語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【野口悠起雄】神の問い掛けにこそ答える価値がある ~モンティ・ホール問題~

2017年12月16日 | ●野口悠紀雄
 (1)「モンティ・ホール問題」とは、三つの箱のどれにダイヤモンドが入っているかを当てるゲームだ。解答者は一つの箱を選ぶ。司会者はその後で、残りの箱のうち空の箱を一つ見せる。ここで解答者は選択を変えるべきか?

 (2)友人の一人、M君は論理を基に、直ちに「変えるべきだ」と正解を出した。
 このように鮮やかに解くことはできなくても、正解にたどり着くことはできる。この問題が「ベイズ統計学」の応用問題であると気付けば、「ベイズの定理」と呼ばれる公式に当てはめていけば、正しい答えを得ることができる。
 ベイズ統計学とは、「情報がない場合の事前確率を、得られた情報によって修正し、事後確率を得る」という考えに基づく統計学だ。伝統的な統計学では、「確率は実験で知られる」とされる。しかし、ベイズ統計学の立場からすると、確率判断は情報によって変わる。
 火星が望遠鏡でも小さくしか見えない時代に、「火星に生物がいる確率は2分の1」というのは、ベイズ統計学の立場では意味がある見解だ。そして、データが得られるたびに、確率判断を修正していく。

 (3)ここで指摘したいのは、ベイズ統計学の有用性ではない。知識の重要性だ。「知識に基づいて地道に公式に当てはめていけば、機械的に正解にたどり着ける場合もある」ということである。
 知識は、われわれが問題を解くときに助けになってくれる。天才的頭脳を持っていなくても、知識を持っていれば、愚直なやり方ではあっても、着実に問題を解決できる。同じことが、他の多くの問題について言える。
 生まれつき頭が良い人は、あまり勉強しなくても問題を解くことができる。彼らは成功する確率が高い。しかし、頭が良くないからといって、失望することはない。勉強して知識を増やせば、それに近い成果を挙げることができるのである。

 (4)他のアプローチはどうか?
 常識的な答えは、「選択を変えても変えなくても勝てる確立は同じ」ということだ。しかし、これでは面白くない。
 わざわざ問題を出しているからには、正解はこれとは違うものであるに違いない。つまり、正解は「選択を変えれば勝てる確率が上がる」ということだろう。「質問者は何らかの意図を持っているから、それを推し量ればよい」と考えるのである。
 「メカニズムを理解しないで正しい答えだけ出しても、それは本当に問題を解いたとはいえない」との意見があるだろう。しかし、その点で言えば、ベイズ統計学の援用も大同小異だ。機械的に公式に当てはめただけだ。

 (5)会社の中での生存競争を勝ち抜いてきた人たちのほとんどは、本能的に質問者の意図を推し量る。これは、多くの場合において、単なる「忖度」であり、処世術にすぎないであろう。しかし、そうした場合ばかりとはいえない。質問者の意図に、問題を解く鍵が潜んでいることもあり得るのだ。
 上で述べたケースは、その一例だ。問題を解く第一歩は、その問題を放棄せず、納得がいくまで考え続けることだ。質問者は、正解を仄めかし、それが正解である理由を考える価値があると示唆し、考え続けることを勧めているのである。

 (6)まとめれば、モンティ・ホール問題の正解にたどり着くのに、三つのアプローチがあったことになる。
  (a)頭の良さを活用して直ちに正解を得る方法。
  (b)愚直に公式に当てはめていく方法。
  (c)質問者の意図を推し量る方法。

 (7)「神はたくらみ深いが、悪意を持たない」
 (c)のアプローチでは成功しない場合もある。それは、質問者が特定の意図を持っていない場合だ。
 アインシュタインは、「神はたくらみ深いが、悪意を持たない(Raffiniert ist der Herrgott,aber boshaft ist Er nicht.)」と言った(この言葉は、プリンストン大学数学科ホールの大理石に刻まれている)。「悪意がない」とは、次のようなことだろう。
 神の質問は、幼子の質問と同じで、特定の意図を持っていない。いわば真空の中から発せられている。だから、質問者の意図を推し量ろうとしたり、背景を調査したりしなくてもよい。また、そうした方法を取っても、答えは得られない。

 (8)自然科学や数学の研究では、(7)の意味における神の質問に答えなければならない。だから、(c)の方法は、明らかに無効だ。(a)の方法を取れる天才が成功する確率が高いが、(b)の方法で愚直にアプローチしても、成功する可能性がある。
 現実の社会生活では、(c)の方法は、多くの場合に有効だ。組織の中で仕事をしている場合には、たぶん不可欠の方法だろう。
 しかし、そうした世界を生き抜いてきた人は、たとえ成功しても、(c)の方法だけに頼ることに、やがて満足できなくなるのではないだろうか? 悪意を持つ人間とのゲームでなく、悪意を持たない相手との勝負がしたくなる。
 トルストイの『戦争と平和』に登場するニコライ・ボルコンスキイ公爵(主人公の一人であるアンドレイ・ボルコンスキイの父親)は、領地「禿山」にこもって高等数学の研究に没頭している。そして、令嬢マリアに数学の勉強を強制する。
 彼は、宮廷生活が嫌になったのではなく、物足りなくなったに違いない。だから、たくらみ深く、そして悪意が存在しない対象を強く求めたのだ。
 事業でも同じだろう。(c)の方法で成功しても、それだけでは満足できないと、多くの成功者は考えるのではないか? 彼らが最終的に求めるのは、自然科学者や数学者と同じように、悪意のない質問に答えることではないだろうか?

□野口悠紀雄「神の問い掛けにこそ答える価値がある ~「超」整理日記No.886~」(「週刊ダイヤモンド」2017年12月23日号)
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 【参考】
【野口悠起雄】事業の成功確率と文学 ~『アンナ・カレーニナ』に係る三つの法則~
【野口悠起雄】採掘者を採掘する ~金発見時の成功法則~
【野口悠起雄】中国とドイツが変身 ~日本が取り残される~
【野口悠起雄】危機に直面するのは英国よりEU ~英国のEU離脱~
【野口悠起雄】世界経済の不確実性は長期 ~英国のEU離脱~
【野口悠起雄】日米で経済情勢や政策に著しい違い ~アベノミクスの本質(3)~
【野口悠起雄】期待への働きかけは効果なし ~アベノミクスの本質(2)~
【野口悠起雄】為替と株の投機ゲーム ~アベノミクスの本質(1)~
【野口悠起雄】誰が負担するのか? ~マイナス金利のコスト~
【野口悠起雄】物価下落は実質賃金を上昇させる ~経済成長~
【経済】外国人投資家は株式から国債へ ~世界金融市場混乱(2)~
【経済】新年からの世界金融市場混乱の原因 ~「リスクオフ」~
【経済】軽減税率が突きつける諸問題(2) ~現存特例措置の見直し~
【経済】軽減税率が突きつける諸問題(1) ~現存特例措置~
【経済】企業の利益増加で賃金が減る ~理由と対策~
【経済】政策にみる安倍政権の思慮不足 ~「新しい3本の矢」~
【年金機構】の情報漏洩から学ぶこと(2) ~3つの疑問~
【年金機構】の情報漏洩から学ぶこと(1) ~経緯~
【経済】日本経済をドルの立場から再評価すると
【野口悠紀雄】マイナス成長から抜け出す手段 ~実質消費増大の方法~
【経済】今後、狙いと反対のことが起きる ~異次元緩和(2)~
【経済】期待を煽り資産価格のみを変化させた ~異次元緩和~
【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか(2) ~法人企業統計~
【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか ~GDP統計~
【経済】小企業や家計の赤字=大企業の利益 ~トリクルダウン(2)~
【経済】円安で小企業や家計は赤字 ~トリクルダウンはなぜ生じない?~
【経済】円安で貧乏になりゆく日本 ~スタグフレーション~
【政治】先の見通しを持たない新成長戦略 ~鎖国的政策~
【野口悠紀雄】仮想通貨が財政ファイナンスを阻止 ~経済政策と金融政策~
【野口悠紀雄】ビットコインが持つ経済価値はどの程度か?

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【野口悠起雄】事業の成功確率と文学 ~『アンナ・カレーニナ』に係る三つの法則~

2017年12月09日 | ●野口悠紀雄
 (1)ブロックチェーンを用いてどんな事業をやれば成功するだろうか?
 人工知能の時代に成功するのはどんな人材か?
 これらの質問に答えるのは難しい。なぜなら、成功するには、多数の条件を満たさねばならないからだ。

 (2)トルストイ『アンナ・カレーニナ』の冒頭に、「幸せな家庭は皆同じだが、不幸な家庭はさまざまに不幸だ」とある。
 なぜそうなるかをトルストイは説明していないが、ジャレド・ダイアモンドが『銃・病原菌・鉄(上)-- 1万3000年にわたる人類史の謎』(草思社、2010年)の中で説明している。
 家庭が幸せになるには、夫婦の金銭感覚や宗教観など、複数の考えが一致する必要があり、これら全てが一致していれば「どれも似たもの」になる、というのだ。
 ダイアモンドは、これを「アンナ・カレーニナの法則(原則)」と呼んだ。そしてこれを家畜に応用し、「家畜化できている動物はどれも似たものだが、家畜化できていない動物はいずれもそれぞれに家畜化できないものである」とした。家畜化できるには、群れで暮らす、比較的早く育つ、肉食でない、気性が荒くないなど、複数の条件が必要だからだ。

 (3)ところで、ダイアモンドは、「家畜化された動物は、家畜化されなかった動物よりはるかに少ない」とも言っている。ダイアモンドは明確に意識していないようだが、これは、「似ている」というトルストイの命題とは違う。ダイアモンドの議論は、「家畜が似ている」ことより、「数が少ない」ことに重点がある。
 両者で結論が異なる原因は、成功の要因をコントロールできるかどうかだ。
 結婚の場合には、ランダムに相手を選ぶのではなく、同じような考えを持つ人を選んで結婚する可能性が高い。つまり、状況をかなりコントロールできる。だから、不幸な家庭が幸せな家庭より多いとは、必ずしもいえない。
 それに対して家畜の場合には、多くの条件は所与であってコントロールできない。だから、家畜化できない動物はたくさんいるが、家畜化できたものはまれなのだ。
 先の命題は、家庭の幸福に関する命題とは別のものである。これを「アンナ・カレーニナの第2法則」と呼ぶことにしよう。

