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語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【成功譚】極貧の幼少期から世界一のカレー屋に ~宗次徳二~

2016年11月18日 | ノンフィクション
 (1)「カレーハウス CoCo壱番屋」は国内1,285店、海外156店を展開する。その創業者は宗次徳二氏(68)は、3歳で孤児院から養父母に引き取られ、ロウソクの明かりで暮らし、野草を食べて飢えをしのぐ極貧生活を経験した。そこから如何にして、カレー専門店では業界トップ、世界一の店舗数を誇る壱番屋を築き上げたのか。

 (2)宗次徳二氏の最も古い記憶は夜逃げだ。4歳か5歳、母に手を引かれ、駅からの道を歩いていた。岡山県玉野市の新居に向かうところだ。
 父は競輪狂いで、日雇い仕事でもらう日当400円ほどのうち300円はすぐ車券に化けた。母は魚の行商で家計を支え、自転車の後ろにトロ箱を重ねて天秤棒を担ぐ後ろを氏もついていった記憶がある。
 あるとき畑のなかで、父が棒で母を何度も叩く光景を見た。その日から母はいなくなった。
 父は氏のことなどほったらかしで、食べ物がなくてガリガリに痩せていた。家に米がないときは、うどん粉を練って焼いて食べた。
 空腹をまぎらすために、隣家のラジオによく耳を傾けていた。窓からその家族が食卓を囲む様子が見えて、その母親が玉子を溶いて子どもたちのご飯にかけている光景は今も鮮明に覚えている。羨ましいと思いながらも、妬む気持はなかった。うちは違うんだから、と割り切っていた。
 学校は給食だが、たまに弁当の日があって、食べ物がない氏は校庭でみんなが食べ終わるのを待った。
 それほど貧しくても、明るい性格のせいか、いじめられた記憶はない。遠足では同級生の女の子が氏の分まで弁当を持ってきてくれ、担任の先生が氏にだけお菓子をくれたことがあった。
 生活保護を受けていたが、父が家賃を払わないので、何度も夜逃げした。近所の人は初めは氏に親切にしてくれるが、乱暴者の父がすぐトラブルを起こし、誰も近寄らなくなる。
 小学2年生のとき、失踪した母の居所がわかって名古屋に引っ越し、また親子3人で暮らすことになったが、母はしばらくするとまた出ていった。
 父と二人の生活に戻ると、電気を止められ、夜はロウソクの明かりで過ごした。銭湯は週1回行けばいいようで、夏はいつも井戸水で行水していた。相変わらず食べ物はないので、小学校の高学年になると、川の堤防沿いに生えているイタドリなどの野草を食べ、柿などをもいで飢えをしのいだ。
 父にはよく叩かれた。それでも親は好きだから恨む気持はなく、中学生になっても一切反抗しなかった。
 その父母が実の親ではないと知ったのは15歳のときだ。高校に入る準備で戸籍謄本を取ってくると、親の欄には見知らぬ男女の名があり、自分の名前と生年月日も違う。自分の名は「基陽(もとはる)」だと思っていたが、「徳二」と書いてあった。
 胃癌で入院していた父に尋ねると、3歳のとき孤児院から引き取って養子にしたと聞かされた。名を変えたのは、ギャンブルで負けが続いたから、という理由だった。
 戸籍や父の話から、自分が石川県で生まれ、兵庫県尼崎市の孤児院にいたとわかった。しかし、それ以上出自に対する関心はなかった。
 父の入院後、氏は母と暮らすようになり、ようやく電灯がともる生活になった。バレーボール部の友だちが豆腐屋だったので、登校前や休みの日にアルバイトをさせてもらった。養父が亡くなったのは、高校1年の夏のことだった。

 (3)高卒後、不動産販売の会社に就職し、21歳で大和ハウス工業の名古屋支店に転職した。ここで結婚し、その翌年、24歳で会社を辞め、新居の1階に不動産仲介業の事務所を構えた。当時は「列島改造論」で空前の土地ブームだったから、建売住宅などで利益をあげることができた。
 商売が面白くなり、妻・直美と「現金商売もやってみたいね」と話すうちに喫茶店を開くことに決めた。店は主に妻が運営し、氏も不動産業のかたわら手伝おうと考えたのだ。
 1974年に名古屋市内で喫茶店「バッカス」をオープンした。初日、開店と同時に大勢の客が押し寄せてきた。その光景を見て「これは楽しい。自分にとっての天職ではないか」と直感した。氏は翌日から不動産屋のスーツを脱ぎ捨て、ポロシャツ姿で店のカウンターに座った。
 名古屋の喫茶店にはコーヒーにつまみ、モーニングサービスと称してトーストとゆで卵がついたが、「バッカス」ではそういうサービスは一切しないで、ピーナッツ小皿に30円の値段をつけた。「金をとるのか」と不満を言う客がいたし、銀行の融資担当者からも強く反対された。
 しかし、オマケや安売りで来てもらうのではなく、心のサービスで客に必要とされる店、いつも笑顔あふれる店で勝負したかった。
 〈例〉自分専用のカップを購入してキープできる「マイカップサービス」では棚に160種類ものカップが並んだ。接客も含めて、他店と違う“素人商法”でも、徐々に客が増えて、常連客もちゃんとついてくれた。
 10ヵ月後に2店目をオープンして繁盛店になると、さらに売上げを伸ばすため、軽四輪車で出前サービスを始めた。このときメニューに加えたのがカレーライスだ。初めに業務用のカレーをいくつか試すと、味に納得できなかった。そこで思いついたのが、妻が新婚当時よく作ってくれたカレーだ。商品として出してみると大変な評判で、喫茶店でも注文が増えた。「これはいける」と手応えを感じて、1978年にオープンしたのが「カレーハウス CoCo壱番屋」1号店だ。

 (4)ここでも独自のアイデアで店づくりに励んだ。ルウの辛さは甘口、普通、1辛から5辛を選べるようにする。ご飯の量も100グラムごとに選べる。これらにちゃんと料金の差をつける。それまでのカレー専門店にはなかったシステムだ。
 1店舗の売上が1日6万円を超えたら次の店を出すと決めてスタートしたが、これが大変な苦労で、当初の目標どおり2号店を出したのは1年後だった。その後も同様な目標を掲げ、ひたすらその達成を目指した。振り返ったら、「あ、すごいことになった」と気づくようなものだ。成功の秘訣を聞かれて、氏がいつも「成り行きですね」と答えるのは実感だ。
 むろん、経営の苦労を語り出せばキリがない。一人息子を授かったときはカレーハウス3店舗の応援に忙しい頃で、妻は身重で厨房に入り、経理担当として金銭管理や資金調達に奔走していた。生まれたときは4号店ができていて、赤ん坊の口に哺乳瓶をくわえさせて店に出るようなこともあった。いま思えば、危ないことをしていた。
 現場主義という点では、アンケートはがきなどで寄せられる客の声も大切なことの一つだ。各店に置かれたアンケートはがきは社長宛に送られ、そのすべてに目を通した。1日千通を超えると、読むだけで3時間以上かかる。その時間を捻出するために、毎朝5時に出勤した。アンケートの大多数は褒める言葉だが、なかには厳しいクレームや苦情があって、それが店舗運営や独自のアイデアに役立つ。
 株式上場を決めた1998年、氏は会長に退き、妻・直美が社長に就いた。喫茶店を始めて25年目、氏が50歳となり、500店舗を達成した年だ。
 2002年、2号店の頃に19歳で入社した現社長が育ったと判断し、壱番屋の経営から引退した。
 以後、ストレスがない。高校時代から好きだったクラシック音楽のため、2007年に30億円の私財を投じ、名古屋にクラシック専門の「宗次ホール」を建てた。現在はその運営やNPO法人の活動で忙しくしている。

□宗次徳二「極貧の幼少期から世界一のカレー屋に」(「文藝春秋」2016年12月号)
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【佐藤優】沖縄に対する構造的差別 ~「土人」発言~

2016年11月17日 | ●佐藤優
 (1)10月18日午前、沖縄県東村(ひがしそん)高江周辺で、抗議活動をしている市民に大阪府警から派遣された機動隊員が、「どこつかんどるんじゃ、ぼけ、土人が」と発言した。
 <沖縄県東村高江周辺で進むヘリパッド移設工事現場の周辺で、抗議活動をしている市民に警察の機動隊員が差別的な発言をしたとして、沖縄県警は19日、「極めて遺憾だ」と謝罪した。
 発言を映した動画は、18日にインターネットに投稿。フェンスをつかんで抗議していた市民らに、機動隊員が「どこつかんどるんじゃ、ぼけ、土人が」と発言する様子が映っている。
 県警によると、発言したのは沖縄県警の要請で大阪府警が派遣した20代の男性機動隊員。18日午前、高江近くの県道付近で警備中に発言し、本人も事実を認めているという。沖縄では、沖縄戦時や本土復帰前、本土側が沖縄の人々を見下す言葉として「土人」を使っていたと認識されている。>【注1】

 (2)大阪府警に所属する日本人機動隊員の「土人発言によって、日本の公権力が沖縄人と沖縄に対して持っている差別意識が顕在化した。
 こういう問題について中立的立場からの評論は成立し得ない。
 母親が沖縄の久米島出身で、日系沖縄人という自己意識を持つ立場から佐藤優は、この問題を見ている。確かに、日本の植民地主義の利益を代表するあの機動隊員からすれば、沖縄人と沖縄の名誉と尊厳のために髙江で異議申し立て行動を行っている沖縄人、日系沖縄人たちが「土人」に見えるのだろう。
 沖縄人、日系沖縄人の父母、祖父母の世代の沖縄人が、日本人から「お前らはどこの土人だ」と侮蔑されたこと、沖縄戦で琉球語を話す沖縄人が日本軍人から「貴様等、土人語で話してスパイ活動をしているのか」などと濡れ衣を着せられて殺されたことを、沖縄人、日系沖縄人が忘れたとでも思っているのか。
 佐藤優もその類いの話を母親(佐藤安枝、旧姓上江洲)、伯父の上江洲智克(通名久、沖縄県人会兵庫県本部元会長)からたくさん聞かされた。『琉球新報』の電子版に掲載された動画で日本人機動隊員の暴言を聞いて。久しぶりに母親の声、伯父の声が正確に甦ってきた。

