語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】貪欲な資本主義へ抵抗の芽 ~揺らぐ国民国家~

2016年06月23日 | ●佐藤優
(1)格差の拡大
 共産主義に勝利して、資本主義と資本家はあまりにも貪欲になりすぎた。資本の増殖に血道をあげ、過剰で不公平な競争を押しつけて、人の気持ちを顧みなくなった。その結果が、格差を極端にまで広げたいまの世界だ。
 たとえば、あれだけ石油が出る中東で、なぜ大勢の人がいまだに貧困にあえいでいるのか。どう考えたって、国際石油資本とそれに連なる王族や独裁権力者に富が偏在しているからだ。
 こうした状況を打ち破ろうと、二つの流れが出てきた。
 (a)国家や民族の枠を超えたグローバルなイスラム主義によって克服しようという動き。イラク北部からシリア東部を占拠している「イスラム国」の運動がそれ。
 (b)いまの国民よりもっと下位のネーション、つまりもっと小さな民族に主権を持たせることで危機を乗り越えようという動き。近代化以降、ときには複数の民族を一つの「国民」に統合してきた従来の国民国家を、さらに純化する動きともいえる。英国からの独立を問う住民投票があったスコットランドがそうだ。

(2)帰属意識に変化
 この二つの流れが、従来の国民国家の土台を揺るがせ始めた。いずれも、人々の帰属意識に変化が生まれている。
 イラクの場合は、スンニ派のアイデンティティーが変容した。フセイン政権時代には、独裁下とはいえイラク人という国民意識が一応あった。スンニ派かシーア派かは、それほど大きな問題ではなかった。ところが新生イラクでは多数派のシーア派が権力を握り、スンニ派は新政権に自己同一化ができなかった。そこに民族や部族を超えた存在として「イスラム国」が登場した。
 彼らの理屈では、
 (a)イスラム革命が成功して預言者ムハンマドの後継者によるカリフ制が確立すれば、みんな平等で豊かになる。成功だ。
 (b)失敗しても、殉教者はあの世で幸せになれる。これも成功だ。
 どっちに転んでも成功する教義を作り上げ、行動させて問題を解決しようとしている。この世界観に、イラク人という国民意識を持てなくなったスンニ派の人々がなびき始めた。民族か、部族か、宗教か。人々の帰属意識は時代と状況で変化するわけだ。
 オバマ米政権は「イスラム国」への空爆に踏み切ったが、本当に倒すには幹部をピンポイントで除去するしかない。そこでイランとの協調関係が生まれる可能性がある。自分たちに同調しない人を皆殺しにする「イスラム国」は、シーア派のイランにとっても脅威なのだから。

(3)世界各地に火種
 スコットランドでは、民族的なアイデンティティーが強まったことで独立の機運が盛り上がった。人々が恐れたのは、このまま人材も資源も流出し、ロンドンに吸い取られていく未来です。人口530万の自分たちで回していったほうが豊かになれる、という計算もあった。1707年に併合されるまでスコットランドは王国だった、という記憶は300年程度では消えないのだ。イングランドとの格差が広がり、独自の言語も廃れ、軍事負担も過剰だ。こんな問題提起が噴出し、民族意識に火がついた。
 ウクライナでは、親米欧勢力が権力を握った瞬間に深刻な間違いを犯した。言語政策です。ウクライナ語のみを公用語にすると言った。すぐに撤回はしたが。19世紀以降、ロシア語化が進んだ東部と南部の人々は衝撃を受け、混乱につながった。
 民族の根っこにあるのが言語だ。世界には何千もある。しかし国の数は、国連加盟国で200ほど。つまり一つのナショナリズムが成功して国家が生まれる陰で、膨大な数の失敗がある。いつ、どこで発火するかわからない潜在的なナショナリズムの火種は世界各地にあるのです。

(4)現行システムの微調整
 ただ、国民国家のシステムはそう簡単に崩れるとは思えない。いまのところ資本主義に代わる仕組みはなく、資本主義は国民国家と相性がいい。そもそも国民国家の成立が均質の労働力を生み、資本主義を育ててきた。いま世界で起きているのは、現行システムの微調整だと見るべきだ。

□佐藤優(聞き手・萩一晶)「貪欲な資本主義へ抵抗の芽 ~(耕論)揺らぐ国民国家~」(朝日デジタル 2014年10月4日)
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 【参考】
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【佐藤優】水面下で進むアメリカvs.ドイツの「スパイ戦」
【佐藤優】ロシアの「報復」 ~日本が対象から外された理由~
【佐藤優】ウクライナ政権の「ネオナチ」と「任侠団体」 ~ビタリー・クリチコ~
【佐藤優】東西冷戦を終わらせた現実主義者の死 ~シェワルナゼ~
【佐藤優】日本は「戦争ができる」国になったのか ~閣議決定の限界~
【ウクライナ】内戦に米国の傭兵が関与 ~CIA~
【佐藤優】日本が「軍事貢献」を要求される日 ~イラクの過激派~
【佐藤優】イランがイラク情勢を懸念する理由 ~ハサン・ロウハニ~
【佐藤優】新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ
【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 
【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 
【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~
【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 
【佐藤優】独裁者の「再選」が放置される理由 ~バッシャール・アル=アサド~
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