 (3)家畜化以外にこの法則が当てはまるのは、事業の成功度だ。
 事業の成功は、さまざまな要因に依存しており、それらの中にはコントロールできないものも、不確実なものも多い。それらの条件の一つを満たせないだけで、事業は失敗する。だから、失敗は簡単で、失敗する事業はたくさんある。実際、スタートアップ企業の9割は失敗するといわれる。
 それに対して、事業が成功するには、多数ある成功の条件を全て満たさなければならない。だから、成功する事業はごくまれである。

 (4)もう少し厳密に言えば、次の通りだ。
 今、成功の必要条件は、A、B、Cの全てが成立することだとしよう。これが真であれば、その対偶命題も真だ。すなわち、失敗の十分条件は、A、B、Cの少なくとも一つが成立しないことだ。
 ここで、A、B、Cは独立事象であり、それらの生起確率は、a、b、cであるとしよう。すると、成功の確率はabcだ。もしa、b、cの少なくとも一つが0.5未満なら、これは失敗の確率1-abcより小さくなる。

 (5)人と違うことをすれば、どんな事業も成功するだろうか?
 そんなことはない。カリフォルニア・ゴールドラッシュでの最高の成功者はブルージーンズを発明したリーバイ・ストラウスだといわれるが、ブルージーンズの成功には、布地が丈夫であること、リベットで補強したこと、インディゴブルーを使ったこと等々が寄与している。マイナーの要求に応えたとか、みんなと同じことをしなかったというのは、必要条件だが、十分条件ではないのだ。

 (6)現代の事業もそうだ。アップルの場合は、iPhoneという革新的なデバイスと世界的水平分業の両方が必要だ。どちらかだけでは、時価総額世界一という大成功はない。
 グーグルもそうだ。検索エンジンと新しい仕組みの広告の、どちらか一つだけでは成功しない。
 一つだけ優れたものを持っていて失敗した例は山ほどある。スマートフォンの原型はブラックベリー社のものだが、iPhoneに敗退した。グーグル以前にも以後にもたくさんの検索エンジンが作られたが、それらのほとんどは消滅した。

 (7)第2法則は、さらに次のように展開できる。
 失敗の条件が一つ成立すれば、失敗してしまう。だから、失敗の例を示すのは簡単だ。
 それに対して、成功には幾つもの条件が満たされる必要がある。それら全てを列挙するのは極めて難しい。よって、ビジネスについて、
 「失敗事例を示すことは簡単だが、成功の法則を示すことは難しい」
 もう少し正確に言うと、「失敗の十分条件は簡単に示せる。しかし、成功の十分条件を示すのは極めて難しい。多くの場合、成功について示せるのは、必要条件だけだ」。
 これを「アンナ・カレーニナの第3法則」と呼ぶことにしよう。

 (8)(1)で回答が難しかったのは、第3法則のためだ。
 この系として、次の命題が導ける。
 「『こうすれば失敗する』とは言えるが、『こうすれば成功する』は、ほとんどの場合、眉唾だ」
 〈例〉「日本軍はなぜ失敗したか?」「東芝はなぜ失敗したか?」等は、学問的研究の対象になる。しかし、それをいくら勉強したところで、成功するわけでない。同じ失敗を回避できるだけのことだ。失敗の研究書を読めば成功できるように思うのは、錯覚にすぎない。

 (9)ここで注意していただきたいのだが、「だから、挑戦しなくてよい」わけではない。なぜなら、挑戦なくして成功はないからだ。
 さまざまなことを試み、それをマーケットが評価する。そのプロセスをくぐり抜けて生き残った者が成功者だ。社会が進歩するには、それしか方法はない。
 政府が成長戦略のビジョンを示したところで、それに従えば成功するわけではない。では、政府がスタートアップを補助すればよいのか? それでは、モラルハザードを引き起こすだけのことだろう。

 (10)ところで、日本で起業が少ないのは、日本人が安全志向だからだといわれる。しかし、リスク回避性向が日本人の生来の性格かといえば、そんなことはない。
 新事業は失敗する可能性が高いので、失敗した場合の救済策が必要であり、そのためには、組織間の人材の流動性が必要だ。日本社会にはそれが不十分なので、安全志向になるのだ。
 ダイアモンドは、次のように指摘する。
 「歴史は、異なる人びとによって異なる経路をたどったが、それは、人びとのおかれた環境の差異によるものであって、人びとの生物学的な差異によるものではない」
 今の場合にも、それが当てはまる。社会の成功を決めるのは、人々の性格ではなく、社会の制度である。

□野口悠紀雄「『アンナ・カレーニナ』と事業の成功確率の関係 ~「超」整理日記No.884~」(「週刊ダイヤモンド」2017年12月9日号)
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 【参考】
【野口悠起雄】中国とドイツが変身 ~日本が取り残される~
【野口悠起雄】危機に直面するのは英国よりEU ~英国のEU離脱~
【野口悠起雄】世界経済の不確実性は長期 ~英国のEU離脱~
【野口悠起雄】日米で経済情勢や政策に著しい違い ~アベノミクスの本質(3)~
【野口悠起雄】期待への働きかけは効果なし ~アベノミクスの本質(2)~
【野口悠起雄】為替と株の投機ゲーム ~アベノミクスの本質(1)~
【野口悠起雄】誰が負担するのか? ~マイナス金利のコスト~
【野口悠起雄】物価下落は実質賃金を上昇させる ~経済成長~
【経済】外国人投資家は株式から国債へ ~世界金融市場混乱(2)~
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【野口悠起雄】採掘者を採掘する ~金発見時の成功法則~

2017年12月08日 | ●野口悠紀雄
 (1)1848年、当時辺境の地だったアメリカ・カリフォルニアで、金が発見された。
 金は普通は地底深く埋もれているので、採掘に巨大な設備と多大な労働力を必要とする。しかし、カリフォルニアでは砂金として地表に露出していた。このため、誰でも簡単な道具で採集することができた。
 そこで、世界中から採掘者(マイナー)たちが集まってきた。空前のゴールドラッシュが起きた。
 中には、1日で2,000ドルの収入を得た人もいた。当時のアメリカの平均賃金は1日1ドルだったから、1日で5年半分の収入を得たわけだ。彼らは、「リッチストライク」と呼ばれた。

 (2)しかし、しばらくすると大金持ちは誕生しなくなった。それだけではない。意外なことに、マイナーの多くは極貧にあえぐ状態になってしまった。
 それは、あまりに多くの人が殺到したからだ。彼らは、「カリフォルニアの川原は砂金であふれている」と期待し、大変な労苦で地の果てであるカリフォルニアまで来たのだが、あふれていたのは人間だった。そのため、金はあっという間に採集されてしまったのだ。
 しかも、生活必需物資がない辺境の地に突然大勢の人が押し寄せたので、物価が急騰した。これでは生活は破綻してしまう。
 「雪山讃歌」の元である「いとしのクレメンタイン(Oh My Darling Clementine)」は、陽気な歌ではない。歌詞をたどれば分かるように、実は、このころの哀れなゴールドマイナーの歌なのである。
 カリフォルニア・ゴールドラッシュは、重要な教訓をもたらした。「バスに乗り遅れるな、と叫んでみんなと同じ方向に走れば、群衆に押しつぶされてしまう」・・・・

 (3)では、ゴールドラッシュで金持ちになった人は、初期のリッチストライクだけではなかった。
 何人もの成功者が出た。中でも有名なのは、リーバイ・ストラウスだ。彼は、マイナーたちが必要とするもの、つまり、丈夫でポケットが破れないズボンを作った。
 最初は、テント用のキャンバス地を使った。それが足りなくなったので、serge de Nimes、つまり、フランスのニーム地方のサージを使った。これが、短縮されて「denim(デニム)」と呼ばれるようになった。さらに、馬用ブランケットに使うリベットでポケットを補強した。そして、毒虫や毒蛇よけのために、インディゴ・ブルーで染めた。このズボンは、後に「リーバイスのブルージーンズ」として知られることになる。
 ストラウスの成功は、「マイニング・ザ・マイナーズ」と表現される。これは、「採掘者を採掘する」という意味だ。

 (4)現代においても、同じようなストーリーが繰り返された。パソコン(PC)、液晶テレビ、スマートフォンなどの新しい技術の登場は、金の発見に似ている。
 それを事業化しようと、世界中の企業が殺到した。発見された金を採集しようとマイナーがカリフォルニアに殺到したのと同じだ。その結果、利益が減ってしまったのも、同じだ。
  (a)PC・・・・最初はNECなどが膨大な利益を上げた。しかし、程なくして、PCは「コモディティ化」してしまった。つまり、多くのメーカーが生産できる製品になった。そして、価格が低下し、利益の薄い事業になってしまった。
  (b)液晶テレビ・・・・従来のブラウン管テレビを一新する革新的な製品だった。しかし世界中のメーカーが量産し、価格がどんどん低下してしまった。液晶テレビに集中していたシャープは、経営危機に追い込まれた。
  (c)スマートフォン・・・・グーグルが基本ソフトのアンドロイドを公開したので、世界中のメーカーが群がった。日本のメーカーも例外でない。そのため、アップル以外のメーカーで巨額の利益を得られた事業者はなかった。みんなと同じ方向に走って、押しつぶされてしまったのだ。