 (3)問題は、この暴言を吐いた機動隊員個人にのみ存するのではない。沖縄人を「土人」視する日本の警察の文化だ。そして、構造的差別をそのまま体現した松井一郎・大阪府知事の発言だ。
 <沖縄県の米軍北部訓練場のヘリパッド移設工事現場に派遣された大阪府警の警察官が「土人」などと差別的な発言をした問題で、ツイッターで「出張ご苦労様」と警察官をねぎらう投稿をした大阪府の松井一郎知事は20日午前、記者団に「(警察官が)言ったことは悪いし反省すべきだ」と述べた。その上で、「間違った発言をすると、その人を特定し、鬼畜生(おにちくしょう)、けだもののようにたたくのは違うと思う」と主張した。
 松井氏は「現場で相手からも散々言われる中で職務しているわけで、国民すべてが1人の警察官をたたきまくると本当に落ち込む。だから一生懸命やっていたことは認めようということだ」と持論を語った。>【注2】

 (4)差別が構造化されている場合、差別者は自らが差別者であることを自覚しない。それどころか、自らが被害者であると勘違いする。中央政府の政治家や官僚でも松井氏と同じ認識を持っている輩はたくさんいるだろうが、それを隠す知恵も持っているだけだ。
 公権力を行使する側にいる警察官の暴言と、公権力に異議を申し立てる市民の「暴言」はまったく位相が異なる問題だ。
 公権力を行使するなかにも、外交、安全保障、治安など合法的に暴力を行使しうる立場にいる公務員には特別のモラルが求められる。職務遂行過程で非難されたり、時には暴言を浴びせられるのは公務員として不可避だ。機動隊員という職業を辞めれば「暴言」を浴びせられることはない。

 (5)大阪府警は「土人」という暴言を吐いた機動隊員を「戒告」処分にしたが、「臭い物に蓋をする」というような姿勢で、事柄の真相をうやむやにしようとしている。許し難い。
 このような不誠実な姿勢は、10月25日、参議院法務委員会における有田芳生・議員(民進)の質疑に対する金田勝年・法相の答弁にも現れている。  
 <有田氏から「『土人』という言葉は差別用語ではないのか」と問われ、金田法相は「言葉のみをとらえてどう思うかと言われれば、同じように思う」と答弁した。ただ、機動隊員の発言が差別発言かどうかについては、「とても残念で許されない言動だが、警察官による発言が差別的意識に基づくものかどうかは、事実の詳細が明らかではない状況の中では答えられない」と明言を避けた。>【注3】
 金田法相の答弁では、差別発言をした人間が、「自分は差別する意図はなかった」と釈明すれば、それで許されるということになる。おかしな論理だ。

 (6)構造化された差別を放置しておくと、沖縄人、日系沖縄人はいつまでも「土人」視される。
 沖縄人には、自らの歴史、言語、慣習、文化、アイデンティティがある。ただし、大民族の日本人とは異なり、この日本国において人口の1%強を占めるに過ぎない。少数派の固有性を認めることが重要で、沖縄人を完全に日本人に同化させようとする発想が間違っている。沖縄人、日本人など多様な人びとによって日本が構成されている現実を見据えることが重要だ。
 日本人機動部隊員の「土人」発言に対する日本の政治エリートの対応を見ると、この人たちの構造化された差別意識の深刻さを再認識する。
 沖縄県のみならず、日本や全世界に住む沖縄人が「日本による沖縄差別を許すな」と声をあげることが差別の脱構築に不可欠だ。

 【注1】記事「抗議の市民らに警官が差別発言 沖縄・ヘリパッド」(朝日新聞デジタル 2016年10月19日)
 【注2】記事「「反省必要だが、たたくの違う」 警官の「土人」発言で松井知事」(朝日新聞デジタル 2016年10月20日)
 【注3】記事「「土人」は差別用語、法相が認識示す 参院法務委」(朝日新聞デジタル 2016年10月25日)

□佐藤優「沖縄に対する構造的差別としての「土人」発言 ~飛耳長目 第125回~」(「週刊金曜日」2016年11月11日号)
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 【参考】
【佐藤優】尖閣諸島から米国が手を引く可能性 ~北方領土交渉と日米安保~
【佐藤優】ウズベキスタンにIS流入の危険 ~カリモフ大統領死去~
【佐藤優】国後島で日本人通訳拘束/首脳会談への影響は ~実践ニュース塾~
【佐藤優】モサド長官から学んだインテリジェンスの技術
【佐藤優】ロシア大統領府長官にワイノ氏就任の意味 ~北方領土交渉~
【佐藤優】西郷と大久保はなぜ決裂したのか ~征韓論争~
【佐藤優】開発独裁とは違う明治維新 ~目的は複数、リーダーも複数~
【佐藤優】岩倉使節団が使った費用、100億円 ~明治初期~
【佐藤優】反省より不快示すロシア ~五輪ドーピング問題~
【佐藤優】 改憲を語るリスクと語らないリスク ~改憲問題~
【佐藤優】+池上彰 エリートには貧困が見えない ~貧困対策は教育~
【佐藤優】スコットランドの動静と沖縄の日本離れの加速
【佐藤優】沖縄の全基地閉鎖要求・・・・を待ち望む中央官僚の策謀
【佐藤優】ナチスドイツ・ロシア・中国・北朝鮮 ~世界の独裁者~
【佐藤優】急進展する日露関係 ~安倍首相が取り組むべき宿題~
【佐藤優】日露首脳会談をめぐる外務省内の暗闘 ~北方領土返還の可能性~
【佐藤優】殺しあいを生む「格差」と「貧困」 ~「殺しあう」世界の読み方~
【佐藤優】一時中止は沖縄側の勝利だが ~辺野古新基地建設~
【佐藤優】情報のプロならどうするか ~「私用メール」問題~
【佐藤優】テロリズムに対する統一戦線構築 ~カトリックとロシア正教~
【佐藤優】北方領土「出口論」を安倍首相は訪露で訴えよ
【佐藤優】ラブロフ露外相の真意 ~日本政府が怒った「強硬発言」~
【佐藤優】プーチンが彼を「殺した」のか? ~英報告書の波紋~
【佐藤優】北朝鮮による核実験と辺野古基地問題
【佐藤優】サウジとイランと「国交断絶」の引き金になった男 ~ニムル師~

【佐藤優】矛盾したことを平気で言う「植民地担当相」 ~島尻安伊子~
【佐藤優】陰険で根暗な前任、人柄が悪くて能力のある新任 ~駐露大使~
【佐藤優】世界史の基礎を身につける法、決断力の磨き方
【佐藤優】国内で育ったテロリストは潰せない ~米国の排外主義的気運~
【佐藤優】沖縄が敗訴したら起きること ~辺野古代執行訴訟~
【佐藤優】知を身につける ~行為から思考へ~
【佐藤優】プーチンの「外交ゲーム」に呑まれて
【佐藤優】世界イスラム革命の無差別攻撃 ~日本でテロ(3)~
【佐藤優】日本でもテロが起きる可能性 ~日本でテロ(2)~
【佐藤優】『日本でテロが起きる日』まえがきと目次 ~日本でテロ(1)~
【佐藤優】小泉劇場と「戦後保守」・北方領土、反知性主義を脱構築
【佐藤優】【中東】「スリーパー」はテロの指令を待っている
【佐藤優】東京オリンピックに係るインテリジェンス ~知の武装・抄~
【佐藤優】分析力の鍛錬、事例、実践例 ~知の教室・抄(3)~
【佐藤優】武器としての教養、闘い方、対話の技術 ~知の教室・抄(2)~
【佐藤優】知的技術、情報を拾う・使う、知をビジネスに ~知の教室・抄(1)~
【佐藤優】多忙なビジネスマンに明かす心得 ~情報収集術(2)~
【佐藤優】多忙なビジネスマンに明かす心得 ~情報収集術(1)~
【佐藤優】日本のインテリジェンス機能、必要な貯金額、副業の是非 ~知の教室~
【佐藤優】世の中でどう生き抜くかを考えるのが教養 ~知の教室~
【佐藤優】『知の教室 ~教養は最強の武器である~』目次
【佐藤優】『佐藤優の実践ゼミ』目次
『佐藤優の実践ゼミ 「地アタマ」を鍛える!』
 ★『佐藤優の実践ゼミ 「地アタマ」を鍛える!』目次はこちら
【佐藤優】サハリン・樺太史、酸素魚雷と潜水艦・伊400型、飼い猫の数
【佐藤優】第2次世界大戦、日ソ戦の悲惨 ~知を磨く読書~
【佐藤優】すべては国益のため--冷徹な「計算」 ~プーチン~
【佐藤優】安倍政権、沖縄へ警視庁機動隊投入 ~ソ連の手口と酷似~
【佐藤優】世の中でどう生き抜くかを考えるのが教養 ~知の教室~
【佐藤優】冷静な分析と憂国の情、ドストエフスキーの闇、最良のネコ入門書
【佐藤優】「クルド人」がトルコに怒る理由 ~日本でも衝突~
【佐藤優】異なるパラダイムが同時進行 ~激変する国際秩序~
【佐藤優】被虐待児の自立、ほんとうの法華経、外務官僚の反知性主義
【佐藤優】日本人が苦手な類比的思考 ~昭和史(10)~
【佐藤優】地政学の目で中国を読む ~昭和史(9)~
【佐藤優】これから重要なのは地政学と未来学 ~昭和史(8)~
【佐藤優】近代戦は個人の能力よりチーム力 ~昭和史(7)~
【佐藤優】戦略なき組織は敗北も自覚できない ~昭和史(6)~
【佐藤優】人材の枠を狭めると組織は滅ぶ ~昭和史(5)~
【佐藤優】企画、実行、評価を分けろ ~昭和史(4)~
【佐藤優】いざという時ほど基礎的学習が役に立つ ~昭和史(3)~
【佐藤優】現場にツケを回す上司のキーワードは「工夫しろ」 ~昭和史(2)~
【佐藤優】実戦なき組織は官僚化する ~昭和史(1)~
【佐藤優】バチカン教理省神父の告白 ~同性愛~
【佐藤優】進むEUの政治統合、七三一部隊、政治家のお遍路
【佐藤優】【米国】がこれから進むべき道 ~公約撤回~
【佐藤優】同志社大学神学部 私はいかに学び、考え、議論したか」「【佐藤優】プーチンのメッセージ
【佐藤優】ロシア人の受け止め方 ~ノーベル文学賞~
【佐藤優】×池上彰「新・教育論」
【佐藤優】沖縄・日本から分離か、安倍「改憲」を撃つ、親日派のいた英国となぜ開戦
【佐藤優】シリアで始まったグレート・ゲーム ~「疑わしきは殺す」~
【佐藤優】沖縄の自己決定権確立に大貢献 ~翁長国連演説~
【佐藤優】現実の問題を解決する能力 ~知を磨く読書~
【佐藤優】琉球独立宣言、よみがえる民族主義に備えよ、ウクライナ日記
【佐藤優】『知の教室 ~教養は最強の武器である~』目次
【佐藤優】ネット右翼の終わり、解釈改憲のからくり、ナチスの戦争
【佐藤優】「学力」の経済学、統計と予言、数学と戦略思考
【佐藤優】聖地で起きた「大事故」 ~イランが怒る理由~
【佐藤優】テロ対策、特高の現実 ~知を磨く読書~
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【佐藤優】シリア問題 ~「イスラム国」で中東が大混乱(1)~
【佐藤優】イスラム過激派による自爆テロをどう理解するか ~『邪宗門』~
【佐藤優】の実践ゼミ(抄)
【佐藤優】の略歴
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【佐藤優】世界各地のテロリストが「大規模テロ」に走る理由
【佐藤優】ロシアが中立国へ送った「シグナル」 ~ペーテル・フルトクビスト~
【佐藤優】戦争の時代としての21世紀
【佐藤優】「拷問」を行わない諜報機関はない ~CIA尋問官のリンチ~
【佐藤優】米国の「人種差別」は終わっていない ~白人至上主義~
【佐藤優】【原発】推進を図るロシア ~セルゲイ・キリエンコ~
【佐藤優】【沖縄】辺野古への新基地建設は絶対に不可能だ
【佐藤優】沖縄の人の間で急速に広がる「変化」の本質 ~民族問題~
【佐藤優】「イスラム国」という組織の本質 ~アブバクル・バグダディ~
【佐藤優】ウクライナ東部 選挙で選ばれた「謎の男」 ~アレクサンドル・ザハルチェンコ~
【佐藤優】ロシアの隣国フィンランドの「処世術」 ~冷戦時代も今も~
【佐藤優】さりげなくテレビに出た「対日工作担当」 ~アナートリー・コーシキン~
【佐藤優】外交オンチの福田元首相 ~中国政府が示した「条件」~
【佐藤優】この機会に「国名表記」を変えるべき理由 ~ギオルギ・マルグベラシビリ~
【佐藤優】安倍政権の孤立主義的外交 ~米国は中東の泥沼へ再び~
【佐藤優】安倍政権の消極的外交 ~プーチンの勝利~
【佐藤優】ロシアはウクライナで「勝った」のか ~セルゲイ・ラブロフ~
【佐藤優】貪欲な資本主義へ抵抗の芽 ~揺らぐ国民国家~
【佐藤優】スコットランド「独立運動」は終わらず
「森訪露」で浮かび上がった路線対立
【佐藤優】イスラエルとパレスチナ、戦いの「発端」 ~サレフ・アル=アールーリ~
【佐藤優】水面下で進むアメリカvs.ドイツの「スパイ戦」
【佐藤優】ロシアの「報復」 ~日本が対象から外された理由~
【佐藤優】ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~ビタリー・クリチコ~
【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~
【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~
【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~
【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~
【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~
【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ
【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 
【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 
【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~
【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 
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【後藤謙次】トランプの地滑り的勝利で始まった未知なる対米外交

