(1)6月4~5日、ブリュッセル(ベルギー)でG7首脳会合が行われた。ロシア抜きの首脳会合は17年ぶりだ。
4日に合意された首脳コミュニケの外交部分は、19項目で構成されている。G7諸国の利害と力の均衡を示す内容だ。このコミュニケを分析すれば、新・帝国主義時代における日本の置かれた状況が見えてくる。
(2)冒頭の6項は、ウクライナ情勢に関するものだ。
第1項、および第2項冒頭で、G7はウクライナ現政権を支持し、ロシアを弾劾する、という基本姿勢を明確にしている。
しかし、第2項では冒頭に続いて、ウクライナを強く牽制し、<包括的な形で国民対話を継続するウクライナ当局の意思を称賛する>という外交辞令を通して、G7のメッセージ、つまり「民主主義を深化・強化するとともにウクライナ全地域の全ての人々の権利と願望に応じる枠組みを提供するための憲法改正」をせよ、と迫っている。
ウクライナ全地域の全ての人々の権利と願望に応じることが、現在のウクライナ国家にはできていないので、憲法を改正せよ、というかなり露骨な内政干渉だ。
ウクライナ政府は、自国の東部、南部を実効支配できていない。ウクライナ民族至上主義に立つ現政権に対するロシア語常用国民の反発は強い。特に東部、南部では、行政府、空港などの公共施設を軽火器で武装した反政府勢力が占拠する状況が続いている。ウクライナ政府は、こうした異議申し立てを行っている国民に「テロリスト」というレッテルを貼って、掃討作戦を展開している。ウクライナ政府によるこのような強硬策は、過剰であり、国際人道法の基準から逸脱している。G7としても、かかる現実を無視し得ないので、憲法改正を追求せよと内政干渉しているのだ。
(3)日本との関係で興味深いのは第5項だ。
日本を除くG7は、ナルイシキン・ロシア国家院(下院)議長をブラックリストに載せ、渡航禁止措置の対象者に含めている。
しかし、日本政府は、ナルイシキンの入国を認めた。同人は渡航禁止措置の対象者でないと日本政府は声明した。そして、6月2日、伊吹文明・衆議院議長がナルイシキンを招き、夕食会を開いた。
米国から見れば、日本は制裁破りをしている。
日本としては、総論として対露制裁に同意しているが、渡航禁止措置の対象者を誰とするかは各国の主権事項である、という論理で、G7の連携と対露関係悪化の阻止との連立方程式の最適解を見出そうとしている。
(4)コミュニケ第13項は、北朝鮮問題に充てられている。
「拉致問題を含め」という文言が入ったのは、日本政府の主張に他の諸国も賛同したからだ。
ただし、ここで核と弾道ミサイル計画の放棄を北朝鮮に対して強く求めていることは、同時に日本に対する索制でもある。北朝鮮が拉致問題の解決に前向きに踏み込めば、日本は北朝鮮に対する制裁を解除し、日本から北朝鮮への送金が可能背になる。その結果、核と弾道ミサイル計画を放棄しなくても、国際環境の改善が可能と金正恩政権が認識する可能性がある。拉致と同時に、核と弾道ミサイル計画の放棄を北朝鮮との関係改善の条件にすべきだ、という米国の強い意向が第13項の文言から伝わってくる。
(5)第16項に、<我々は、東シナ海及び南シナ海での緊張を深く懸念している。我々は、威嚇、強制又は力により領土又は海洋に関する権利を主張するためのいかなる者によるいかなる一方的な試みにも反対する。我々は、全ての当事者に対し、領土又は海洋に関する権利を国際法に従って明確にし、また主張することを求める。>という文言が加えられた。このことが、中国に対する索制になる、と安倍政権は強調している。
たしかに、この文言は対中索制を意味する。
しかし、中国という固有名詞に言及しないことで、中国を刺激しないように配慮している。
同時に、すべての当事者に対して、国際法に従って権利や主張を明確にすることを求めているのは、日本、中国、台湾に対する牽制だ。武力衝突を回避すべきだという索制だ。
□佐藤優「新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ ~佐藤優の飛耳長目 96~」(「週刊金曜日」2014年6月13日号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 」
「【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 」