 (5)IT革命の勝者は、マイクロソフトやアップルやグーグル、それにアマゾン・ドット・コムやフェイスブックなど、ごく少数の企業に限定された。これら5社は、今、時価総額においてアメリカのトップ5社となっている(ただし、グーグルについては、GOOGとGOOGLの合計)。
  (a)アップル・・・・製造業だが、iPhoneという新しい製品を開発しただけでなく、世界的水平分業という新しい生産方式を確立し、ファブレス(工場のない製造業)となることによって、新しい製造業のビジネスモデルを切り開いた。
  (b)グーグル・・・・検索連動広告という新しい広告方式を用いることによって、従来とは全く異なる広告のビジネスモデルを確立した。
  (c)フェイスブック・・・・SNSという新しい方式で個人情報を集めて広告を行っている。
  (d)アマゾン・・・・ウェブショップであり、従来の流通業とは全く異なる。
 これらの企業は、現代版ストラウスといえるだろう。
 なお、マイクロソフトのビジネスモデルは、巧みなものだが、さほど革新的ではない(MS-DOSというPCの基本ソフトをIBMに安く売り、規格を公開することによって利用者を増やし、ネットワーク効果を実現した。その上でIBM互換機メーカーに高く売って収益を上げた)。

 (6)今年になって仮想通貨が顕著に値上りした。まさにゴールドラッシュだ。たまたま、ここでも「マイナー」という言葉が使われている(仮想通貨の場合のマイナーとは、仮想通貨の取引を記録する作業を行うコンピューター、あるいは事業者を指す)。
 価格が急上昇したので、マイニングの採算が向上し、日本でもマイニング事業への参入者が登場している。
 ただし、仮想通貨のマイニングも、金の採集と同じで、さほど高度の技術を必要とするものではない。カリフォルニア・ゴールドラッシュのマイナーのようにならないとは限らない。

 (7)仮想通貨のゴールドラッシュでは、自宅のソファーに座ったままで値上り益を得ようとする人が大勢いる。彼らは、勝者となるだろうか?
 一見、多くの人が買えば買うほど価格が上がるから、自己増殖的に価格が上がり、値上り益が得られるように思われる。みんなと同じことをすることこそ、ケインズの美人投票論(「多くの人が美人と思う人に投票する」)の神髄ではあるまいか?
 確かに、短期的にはそうかもしれない。
 しかし、それはバブル以外の何物でもないのだ。
 他方、世界では、新しい通貨であるビットコインの性能をさらに向上させるプロジェクトや、それを実際のビジネスに応用するプロジェクトが数多く誕生している。また、ビットコインの基礎技術であるブロックチェーンを利用して新しい事業を始めようとするプロジェクトもある。
 これらの全てが成功するわけではなく、失敗するプロジェクトもあるだろう。しかし、勝者はそうしたプロジェクトの中からしか出てこない。
 日本の問題は、現代のリーバイ・ストラウスになろうとする人が出てこないことだ。

□野口悠紀雄「金発見時の成功法則は採掘者を採掘すること ~「超」整理日記No.883~」(「週刊ダイヤモンド」2017年12月2日号)
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 【参考】
【野口悠起雄】中国とドイツが変身 ~日本が取り残される~
【野口悠起雄】危機に直面するのは英国よりEU ~英国のEU離脱~
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【野口悠起雄】中国とドイツが変身 ~日本が取り残される~

2017年11月16日 | ●野口悠紀雄
 (1)今世界のビジネスモデルが大転換しようとしている。IoT(モノのインターネット)によって、製造業が従来型のものから未来型のものに向けて進化しようとしている。また、「分散型台帳」という新しい情報記録の仕組みであるブロックチェーン関連のプロジェクトが進められている。こうした分野で特に注目されるのが、中国とドイツだ。

 (2)IoTの導入に関して「平成28年版情報通信白書」が行っている国際比較は次のとおり(第2章第3節3)。
 現時点でのIoTの導入率を見ると、アメリカが突出して高い。ドイツと中国は、日本より高いが、あまり大きな差はない。
 ところが、「2020年に向けた導入意向」を見ると、アメリカ、中国、ドイツがほぼ同レベルで、世界の最先端になる。他方で、日本は、現在よりは高まるものの、やっと現在のアメリカの水準に追い付く程度だ。日本の製造業が、世界の最先端から脱落していく可能性がある。
 IoTの導入率が全てではないが、重要な指標であることは間違いない。

 (3)これまでの中国は、潤沢な労働力と低い賃金によって、大量生産方式の製造業を発展させてきた。しかし、今後は、賃金上昇や労働人口減少などの問題のために、そうはいかなくなる。
 「中国製造2025」計画は、こうした問題に対処するため、「製造強国」に転換する必要があるとした。そのためには、インターネットと製造業との融合が鍵となる。これが、15年に発表された「インターネット+(プラス)」政策の内容だ。

 (4)ドイツの製造業も、伝統的モノ作りから脱却することができないでいた。1980年代、アメリカやイギリスで新自由主義的な経済政策が取られ、自由な市場を基本とする経済活動が広がったが、東ドイツは社会主義経済のままであり、西ドイツでも「社会的市場経済」の考えが支配的だった。
 そして90年代からのIT革命においては、アメリカ、イギリス、アイルランドなどに遅れを取った。日本では、ドイツ経済がヨーロッパ経済を牛耳っているように報道されるが、経済成長率でイギリスやアイルランドの後塵を拝することが多かったのだ。
 ところが、今IoTとの関連で、製造業が変わりつつある。

 (5)ブロックチェーン関連の新しいプロジェクトでも、中国とドイツの躍進ぶりが目立つ。まず中国。
  (a)中国の最大手自動車部品メーカーである万向集団(Wanxiang Group)は、300億ドル規模のスマートシティプロジェクトを提案している。これは、IoTをエネルギーや生活インフラの管理に用いることによって、都市のさまざまな問題を解決し、都市全体を管理しようとする計画だ。このためにブロックチェーン技術を取り入れようとしている。
  (b)中国では、しょうゆ、米、卵などの偽造品が販売されるという「フェイクフード」問題が深刻化している。中国最大のeコマース会社阿里巴巴集団(Alibaba Group)は、これに対抗するため、ブロックチェーンを用いて本物の食品のサプライチェーンを追跡する実験を開始すると発表した。
  (c)中国の金融機関では、いまだに紙やファックスが使われ、書類の決裁も印判を使うことが多いが、これをブロックチェーンで改善しようというプロジェクトが積極的に進められている。
   ①平安保険集団(Ping An Insurance Group)は、ブロックチェーンチームを立ち上げた(同社は、中国保険業界でフィンテック分野をリードしている企業)。
   ②衆安保険(Zhong An)は、AI、ブロックチェーン、クラウド、データドリブンを導入するための「ABCD計画」を発表した(同社は、15年の「フィンテック100」で1位となったオンライン保険スタートアップ企業)。
 中国建設銀行アジアとIBMは、ブロックチェーン技術を活用した銀行での保険販売サービスを香港で提供していくと発表した(同銀行は、中国建設銀行の香港部門)。
   ③これまで保険販売の際に顧客の審査に時間がかかっていたが、ブロックチェーン技術を用いることで、保険証券情報をリアルタイムで共有し、審査時間を大幅に短縮できるという。

 (6)ドイツは、IT革命では遅れがちだった。ところが、この数年、ブロックチェーン関係の先端的スタートアップ企業が目覚ましく誕生している。
 スマートロック(インターネットを通じて開閉する錠)をブロックチェーンで運営するシステムを開発したSlock.itや、IoTに対応した仕組みを開発するITOAなど、注目すべきスタートアップ企業がドイツに誕生している。

 (7)以上で見た中国やドイツの変身は、国がリードしているから生じている現象だろうか?
 確かに、両国ともIoTを国家的なプロジェクトとして採用している。ドイツ政府は、「インダストリー4.0」(第4次産業革命)を産官学の共同プロジェクトとして11年から推進している。ここでは、設計や開発、生産に関連するデータを蓄積し、それを分析することによって、自律的に動作する生産システムを構築することが目的とされている。
 中国では「中国製造2025」を推進している。これは、49年の中華人民共和国建国100周年までに「世界の製造大国」としての地位を築くことを目標にしたものだ。ブロックチェーンは、16年に発表された十三五(第13次)国家情報化計画で、優先プロジェクトとされた。スマートシティも第12次5カ年計画から重視され始めている。

 (8)これらの影響があることは否定できない。ただ、国家的なプロジェクトだけでなく、企業の側の取り組みも積極的なのである。
 これに関しても、「平成28年版情報通信白書」が国際比較データを示している(第2章第3節1)。それによると、「IoTに係る標準化に自ら取り組んでいる、または今後取り組む予定であるスタンスの企業の割合」が、高い国とそうでない国に二分される。
 積極的なのはアメリカ、中国、ドイツであり、50~60%程度だ。これらは、前に述べた20年に向けた導入意向率が高い国だ。ところが、日本は20%台と低い。

 (9)これまで述べてきたIoTやブロックチェーン以外でも、中国のIT分野には先進企業が現れている。フィンテックでもユニコーン企業が多数誕生しており、その数は、アメリカのそれに近づきつつある(「ユニコーン企業」とは、未公開で評価額が10億ドル以上の企業)。調査会社のSage UKがまとめた結果によると、ユニコーン企業数は、アメリカ144社、中国47社だ。
 中国のブロックチェーン企業について、中国のある調査会社(Wuzhen Institute)の中国ブロックチェーン産業発展白書が興味あるデータを示している。
 それによると、ブロックチェーン関連企業の設立数は、これまでアメリカが世界一だった。しかし、16年には、中国がアメリカを抜いて世界一となった。
 問題は、以上で述べたような未来への取り組みにおいて、日本の製造業が遅れつつあることだ。

