い一日だった。義理の兄の葬儀の予定が決まった。兄が元気な頃の思い出がよみがえってくる。シカ、ホタル、犬、サンショウウオ、衝立、歴史の話など話し好きな兄だった。去年の清水坂トンネルの開通式の日に寄った際にも苦しい中でも喜んで話をしてくれたことを思い出す。

初集会 野球協会 決起大会

2015年01月26日 04時18分24秒 | 日記
25日(日)、朝8時30分の少し前、加東市東条地域の岡本地区の初総会に出席し年頭の挨拶を述べさせていただいた。その後、午前中は5地区で初総会に出席した。午後も1地区で初総会に出席。区長さんからシカ出没、車上狙いの続発などの報告を受け、対処していくことに。
 午後2時、加東軟式野球協会総会が開催され、会長として出席し、議事を進行した。
 午後4時、多可町ベルディーホールで開催された内藤兵衛県会議員の決起集会に出席し、激励の言葉を述べた。会場は内藤議員の支持者で一杯となり熱気に満ちていた。帰宅したのは夜。すでに暗くなっていた。

 イスラム国に人質にとられていた2人の日本人の一人、湯川氏がイスラム国によって殺害されたようだと報じられた。国際テロ集団の凶悪、残虐な行為に憤りを覚える。もう一人の人質である後藤氏の解放を求めて政府が努力していることが伝えられているが、一人ずつ殺害するとは。

歴民研例会 資料作成 

2015年01月25日 04時25分04秒 | 日記
 24日(土)、朝、霧の中を愛犬サツキと散歩。軽く体操もする。

 事務所で、28日の自民党加東市支部移動総会の総会資料、研修資料を作成した。午後は、やしろ歴史民俗研究会の1月例会に出席。運営委員なのに出席率が良くないので、今日は少し早めに行って会場準備を、と思って社公民館に行ってみると、すでに準備は終わっていた。受付や講師のプロジェクター準備を少し手伝う。
 今日のテーマは「加東市の指定文化財」で講師は市教委文化財室の森下大輔氏。「全部見せます加東市の指定文化財」と題して200枚余のスライドを準備してこられた。国宝朝光寺の本堂から始まり、建造物、石造物、彫刻と休憩をはさんで約90分の講演だった。しかし、まだ半分も解説が終わっておらず、次回に続きを行うことになった。去年の夏の台風で倒壊した河高住吉神社の県指定文化財の石造鳥居をはじめ、興味深いものばかりで、あっと言う間に時間が過ぎた。

 夕方、市内の方からの相談を聞かせてもらった。今日は国際学習塾で加東市の公的施設適正配置に関するフォーラムも開催された。出席できなかったが、関係者からようすを聞くことができた。パブリックコメントも募集中であり、また、小学校区毎の説明会も順次開催されている。大きな提案なので、丁寧な説明と住民の声をよく聞くことが大事だ。
 ところで、イスラム国の日本人人質事件のその後の動きがわからない。トルコやヨルダンなどの力を借りて交渉を進めているなどの情報が報じられているが、他にもいろいろな情報が出ている。今日の産経新聞の産経抄で、野党議員のイスラム国が喜ぶような発言への批判が書いてあった。同感だ。


県道工事 大学図書館 イスラム国

2015年01月24日 05時08分22秒 | 日記
 23日(金)、朝、雨が降っていた。登校見守りの頃にはほとんど上がっていたが、早く家を出た遠くの通学班は傘をさし、遅く出た近くの通学班は傘無しの登校だった。
 
 早く事務所に出て仕事。書類整理や役員会の資料づくりをやる。1月の議員活動記録も作成する。まだ途中だが、1月は本当に忙しい月だと思った。午前中、次々と来客もあった。

 午後、加東土木事務所の戸島所長、茂森課長から加東市内の県道整備の進捗状況について報告を受け、懇談した。調べ物があり、兵庫教育大学附属図書館に行く。遠くの山々が雪雲らしき雲に姿が消されるのが見えた。図書館の中は暖房も程よく効いており、座り心地のよい椅子で快適だった。夜、後援会の役員会が開かれ、百援隊の発足報告や今後の活動について協議が行われた。

 今日はイスラム国による日本人殺害予告の期限の日だ。日本時間の午後2時から3時頃とされていたが、その後も特に動きがなかった。交渉ルートを模索していろいろな人がメディアに出てきた。表に出ない人の方が多いのだろうが、この段階で明らかにされないことの方が多いのは当然だ。我々には推移を見守るしかない。