2016年11月16日 | 社会
 (1)外務省が「トランプ研究」を怠っていたわけではない。降りに触れてトランプ周辺の人物との接触を重ねてきた。
 〈例〉10月上旬に来日したマイケル・フリン【後注】。元米国防情報局長で、一時はトランプ政権の副大統領候補としても名前が挙がったトランプの外交ブレーンだ。トランプ政権の要職に就くのは間違いないとみられている。
 ただし、政府として大っぴらにフリンと会ったわけではない。自民党で開かれたサイバー問題の委員会で行う講演のため来日したフリンに政府関係者がアプローチ、朝食を摂りながら日本の立場を説明したという。話題の中心はトランプが繰り返し言及していた在日米軍の見直し問題だ。
 「日本政府は在日米軍の経費について多くの負担をしているし、アジア太平洋の平和と安定に果たしてる在日米軍の役割は極めて大きい。米国の国益にもかなう」
 だが、外務省を中心としたトランプへの接触はどうしても力が入らなかった。政府関係者の一人は本音を語る。
 「まさかトランプが勝つとは思っていないあったので、クリントンに気兼ねして動きが鈍った」

 (2)安倍晋三・首相は9月の国連総会に出席した際、ニューヨークでクリントンと会談しているが、トランプとの接触を試みた形跡はない。ただし、開票速報が始まると、結果が出ない早い段階で河井克行・首相補佐官を首相官邸の執務室に呼んだ。河井は補佐官に就任以来、十数回にわたって渡米し、トランプが属する共和党の議員を中心に人脈を築いてきたという。そのこともあって安倍は河井に14日からの訪米を指示した。
 河井は、トランプ大統領の誕生は安倍にとってマイナスではなく、むしろ国際的な評価は高まるとみる。
 「自由世界の指導者の中で政治経験の豊富さと国内政治の安定度はナンバーワン。意外にトランプのようなタイプの政治家と総理は馬が合うのではないか」
 安倍もすぐ動いた。10日、トランプと電話会談を行い、17日にもニューヨークで会談する方向となった。河井のミッションの中には、なるべく早く安倍とトランプとの会談を実現させることが含まれている。唯我独尊タイプの政治家とは、いくら周辺人物とのパイプを太くしても効果的ではない。安倍との個人的信頼関係を築くことが唯一無二の選択肢といっていい。そして安倍がトランプを直接説得するしかない。

 (3)それにしても1年半以上も続けられた大統領選を通じて浮かび上がった米国社会の変貌ぶりは驚きだった。
 「日本人はどうしても米国の最先端の人たちばかりに目を向けてきたが、取り残された人たちがたくさんいることが分かった」
 選挙結果を示す赤(共和党)と青(民主党)の色分けが米国のそれを象徴した。青に染まっているのは太平洋と大西洋の沿岸部。海に面していない州のほとんどが赤で埋まった。その地図が、分断された米国社会の断面を明確にした。

 (4)米国社会は1980年代から始まった国際化の流れの中で生産工場は海外に移転。ただでさえ小さくなった雇用の場に入ってきたのは移民たち。
 こうして職を奪われた白人中間層と若年労働者が抱えた不満が「トランプ劇場」を牽引した。トランプはこの構造変化を見逃さなかった。トランプが掲げた最大の政治的メッセージは「反グローバリズム」。
 「言いたくても物を言えなかった白人中間層や若者が爆発した」【政府高官】
 まさしく「アンチエスタブリッシュメント」【政府高官】が今回の大統領選を貫いた核心だ。大統領選で怨嗟の的になったのは、「ワシントンインサイダー」と呼ばれる首都ワシントンの政治家や官僚、「ウォール街」の金融関係者、クリントン寄りの報道を続けた「大手メディア」。それを敵と見なし、暴言や差別用語を濫発しながら巧みに有権者の心に入り込んだのがトランプだった。
 「米国第一主義」「保護主義」「孤立主義」「人種差別」。トランプの口から吐き出されたどぎつい言葉に多くの支持者が熱狂した。知性派の商社マンは、「トランプは商売上手な中古車ディーラーのおやじを連想させる」と語る。
 戦後70年以上にわたって連綿と続いた日米関係が、大きく変わるのか、それともトランプ劇場は選挙期間中だけのものなのか。これまで経験したことがない真剣勝負の日米外交が始まる。

 【後注】フリンは、トランプ政権発足後1ヵ月も経たない2017年2月13日、大統領補佐官(国家安全保障担当)辞任した。

□後藤謙次「トランプの地滑り的勝利で始まった未知なる対米外交 ~永田町ライブ!No.315」(「週刊ダイヤモンド」2016年11月19日号)
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 【参考】
【後藤謙次】築地市場の移転延期の決断が小池都知事の手足を縛るリスク
【後藤謙次】幹事長の入院が人事に波及、「ポスト安倍」めぐり早くも火花
【後藤謙次】参院選大勝も激戦12県で大敗 ~劣る「勝利の質」~
【後藤謙次】都知事選で与党分裂の理由 ~自民党内の反安倍勢力~
【後藤謙次】日本が直面する「ABCリスク」 ~英EU離脱で顕在化~
【後藤謙次】甘利大臣辞任をめぐる二つのなぜ ~後任人事と直後のマイナス金利~
【政治】不可解な時期に石破派が発足 ~その行方は内閣改造で~
【政治】震災後2度目の統一地方選 ~異例なほど注力する自民党本部~
【政治】安倍が描いた解散戦略の全内幕 ~周到な準備~
【政治】安部政権の危機管理能力の低さ ~土砂災害・火山噴火~
【政治】「地方創生」が実現する条件 ~石破-河村ラインの役割分担~
【政治】露骨な安倍政権へのすり寄り ~経団連が献金再開~
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【櫻井よしこ】日本にただ乗りを許さず ~トランプ勝利の混乱で高まる危機~

2016年11月15日 | 社会
 <トランプ氏は上下両院の過半数も制し、強力な共和党体制が出来上がる。これは米国国民の強い不満が、政治、経済、知性、文化、制度などあらゆる分野で専門家を否定する形で噴出した結果だと、米「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)紙のコラムニスト、ロジャー・コーエン氏は書いた。
 米国国民はグローバリズムの名の下に波状攻撃のようにやってくる変化に耐え切れなかったのであり、アフリカ系大統領の次に女性大統領を受け入れるゆとりはなかったとの分析だ。
 だが、それだけではないだろう。ワシントンの体制に染まったクリントン氏への反発は尋常ではない。例えば一連のメールで判明した凄まじいカネまみれ体質のクリントン夫妻の方が、女性への暴言で非難されたトランプ氏より、より深刻な悪だという思いが強かったのではないか。クリントンびいきのNYTでさえ、「高貴な政治的大義と、疑惑にまみれた個人資産形成の間のあまりに細い道を歩む」クリントン夫妻に、人々は嫌気が差したと書いた。
 トランプ政治はどうなるか。当初からトランプ勝利を予測した木村太郎氏は、トランプ氏は言ったことの99%を実行するだろうと語る。ざっと見て、TPPは見直す。ロシアのプーチン大統領とは対立よりも話し合いを優先する。中国に米国人の職を奪わせるようなことはさせず、日本やNATO諸国には、安全保障のただ乗りは許さないということになるだろう。>