□野口悠紀雄「中国とドイツが変身/日本が取り残される ~「超」整理日記No.881~」(「週刊ダイヤモンド」2017年11月18日号)
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 【参考】
【野口悠起雄】危機に直面するのは英国よりEU ~英国のEU離脱~
【野口悠起雄】世界経済の不確実性は長期 ~英国のEU離脱~
【野口悠起雄】日米で経済情勢や政策に著しい違い ~アベノミクスの本質(3)~
【野口悠起雄】期待への働きかけは効果なし ~アベノミクスの本質(2)~
【野口悠起雄】為替と株の投機ゲーム ~アベノミクスの本質(1)~
【野口悠起雄】誰が負担するのか? ~マイナス金利のコスト~
【野口悠起雄】物価下落は実質賃金を上昇させる ~経済成長~
【経済】外国人投資家は株式から国債へ ~世界金融市場混乱(2)~
【経済】新年からの世界金融市場混乱の原因 ~「リスクオフ」~
【経済】軽減税率が突きつける諸問題(2) ~現存特例措置の見直し~
【経済】軽減税率が突きつける諸問題(1) ~現存特例措置~
【経済】企業の利益増加で賃金が減る ~理由と対策~
【経済】政策にみる安倍政権の思慮不足 ~「新しい3本の矢」~
【年金機構】の情報漏洩から学ぶこと(2) ~3つの疑問~
【年金機構】の情報漏洩から学ぶこと(1) ~経緯~
【経済】日本経済をドルの立場から再評価すると
【野口悠紀雄】マイナス成長から抜け出す手段 ~実質消費増大の方法~
【経済】今後、狙いと反対のことが起きる ~異次元緩和(2)~
【経済】期待を煽り資産価格のみを変化させた ~異次元緩和~
【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか(2) ~法人企業統計~
【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか ~GDP統計~
【経済】小企業や家計の赤字=大企業の利益 ~トリクルダウン(2)~
【経済】円安で小企業や家計は赤字 ~トリクルダウンはなぜ生じない?~
【経済】円安で貧乏になりゆく日本 ~スタグフレーション~
【政治】先の見通しを持たない新成長戦略 ~鎖国的政策~
【野口悠紀雄】仮想通貨が財政ファイナンスを阻止 ~経済政策と金融政策~
【野口悠紀雄】ビットコインが持つ経済価値はどの程度か?


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【日本への遺言】日本人はステレオタイプの意見だけ ~先入観と固定観念~

2016年08月11日 | ●野口悠紀雄
 <日本人は、ステレオタイプの浅い意見した持てなくなった。
 例えば政府経済政策の評価だ。最近になってこそ「アベノミクスは破綻した」と言われるようになったが、実のところ、最初から格別の内容はなかった。企業利益増も株価上昇も、ひとえに円安のためだ。そして、円安はアベノミクスの成果ではなく、世界的な投機資金の動きによるものだ。その証拠に、最近では世界経済の変化によって円高になり、その結果、昨年夏頃には2万円を超えていた日経平均株価も1万6千円台に下落した。アベノミクスは幻に過ぎなかったのだ。
 日本銀行が国債を購入するだけで実体経済が改善することなどありないとは、冷静に考えればすぐわかるはずだ。だから、いまのようになることは、最初から予想できた。それにもかかわらず、新聞やテレビは、金融緩和によって日本経済が活性化すると囃し立てた。政府が言っていることを、そのまま鵜呑みにしたのである。
 誰もが同じ意見だと冒頭で述べたが、こうなったのは、どのメディアも同じように平板なことをしか伝えないからだ。ニュースを伝える側が、先入観と固定観念に凝り固まっており、その範囲の意見しか受け入れず、異質の意見は切り捨てる。
 例えば、「TPPやEUのような経済統合は正しい」という観念を疑わず、それを前提にした意見しか認めない。取材に来る若い記者に普通とは違う意見を述べると、驚いた顔をして当惑するだけで、全く理解してくれない。「ETAやTPPは貿易の自由に反する」とか、「日銀が金融緩和をしたというが、市場に流通するマネーはほとんど増えていない」と言っても、まったく理解されない。政府・日銀の暴走を許した第一の責任は野党にあるが、マスメディアの責任も大きい> 

□野口悠紀雄「先入観と固定観念 ~戦前生まれ115人から日本への遺言~」(「文藝春秋」2016年9月号)
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 【参考】
【日本への遺言】大豆で日本は復活する ~大豆100粒運動~
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【野口悠起雄】危機に直面するのは英国よりEU ~英国のEU離脱~

2016年07月22日 | ●野口悠紀雄
 (1)英国のEU離脱は、欧州にも影響を及ぼしている。EU離脱のドミノ効果を引き起こす可能性が高い。オランダ、チェコ、フランスでもEU離脱を支持する世論が高まっている。
  (a)オランダで2月に行われた世論調査では、残留が離脱を1%しか上回らなかった。
  (b)チェコで2015年10月に行われた世論調査では、EU離脱の支持率は62%だった。
  (c)フランスでは、2017年の大統領候補として、反EUと移民排斥を掲げる国民戦線党首マリーヌ・ルペンの支持率が最も高く、フランソワ・オーランド大統領の支持は低迷が続いている。最近自死された世論調査では、48%が国民投票(EU残留・離脱を問う)を望んだ。

 (2)EU離脱を求める理由は、国により人によってさまざまだ。
  (a)移民拒否。オランダ、チェコ。
  (b)欧州委員会という巨大官僚機構に対する嫌悪。同委が加盟国に課す経済政策に対する不満が高まっている。余計な規則が経済活力を削いでいるという批判だ。EU官僚は、契約職員や加盟国からの出向職員などを加えると3万人を超す(ちなみに、ローマ帝国の中央官僚はわずか300人程度だった)。
  (c)金融取引税のように金融活動を阻害する政策をEUが導入することへの反対。
  (d)ドイツの「独り勝ち」に対する反感。特にフランスにおいて根強い。【注】
 
 (3)一方、EUを離脱しないのは南欧諸国だ。EUの強い規制によって経済活動を制限されているのに。
 典型例、「ベイルイン」制度。金融機関の再生・破綻処理に際して、公的資金ではなく、銀行の債権保有者が救済資金を負担する制度。2015年12月末に全加盟国で導入が終了し、2016年1月1日に発動された。
 これがまず問題となったのはイタリア。4つの地方銀行が救済資金を受けることになっていたが、その前にベイルイン制度で株主や劣後債の保有者が損失を被ることになった。
 イタリアでは、劣後債を購入する年金生活者が多いため、多くの年金生活者が犠牲となった。預金のすべてを失った年金生活者の首つり自殺が報道され、問題となった。
 2016年からは、株主や劣後債の保有者に限らず、10万ユーロ以上の預金を持つ一般の預金者も対象となった。それが実施されると大問題なので、イタリア政府はこの制度の適用を何とか回避したい。それならばEUを離脱してしまえばよさそうなものだが、イタリアは離脱しないのだ。
 なぜか? それはイタリア経済の現状がヨーロッパ中央銀行(ECB)の政策によって支えられているからだ。
 マリオ・ドラギECB総裁は、「ユーロを守るためには何でもやる」べく、無制限の国債買い入れプログラム(OMT)を導入した。現在のイタリアの金利が抑えられているのはECBが買い支えているからだ。
 もしイタリアがユーロを離脱すれば、この支えがなくなり、たちまち国債の金利が暴騰する。そしてリラは暴落し、イタリア経済が崩壊してしまう。

 (4)ギリシャも似た事情だ。厳しい財政再建条件を課されても離脱しない。なぜならEUやユーロが支えているからだ。
 ところで、南欧諸国の支援のための負担は、主としてドイツが負っている。貿易赤字国に対するファイナンスは、「ターゲット2」と呼ばれる決済システムを通じて移動的に行われる。
 結局、EUやユーロは、イタリア、ギリシャなど支援を求める国と、ドイツなど支援を支える国に分離してしまっているのだ。

 (5)ベイルインに見られるような厳しい政策をEUが打ち出すのは、これまで破綻銀行の処理のために想い負担を余儀なくされてきたドイツの意向があるからだろう。また、ドイツはOMTに対していまだに批判的だ。そして、金融取引税は、投機を嫌うドイツ人の考えから正当化される。  
 これらの政策の背後には、「モノ作りこそ健全な経済活動であり、金融は虚業だ」という考え、そして「財政規律が最優先だ」という考えがある。
 ドイツの不満は、OMTに対して、欧州司法裁判所がすでに合法との判断を下していたにもかかわらず、ドイツ国内で憲法裁判が行われていたことに表れている(6月21日にドイツ憲法裁判所は懸念を示しながらもEU司法裁の判断に従う決定を下した)。
 さらに、ECBのマイナス金利政策に対して、ドイツ国民、金融機関、経済界の不満は高まっている。
 こうして、南欧諸国が支援され続け、それを支えるドイツが厳しい要求を出すという悪循環に陥っている。
 支える側も支えられる側も、EUやユーロのシステムをどこまで維持することができるか?