市老連研修会 百援隊 

2015年01月23日 04時46分35秒 | 日記
 22日(木)、朝から冷たい雨が降っている。合羽を着て登校見守りに立った。いつもこの時間帯に通る外国人らしい若い女性の一団がビニール合羽をまとい自転車に乗って出勤?していった。今日もにこやかに「おはようございます」と挨拶を交わした。

 午前中は事務所で後援会幹部と明日の役員会の打ち合わせを行う。午後は加東市立滝野文化会館で開催された市老人クラブ連合会の研修会に出席した。オープニングでは会員有志による童謡唱歌のコーラスがあった。青い山脈などを出席者全員で合唱し一気に盛り上がった。開会式ではお祝いを述べさせていただいた。

 その後、滝野南小学校に過日の県会議場見学の際の写真を届けたり、事務所で事務作業を行った。夜は「百援隊」の発足会が開かれた。これは藤本百男県会議員の政治活動を応援し、議員と共に活力ある加東市をつくっていこうという趣旨の会。規約や役員が決まりこれから会員を募集していくことなどが話し合われた。若い人が中心の会で、将来、加東市を牽引していく世代と一緒に考え汗を流していきたい。

 テレビではイスラム国の日本人殺害予告について報道が続けられている。イスラム国との交渉について、いろいろな人物が登場している。日本政府もあらゆるルートを使ってイスラム国との交渉を模索しているはずだが、今はそれを見守るしかない。

初庚申 市内回り

2015年01月21日 17時39分29秒 | 日記
 21日(水)、登校見守りに立つ。少し早めに出て足振りやスクワットなどの筋トレもやった。交差点の角の家の庭のろう梅が満開に近い。

 今日は加東市社の善龍院で初庚申祭りが行われた。日も差す穏やかな朝、善龍院にお参りした。団子とお茶の接待をいただきながら、参詣の方々と話した。
 午前中は後援会長さんと市内を回る。午後は事務所で事務整理。夜は市内の有志の会に出席した。雨が降るという予報だったが、家に帰るまでなんとかもったようだ。

 

祖父の50回忌 イスラム国

2015年01月20日 19時22分03秒 | 日記
 20日(火)、棒振り、ラジオ体操、短コースウォーキング。そして、登校見守りに立った。

 今日は祖父の50回忌の法要を営んだ。午後、北播磨総合医療センターへ知人を見舞ったり、掛かり付け医に行ったりし、やっと取れた時間を有効に使う。夕方からポスター貼りに回る。事務所に戻り、自民党支部の総会準備をしていると、イスラム国が2人の日本人の殺害警告をインターネットに映像とともに流したことがテレビで報じられていた。72時間以内に2億ドルの身代金を支払わなければ2人を処刑するという。安倍首相は断乎としてテロを許さないとその卑劣な仕業を非難し、2億ドルの中東支援はあくまでも人道的支援だと強調した。き然たる態度を表明したことに賛成だ。同時に2人を救出するためにあらゆる手を尽くしていくとのことだ。これまで殺害されたケースもあったし、身代金を支払って解放されたこともある。

 

 

歴史探訪の会で講演 

2015年01月20日 04時20分17秒 | 日記
 19日(月)、朝、登校見守りに立つ。
 今日は、午後1時から約1時間、うれしの歴史探訪の会役員会で「ふるさと加東の歴史再発見」をテーマに講演した。何年か前にも同会の会員さんに向けて講演したことがあり、今回も前回のつづきをということで歴史ブログで紹介してきたことをまとめて講演した。戦前の小学校の運動会や音楽会、学芸会のプログラムや市内の各地区にある忠魂碑、東条川疎水関係などを写真などで紹介した。
 兵庫県社総合庁舎内の加東農林振興事務所を訪れ、地域課題について説明を受けた。夜は自民党加東市支部の役員会。今月28日の総会の最終打ち合わせを行った。
 

伝の助マラソン 初総会

2015年01月19日 04時23分03秒 | 日記
           

 18日(日)、朝、路面が濡れていた。夜の間に雨が降ったようだ。
 今日は第3日曜日。市内各地区では初総会が開かれた。8時30分に貝原地区の総会に出席し、祝辞を述べた。
 そのあと、県立播磨中央公園で開催された第9回加東伝の助マラソン大会の開会式に出席した。今回は約2200人が出場した。開会式では招待された県立西脇工業高校陸上競技部の男子が紹介された。
 午前中は滝野、東条の各地区を回った。午後も滝野地区2地区を回って挨拶を述べた。総会資料を読んでみると地区行事、役員会などの記録もあり、その活動の活発さに驚くことも。また、ため池太陽光発電などへの取り組みなど、各地区での工夫も目立った。また、東条では、加東市の公的施設適正配置計画や小中一貫校の提案に対する意見や質問も出て関心の高さが伝わってきた。