「【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~」
「【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 」
「【佐藤優】独裁者の「再選」が放置される理由 ~バッシャール・アル=アサド~」
「【佐藤優】経済と政治を行き来する新大統領の過去 ~ペトロ・ポロシェンコ~」
「【佐藤優】安倍首相とイスラエル首相「声明」の意味 ~ベンヤミン・ネタニヤフ~」
「【佐藤優】ロシアが送り込んだ「曲者」の正体 ~ウラジーミル・ルキン~」
「【佐藤優】ロシアは日本をどう見ているか ~日本外相の訪露延期~」
「【佐藤優】ウクライナ衝突の「伏線」 ~オレクサンドル・トゥルチノフ~」
「【ウクライナ】危機の深層(2) ~ブラック経済~」
「【ウクライナ】危機の深層(1) ~天然ガス~」
「【ウクライナ】エネルギー・集団的自衛権・尖閣問題 ~日本外交のジレンマ(3)~」
「【ウクライナ】米国の迷走とロシアの急成長 ~日本外交のジレンマ(2)~」
「【ウクライナ】と日本との歴史的関係 ~日本外交のジレンマ(1)~」
「【佐藤優】ウクライナ危機と米国が陥った「恐露病」」
「【佐藤優】プーチン政権がついに発した「シグナル」の意味 ~ロシア外交~」
「【佐藤優】プーチンは「世界のルール」を変えるつもりだ ~クリミア併合~」
「【ウクライナ】暫定政権の中枢を掌握するネオナチ ~クリミア併合の背景~」
「【佐藤優】北方領土返還のルールが変化 ~ロシアのクリミア併合~」
「【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~」
「【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~~」
「【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~」
「【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~」
「【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~」
「【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア」
「【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~」
4日に合意された首脳コミュニケの外交部分は、19項目で構成されている。G7諸国の利害と力の均衡を示す内容だ。このコミュニケを分析すれば、新・帝国主義時代における日本の置かれた状況が見えてくる。
(2)冒頭の6項は、ウクライナ情勢に関するものだ。
第1項、および第2項冒頭で、G7はウクライナ現政権を支持し、ロシアを弾劾する、という基本姿勢を明確にしている。
しかし、第2項では冒頭に続いて、ウクライナを強く牽制し、<包括的な形で国民対話を継続するウクライナ当局の意思を称賛する>という外交辞令を通して、G7のメッセージ、つまり「民主主義を深化・強化するとともにウクライナ全地域の全ての人々の権利と願望に応じる枠組みを提供するための憲法改正」をせよ、と迫っている。
ウクライナ全地域の全ての人々の権利と願望に応じることが、現在のウクライナ国家にはできていないので、憲法を改正せよ、というかなり露骨な内政干渉だ。
ウクライナ政府は、自国の東部、南部を実効支配できていない。ウクライナ民族至上主義に立つ現政権に対するロシア語常用国民の反発は強い。特に東部、南部では、行政府、空港などの公共施設を軽火器で武装した反政府勢力が占拠する状況が続いている。ウクライナ政府は、こうした異議申し立てを行っている国民に「テロリスト」というレッテルを貼って、掃討作戦を展開している。ウクライナ政府によるこのような強硬策は、過剰であり、国際人道法の基準から逸脱している。G7としても、かかる現実を無視し得ないので、憲法改正を追求せよと内政干渉しているのだ。
(3)日本との関係で興味深いのは第5項だ。
日本を除くG7は、ナルイシキン・ロシア国家院(下院)議長をブラックリストに載せ、渡航禁止措置の対象者に含めている。