□櫻井よしこ「トランプ勝利の混乱で高まる危機 日本はTPP成立と憲法改正が必要 ~オピニオン縦横無尽No.1158~」(「週刊ダイヤモンド」2016年11月19日号)から引用
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 【参考】
【櫻井よしこ】大きな可能性を内在するアフリカ外交 ~対中国戦略でも高まる重要性~
【櫻井よしこ】隙あらば侵略の機会うかがう中国/冷静かつ力に基づく戦略を取る日本
【櫻井よしこ】容易に匿名報道に走るメディアの問題 ~相模原の障害者施設殺害事件~
*【櫻井よしこ】南シナ海問題で国際法無視の中国 ~
【櫻井よしこ】中国、裁定直後フィリピンを恫喝 ~強める軍事的色彩~
【櫻井よしこ】南シナ海問題で完敗でも拒否する中国 常軌を逸した習近平体制の暴走
【櫻井よしこ】米でも絶賛の中国の要人が豹変 ~永遠なのは国益~
【櫻井よしこ】西側は自国第一主義を深め、中国は民主主義の限界に自信を深める ~英国のEU離脱~
【読書余滴】櫻井よしこ『異形の大国 中国』(2) ~商売上手な中国、政治主導の経済~
【読書余滴】櫻井よしこ『異形の大国 中国』(1) ~踏んだり蹴ったり~

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【佐藤優】モンロー主義とトランプ次期大統領、官僚は二流の社会学者、プロのスパイの手口

2016年11月14日 | ●佐藤優
   
 ①池上彰『アメリカを見れば世界がわかる』(PHP研究所 1,300円)
 ②古市憲寿『古市くん、社会学を学び直しなさい!!』(光文社新書 760円)
 ③斎藤ウィリアム浩幸『超初心者のためのサイバーセキュリティ入門』(文春新書 800円)

 (1)①において、米共和党から大統領となるに至ったドナルド・トランプ氏は、モンロー主義との文脈で捉えられている。
 <アメリカは南北アメリカ以外、つまり、ヨーロッパには干渉しないという一国孤立主義をとりました。第一次世界大戦後、国際連盟の創設が提唱された際も、アメリカ議会はモンロー主義を掲げて反対しました。第二次世界大戦でも、当初はドイツ軍がヨーロッパ諸国を蹂躙するのを傍観していたのです。
 「アメリカ・ファースト」は今に始まったことではありません。トランプの主張も決して突飛なものではないのです。
 こうしてみると、怪物のように思えたトランプも、生まれるべくして生まれてきたようにも思えます>
 トランプを戯画化して見ないことだ。

 (2)②は、ユニークな社会学入門書だ。古市氏が12人の社会学者にインタビューをしている。山田昌弘氏との間では、こんなやりとりをしている。
 <山田 (中略)僕の印象で言うと、日本でいちばんの社会学的研究をしている人々は官僚ですよ。
 古市 官僚?
 山田 だって現実の社会問題を分析して、そこから原因、結論や政策をくみ取る仕事を毎日しているわけじゃないですか。
 古市 たしかにそうですね(笑)。
 山田 ただ、官僚は4~5年でつねに異動するので、一つのことにずっと専門で関わることはできない。そこはアカデミックな社会学者と違う点かもしれません。
 古市 じゃあ必ずしもマートンやルーマンを読まなくても、社会学者になれるということですか?
 山田 いや、そういう理論的な本を読むことも社会学者にとっては大切です。学生に説明するときにも、社会学理論や社会学史のように、社会学全体を基礎づけるような社会学と、社会の現実的な問題に向き合う社会学という二つがあるという話をします>
 確かに官僚には二流の社会学者という面がある。

 (3)③は、超初心者とうたっているが、実務に直ちに応用できる質の高い内容だ。
 <職場に誰のものかわからないUSBメモリーが落ちていたらどうしますか。
 それを拾って自分のパソコンに挿してみて、中身を確認しようとしたら、もうツーアウトです。これもよくある企業スパイの手口。悪意のあるUSBは、コンピューターに挿してしまったその時点で、中にあるウィルスを自動的に拡散し始めるのです。正体のわからないUSBは、中身を見ようとせずセキュリティの管理部門に持っていかなければなりません>
 これはプロのスパイがよく使う手だ。

□佐藤優「プロのスパイがよく使う手口 ~知を磨く読書 第174回~」(「週刊ダイヤモンド」2016年11月19日号)
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 【参考】
【佐藤優】トランプを包括的に扱う好著、現代日本外交史、独自の民間外交
【佐藤優】デモや抗議活動のサブカルチャー化、グローバル化に対する反発を日露が共有、グローバル化に対する反発が国家機能を強化
【佐藤優】国際社会で日本が生き抜く条件、ルネサンスを準備したもの、理系情報の伝え方
【佐藤優】人生を豊かにする本、猫も人もカロリー過剰、度外れなロシア的天性
【佐藤優】テロリズム思想の変遷を学ぶ ~沢木耕太郎『テロルの決算』~
【佐藤優】住所格差と人生格差、人材育成で企業復活、教科書レベルの知識が必要
【佐藤優】数学嫌いのための数学入門、西欧的思考にわかりやすい浄土思想解釈、非共産主義的なロシア帝国
【佐藤優】ウラジオストク日本人居留民、辺野古移設反対を掲げる公明党沖縄県本部、偶然歴史に登場した労働力の商品化
【佐藤優】「21世紀の優生学」の危険、闇金ウシジマくんvs.ホリエモン、仔猫の救い方
【佐藤優】大学にも外務省にもいる「サンカク人間」 ~『文学部唯野教授』~
【佐藤優】訳・解説『貧乏物語 現代語訳』の目次
【佐藤優】「イスラム国」をつくった米大統領、強制収容所文学、「空気」による支配を脱構築
【佐藤優】トランプの対外観、米国のインターネット戦略、中国流の華夷秩序
【佐藤優】元モサド長官回想録、舌禍の原因、灘高生との対話
【佐藤優】孤立主義の米国外交、少子化対策における産まない自由、健康食品のウソ・ホント
【佐藤優】アフリカを収奪する中国、二種類の組織者、日本的ナルシシズムの成熟
【佐藤優】キリスト教徒として読む資本論 ~宇野弘蔵『経済原論』~
【佐藤優】未来の選択肢二つ、優れた文章作法の指南書、人間が変化させた生態系
【佐藤優】+宮家邦彦 世界史の大転換/常識が通じない時代の読み方
【佐藤優】人びとの認識を操作する法 ~ゴルバチョフに会いに行く~
【佐藤優】ハイブリッド外交官の仕事術、トランプ現象は大衆の反逆、戦争を選んだ日本人
【佐藤優】ペリー来航で草の根レベルの交流、沖縄差別の横行、美味なソースの秘密
【佐藤優】原油暴落の謎解き、沖縄を代表する詩人、安倍晋三のリアリズム
【佐藤優】18歳からの格差論、大川周明の洞察、米国の影響力低下
【佐藤優】天皇制を作った後醍醐、天皇制と無縁な沖縄 ~網野善彦『異形の王権』~
【佐藤優】新しい帝国主義時代、地図の「四色問題」、ベストセラー候補の研究書
【佐藤優】ねこはすごい、アゼルバイジャン、クンデラの官僚を描く小説
【佐藤優】外交官の論理力、安倍政権と共産党、研究不正が起きるシステム
【佐藤優】遅読家のための読書術、電気の構造、本屋大賞
【佐藤優】外山滋比古/思考の整理学
【佐藤優】何が個性で、何が障害か
【佐藤優】大宅壮一ノンフィクション賞選評 ~『原爆供養塔』ほか~
【佐藤優】英才教育という神話
【佐藤優】資本主義の内在的論理
【佐藤優】米国の戦略策定、『資本論』をめぐる知的格闘、格差・貧困問題の起源
【佐藤優】偉くない「私」が一番自由、備中高梁の新島襄、コーヒーの科学
【佐藤優】フードバンク活動、内外情勢分析、正真正銘の「地方創生」
佐藤優】日本の政治エリートと「天佑」、宇宙の生命体、10代が読むべき本
【佐藤優】組織成功の鍵となる人事、ユダヤ人の歴史、リーダーシップ論
【佐藤優】第三次世界大戦の可能性、現代東欧文学、世界連鎖暴落
【佐藤優】司馬遼太郎の語られざる本音、深層対話、米政府による暗殺
【佐藤優】著名神学者のもう一つの顔 ~パウル・ティリヒ~
【佐藤優】総理が靖国参拝する理由、NPO活動の哲学やノウハウ、テロ対策の必読書
【佐藤優】今後、起こりうる財政破綻 ~対応策を学ぶ~
【佐藤優】社会の価値観、退行する社会
【佐藤優】夫婦の微妙な関係、安倍政権の内在的論理、警察捜査の正体
【佐藤優】情緒ではなく合理と実証で ~社会の再構築~
【佐藤優】中曽根康弘、21世紀の資本主義分析、北樺太の石油開発
【佐藤優】日本人の思考の鋳型、死刑問題、キリスト教と政治
【佐藤優】中国株式市場の怪しさ、イノベーションの障害、ホラー映画の心理学
【佐藤優】普天間基地移設問題の本質、外務省犯罪黒書、老後に快走!
【佐藤優】シリア難民が日本へ ~ハナ・アーレント『全体主義の起源』~