 【注】例、エマニュエル・トッド『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』(文春新書、2015)

□野口悠紀雄「危機に直面するのはイギリスではなくてEU ~「超」整理日記No.816~」(「週刊ダイヤモンド」2016年7月23日号)
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 【参考】
【野口悠起雄】世界経済の不確実性は長期 ~英国のEU離脱~
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【経済】外国人投資家は株式から国債へ ~世界金融市場混乱(2)~
【経済】新年からの世界金融市場混乱の原因 ~「リスクオフ」~
【経済】軽減税率が突きつける諸問題(2) ~現存特例措置の見直し~
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【経済】政策にみる安倍政権の思慮不足 ~「新しい3本の矢」~
【年金機構】の情報漏洩から学ぶこと(2) ~3つの疑問~
【年金機構】の情報漏洩から学ぶこと(1) ~経緯~
【経済】日本経済をドルの立場から再評価すると
【野口悠紀雄】マイナス成長から抜け出す手段 ~実質消費増大の方法~
【経済】今後、狙いと反対のことが起きる ~異次元緩和(2)~
【経済】期待を煽り資産価格のみを変化させた ~異次元緩和~
【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか(2) ~法人企業統計~
【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか ~GDP統計~
【経済】小企業や家計の赤字=大企業の利益 ~トリクルダウン(2)~
【経済】円安で小企業や家計は赤字 ~トリクルダウンはなぜ生じない?~
【経済】円安で貧乏になりゆく日本 ~スタグフレーション~
【政治】先の見通しを持たない新成長戦略 ~鎖国的政策~
【野口悠紀雄】仮想通貨が財政ファイナンスを阻止 ~経済政策と金融政策~
【野口悠紀雄】ビットコインが持つ経済価値はどの程度か?
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【野口悠起雄】世界経済の不確実性は長期 ~英国のEU離脱~

2016年07月21日 | ●野口悠紀雄
 (1)円高の原因となった英国EU離脱【注1】による世界経済の不確実性は、長期にわたって続く可能性がある。なぜなら、
  (a)英国は他国と新しい通商協定を結ぶ必要があるからだ。①EUとの協定、②EU以外の国との協定。以上の交渉にはかなりの時間を要する(一説によれば2020年まで)。よって、世界経済はかなりの長期にわたって大きな不確実性に直面することになる。
  (b)金融分野においても、新しい取り決めを作る必要がある。特に「パスポート協定」について。これはEU加盟国で免許を有している金融機関は、新たな免許を必要とせずに加盟地域で金融商品やサービスを提供できる協定だ。日本の金融機関はEU加盟国で新たに免許を取らなければならなくなる。
  (c)同様の問題が、さまざまの分野で発生する。こうした問題がどうなるか、何もわからないから、世界経済は大きな不確実性に直面している。
  (d)他の諸国もEUから離脱するかもしれない。スウェーデン、ベルギー、デンマークなど。フランス、イタリアでも国民投票を提起する声が上がっている。
  (e)6月24日の株価の動向は、大陸諸国の株価下落幅は英国のそれを上回った(<例>フランスは8.0%)。これは英国の負担において他国が利益を得るような要素がEUの仕組みに含まれており、そのため英国離脱による問題が、英国においてより大陸諸国において大きいことを意味する。

 (2)世界経済のリスク増大によって円高がさらに進めば、企業の利益も外国人旅行客も2012年頃に戻ってしまう可能性が高い。これに対して、政府・日銀はいかなる政策をとり得るか?
  (a)為替介入・・・・為替レートは自由に操作できる変数ではない。2004年頃の大規模介入を行うことは不可能ではないが、為替操作について米国が牽制球を投げていることを考慮すると難しい。それに、実質実効為替レートで見ると、最近の指数は78.8だが、これは2001年から04年頃の指数が111程度だったのと比べてかなりの円安だ(指数が小さいほど円安)。この水準で介入を行うことに国際的な理解を得ることは難しい。
  (b)マクロ経済・・・・安倍晋三内閣は既にこの方針を表明している。しかし、
   ①財政拡大はGDPを拡大する効果と同時に、為替レートを円高にする効果もある(要注意)。政府の目的が円安誘導であることを考えると、財政拡大はむしろ逆の効果をもたらす。
   ②公共事業の増加によって利益を受けるのは建設業だ。これに対して円高で利益が減少するのは製造業であり、観光業だ。これらの分野には財政拡大は助けにならない。
   ③公共事業の増加は、建設労働者の受給を逼迫させる。
   ④財源の問題もある。これまで企業利益の増大によって法人税収入が伸びていたが、円高に伴う法人税収の低迷によって、2015年度の国の税収は、2016年1月時点の予測56.4兆円から減少して56.3兆円となる見通しだ。
  (c)金融政策・・・・しかし、国債購入額を拡大することは難しい。民間の金融機関は国債を購入して保有額を増やすことに慎重な態度を取っている。マイナス金利幅を拡大することも考えられるが、金融機関からの反発もあり、難しいだろう。

 (3)マクロ経済政策は手詰まりに陥っている。問題は構造改革を進めず、円安に容易に依存した企業利益拡大に満足してしまったことだ。日本経済にとって最も必要とされたのは、円安に依存しないで利益を上げられるような産業構造を作りあげていくことだった。
 リーマンショックのときも、日本経済は大きな影響を受けた。それは米国経済の落ち込みよりも大きかった。日本経済が為替レートに強く依存する構造になっていたからだ。このときから8年近くたっているが、事態は全く改善されていない。日本経済は、金融緩和と円安に目をくらまされて、貴重な時間を浪費してしまった。【注2】 

 【注1】
【アベノミクス】よ、さらば ~数字が示す日本経済の悪化~
【古賀茂明】有権者の騙し方 ~英国のEU離脱派政治家、日本の自民党政治家~
【後藤謙次】日本が直面する「ABCリスク」 ~英EU離脱で顕在化~
【EU離脱】嘘の「公約」で多数派を勝ち取った政治家たち
【英国】EU離脱がもたらす世界危機 ~困る米国、喜ぶロシア~

 【注2】記事「(教えて!政策チェック:1)アベノミクス 野口悠紀雄さん」(朝日新聞デジタル 2016年7月13日)は、野口悠紀雄のアベノミクス批判を要約している。
 <(前略)アベノミクスを進めた3年余りで、株価と企業の営業利益、税収は大きく伸びました。一方で、物価上昇による影響をのぞく実質GDP(国内総生産)や企業の売上高はほとんど伸びていません。実質賃金指数や実質家計最終消費支出など、賃金や消費の実態を示す経済指標の伸びはマイナスです。
 結局、株を持つ人たちは利益を得たが、日本の経済の実態はほとんど変わっていない。これがアベノミクスの本質です。安倍首相は「アベノミクスを加速させる」と言っていますが、実態に大きな変化がないので、時間が経っても賃上げや設備投資などへは波及しません。
 今後、大規模な経済対策を実施しても、(公共事業を中心とした)財政支出の拡大で恩恵を受けるのは建設業ぐらいです。(すそ野が広い)製造業や観光業に効果は乏しいでしょう。
 そもそも、「デフレから脱却する」「物価上昇率を2%にする」という目標が間違っています。物価上昇や、それによって増える名目GDPではなく、1人あたりの実質GDPを引き上げること、国民1人1人が豊かになることを目指すべきです。
 そのためには経済構造を変えなければなりません。日本経済は1990年代の中ごろがピークで、その後、どんどん貧しくなっています。1人当たりの実質GDPは米国との差が広がり、中国との差が縮まりつつあります。
 重要なのは新技術を導入するための規制緩和です。(中略)
 日本銀行はマイナス金利政策で、設備投資を活性化させようとしていますが、機能していません。円安が進んで利益が増え、もうけをため込む内部留保が膨らんでも、企業は設備投資をそれほど増やしていません。新しいビジネスモデルを見つけられず、お金を使いようがないのです。
 これ以上マイナス幅を大きくしたら、収益率が低いムダな設備投資を正当化することにしかならず、生産性を低下させます。企業が利益を活用できないというのなら、法人税率を下げるのではなく、逆に引き上げ、増えた分の税収を貧しい人に再分配することを考えるべきです。(後略)>

□野口悠紀雄「イギリスのEU離脱で不確実性が長期に続く ~「超」整理日記No.815~」(「週刊ダイヤモンド」2016年7月16日号)
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 【参考】
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【野口悠起雄】日米で経済情勢や政策に著しい違い ~アベノミクスの本質(3)~

2016年07月04日 | ●野口悠紀雄
 (承前)

 (6)(5)までに述べた状況は、米国経済と対照的だ。
 米国の実質GDPは、13年から15年の期間に4.9%も増加している。このように、米国の実体的な経済活動は拡大している。
 それは、情報通信分野における新しい技術の導入によって支えられている。
 国民の豊かさを表すドル表示の1人当たりGDPは、日本の場合、13年から15年の期間に15.7%も下落した。それに対して、米国は6.1%も増加した。
 米国の株価は、13年初めから16年初めの間に2割上昇した。株価の上昇は、将来の技術進歩に対する期待を反映したものであり、必ずしもマネーゲームとは言えない。株価上昇率は、どの時点をとるかでかなり変わるが、重要なのは、日本は米国より実質GDPの伸びにおいてはるかに低いにもかかわらず、株価上昇率が高いことだ。

 (7)経済政策においても、米国と日本は対照的だ。
 米国は、現在、金利の引き上げを模索している。これは、マネーゲームを助長する金融緩和状態から脱出するために必要なことだ。世界経済が不安定であることから、金利引き上げのスケジュールは当初よりは遅れているものの、その方向は堅持している。
 それに対して、日本の場合には、マイナス金利という異常な事態に突入している。この状態が続けば、日銀の国債購入に深刻な障害が発生するだろう。
 こうした状況を改善するため、成長戦略が必要だ、との意見が多い。
 しかし、政府が主導する成長戦略が有効かどうかは、大いに疑問だ。特定分野に対して補助策が取られる結果、経済の新陳代謝(本来進むべきなのだ)が遅れる可能性が高い。
 新しい技術の導入や、産業構造改革は、政府の主導ではなく、市場の競争で実現するものだ。事実、米国には政府の成長戦略はない。
 市場メカニズムを有効に働かせるための規制緩和こそ重要だ。

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【野口悠起雄】期待への働きかけは効果なし ~アベノミクスの本質(2)~

2016年07月04日 | ●野口悠紀雄
 (承前)

 (4)安倍内閣の経済政策においては、期待の役割が強調された。それは、マネーの側面においては機能した。
 すなわち、内閣発足以前から大胆な金融緩和を行うと宣言したため、為替レートが今後円安になるとの期待が醸成された。
 たまたまその時期は、ユーロ危機が収束に向かい、それまで日本に大量の資金が流入して円高になっていたのが転換しつつある頃だった。このため、世界の投機資金が円安方向への投機に転換し、実際に円安が進行した。これによって、前記のように企業利益の増大と株価上昇が生じたのだ。
 経済学の教科書には、為替レートは内外金利差によって動くと書いてある。しかし、今回の円安は、そうした実体経済の動きによって生じたのではなく、投機によって進行したのだ。
 このことは、この間に日米金利差が大きく拡大していないことを見ても明らかだ。
 期待への働きかけは、確かに機能した。ただし、それは「投機に働きかける」ということだった。
 もともとマネーが関連する部分は、投機によって大きく変動し、そしてこれは期待によって大きく変わる。だから、以上のようなことが生じたのは、別に不思議ではない。
 他方、しばしば強調された期待効果、すなわち
   「物価が上昇すれば、経済が活性化するという期待で賃金が上昇し、消費が増大し、設備投資が増大する」
という効果は生じなかった。・・・・《甲》

