語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】恐ろしい本 ~元少年Aの手記『絶歌』~

2015年07月01日 | ●佐藤優
 (1)恐ろしい本が上梓された。神戸連続児童殺傷事件を起こした元少年Aの手記『絶歌』だ【注1】。版元の太田出版は、6月10日に刊行した10万部に加え、17日に5万部の増刷を決めた。
 これに対して、被害者の遺族は激しく反発している。
 <殺害された土師(はせ)淳君(当時11)の父・守さん(59)は突然の手記出版に反発。今月12日には、太田出版に手記の回収を求める申入書を送った。土師さんは「最愛の子が殺害された際の状況について、18年を経過した後に改めて広く公表されることなど望んでいない」とし、「精神的苦痛は甚だしく、改めて重篤な二次被害を被る結果となっている」と訴えた。「(事件は)極めて特異で残虐性の高い事案」とし、経緯などを公開することが「少年事件を一般的に考察するうえで益するところがあるとは考えがたい」とも指摘。加害者による手記などの出版は「被害者側に配慮すべきであり、被害者の承諾を得るべきである」とした。>【注2】

 (2)著者が元凶悪犯であっても、編集者が①このテキストを世の中に伝える必要がある、と考え、②収益を見込んでいるなら、本は出版される。この資本主義社会の通則を覆すのは不可能だ。
 一方、この本が出たことによって被害を被った、と考える人が、著者と出版社に本の回収を要請するのは当然のことだ。
 そこで話がつかなければ、出版差し止め訴訟に進む道が開けている。

 (3)有識者が今やらなくてはならないのは、『絶歌』を読み解いて、本書がはらむ危険はなにか、を社会に伝えることだ。元少年Aは次のように記す。
 <大人になった今の僕が、もし十代の少年に「どうして人を殺してはいけないのですか?」と問われたら、ただこうとしか言えない。
 「どうしていけないのかは、わかりません。でも絶対に、絶対にしないでください。もしやったら、あなたが想像しているよりもずっと、《あなた自身が》苦しむことになるから」
 哲学的な捻りも何もない、こんな平易な言葉で、その少年を納得させられるとは到底思えない。でも、これが、少年院を出て以来11年間、重い十字架を引き摺りながらのたうちまわって生き、やっと見付けた唯一の、僕の「答え」だった>【注3】

 (4)驚くべし、元少年Aは、自分も社会から苦しめられた被害者だと思っている。
 元少年Aは、殺人が悪であると思っていない。
 元少年Aは、1997年7月25日、神戸市須磨警察署での取り調べを終えて、神戸少年鑑別所に身柄を移された。
 <腰縄と手錠をかけられ、護送車に乗り込む時、その場に居合わせた、取り調べを担当した刑事が僕に声をかけた。
 「おい、もぉ殺しはやめとけよ。アレは癖になってしまうから。次やったらどうなるかわかっとおな?」>
 この刑事の懸念が現実になる可能性はゼロではない。

 (5)匿名で出版したのはヘンだ。
 32歳の大人の判断として本を出し、経済的利益(印税)を得るのだから、実名を名乗るべきだ。

 【注1】記事「『絶歌』何が読み取れるのか 荻上チキさん・斎藤環さん」(朝日新聞デジタル 2015年6月30日)
 【注2】記事「神戸連続児童殺傷事件、元少年の手記に広がる波紋」(朝日新聞デジタル 2015年6月20日)
 【注3】《》内は原文傍点。

□佐藤優「この本を読んだ心ある人がなすべきこと ~佐藤優の人間観察 第119回~」(「週刊現代」2015年7月11日号)
□元少年A 『絶歌 神戸連続児童殺傷事件』(太田出版、2015)
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