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【石坂啓】名古屋めし

2016年11月13日 | 社会
 <“名古屋めし”がちょっと注目されているのだとか。みそカツだの天むすだのと知られたものではなく、独自のアレンジで定番となっていたメニュー。 
 たとえば“あんかけスパゲティ”。太めでもっちりとした麺、ハムや玉ネギを炒めてとろみをつけたソース、安価で提供できるのに相当なボリューム感。この大皿と較べたら、コジャレたアルデンテって何じゃいという感じになる。
 普通のナポリタンやミートスパでも名古屋の店では鉄板焼きの皿にジュージュー載せられてくるものが多く、麺の周りには薄く溶き玉子が流されている。焼きながらからめながらのお得感。上京してからはあの「チープ」な「高級感」をなつかしく思っていた。(中略)
 小倉トーストを知らない人はびっくりするけど、アンコとマーガリンがどれほどおいしいか、「スウィーツ」などとコザカシイですわ。10枚買うと1枚オマケについてくるコーヒー券も、他県ではあまり見たことないかも。
 みそ煮込みのド固いうどん、広ぺったく大きく伸ばしたきしめん、ざっくり言っちゃえばスカして提供するよりも、満腹感や実質的なお値うち感がありがたがられているわけだ。ういろうの重量感など象徴的。ひつまぶしが三度おいしいなどというのも、うなぎをおかずにどれだけ飯を食えるかという工夫で薬味や出汁(だし)が使われている気がする。
 無駄なことに浮かれて余分な金を使ったりしない、名古屋人のこの安定感。いいね。久しぶりに名古屋に行ってどて煮と志の田うどんを食べた。何だろうこの気どらなさ。流行(はや)りのものに疲れたらおススメかもしれない。競争しなくていいから東京にきてくれ名古屋めし。競争するとたぶん負けちゃうぞ名古屋のお雑煮。葉っぱだけだからね中味。(後略)> 

□石坂啓「メシ食ってちょう! ~初めて老いった!? 第182回」(「週刊金曜日」2016年9月30日号)から一部引用
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【社会】住友銀行秘史 ~イトマン事件の内幕~

2016年11月12日 | 社会
 
 1990年
  3月15日 ゴルバチョフがソ連初代大統領に就任
  5月15日 ゴッホの絵画を大昭和製紙の斎藤了英・名誉会長が124億円で落札
  8月2日 イラクがクウェートに侵攻
  11月22日 英国のサッチャー首相が辞任
 1991年
  1月17日 多国籍軍がイラクを空爆、湾岸戦争が勃発
  4月1日 都庁が新宿の新庁舎に移転
  5月14日 大相撲の千代の富士が引退
  6月3日 雲仙普賢岳で大規模な火砕流が発生

 これがイトマン事件が起きた時代である。
 イトマン事件とは、日本の総合商社・伊藤萬株式会社(大阪市)をめぐって発生した、商法上の特別背任事件で、戦後最大の不正経理事件である。
 本書は、伊藤萬の主力行、住友銀行(現・三井住友銀行)における業務渉外部部付部長(当時)だった國重惇史の回想録である。スーツの内ポケットに入る縦長の手帳(葉書半分ほどの大きさ)にとり続けたメモ(8冊分)を示し、これに解説を加える体裁をとっている。だから臨場感満点で、しかもその後を踏まえた解説が付くから、全体像に接近しやすい。
 本書は、あちこちで評判になり、10月5日に刊行されて10月24日の第3刷段階では早や10万部を突破した。
 銀行改革の理想に燃える壮年の客気が全編を貫き、読んでいて快い。
 と同時に、不正はどういう悪知恵を働かせればやってのけられるか、組織のなかを上手に泳いでいくには何をしてはいけないか、といったサラリーマンの(悪)知恵も伝授してくれる。

□國重惇史『住友銀行秘史』(講談社、2016)
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【佐藤優】タブーがあるから社会は成立する ~相模原障害者施設殺傷事件~

2016年11月11日 | ●佐藤優
 <佐藤/(前略)社会にはタブーも必要です。タブーというのは、言論の自由や民主主義の観点からは否定的に扱われますが、むしろ、ある種のタブーが存在する社会の方が良い社会なのです。
 たとえば、2016年7月に神奈川県相模原市の障害者施設で19人が殺される事件が起きました。容疑者は事件前に衆院議長宛に手紙を書き、「車イスに一生縛られている気の毒な利用者も多く存在」するとし、「私の目標は(複数の障害がある)重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です」などと主張していました。
 よく「生涯現役」が称揚されますが、裏返せば、「現役でない人間は『穀潰し』だから、早く安楽死させろ」という意味にもなりかねません。とくに精神障害者に関して、「生きている権利がない、その一人を社会で養うのにお金がいくらかかるのか、そのコストを考えたら、国家として彼らを抹殺した方がいい」などと言い出したら、ナチスの優生思想とほぼ同じです。そしてこの論理が、自分自身にも向けられれば、「周りの人間を殺して自分も死刑になる」が、最適解になる。
 容疑者は、精神耗弱というより、確信的な思想犯に思えます。人を殺すことを独善的な特殊な論理で正当化していて、背筋が寒くなりました。
 「生命は何物にも代えがたい」という戦後日本の生命至上主義は、理屈を超えたものです。いわば、一種のタブーです。こういうタブーはどの社会にもあります。もし人間の生命も、すべて経済的に計算され、医療費も、すべて経済合理性で計算されることになれば、恐ろしい社会になります。

 池上/新自由主義が、そうした「すべてが経済合理性で計られるタブーなき社会」を助長している面があります。>

□池上彰×佐藤優『新・リーダー論 ~大格差時代のインテリジェンス~』(文春新書、2016)の「1 リーダー不在の時代--新自由主義とポピュリズム」
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 【参考】
【佐藤優】『新・リーダー論 ~大格差時代のインテリジェンス~』目次
【佐藤優】+池上彰 教養教育、帰属意識と社風、エリート教育 ~リーダー育成~
【佐藤優】+池上彰 成功しているリーダーと集団の価値
【佐藤優】+池上彰 田中角栄は今日でもリーダーたりえるか?
【佐藤優】+池上彰 ルール破りの国会議員たち ~山尾志桜里・武藤貴也・上西小百合~
【佐藤優】+池上彰 メルケル首相を激怒させた安倍首相 ~伊勢志摩サミット~

 
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【外交】安倍外交を根本から覆すドゥテルテの中国重視路線

2016年11月10日 | 社会
 (1)安倍政権の外交が混迷に陥っている。
 安倍晋三・首相はしばしば「戦略的関係」を唱え、自らを日本の国益を守る、決断力のある現実主義者であるふりをしている。
 この戦略の最大部分を占めるのが、中国の孤立化と封じ込めだ。これは、中国の経済成長と軍事力の近代化は日本に対する脅威であり、軍事手段に訴えてでも対抗しなければならないという考えに基づいている。
 これを最も体現するのが尖閣諸島をめぐる対立であり、日中の船舶が日々小競り合いを繰り広げている。

 (2)自らの外交政策を追求するため、安倍首相は特に東南アジア諸国との外交・経済的、軍事的関係強化に努めてきた。
 〈例〉東南アジアの小国が中国海軍に対抗できるようにという半ば公然の意図を持って、大型の近代的な船舶を提供した。
 この政策は、同様の軍事的封じ込め政策を支持する米国政府の意向に沿ったものだ。だが、中国政府からは「他国のことに口出し」せず、領有権を持たない南シナ海の問題への介入を止めるよう、繰り返し警告されている。

 (3)6月末にロドリゴ・ドゥテルテ氏がフィリピンの新大統領に就任してすぐ、安倍首相の政策に大きな課題があることが露呈した。
 東南アジア諸国の中でフィリピンは安倍氏の戦略上最も重要な国であり、ベニグノ・アキノ3世・前大統領は熱心なパートナーだった。
 一方、ドゥテルテ新大統領は強権的であり、かねてから麻薬密売人を殺害する自警団とのつながりが指摘されていた。
 大統領就任以降、ドゥテルテ大統領は麻薬密売の容疑者だけでなく、一般の麻薬使用者に対しても死刑を執行する麻薬撲滅運動に乗り出した。裁判も明確な罪状認定も不要どころか、氏は警察の関与さえ不要と宣言し、一般市民にまで麻薬使用者を処刑するよう呼びかけている。単なる脅しではなく、すでに数千人が殺害された。これは大量殺人だ。

 (4)日本政府は、ドゥテルテ大統領が批判に耳を傾けないことをわかっていて、大統領が超法規的に何千人もの自国民を殺害しても沈黙を保つだろう。
 そして安倍政権は、日本とフィリピンが中国の領有権主張に対し、ともに取り組むことの必要性を米国とともに訴え続けている。理由は、南シナ海における「法の支配」を守るためらしい。
 日本が本気で中国との「新冷戦」を戦うつもりであれば、米国が旧ソ連との冷戦で経験したのと同じやり方をとるだろう。つまり、力による対決だ。
 だが、安倍外交を根本から覆しかねないのは、ドゥテルテ大統領が先日、訪中した際に南シナ海の領有権問題を棚上げし、米国よりも中国との関係を重視する姿勢を明確にしたことだ。同大統領は、中国の封じ込めを支持する前任者の政策を捨て、隣国中国との友好関係を結ぶつもりのようだ。
 ドゥテルテ大統領の外交政策は、2009年に鳩山由紀夫・元首相が唱えた「東アジア共同体」構想と似ていなくもない。同大統領は、中国と対立するのではなく、建設的な関係を築くことこそが進むべき道と見なしているのだ。
 この路線は、安倍政権の路線と異なる。どちらを選択するか、日本に問われている。

□マイケル・ペン「安倍外交を根本から覆すドゥテルテの中国重視路線 ~ペンと剣 26~」(「週刊金曜日」2016年11月4日号)
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【佐藤優】トランプを包括的に扱う好著、現代日本外交史、独自の民間外交

2016年11月09日 | ●佐藤優
   
 ①ワシントン・ポスト取材班、マイケル・クラニッシュ、マーク・フィッシャー『トランプ』(文藝春秋 2,100円)
 ②宮城大蔵『現代日本外交史 冷戦後の模索、首相たちの決断』(中公新書 880円)
 ③猿田佐世『新しい日米外交を切り拓く 沖縄・安保・原発・TPP、多様な声をワシントンへ』(集英社クリエイティブ 1,400円)

 (1)①は、米国の共和党大統領候補ドナルド・トランプ氏の履歴、政治信条を包括的に扱った好著だ。
 <共和党全国委員会によれば、クリーブランドの党大会会場に集まった2,472人の代議員のうち、黒人はたったの18人ほど。2004年の167人から大幅に減っていた。トランプはアフリカ系アメリカ人の票を獲得できると期待していたが、人種に関して物議をかもす発言を繰り返してきたという事実を払拭できていなかった。党大会が始まった時点で、黒人有権者の支持率では89%対4%でクリントンに大きく水をあけられていた>
 という指摘に示されるように、当初から黒人の忌避反応が強かったことがトランプ氏にとっての最大の弱点になった。