 (5)(4)の《甲》を見るために、(1)-(a)グループをさらに細分化すると、実質GDP、企業売上高、鉱工業生産指数などは3年間で1.4~1.6%の成長率だ。それに対して、実質賃金の成長率は▲3.9%、家計最終消費支出の成長率は▲1.2%だ。
 実質賃金が下落したのは、名目賃金の伸びがはかばしくない半面、円安によって消費者物価が上昇したためだ。それが実質消費のマイナス成長をもたらした。
 日本銀行は、インフレ期待が上昇すれば消費が増えるとしているが、実際にはそれと全く逆のことが生じたわけだ。
 つまり、実体経済活動に対しては、期待に働きかけるという試みは失敗した。
 実体的な経済活動も、期待によって影響を受ける。しかし、投機の場合とは違って、ここで重要な役割を果たすのは、長期的な見通しだ。
 そして、長期的な期待は悪化しつつある。なぜなら、消費税率引き上げの再延期などによって、将来の財政の長期的な見通しが悪化しているからだ。消費の低迷状態は、長期的期待が改善しなければ、克服できない。

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【野口悠起雄】為替と株の投機ゲーム ~アベノミクスの本質(1)~
【野口悠起雄】誰が負担するのか? ~マイナス金利のコスト~
【野口悠起雄】物価下落は実質賃金を上昇させる ~経済成長~
【経済】外国人投資家は株式から国債へ ~世界金融市場混乱(2)~
【経済】新年からの世界金融市場混乱の原因 ~「リスクオフ」~
【経済】軽減税率が突きつける諸問題(2) ~現存特例措置の見直し~
【経済】軽減税率が突きつける諸問題(1) ~現存特例措置~
【経済】企業の利益増加で賃金が減る ~理由と対策~
【経済】政策にみる安倍政権の思慮不足 ~「新しい3本の矢」~
【年金機構】の情報漏洩から学ぶこと(2) ~3つの疑問~
【年金機構】の情報漏洩から学ぶこと(1) ~経緯~
【経済】日本経済をドルの立場から再評価すると
【野口悠紀雄】マイナス成長から抜け出す手段 ~実質消費増大の方法~
【経済】今後、狙いと反対のことが起きる ~異次元緩和(2)~
【経済】期待を煽り資産価格のみを変化させた ~異次元緩和~
【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか(2) ~法人企業統計~
【ピケティ】の格差理論は日本でも当てはまるか ~GDP統計~
【経済】小企業や家計の赤字=大企業の利益 ~トリクルダウン(2)~
【経済】円安で小企業や家計は赤字 ~トリクルダウンはなぜ生じない?~
【経済】円安で貧乏になりゆく日本 ~スタグフレーション~
【政治】先の見通しを持たない新成長戦略 ~鎖国的政策~
【野口悠紀雄】仮想通貨が財政ファイナンスを阻止 ~経済政策と金融政策~
【野口悠紀雄】ビットコインが持つ経済価値はどの程度か?


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【野口悠起雄】為替と株の投機ゲーム ~アベノミクスの本質(1)~

2016年07月04日 | ●野口悠紀雄
 (1)参議院選挙における大きな争点は、アベノミクスの評価だ。
 経済指標を見ると、成長率の高低で二つのグループに分けられる。
  (a)2013年初めから16年初めまでの3年間の成長率が▲3.9%から+1.6%のグループ。ここには、実質国内総生産(GDP)、企業売上高、鉱工業生産指数、実質賃金、実質消費などが含まれる。
  (b)この期間に2桁の成長率を示したグループ。ここには、企業の営業利益と株価が含まれる。
 これら二つのグループの大きな乖離が、アベノミクスの性格を端的に表している。
 (b)の著しい成長は、為替レートの変化によってもたらされた。円安によって、輸出企業の円建ての売上げや外国人旅行者が増大し、それによって利益が増加したのだ。その意味で、(b)はマネーに関連する分野だ。

 (2)ここで注意すべきは、売上高の増加率と利益の増加率の間に大きな差があったことだ。すなわち、13年1~3月期から16年1~3月期の間に、企業売上高は1.6%しか増加しなかったのに対して、営業利益は26%も増えたのだ。
 こうなったのは、売上高に対する利益の比率が低いからだ。よって、売上げが少し増加しただけで、利益は大きく変動したのだ。
 利益は、本来は実体経済に関わる変数だが、もともと売上げに比べて変動しやすい変数であり、為替レートというマネタリーな条件が変わったため、高い伸びを示したのだ。
 その上に株式投機が重なり、株価は大幅に上昇した(日経平均株価は、13年1月から16年1月までの間に約6割上昇)。

 (3)以上のように、アベノミクスの本質は、マネーゲームだ。投機によって円安が進行し、それによって企業の利益が増加し、それが株価を上昇させた。その半面で、GDPや消費に代表される実体経済は停滞を続けたのだ。
 アベノミクスの成功の象徴であるようにいわれる株価上昇は、このように、極めて脆弱な基礎の上に立つものだった。
 マネーゲームであることは、上昇は顕著だが、下落も顕著であることを意味する。そして、実際にそのことが生じつつある。
 世界経済の変化によって、為替レートが円高に動いており、利益増の条件が根底から崩されているのだ。円安に支えられてきた経済対策は、世界情勢の変化により、行き詰まりつつある。

□野口悠紀雄「アベノミクスの本質は為替と株の投機ゲーム ~「超」整理日記No.814~」(「週刊ダイヤモンド」2016年7月9日号)
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 【参考】
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【佐藤優】円安を喜び、ルーブル安を危惧する日本人の愚劣 ~安倍“暴走”内閣(5)~

2016年06月30日 | ●野口悠紀雄
 (承前)

(6)円安を喜び、ルーブル安を危惧する日本人の愚かさ
 日本人は、ついに、自国通貨が安くなれば安くなるほど喜ぶアホな国民になり下がった。自分で自分の頬を傷つけている。円安になって、自国通貨の外国からの信用が落ちていることを嘆かない。自傷行為、自損行為だ。
 株価が上がったといっても、それをドル建てで計算してみなさい。しかも、株を持っていない人までも、自国通貨が下がって喜ぶのは異常な心理だ。
 円安がこれだけ進んでいるのは、やはり一種のダンピングだ。
 自国通貨が切り下がるのを喜ぶ心理は、1930年代の為替ダンピングのときの心理とそっくりだ。
 2014年に入って、ロシアのルーブルが急に暴落した。12月16日には、一時1ドル=80ルーブル(史上最安値)になった。これに対して日本人は、「ロシアの経済は大変だ」と言っている。
 円だって暴落している。ところが、日本人は「よかった、よかった。アベノミクスが成功している」と思い込んでいる。気が変になった、としか言いようがない。
 日本国民を洗脳する道具になってしまっているメディア、テレビ・新聞がおかしな報道をやり続けている。
 円安を喜ぶ一方で、ロシアのルーブル安には「大変だ」という。これが矛盾していることに多くの日本人は気づいていない。
 ロシアの場合、穀物もエネルギーも他国から輸入しているわけではない。輸出にしても、エネルギー以外は、そんなに多くはない。通貨安になって大変なのは、日本のほうだ。
 隣国と同じことが自国で起きているのに、隣国に対してだけ「大変だ」と書き立てるマスコミは、まったく頭を働かせていない。「反知性主義」だ。

(7)アベノミクスは反知性主義が生んだ現代の錬金術
 「反知性主義」の暫定的な定義は、「実証性、客観性を軽視もしくは無視して、自分が欲するように世界を理解する態度」だ。要するに、「株価が上がれば経済がよくなる」みたいな態度だ。
 いまアベノミクスで株価が上がっているから経済がよくなる、というのは、諸前提を認めた上でなら合理的に認められる結論だ。
 しかし、合理的でも非科学的な話はたくさんある。<例>「インフルエンザは悪魔が呪うからかかる」。合理的な思考だが、非科学的だ。  
 このような合理的だが非科学的な話、あるいは合理的だが非実証的な話があちこちで飛び交っている。
 だから、アベノミクスは錬金術の流れで見たほうがいい。
 安倍晋三がなぜアベノミクスに踏み切れたかというと、基礎教養が極めて弱いからだ。もともと、最初から悩みが少ない人だし。やりたいことも悩みもない。だから祖父(岸信介)の無念を晴らす、という意識だけは強い。しかし、死んだ人の無念というのは、実際はわからない。死者に仮託して語るのは、そもそも禁じ手だ。
 安倍晋三は、30代の若い議員の頃に、朝日新聞とNHKに叩かれていじめられた。そのことに対する恨みがすごい。彼は執念深くて、私怨で動く人だ。個人的な恨みだ。
 だから、忠誠心とかにも、すごく敏感だ。自分に対する忠誠心だけで、同僚の議員たちを判断する。みんなで知恵を持ち寄る、ということをしない。自分に逆らってまでも政策を進言する才能ある人間を育てようとしない。人を育てない、致命的な弱点を持つ人だ。だから今は、朝日新聞やらNHKを人事面からものすごく痛めつけている。
 彼は自分がエリートではない、と思っているのだろう。

□対談:副島隆彦×佐藤優『崩れゆく世界 生き延びる知恵』(株式会社キャップす、2015)の「第1章 安倍“暴走”内閣で窮地に立つ日本」の「官邸主導で暴走する安倍政権の危うさ」
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 【参考】
【佐藤優】中小企業100万社を潰す竹中平蔵 ~安倍“暴走”内閣(4)~
【佐藤優】自民党を操る米国の策謀 ~安倍“暴走”内閣(3)~
【佐藤優】自民党の全体主義的スローガン ~安倍“暴走”内閣(2)~
【佐藤優】安倍“暴走”内閣で窮地に立つ日本 ~安倍“暴走”内閣(1)~