1.17追悼式典 森脇監督 連合婦人会

2015年01月18日 04時14分15秒 | 日記
      

         

       

 17日(土)、午前5時46分。20年前と同じように早く起きていた。突然の揺れとその激しさに尋常ではない感じを受けながらも状況がつかめず、まだ暗い朝に家の外で時々体を突き抜けていく地鳴りと衝撃波に恐怖だけを感じていたことがよみがえってくる。

 10時加東市連合婦人会の新年のつどいに出席し挨拶を述べさせていただき、すぐに神戸市へ向かった。11時45分から兵庫県公館で天皇皇后両陛下がご出席になり「1.17のつそい-阪神・淡路大地震20年追悼式典が行われ、同僚の県会議員とともに出席した。式は、追悼の灯りの点灯、献奏曲、開式の辞(梶谷県会議長)、国歌斉唱、黙祷、式辞(井戸知事)、ご来賓のことば(山谷大臣)、ご遺族代表のことば、献唱曲(しあわせ運べるように)、県民のことば、1.17ひょうご安全の日宣言、献唱曲、献花、の順に行われた。天皇皇后両陛下に続き、遺族代表、衆参両議長、最高裁長官、大臣、各党代表、知事、被災地首長、県会議員ら多くの関係者が献花を行った。

 午後、加東市に戻り、東条文化会館コスミックホールで行われる加東ライオンズクラブ主催のオリックスバッファローズ監督の森脇浩司スペシャルトークショーの準備を行った。地元の県立社高校野球部出身の同監督を招き、少年野球、中学校の野球部、社高校野球部の部員や保護者を招いての監督とのトークショーで、開会は6時だが、3時に集合し、周辺の清掃や会場設営、受付準備などを行った。受付係を担当したが、一般参加者も200名余り来場があり会場は満席の盛況ぶりだった。森脇監督はステージで野球や生き方に関する質問にやさしく答えていた。監督として選手への思い、自身の野球への取り組みなども経験をまじえて分かり易く話していた。来場者からもいい話だった、満足気の感想をもらった。会場には、森脇監督の出身地の西脇市や社高校OB関係者など神戸市や朝来市など遠方からの来場者もあった。

 

天皇陛下の特別奉迎 常任委員会 議場見学

2015年01月17日 04時40分26秒 | 日記
           

       

 15日(木)、激しい風雨の中を車で県庁に向かった。9時30分登庁。さっそく議事課主査と明日の常任委員会について打ち合わせを行う。10時20分、県議会の本会議場の見学に訪れた加東市立滝野南小学校4年生(20人)に議場で挨拶や説明をする。子供達は災害センターや県警本部なども見学し、学習に役立てる。私の議席に座ったのは偶然だが藤本君だった。議長席で記念撮影を行った。

 午後4時から自民党県議団の健康福祉部会が行われ、健康福祉部から「ひょうご子ども子育て未来プラン(案)」について説明、質疑を行った。副部会長として司会進行役を務めたが、議員からは活発な質問、意見が相次いだ。
 午後5時30分から自民党県連選対会議に出席。夜は市内のホテルで開かれた自民党議員団新年懇談会に出席した。
 一日を県庁で過ごしたが、会議の合間には19日(月)の歴史関係の発表資料作成に没頭できた。外は夕方まで風と雨が吹き荒れた。

16日(金)、宿泊した県庁近くのホテルから登庁。10時から健康福祉常任委員会が開催された。まず、健康福祉部、病院局から平成27年度当初予算要求概要について報告が行われ、次に閉会中の継続調査事件について、「移牒確保と健康づくり」を議題として「県立病院の運営」について病院局から説明を受け、質疑を行った。続いて、今年の特定テーマに関する調査研究について、報告書の素案について話し合った。

 午後1時から開かれた自民党議員団総会、続いて、議員団基本問題検討委員会に出席した。2月議会の代表、一般質問、予算特別委員会の委員などについて協議が行われた。

 午後3時前、神戸市内のホテルオークラへ。来神された天皇皇后両陛下の特別奉迎が行われた。3時50分、ホテル玄関に到着された両陛下がお迎えのために整列した私達県会議員団の前をお通りになられた。そのとき、皇后陛下が小さなお声で「ありがとう」と仰られた。そのやさしいお声に感激した。両陛下は、エレベーターにお乗りになるまでの間、お迎えしている県民に手を振ってお応えになられた。

 夜は、加東市内、滝野地区の有志の会の新年会などに出席した。