 (2)②は、冷戦後の日本外交を丹念に取材した労作だ。森政権時代の北方領土交渉について、
 <このプーチン発言(引用者注・・・・1956年の日ソ共同宣言が有効であるとする発言)を受ける形で、日本側の一部で「二島先行返還論」が浮上する。まず56年宣言に基づいて色丹、歯舞の返還を実現し、その時点でロシアと中間条約を結ぶ。つづいて国後、択捉に関わる交渉を継続し、両島が返還された時点で平和条約を結ぶという構想である。しかし一方でこれは事実上、色丹、歯舞の二島返還のみで決着を図るもので「四島返還」の道を閉ざすものだという批判がなされた>
 と記される。
 現状でロシアが「二島返還」に応じる可能性は皆無だ。歯舞群島と色丹島の日本への引き渡しに若干の「色を付けて」平和条約を締結する以外に、安倍晋三・首相とプーチン大統領が北方領土問題で妥結するシナリオはない。

 (3)③は、弁護士としての経験と知識を生かし、ユニークな民間外交を展開する猿田氏の思いが率直に綴られた良書だ。
 <私はワシントン留学中に日米外交のゆがみに気づき、疑問をもった。そのことをきっかけに日米の外交システムを研究するようになって7年になる。また、既存の外交パイプがまった運ばない声をワシントンに伝えたいと思い、アメリカ政府や議会へのロビイングを行ってきた。そして沖縄の方々などの訪米ロビイングを企画し、同行してきた。こうした活動は「外交も国の政策である以上、民主主義的な要素が反映されなければならない」との思いから始まったことである>
 と猿田氏は述べる。外交は、政府の専管事項であるとしても、そこで拾い切れない民意を国とは違う手法で米国に伝える猿田氏の努力は真の国益のため重要だ。

□佐藤優「北方領土問題の妥結シナリオ ~知を磨く読書 第173回~」(「週刊ダイヤモンド」2016年11月12日号)
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 【参考】
【佐藤優】デモや抗議活動のサブカルチャー化、グローバル化に対する反発を日露が共有、グローバル化に対する反発が国家機能を強化

【佐藤優】国際社会で日本が生き抜く条件、ルネサンスを準備したもの、理系情報の伝え方
【佐藤優】人生を豊かにする本、猫も人もカロリー過剰、度外れなロシア的天性
【佐藤優】テロリズム思想の変遷を学ぶ ~沢木耕太郎『テロルの決算』~
【佐藤優】住所格差と人生格差、人材育成で企業復活、教科書レベルの知識が必要
【佐藤優】数学嫌いのための数学入門、西欧的思考にわかりやすい浄土思想解釈、非共産主義的なロシア帝国
【佐藤優】ウラジオストク日本人居留民、辺野古移設反対を掲げる公明党沖縄県本部、偶然歴史に登場した労働力の商品化
【佐藤優】「21世紀の優生学」の危険、闇金ウシジマくんvs.ホリエモン、仔猫の救い方
【佐藤優】大学にも外務省にもいる「サンカク人間」 ~『文学部唯野教授』~
【佐藤優】訳・解説『貧乏物語 現代語訳』の目次
【佐藤優】「イスラム国」をつくった米大統領、強制収容所文学、「空気」による支配を脱構築
【佐藤優】トランプの対外観、米国のインターネット戦略、中国流の華夷秩序
【佐藤優】元モサド長官回想録、舌禍の原因、灘高生との対話
【佐藤優】孤立主義の米国外交、少子化対策における産まない自由、健康食品のウソ・ホント
【佐藤優】アフリカを収奪する中国、二種類の組織者、日本的ナルシシズムの成熟
【佐藤優】キリスト教徒として読む資本論 ~宇野弘蔵『経済原論』~
【佐藤優】未来の選択肢二つ、優れた文章作法の指南書、人間が変化させた生態系
【佐藤優】+宮家邦彦 世界史の大転換/常識が通じない時代の読み方
【佐藤優】人びとの認識を操作する法 ~ゴルバチョフに会いに行く~
【佐藤優】ハイブリッド外交官の仕事術、トランプ現象は大衆の反逆、戦争を選んだ日本人
【佐藤優】ペリー来航で草の根レベルの交流、沖縄差別の横行、美味なソースの秘密
【佐藤優】原油暴落の謎解き、沖縄を代表する詩人、安倍晋三のリアリズム
【佐藤優】18歳からの格差論、大川周明の洞察、米国の影響力低下
【佐藤優】天皇制を作った後醍醐、天皇制と無縁な沖縄 ~網野善彦『異形の王権』~
【佐藤優】新しい帝国主義時代、地図の「四色問題」、ベストセラー候補の研究書
【佐藤優】ねこはすごい、アゼルバイジャン、クンデラの官僚を描く小説
【佐藤優】外交官の論理力、安倍政権と共産党、研究不正が起きるシステム
【佐藤優】遅読家のための読書術、電気の構造、本屋大賞
【佐藤優】外山滋比古/思考の整理学
【佐藤優】何が個性で、何が障害か
【佐藤優】大宅壮一ノンフィクション賞選評 ~『原爆供養塔』ほか~
【佐藤優】英才教育という神話
【佐藤優】資本主義の内在的論理
【佐藤優】米国の戦略策定、『資本論』をめぐる知的格闘、格差・貧困問題の起源
【佐藤優】偉くない「私」が一番自由、備中高梁の新島襄、コーヒーの科学
【佐藤優】フードバンク活動、内外情勢分析、正真正銘の「地方創生」
佐藤優】日本の政治エリートと「天佑」、宇宙の生命体、10代が読むべき本
【佐藤優】組織成功の鍵となる人事、ユダヤ人の歴史、リーダーシップ論
【佐藤優】第三次世界大戦の可能性、現代東欧文学、世界連鎖暴落
【佐藤優】司馬遼太郎の語られざる本音、深層対話、米政府による暗殺
【佐藤優】著名神学者のもう一つの顔 ~パウル・ティリヒ~
【佐藤優】総理が靖国参拝する理由、NPO活動の哲学やノウハウ、テロ対策の必読書
【佐藤優】今後、起こりうる財政破綻 ~対応策を学ぶ~
【佐藤優】社会の価値観、退行する社会
【佐藤優】夫婦の微妙な関係、安倍政権の内在的論理、警察捜査の正体
【佐藤優】情緒ではなく合理と実証で ~社会の再構築~
【佐藤優】中曽根康弘、21世紀の資本主義分析、北樺太の石油開発
【佐藤優】日本人の思考の鋳型、死刑問題、キリスト教と政治
【佐藤優】中国株式市場の怪しさ、イノベーションの障害、ホラー映画の心理学
【佐藤優】普天間基地移設問題の本質、外務省犯罪黒書、老後に快走!
【佐藤優】シリア難民が日本へ ~ハナ・アーレント『全体主義の起源』~
 




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【社会哲学】格差社会における「承認の欠如」 ~第三世代のフランクフルト学派~

2016年11月08日 | 批評・思想
 
 はじめに
 第1章 社会研究所の創設と初期ホルクハイマーの思想
 第2章 「批判理論」の成立--初期のフロムとホルクハイマー
 第3章 亡命のなかで紡がれた思想--ベンヤミン
 第4章 『啓蒙の弁証法』の世界--ホルクハイマーとアドルノ
 第5章 「アウシュビッツのあとで詩を書くことは野蛮である」
 第6章 「批判理論」の新たな展開--ハーバーマス
 第7章 未知のフランクフルト学派を求めて
 おわりに

 *

 (1)ハーバーマス以降の世代はフランクフルト学派のいわば第三世代だ。その代表がアクセル・ホネット・フランクフルト大学教授/社会研究所長だ。
 ホネットは1949年生まれ、日本でいう団塊の世代だ。彼の『承認をめぐる闘争』(1992年)は、ハーバーマス『コミュニケーション的行為の理論』を基本的に継承しながらも、それをさらに新しい方向へ展開させようとした。それは「批判的社会理論の承認論的転回」と呼ばれている。
 ホネットは現在の社会哲学が取り組むべき課題として「承認をめぐる闘争」を明確に設定し、ヘーゲルが『精神現象学』(1807年)にいたる過程で構想していた承認論をあらためて再構成している。それらによってホネットは、親密な関係における「愛」、市民社会における「法(権利)」、さらには社会的な「連帯」という三つの構造をもつものとして、社会的な承認関係を説明している。
 ホネットがヘーゲルから継承している「承認」は、客体のたんなる認識とは異なる。ヘーゲルの「承認」は平たく言うと、この「私」が自由な人格をもった主体として認められることだが、さらに遡るとフィヒテに由来する。フィヒテ以来、そのような「承認」は一方的には実現せず、相互承認としてはじめて成立すると考えられてきた。つまり、自由な人格をもった主体としておたがいに認め合うこと、それが相互承認だ。ハーバーマスのコミュニケーション的行為においても、フィヒテ、ヘーゲル以来の相互行為としての承認は、その理論的前提にもなっている。一方、ホネットは、コミュニケーション的行為の根底にあるものとして、承認ないしは承認をめぐる闘争に、あらためて強い光をあてるのだ。
 
 (2)<さまざまな社会的な抗争の根底にあるのは、この承認の欠如に対する不満ではないか、それがホネットの構想の出発点です。ホネットはそれをさらに明確に「侮蔑の体験」とも呼んでいます。私たちはしばしば、学校で、職場で、あるいは地域社会で、自分の存在が黙殺されている、と感じることがあります。さまざまなマイノリティの位置で暮らしているひとびとは、社会のマジョリティから自分の存在が無視されていると感じざるをえないことがしばしばあります。「私たちの存在を認めよ!」という訴えが、現にさまざまな局面で社会運動として展開されてもいます。それらを「承認をめぐる闘争」として哲学的に位置づける、それがホネットの社会哲学です。
 さきに紹介しましたように、ホネットはそれを、親子の関係からはじまる「愛」、市民社会における「法(権利)」関係をつうじた承認、さらには社会的な「連帯」における承認までをふくめます。ヘーゲルの承認論の場合、家族と市民社会のあとには「国家」が来るのですが、ホネットは国家ではなくて社会的な連帯を置きます。私たちは家族に代表される親密な関係のなかでまず人格として承認され、市民社会では法(権利)の主体として承認されます。しかし、私たちはそれだけではなく、自分が社会の重要な構成員であることを積極的に認められたいと願います。名誉や尊厳を社会的な次元でも認められたいと望むのです。こういうホネットの承認をめぐる議論は、ハーバーマスのコミュニケーション論を超えて、いわゆる格差社会のなかで日々格闘している私たちの経験にリアルにふれるところがあります。>