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【野口悠起雄】誰が負担するのか? ~マイナス金利のコスト~

2016年02月16日 | ●野口悠紀雄
 (1)日本銀行のマイナス金利導入の目的は、短期金利を低下させ、それを通じて長期金利を低下させることだ。
 これによって、外国金利との差を拡大させ、円安を進めようというのが目的だ。金融政策というより為替政策だ。
 今回の措置は、これまでの量的緩和政策の行き詰まりから導入された。国債の購入は限界にきている(これ以上は増やせない状況に近づきつつある)。【注】

 (2)マイナス金利は、欧州中央銀行(ECB)が2014年に導入した。これによって国債の利回りが低下し、ユーロが減価した。
 マイナス金利の問題点は、この政策のコストを誰が負担するかについてさまざまなケースがあり得ることだ。コスト負担の押し付け合いがこれから始まる。確実に。
 まず銀行の収益が悪化する。当座預金に対するプラスの付利が今後は付かないというだけで悪化するが、付利がマイナスになればさらに悪化する。
 他方で日銀は付利を払う必要がなくなるので、収益は改善する。
 今回の措置によって、金融機関の株価は下落した。欧州でも金融機関の収益は低下している。
 よって、銀行の立場からすると、今回の措置は大きな問題だ。これまでマイナス金利が日本で導入できなかったのは、この問題があるからだ。

 (3)銀行は、このコストを他の手段で取り戻そうとするだろう。そして、金融機関の利益圧迫を通じて、金融市場にさまざまな問題を引き起こす。場合によっては、経済にかなりの混乱が発生する可能性がある。
  (a)預金金利の引き下げ・・・・すでに定期預金金利を引き下げる動きが生じている。しかし、これで損失をカバーできるかどうかは不明だ。原理的には預金金利をマイナスにすることが考えられるが、事務手続きや預金者の反発から考えて、実際にはまず不可能だ。

  (b)貸し付け金利引き上げ・・・・
   ①事実、スイスでは住宅ローンの貸付金利が上昇している。ただし、そうなると、長期金利が低下する一方で、貸付金利が上昇することになり、金融市場は混乱する。
   ②逆に、デンマークでは住宅ローン金利がマイナスになっている。デンマークやスウェーデンでは、住宅バブルへの懸念も広がっている。

  (c)マイナス金利に伴うコストを銀行と日銀との間で処理・・・・国債の高値購入を続ける。
   ①日銀は、これまでと同様に年間80兆円の増加ベースでの国債購入を続けると表明しているから、この方法によって日銀から銀行への損失補填がなされる可能性が高い。
   ②こうなると、銀行ではなく日銀がマイナス金利のコストを負担することになり、日銀の収益が悪化する。→日銀納付金は減少する。→マイナス金利のコストは国民が負担する。
   ③高値で国債を購入する結果、将来金利が正常化したとき、国債価格の下落による日銀の損失が拡大する。
   ④マイナス金利政策によって短期金利が下がれば、イールドカーブを通じた効果によって、長期金利も下がる。よって、国債を購入する必要はなくなったわけであり、損失の拡大を防げる条件がもたらされたわけだ。しかし、購入を続ければ将来の損失が増えてしまう(大変深刻な問題)。

 (4)(3)は政策を実行するためのコストだ。コストはこれだけではない。円安そのものがもたらすコストがある。
 日銀が円安を求めるのは、為替レートが今のままではインフレ目標を達成できないからだ。
 原油価格をはじめとする資源価格が大幅に下落していて、それは消費者物価の下落につながる。そこで、ドル建て輸入価格の下落が国内物価を下落させるプロセスを、円安を進めることによって遮断しようというのだ。つまり、マイナス金利政策の目的は、いま生じている資源価格の下落効果を打ち消すことだ。
 その意味で、2014年10月の追加緩和と同じだ。このときも原油価格の下落が消費者物価に影響することを防ぐのが目的とされた。
 目的は同じだが、政策手法が変わった。円安に導く手段が、これまでのような国債購入による直接の金利低下から、短期金利の引き下げによる長期金利の引き下げに変わった。もともと異次元緩和自体が、設備投資や輸出の増加ではなく、円安誘導を目的とするものだった。それが引き継がれているのだ。

 (5)だから、基本的に問われているのは、円安の是非だ。
 円安の利益は、
  (a)それによって利益が増大する輸出産業に帰着する。
  (b)半面で、消費者物価の引き上げを通じて実質賃金を下落させる。
 ただし、マイナス金利政策によって、消費者物価上昇率が高まるかどうかはわからない。
 <例>ユーロ・・・・ユーロの減価にもかかわらず、ユーロ圏の消費者物価上昇率は下落している。

 (6)原油価格が下落しているので、それを上回るためには非常に大幅な円安が必要になる。しかも、いま国際投機資金の流れにリスクオフ現象が起きている。セイフヘイブン効果で流入する資金があり、これにより円高が進む可能性が高い。
 2015年12月ごろから、為替レートはセイフヘイブン的な資金流入で円高に振れていた。セイフヘイブン効果と金利差効果のどちらが強いかで、これからの為替レートの動きが決まる。
 だから、日本の金利を下げたところで、必ず円安になるわけではない。

 (7)マイナス金利政策の目的は、銀行の貸し出しを促すのが目的とされている。
 しかし、そうした効果は期待できない。資金需要がないからだ。
 そもそも、資金需要がないことこそが、現在の日本経済が抱える問題の根源なのだ。
 これは金融政策によっては解決できない。必要なのは、日本経済の構造改革だ。しかし、円安が進行擦れば、それが遅れる。これこそが、マイナス金利政策の最大のコストだ。
 なお、長期国債の利回りが低下するため、国債発行によって資金調達が簡単になり、財政規律が弛緩する。すでにこうした傾向が生じているが、今後さらに強まるだろう。

 (8)金融緩和のコストは、必ず誰かが負担する。
 従来は、日銀が高い価格で国債を購入するという形で負っていた。
 それは、結局国民負担になるのだが、意識されることはなかった。
 マイナス金利が導入されて、コストは金融機関の収益減少という形で明確になった。
 コストが明確になったのは望ましいことだ。
 円安にして輸出企業の利益を増やすだけの目的のために、国民がコストを負担するのが合理的か否か、冷静に判断すべき時だ。

 【注】「【金融】浮かび上がる二つの懐疑的視点 ~市場関係者に訊くマイナス金利~

□野口悠紀雄「マイナス金利のコスト 誰が負担するのか? ~「超」整理日記No.795~」(「週刊ダイヤモンド」2016年2月20日号)
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【野口悠起雄】実質賃金を上昇させる物価下落 ~経済成長の条件~

2016年02月02日 | ●野口悠紀雄
 (1)アベノミクスは、実体経済を改善しなかった。にもかかわらず人びとの期待が消えなかったのは、株価が上昇したからである。
   日経平均株価:民主党時代1万円程度→2万円超
 この構造がいま音を立てて崩れようとしている。
 現在生じている株価下落は、米国金融正常化に伴う投機終了の表れだから、株価が2015年夏ごろの高水準にすぐ戻るとは考えにくい。
 こうして、株高を援軍として経済政策を正当化できる時代は終わった。

 (2)為替レートは、日米金利差の動向によっては、再び円安の方向へ動く可能性もなくはない。
 しかし、投機資金のリスクオフ行動が続けば、資金が日本に流入し、さらに円高になる可能性がある。
 そうなれば、これまで円安によって利益が増大してきた輸出産業に大きな影響が及ぶだろう。

 (3)政府が目指してきた経済成長のパターンは、人びとのインフレ期待を引き上げ、それによって個人消費や設備投資を増やそうというものだが、そうした過程は現実には生じていない。
 もともと生じるはずはなかったものだが、この成長パターンをいつまで追い求めても実現できないことが誰の目にも明らかになった。
 よって、政府が経済政策を正当化するために、これまでと同じことを繰り返すだけでは、説得性は著しく低下する。
  (a)雇用増加・・・・その実態は非正規労働者の増加だ。
  (b)有効求人率上昇・・・・そのかなりの部分は労働需要の増加ではなく、労働供給の減少による。
  (c)実質賃金の対前年比はマイナスを継続中。
  (d)実質消費は低水準に落ち込んだまま。
  (e)円安によって本来期待される輸出増は数量では実現しない。
  (f)大企業の利益は増加しているが、中小零細企業は苦しい状況に直面している。

 (4)自民党は、参議院選挙に向かって早急に経済政策の基本の見直しを迫られている。野党にとっては、新しい政策を提案する絶好のチャンスが訪れている。
 新しい経済政策として何を提案できるか? その答えは現在生じている世界金融市場の大動乱の中に見出せる。
 投機の時代の終了は、株価のバブルを崩壊させるだけでなく、明らかに日本の利益になる効果を二つ生み出す。
  (a)投機資金流入によって高値を続けていた資源価格が低下している。原油だけでなく、他の一次産品の価格も低下している。
  (a-2)輸入物価の下落は、日本の輸入額を減少させている。2015年11月の輸入額は、前年同月比でマイナス13.7兆円。年額換算で13.7兆円。これは消費税の税収総額に相当する額だ(2015年度の当初予算においける消費税収入額は17.1兆円)。よって、資源価格下落は、消費税を撤廃するほどの影響を日本経済に与えるはずだ。
  (a-3)消費税増税分は国内で支出される。輸入額減少が日本に与えるプラスの効果の方が大きい。
  (b)円高。これは円建ての輸入物価を下落させ、(a)の資源価格低下と相まって、日本経済に大きな利益をもたらす。

 (5)(4)の変化は、
  (a)原材料のコストを引き下げ、企業の利益を増大させる。とりわけ、電気料金の引き下げは、あらゆる産業に恩恵を与える。
  (b)原材料のコスト低下が、最終製品価格に反映されれば、消費者物価の上昇率が下落し、実質賃金が上昇する。→実質消費を増やし、実質経済成長率を引き上げる。

