語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】「自殺願望」で片付けるには重すぎる ~ドイツ機墜落~

2015年04月19日 | 社会
 (1)3月24日、ジャーマンウイングス(独のLCC)のエアバスA320が墜落し、乗客乗員150人(うち日本人2人)全員が死亡した。同機のアンドレアス・ルビッツ副操縦士(27歳)が故意に墜落させた可能性が高い。
 <ビルト紙が報じたボイスレコーダーの記録によると、機長が24日朝の離陸20分後に「離陸前にトイレに行く時間がなかった」と話し、副操縦士が「いつでも代わります」と答えた。24日午前10時27分、機体が最高高度に達し、機長が副操縦士に着陸の準備を命じた。その2分後、副操縦士から「代わりますよ」と促され、機長は操縦室を離れたという。
 直後の24日午前10時30分、急降下が始まった。1分後、管制塔からの問い合わせにも副操縦士は答えなかった。
 閉め出されたと気づいた機長が「頼むからドアを開けてくれ!」と叫んだ。同時にドアを蹴ったり、体当たりしたりした様子がうかがえる。背後には乗客の悲鳴らしき声も聞こえるという。
 同10時35分、何かでドアを激しくたたく金属音が響いた。機内に設置されている非常用のおのを使ったとみられる。この時点で高度7千メートル。約90秒後、警告音が機内に鳴った。「このクソドアを開けろ!」。機長は再び副操縦士に怒鳴った。
 それでも、副操縦士は無言のままだった。同10時40分、「機体の右翼が山肌にぶつかった」(関係者)とみられる衝撃音が響いた。再び乗客の叫び声が聞こえ、最後の記録となった。>【注1】

 (2)ルビッツ副操縦士が鬱病の治療を受けていて、自殺願望が強かった、という報道があるが、今ひとつ説得力がない。自殺とは基本的に一人で行うものだ。149人の無辜の人々を巻き込む自殺なぞ、考えにくい。
 本件は、大量殺人事件と捉えるべきだ。何らかの破壊衝動がないと、このような事件は起きない。
 4月2日のドイツ検察局の発表によるば、ルビッツ副操縦士は自殺方法や操縦室のドアの安全対策についてインターネットで検索して調べていた。

 (3)本件については、責任追及よりも真相究明を優先させるべきだ。
 LCCは、新自由主義的な競争の中で生まれた。操縦士の賃金も、極力低く抑えようとする。そうなると、多少問題のある人材であっても勤務につけざるを得なくなる。【注2】
 性格的に少し変わっているだけなのか、精神疾患があるのか、どちらであるかの判定は素人にはできない。有能な精神科医や臨床心理士が操縦士と定期的に面談していれば、事前に異常を察知することができる。しかし、それにはかなりのコストがかかる。合理化、効率化を徹底的に要求するLCCの場合、かかる経費を捻出することができないだろう。

 (4)たとえ費用がかさもうと、操縦士のメンタルケアをきちんと行い、精神疾患にかかっても、一挙に生活困難に陥ることのない仕組みをつくっておく必要がある。
 ドイツの航空業界の労働組合は強力なはずだ。労組は、ジャーマンウイングスおよび親会社(ルフトハンザ)に対して、今回の事件が発生した構造的要因の解明を求め、労働条件を改善させるべきだ。その結果として、LCCの安全性が高まる。 

 【注】記事「「このクソドアを開けろ」 機内に警告音、おの振る機長」(朝日新聞デジタル 2015年3月30日)
 【注2】独デュッセルドルフ検察によれば、くだんの副操縦士にはいかなるテロリスト傾向もなかったが、失恋に傷つき、労働条件に対して不満を覚え、精神不安定や視力低下に悩み、墜落現場近辺を訪れたことあり、「いつかシステムを大きく変えることをする。ぼくの名は知られることになり、記憶されることになる」などと述べていたことが明らかになった。【廣瀬純「自由と創造のためのレッスン」(「週刊金曜日」2015年4月17日号)】

□佐藤優「「自殺願望」で片付けるには重すぎる ~佐藤優の人間観察 第109回~」(「週刊現代」2015年4月25日号)
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