 (3)ホネットの承認論も、ロールズの『正義論』への批判という意味合いをもっている。ロールズ『正義論』は、リベラルな個人を前提として、社会的富をどのように再分配するか、という新たな問題提起だった。マルクスは、本来労働者がその労働をつうじて生み出した富が生産手段を所有している資本家に独占されている現状を搾取理論という形で批判した。しかし、それは資本主義社会のメカニズムによって蓄積された富を、誰にどのように分配するか、という問題でもある。資本主義社会の生み出した富が労働者にもきちんと分配ないし再分配される制度が整えられれば、ことさらな「革命」は不要ということにもなる。それは賃金の調整、税率の適切な設定、さらには福祉政策の充実という形で達成されると見なすこともできる。しかもそれは、生産力がさらに発展することで可能になる、という問題ではない。現在の生産力の段階で、ただちに実現されるべき「正義」だ。

 (4)<しかし、たとえば、何らかの理由からどんな職業にも就けず生活費も得られないといったひとの場合、生活するのに十分な福祉手当を支給されるだけで事態はすべて解決するのか、という問題があります。福祉手当の支給という富の再分配が社会的な承認の否定に繋がる場合もあります。少なくとも、富の分配・再分配だけでは、ホネットが想定している「承認」の次元の問題は解決しない可能性が高いのです。あるいは、何らかの権利の侵害に対して被害者が賠償をもとめる場合、それはお金だけをもとめてなされているのではありません。肝心なのは権利や名誉の回復です。要するにお金が欲しいのだという言い方は、被害者の尊厳をふたたび傷つけます。つまり、私たちがこの社会で生きてゆくうえで必要としているのは、富の分配・再分配だけではなく、さきの三つの次元での「承認」でもあって、ロールズの『正義論』ではそういう問題への視点が弱いのではないか。>

 (5)こういう文脈でホネットの承認論は、米国を中心としたロールズ『正義論』以来の、リベラルな個人主義と共同体主義(コミュニタリアニズム)をめぐる議論にも絡んでくる。実際、ホネットの承認論をめぐって、「アメリカ・フランクフルト学派」のひとりにも数えられているナンシー・フレイザーとのあいだで論争が生じた。
 フレイザーはホネットの議論にヘーゲル的な共同体主義の匂いを強く感じざるをえなかったのだ。最終的にはどちらも、分配か承認かは、二者択一ではなく、問いそのものが間違っている、というところに落ち着く。
 ただし、21世紀に入ってからの私たちの社会は、分配か承認か、どころか、分配もなければ承認もない、といった事態に立ちいたっているのかもしれない。この点はあらためて考えておく必要がある。 

□細見和之『フランクフルト学派 ホルクハイマー、アドルノから21世紀の「批判理論」へ』(中公新書、2014)の「第7章 未知のフランクフルト学派を求めて」 
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【佐藤優】デモや抗議活動のサブカルチャー化、グローバル化に対する反発を日露が共有、グローバル化に対する反発が国家機能を強化

2016年11月07日 | ●佐藤優
    
 ①富永京子『社会運動のサブカルチャー化 G8サミット抗議運動の経験分析』(せりか書房 4,700円)
 ②東郷和彦、A・N・バノフ(編)『ロシアと日本 自己意識の歴史を比較する』(東京大学出版会 4,400円)
 ③エマニュエル・トッド/聞き手:朝日新聞『グローバリズム以後 アメリカ帝国の失墜と日本の運命』(朝日新書 720円)

 (1)①は、1986年生まれの若手学者(立命館大学准教授)による意欲的で優れた研究書だ。世界的規模でサブカルチャー化しているデモや抗議活動について、日本の事例を実証的に調査、分析している。
 <社会運動が「集合的アイデンティティ」から「流動性」「経験」に基づくものへと移行しつつあることを考えると、運動はそれぞれの活動家たちの属性や経験、好ましいと感じる規範や価値に基づく多様な居場所へと分化していく過程でもあるのではないかと思われる。(中略)同じ目的を持っている、共通の「敵」がいるというだけでは連帯しえず、誰をステークホルダーにするか、自らの運動の正しさをどれほど疑っているか、政府との距離をどれくらい保っているかといった点から、自らが参加すべき運動の方向性を測り、参加や離脱を決定していたと言える。だとすれば、社会運動サブカルチャーは、ある種のクラスター化された「同好の士」たちによってさまざまに分化するものではないだろうか>
 という富永氏の指摘は事柄の本質を突いている。
 もっとも、クラスター化して分化した抗議活動は、政治力としては弱くなるので、国家にとっての脅威ではなくなる。

 (2)②において、チュグロフ氏は、次のように結論づける。
 <1990年代初頭より、グローバル化が日本人とロシア人のアイデンティティを変化させたことは疑いようがない。グローバル化の挑戦にもかかわらず、日本国民やロシア国民は、、その比類のない適応性と柔軟性によって、自らの伝統的なアイデンティティを失わなかった。(中略)現在、日本とロシアは、自らの伝統とグローバル化によってもたらされた革新の間の、正確な均衡を見つけようとしている>
 グローバリゼーションに対する反発が、日本とロシアを無意識のレベルで結びつけていることが、最近、北方領土交渉が加速していることの重要な動因だろう。日露の戦略的提携の可能性に関心を持つ人の必読書だ。

 (3)③では、グローバリズムに対する反発が国家機能の強化となって表れていることに対する危機感が表明されている。
 <日々テロにさらされているのだと思わせられると、人々はますます国家の規制を求め、マスコミは治安を重要課題にしてしまう。まったく妄想もいいところだ。だが、この妄想には意味がある。それで、国家が再登場できる>
 このような国家機能の強化により、社会は閉塞感を強める。国家ではなく社会の機能を強化することによってテロに対抗していくことが重要だ。

□佐藤優「グローバリゼーションへの反発 ~知を磨く読書 第172回~」(「週刊ダイヤモンド」2016年11月5日号)
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 【参考】
【佐藤優】国際社会で日本が生き抜く条件、ルネサンスを準備したもの、理系情報の伝え方
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【佐藤優】何が個性で、何が障害か
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【佐藤優】資本主義の内在的論理
【佐藤優】米国の戦略策定、『資本論』をめぐる知的格闘、格差・貧困問題の起源
【佐藤優】偉くない「私」が一番自由、備中高梁の新島襄、コーヒーの科学
【佐藤優】フードバンク活動、内外情勢分析、正真正銘の「地方創生」
佐藤優】日本の政治エリートと「天佑」、宇宙の生命体、10代が読むべき本
【佐藤優】組織成功の鍵となる人事、ユダヤ人の歴史、リーダーシップ論
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【保健】意外や意外、卵で糖尿病は予防できる

2016年11月06日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)「1週間に卵を4個食べている人は、1個しか食べていない人に比べ、糖尿病の発症リスクが38%も低かった。また、乳製品を多く摂取する人もリスクが23%低い」
 2015年、栄養学ではトップクラスの権威を誇る医学誌「The American Journal of Clinical Nutrition(臨床栄養学)」電子版にこんな研究結果が掲載された。
 卵の摂取量について研究を行ったのは、東フィンランド大学のビルタネン氏のチーム。
 1984年から1989年にかけて、虚血性心疾患など心臓病発症のリスク因子を調べる研究が行われた。対象者は42歳から60歳の男性、2,332人。20年間追跡調査したところ、2割弱の432人が糖尿病になっていたという。さらに全員の食生活や生活習慣を詳細に調査すると、冒頭のような結果が出たのだ。

 (2)今回の論文には、卵のどの成分がどのようなメカニズムで糖尿病予防に効果をあげるのかは示されていないため、今後の研究課題となる。ただ、肥満度や野菜、果物の摂取など卵以外の要因については、統計データ上調整されている。したがって、卵に含まれる成分自体に、血糖値の上昇を抑制する効果があるのではないかと推測される。【糖尿病治療に詳しい小内亨・おない内科クリニック院長】

 (3)乳製品についての研究を行ったのはルンド大学(スウェーデン)のエリクソン氏の研究グループ。
 45歳から74歳の男女26,930人(61%が女性)を14年間追跡調査したところ、約1割の2,830人が糖尿病を発症した。乳製品を食べる量を5段階に分けて比較したところ、もっとも多く食べているグループは、一番少ないグループに比べ、糖尿病発症のリスクが23%も低かった。
 実は、これまでの臨床研究で、乳製品の摂取で糖尿病発症リスクが下がることが確認されている。
 乳製品に含まれるトランスパルミトレイン酸が、インスリン分泌を促し、さらに中性脂肪を減らし、血圧を下げると考えられる。また、ミルクやヨーグルトなどに含まれる乳糖は、他の糖分に比べると血糖値を上げにくいとされる。今回の研究で、こういった指摘が再確認されたことになる。【(2)の小内院長】
 卵や乳製品には、別の効果もあるらしい。
 糖尿病の原因は、膵臓のβ細胞で作られるインスリンを大量に分泌させ続けた結果、インスリンの効きが低下し、さらに分泌が減ってしまうことだ。インスリンが分泌されるのは、炭水化物を摂取したときだけ。脂肪やタンパク質を摂取したときは分泌されない。だから、普段から炭水化物を制限することが糖尿病予防につながる。卵や乳製品といった高脂肪の食材を摂取したことで、結果的に糖質の摂取量が減ったと考えられる。【大櫛陽一・東海大学名誉教授】
 