しかし、日本政府は、ナルイシキンの入国を認めた。同人は渡航禁止措置の対象者でないと日本政府は声明した。そして、6月2日、伊吹文明・衆議院議長がナルイシキンを招き、夕食会を開いた。
米国から見れば、日本は制裁破りをしている。
日本としては、総論として対露制裁に同意しているが、渡航禁止措置の対象者を誰とするかは各国の主権事項である、という論理で、G7の連携と対露関係悪化の阻止との連立方程式の最適解を見出そうとしている。
(4)コミュニケ第13項は、北朝鮮問題に充てられている。
「拉致問題を含め」という文言が入ったのは、日本政府の主張に他の諸国も賛同したからだ。
ただし、ここで核と弾道ミサイル計画の放棄を北朝鮮に対して強く求めていることは、同時に日本に対する索制でもある。北朝鮮が拉致問題の解決に前向きに踏み込めば、日本は北朝鮮に対する制裁を解除し、日本から北朝鮮への送金が可能背になる。その結果、核と弾道ミサイル計画を放棄しなくても、国際環境の改善が可能と金正恩政権が認識する可能性がある。拉致と同時に、核と弾道ミサイル計画の放棄を北朝鮮との関係改善の条件にすべきだ、という米国の強い意向が第13項の文言から伝わってくる。
(5)第16項に、<我々は、東シナ海及び南シナ海での緊張を深く懸念している。我々は、威嚇、強制又は力により領土又は海洋に関する権利を主張するためのいかなる者によるいかなる一方的な試みにも反対する。我々は、全ての当事者に対し、領土又は海洋に関する権利を国際法に従って明確にし、また主張することを求める。>という文言が加えられた。このことが、中国に対する索制になる、と安倍政権は強調している。
たしかに、この文言は対中索制を意味する。
しかし、中国という固有名詞に言及しないことで、中国を刺激しないように配慮している。
同時に、すべての当事者に対して、国際法に従って権利や主張を明確にすることを求めているのは、日本、中国、台湾に対する牽制だ。武力衝突を回避すべきだという索制だ。
□佐藤優「新・帝国時代の到来を端的に示すG7コミュニケ ~佐藤優の飛耳長目 96~」(「週刊金曜日」2014年6月13日号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【佐藤優】集団的自衛権、憲法改正 ~ウクライナから沖縄へ(4)~ 」
「【佐藤優】スコットランド、ベルギー、沖縄 ~ウクライナから沖縄へ(3)~ 」
「【佐藤優】遠隔地ナショナリズム ~ウクライナから沖縄へ(2)~」
「【佐藤優】ユニエイト教会 ~ウクライナから沖縄へ(1)~ 」
「【佐藤優】独裁者の「再選」が放置される理由 ~バッシャール・アル=アサド~」
「【佐藤優】経済と政治を行き来する新大統領の過去 ~ペトロ・ポロシェンコ~」
「【佐藤優】安倍首相とイスラエル首相「声明」の意味 ~ベンヤミン・ネタニヤフ~」
「【佐藤優】ロシアが送り込んだ「曲者」の正体 ~ウラジーミル・ルキン~」
「【佐藤優】ロシアは日本をどう見ているか ~日本外相の訪露延期~」
「【佐藤優】ウクライナ衝突の「伏線」 ~オレクサンドル・トゥルチノフ~」
「【ウクライナ】危機の深層(2) ~ブラック経済~」
「【ウクライナ】危機の深層(1) ~天然ガス~」
「【ウクライナ】エネルギー・集団的自衛権・尖閣問題 ~日本外交のジレンマ(3)~」
「【ウクライナ】米国の迷走とロシアの急成長 ~日本外交のジレンマ(2)~」
「【ウクライナ】と日本との歴史的関係 ~日本外交のジレンマ(1)~」
「【佐藤優】ウクライナ危機と米国が陥った「恐露病」」
「【佐藤優】プーチン政権がついに発した「シグナル」の意味 ~ロシア外交~」
「【佐藤優】プーチンは「世界のルール」を変えるつもりだ ~クリミア併合~」
「【ウクライナ】暫定政権の中枢を掌握するネオナチ ~クリミア併合の背景~」
「【佐藤優】北方領土返還のルールが変化 ~ロシアのクリミア併合~」
「【佐藤優】ロシアが危惧するのは軍産技術の米流出 ~ウクライナ~」
「【佐藤優】新冷戦ではなく帝国主義的抗争 ~ウクライナ~~」
「【佐藤優】クリミアで衝突する二大「帝国主義」 ~戦争の可能性~」
「【佐藤優】「動乱の半島」クリミアの三つ巴の対立 ~セルゲイ・アクショーノフ~」
「【佐藤優】ウクライナにおける対立の核心 ~ユリア・ティモシェンコ~」
「【ウクライナ】とEU間の、難航する協定締結に尽力するリトアニア」
「【佐藤優】ロシアとEUに引き裂かれる国 ~ウクライナ~」