 (6)(5)の新しい経済政策を、通常いわれることと対比すれば、
  (a)輸出の増加よりは、輸入の減少を重視する。
  (b)物価を引き上げるのではなく、引き下げようとする。
  (c)名目賃金の上昇よりは、物価の下落による実質賃金の上昇を重視する。
  (d)消費が増えることによって設備投資の増加を期待する。

 (7)(6)は、投機の時代が終了した後の時代における経済成長のパターンだ。
 こうした成長パターンは、目新しいものではない。2010年、2011年ごろに日本経済の成長が高かったのは、円高によって消費者物価が下落したため、実質消費が増加したからだ。
 今回は、円高と資源価格低下によって、そのことがさらに拡大した形で可能になっている。

 (8)(4)~(7)の効果は、必ずしも自動的に実現できるものではない。
 国内物価が下落しなければ、輸入価格の下落は、原材料コストの低下を通じて、企業の利益を増やす。現状では、これは企業の内部留保を増やすだけで終わってしまう。経済を活性化する効果を持たない。
 <例>2015年、輸入物価が大きく下落したけれど、消費者物価の対前年同月比はゼロ近辺の値にとどまった。資源価格の下落→企業の利益を増やしただけ→消費者には届いていない
 よって、重要なのは、輸入物価の下落を国内物価の下落につなげることだ。
 電力の場合・・・・燃料費調整制度によって、輸入物価の下落は電気代にほぼ自動的に反映される。
 しかし、一般には、原材料の低下が最終製品価格に反映されるとは限らない。
 特に寡占的な原因によって値下げが阻害されている場合、製品価格を引き下げるよう指導すべきだ。
 <例>寡占によって製品価格が下方硬直的になっているのは携帯電話の料金だけではない。

 (9)(8)の政策は、日本銀行が実現しようとしているものとは正反対だ。
 日銀は、インフレ目標を掲げる一方で、名目賃金の引き上げが必要としている。
 しかし、経済成長に必要なのは、実質賃金の上昇だ。名目賃金が上昇しなくても、物価上昇率が低下すれば、実現できる。いま必要な経済政策の第一歩は、インフレ目標の撤廃だ。
   ①「目標達成時点をずらしても2%目標を固持する」
   ②「資源価格が下がったから、その利益を庶民にも与える」
 ①と②のどちらが庶民の支持を得られるか、冷静に考えよ。

 (10)本来であれば、庶民の立場に立つ政党が(9)-②の政策を提言するはずだ。
 日本の場合は残念ながら、野党が庶民の立場に立つ政策を標榜するとは限らない。
 他方、自民党が政策を転換し、物価引き下げ政策を取るのは、十分あり得ることだ。
 庶民の立場に立った政策を、どの政党が提案するか?
 参議院選挙において。

□野口悠紀雄「物価を引き下げる経済政策への転換を ~「超」整理日記No.793~」(「週刊ダイヤモンド」2016年2月6日号)
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【経済】外国人投資家は株式から国債へ ~世界金融市場混乱(2)~

2016年01月27日 | ●野口悠紀雄
 (承前) 

 (5)過去10年程度の投機の時代が異常だったのだ。よって、
 <例>原油価格が1バレル当たり100ドルを超えるような状況に戻るとは考えにくい。また、株価が急に反発することも考えにくい。一時的にそうしたことがあっても、継続するまい。

 (6)海外から日本への投資も、株式(高リスク資産)から国債(低リスク資産)へと移行している。
  (a)株式市場・・・・外国人投資家は7年ぶりの売り越しになった。→2015年夏の株価下落。
  (b)中長期債への対内投資・・・・増加。この結果、
   ①10年債の利回りは2015年夏以降傾向的に低下。
   ②2年債の利回りは2015年秋以降急速に低下。11月初めからマイナスが続いている。
  (c)国債への資金流入額は株式からの資金流入額よりはるかに規模が大きいので、こうした投資情勢の変化は円高をもたらす。
   ①事実、円はすでに増価している。
   ②2015年9月ごろにいったん円高が進行した。その後円安に戻ったが、2015年12月から再度円高が進行している。

 (7)(6)はユーロ危機の際に起こった資金移動と似ている。今回これと同じような大規模な資金の移動が起こるかどうか、まだ不明である。
 ただし、規模はさておき、株価の下落、円高、国債利回り低下という方向への変化が、今後進行する可能性は十分にある。その規模が大きくなれば、日本経済の動向に極めて大きな影響を与える。

 (8)問題①は、日本経済が新しい均衡に適応する準備をしているかどうかだ。
  (a)もっとも重要な問題は、原油価格をはじめとする一次産品価格の下落を経済成長に結びつける政策を採ることだ。そのためには、日本銀行はインフレ目標を撤廃すべきだ。
  (b)円高が進めば、国内の物価に対しては、さらに下落圧力が働く。日銀の物価目標はますます遠のく。インフレ目標の無意味さが明確になる。

 (9)問題②は、一層の金融緩和を求める声が高まることだ。
  (a)とりわけ危惧されるのは、株価が下落したときに、公的資金による買い支え要求が強まることだ。すでに日銀は、12月の緩和補完措置において、ETF購入の増枠を決めている。
  (b)公的資金による株価支持は、これまでも行われてきた。その結果、すでに公的機関が大量の株式を保有している。株価が下落すれば、これらは巨額の損失を発生させる。
  (c)年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は、2015年夏の株価下落で大きな損失を出した(2015年7~9月の運用損失はマイナス8兆円、利回りはマイナス5.6%)。今回の株価下落でも損失を出している可能性がある。
  (d)日銀も相当額のETFを保有しているので、(c)のGPIFが抱えている問題から逃れられない。

□野口悠紀雄「リスクオフで株価下落 円高が進む可能性も ~「超」整理日記No.792~」(「週刊ダイヤモンド」2016年1月30日号)
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 【参考】
【経済】新年からの世界金融市場混乱の原因 ~リスクオフ~

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【経済】新年からの世界金融市場混乱の原因 ~「リスクオフ」~

2016年01月27日 | ●野口悠紀雄
 (1)2016年の世界金融市場は、波乱の幕開けとなった。
 中国株の下落がきっかけになっているのは間違いない。ただし、「中国株の下落だけが原因で、それにつられて世界の株価が下落している」ということではない。
 これは、より広く、投機資金の「リスクオフ」によってもたらされているものだ。その根本には、米国の金融正常化がある。

 (2)投機は、「一定量の資金をさまざまな対象に投資するだけではない。
 短期資金を借り入れて、投機の総額を膨らませて投資する(「レバレッジド投資」)。投資のリスクは増大するが、期待収益率は引き上げることができる。
 金融緩和下においては、短期資金の借り入れが容易になり、その結果投機の総額が増大する。
 米国では、リーマンショック後も金融緩和策が継続されたため、投機は米国住宅価格バブル崩壊後も終わることなく、世界中のさまざまな対象を求めて動いてきた。欧州の住宅、原油、その他の一次産品、国際商品、新興国の株式、新興国の通貨等が対象になった。先進国においても、株式が投機の対象になった。
 ところが、米国の金融緩和政策の終了が示唆され始めた2013年5月ごろから、この動きに変調が生じた。わけても2014年10月に米国が金融緩和の終了を宣言したことで、大きな変化が起こった。
 金融緩和が終了すると、
  →短期資金の調達が困難になる。
  →投資資金の総額が減少する。
  →それまで原油や新興国などに投資されていた資金が回収される。
  →原油価格などの一次産品価格が大幅に下落し、新興国の株価や通貨も下落する。
  →資源や新興国への投資のリスクプレミアムが高まる。
  →危険資産から安全資産への移動がさらに加速される。
 以上は「リスクオフ」と呼ばれる現象だ。
 ただし、これは投資家の戦略がリスクテイクからリスク回避に変わったため生じるのではなく、投資対象のリスクプレミアムが上昇したために生じる現象だ。
 その動きが先進国株価にも及んできている。

 (3)リスクオフの動きは、
  (a)2011年から2012年ごろにかけても顕著に生じた。このときには、南欧国債から資金が逃避し、その利回りが急騰した(「ユーロ危機」)。流出した資金は、日独米の国債に流入し、その利回りを大幅に下げた。日本では円高が引き起こされた。
  (b)2015年夏以降生じている現象は、基本的には(a)と同じ性格のものだ。米国の金融正常化によって、米国の住宅価格バブル以降ほぼ10年間にわたって続いた投機の時代が、いまようやく終了しようとしているのだ。

 (4)(1)の中国の株価下落(今回の世界経済混乱の原因)の背景は次のとおり。
  (a)中国はリーマンショック後に大規模な景気浮揚策を行った。それによって経済成長率を落とさずに済だが、他方において不動産価格のバブルという副産物をもたらした。そのバブルが崩壊し、中国経済は困難な状況に陥っていた。
  (b)長期的観点から見ても、工業化の進展に伴い、これまでのように安い労働力で輸出競争力を維持することが困難になってきた。
  (c)このような意味で中国経済は大きな転換点にあったのだが、中国政府はそうした問題を隠蔽するために、隠蔽するために2015年春から積極的な株価引き上げ策を取った。ところがそれが破綻し、6月ごろから株価の急激な下落が始まったのだ。
  (d)現在の株価下落は、(c)の延長線上にある。それと米国金融正常化の影響と、どちらが重要であるかは判断が難しい。
  (e)明らかなことは、いま生じているのは、一時的な現象ではないことだ。
   ①しばらくすれば元に戻るというものではない。
   ②米国の場合は、明らかに新しい均衡に向かっての動きだ。
   ③中国の場合も、中国政府がしばしば強調する新しい均衡を求めての動きだ。

□野口悠紀雄「リスクオフで株価下落 円高が進む可能性も ~「超」整理日記No.792~」(「週刊ダイヤモンド」2016年1月30日号)
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