 (4)糖尿病治療やダイエットに取り入れられている糖質制限。白米やパン、麺類といった糖質を多く含む炭水化物や、スイーツ、根菜類などを減らす一方、肉、魚、大豆類などのタンパク質や脂肪分は制限しない食事方法だ。
 いまだに長期的に継続した場合の安全性などで賛否が分かれる部分があるが、近年、日本国内でこんな研究結果が出た。糖質制限を続けた結果、「境界型」の人たちが正常型に改善したというのだ。
 研究したのは新潟労災病院。
 2007年から2012年までの間に新潟労災病院に入院した平均年齢60歳の男女72人を対象にした。全員が耐糖能異常(IGT)という糖尿病予備群だ。1日の糖質量が120グラムという糖質制限食と、普通食の2グループに分け、1年間追跡した。【前川智・新潟労災病院消化器内科部長】
 茶碗1膳の白米の糖質が約55グラム。1食40グラムまでというのは、比較的緩やかな糖質制限だ。
 糖質制限食の36人は7日間の入院生活を送り、糖質制限食の栄養指導、糖質制限の知識テストなどの研修を受けた。その後1年間、糖質制限を続けた。
 普通食を続けたグループ36人は、3人が正常型に、28人は変わらず境界型、5人が糖尿病を発症した。一方、糖質制限食のグループ36人は、糖尿病を発症した人はゼロ。逆に25人が正常型に改善するという結果になった。【前川部長】

 (5)卵、乳製品の成分と、糖質制限という二つの効果が予防をもたらす。摂取に当たり何を注意するべきか。
 牛乳は割と糖質量が多いので、水代わりにガブガブと飲むのは避けたほうがいい。ヨーグルトも中には糖質が多いものがある。糖尿病の人は避けるべきだが、健康な人は気にしなくても大丈夫だ。【(3)の大櫛名誉教授】
 朝食を抜くと、三食きちんと食べた場合に比べ、昼食と夕食の食後血糖が上がってしまう。だから、朝食をきちんと食べることはとても重要だ。また、炭水化物を摂取するときに乳製品を一緒に摂れば、血糖値の上昇を抑制する効果がある。そのため、朝食でたとえばパン単独ではなく、卵や乳製品を一緒に摂取すれば、よりいい糖尿病予防につながる。【(2)の小内院長】
 ちなみに、1週間に卵を5個以上食べたところで、発症リスクが低下することはない、ともこの研究に記されている。
 卵と乳製品をたくさん食べればそれでいいというわけではない。適度な運動を取り入れて肥満を防ぐなど、食事以外での心がけも大切だ。

□「タマゴで糖尿病は予防できる」(守屋浩司・編『人生を変える! 食の新常識/カラダにいい食事 決定版』(文春ムック、2016)/初出「週刊文春」2015年5月21日号)
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【佐藤優】中東をめぐるトンチンカンな議論 ~安倍晋三首相~

2016年11月05日 | ●佐藤優
 (1)日本は集団的自衛権をめぐって完全にトンチンカンな議論を展開していた。
 ホルムズ海峡が封鎖されたら、なんて。
 だいたい、どの国が機雷を仕掛けるというのだ。イラン? 国際航路帯はイランの領海に入らないよう、全部アラビア半島側を通っている。
 ホルムズ海峡のアラビア半島側はオマーンだ。地理的に見るとアラブ首長国連邦のように見えるが、先端の部分だけはオマーンだ。オマーンは飛び地を持っている。船乗りシンドバッドの国で、もともとはインドからマダガスカルの辺りまで、たくさんの植民地を持っていた非常に大きな国だったから。いまだに要衝は握っているのだ。
 オマーンは1970年代の初めまで鎖国していたのだが、イギリスがオマーンを重視して、19世紀からイギリスとの関係は緊密だった。そのせいか、オマーン人というのは非常に勤勉だ。
 ちなみに、東京大学の中東研究という寄付口座は、オマーンの金でやっている。だから、日本とは友好国だ。

 (2)国際航路はオマーンの領海内を通っている。すると、オマーンの領海内に機雷を敷設するということは、国際法上、イランがオマーンに宣戦布告をしたことになる。だけど、オマーンはイランとは絶対に戦争をしない。サウジアラビアとイランとの間で、非常に厳正な中立政策をとっているから。
 そんな状況なのに、もしオマーン・イラン戦争が起きたらオマーンを支援して機雷を除去してやるよ、という訳のわからない仮説を日本は組み立てた。オマーンにしてみれば迷惑千万で、「頼むからそんな無用な派風を立てる話をしないでくれ」と思っている。国際社会で全然ニュースにならない話だ。レベルが低いというか、あり得ないシナリオだから。
 千葉が日本から独立した場合に何が起きるか、利根川あたりで銃撃戦が起きるかもしれない、という話と同じだ。あまりにも現実離れしているから、みんな相手にしない。
 たぶん安倍首相は、国際航路がどこを走っているのかとか、そういうことに関心がないのだろう。単にサダム・フセイン政権時代に掃海艇を出したことを成功体験として、そういうことができればいいなあと妄想しているって感じだ。
 意図しているわけではなく、難しいことはあんまり考えないのだろうし、説明する人がいたとしても頭に入らないのだろう。政治家というのは、本当にアバウトだから。だいたい、イランとイラクの場所を正確に指し示せる政治家って、今の国会議員の中の半分もいないと思う。
 〈何のために知識を蓄えるか〉という動機づけが非常に弱いから。
 動機づけがきちんとなされていないから、現在の世界の基本的枠組みとされるウェストファリア体制が成立したのは1648年とか、そうした基礎的知識さえ頭に残っていない。そんな人に国際政治を語る資格はないんだけれど、どれだけの国会議員が覚えているだろうね。 

□佐藤優『君たちが知っておくべきこと 未来のエリートとの対話』(新潮社、2016)の「僕たちはナショナリズムから逃れられない 2015年4月1日」
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 【参考】
【佐藤優】中東全域が核保有する日
【佐藤優】遠距離ナショナリズム ~ウクライナ紛争の構図~
【佐藤優】近代の矛盾が凝縮するウクライナ ~イエズス会が播いた種~
【佐藤優】安倍政権が日本を壊しつつある ~反知性主義~
【佐藤優】健康志向はナチスが始めた
【佐藤優】民主政治はフランス革命をなぞる ~アベノミクスはジロンド派~
【佐藤優】出世頭の外交官が書いた間違いだらけの外交教科書 ~権威に惑わされるな~
【佐藤優】ギリシャ的伝統を引き継いだドイツ ~ライプニッツと帝国主義~
【佐藤優】民主制の起源 ~中学や高校の教科書が教えないこと~

 

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【佐藤優】中東全域が核保有する日

2016年11月04日 | ●佐藤優
 (1)広島の原爆はウラン原爆で、長崎の原爆はプルトニウム原爆だ。
 ウランは濃縮しないと使えない。原子力発電の場合、5パーセントの濃縮で、原爆にするには90パーセントの濃縮が必要だ。
 2015年現在、イランは20パーセントの濃縮能力があった。原発なら5パーセントで十分だ。そもそもイランは豊富な天然ガスと石油に恵まれた国で、エネルギーに逼迫していない。平和利用だと言いながら原発を作ろうとしている理由は、核兵器だ。イランの濃縮能力は2016年には90パーセントに高めることができるとインテリジェンスの専門家は見ていた。そうなると、広島型の原爆が作れる。爆弾を作ったら、次は核弾頭に搭載できるよう小型化しなければならないが、それも1年あれば可能になるという。
 ちなみに、イランはシャハブ3という弾道ミサイルを持っていて、これはイスラエルからヨーロッパまでが射程域に入る。インテリジェンスの世界では、シャハブ3が北朝鮮のミサイル、ノドン2のコピーだということは常識だ。
 つまり北朝鮮が技術を秘かに移転した。だから日本はイランのアザデガン油田の開発プロジェクトから手を引かざるを得なかった。日本がODAで投下したお金が、イラン、ひいては北朝鮮のミサイルと核開発に繋がるからだ。

 (2)さらに今、世界は別の心配をしている。それはサウジアラビアが核を持つことだ。パキスタンのような極貧状態にある国が、自力で核開発できるのはサウジアラビアが金を出しているからだ。
 もしサウジアラビアとパキスタンの間にあるイランが核を持つことになったら、どうなるか。
 パキスタンにある核弾頭の幾つかをサウジアラビアに移動する秘密協定が存在すると国際社会は見ている。そうなっても、米国とサウジアラビアの関係は非常に複雑だから、米国は物理的に介入して阻止することはしないし、できない。そうなったら、中東の他の国、アラブ首長国連邦やカタール、オマーンもパキスタンから核を買うだろう。エジプトやヨルダンは自力で核開発が可能だ。こうして核不拡散条約(NPT)体制は崩壊する。

 (3)そうなるとアジアでは韓国が核開発をし始めるだろう。かつて朴正煕(パクチョンヒ)大統領時代に、韓国が核開発をしようとしたのを米国が潰したことがある。慰安婦問題や竹島問題の解決を、核カードをチラつかせながら日本へ要求してくるようになる可能性は十分にある。北朝鮮の核より韓国の核のほうが日本にとっては厄介だ。
 そんなふうに国際秩序が大きく変化する可能性がある。

 (4)さらに、サウジアラビアの王政って盤石じゃないからね。2015年にサウジアラビアは、大統領が事実上国外に亡命して権力空白状態のイエメンに、シーア派武装勢力を叩くための本格的な軍事介入を行った。
 イエメンのシーア派を支援したのがイラン、スンニ派を支援したのがサウジアラビアという構図で、イエメンで代理戦争をやったわけだ。この混乱の結果、スンニ派の「イスラム国」の影響がサウジアラビアに及んで、サウジアラビアが核を持った場合、そのまま「イスラム国」が核を持つ可能性が生じる。「イスラム国」が核を持てば、使う。
 そうなると、国際社会のゲームのルールが一気に変わる。それを各国の情報屋さんたちは心配している。

□佐藤優『君たちが知っておくべきこと 未来のエリートとの対話』(新潮社、2016)の「僕たちはナショナリズムから逃れられない 2015年4月1日」
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 【参考】
【佐藤優】遠距離ナショナリズム ~ウクライナ紛争の構図~
【佐藤優】近代の矛盾が凝縮するウクライナ ~イエズス会が播いた種~
【佐藤優】安倍政権が日本を壊しつつある ~反知性主義~
【佐藤優】健康志向はナチスが始めた
【佐藤優】民主政治はフランス革命をなぞる ~アベノミクスはジロンド派~
【佐藤優】出世頭の外交官が書いた間違いだらけの外交教科書 ~権威に惑わされるな~
【佐藤優】ギリシャ的伝統を引き継いだドイツ ~ライプニッツと帝国主義~
【佐藤優】民主制の起源 ~中学や高校の教科書が教えないこと~

 

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