語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

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【本】いつも同じ、ブレないのだ ~『ブラタモリ』(1~8)~

2017年07月09日 | ノンフィクション
 
★NHK「ブラタモリ」制作班 (監修)
  1~6(KADOKAWA、2016)/7~(KADOKAWA、2017)
★『ブラタモリ8』横浜、横須賀、会津、会津磐梯山、高尾山
★『ブラタモリ7』京都(嵐山・伏見)、志摩、伊勢(伊勢神宮・お伊勢参り)
★『ブラタモリ6』松山、道後温泉、沖縄、熊本
★『ブラタモリ5』札幌、小樽、日光、熱海、小田原
★『ブラタモリ4』松江、出雲、軽井沢、博多・福岡
★『ブラタモリ3』函館、川越、奈良、仙台
★『ブラタモリ2』富士山、東京駅、真田丸スペシャル(上田・沼田)
★『ブラタモリ1』長崎、金沢、鎌倉

 <キーワードは高齢社会と健康寿命の二つか。JR東日本(のCM)の吉永小百合が旅するおば(あ)さんの理想像なら、NHKブラタモリのタモリはなんだろう。こちらは、好奇心と健脚のおもむくまま、かたときもじっとしていることのない、昨今の多動型おじ(い)さんの本家・家元・名人なのである。
 吉永の旅には基本、連れ合いの影がないが、これはタモリも同様。かわりにいつも横にいるのが若い娘で、しかもこれが(うちの老妻と違って)目を輝かせてこちらの話を聞いてくれる。男の生の最後に一つ残った「教えたがり」欲求に身を灼(や)く同世代には、見果てぬ夢だろう。>

 ということで、シリーズ1~8累計71万部を売り上げる。
 どこをブラついても、いつもと同じ。
 <だが、このいつも同じというのがブレないタモリ流なのである。><驚きと称賛の対象は個別のモノやコト。「逆サイフォンの原理を応用した給水システム」(横浜)や「残存する鉄道橋脚のナゾ」(高尾山)であって、ニッポンではない。>

□山口文憲(エッセイスト)「いつも同じ、ブレないのだ」(朝日新聞デジタル 2017年7月9日)から一部引用
いつも同じ、ブレないのだ
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【派遣】社員の待遇改善が日本経済を救う ~中高年派遣社員物語12~

2017年04月06日 | ノンフィクション
 (1)FX(外国為替証拠金取引)で財産を失い、あわてて派遣社員となって、かれこれ5年が経つ。その間正社員をめざしたものの、正社員だったのは、手取り17万円の清掃業務1年半だけだ。専門の調査研究の分野では、TOEICの点数が低いこと、技術士の資格を持っていないことで正社員になれない。

 (2)派遣社員で何がきついか。
 短期の仕事が多く、長くても半年未満。そのため半年の勤務が最低条件になる有給休暇をとれない。政府の規制改革推進会議では、勤務初日から有休を取れるようにしようと提案されているが、切望する。妻は正社員だが、子どもが熱を出すたびに休まなければならず、森川氏も「一度は子どもの世話をしてほしい」と頼まれる。しかし、休めば給料が減る。妻の要望をなかなかきいてやれないのが辛い。

 (3)現在の時給は1,200円。この額だと、マンションの借金返済、管理費・光熱費等を含め、最低でも必要な15万円を賄いきれない(森川氏の家庭では妻が食費の支払いを担当している)。
 60歳から支給される月約5万円の特別支給の老齢厚生年金でやっと生きていけるが、保険のきかないインプラント等の出費があると、息も絶え絶えとなる。年金がまだ出ていない中高年は、さらにキツイだろう。
 最低時給1,500円を要望している労働団体があるが、大賛成だ。

 (4)派遣社員の時給が安い理由の一つに、派遣会社が取るマージンがある。平均2~3割とっており、森川氏の場合、月4万円が取られている。
 派遣会社は、求人企業と求職者とをつなぐ仕事をしているが、いったんつないでしまえば、彼らのやる仕事はない。あとは半日で終わる給料計算を月に1回するだけ。それで次の仕事を紹介してくれるなら、まだいい。今まで次の仕事が決まったことは一度もない。

 (5)現在、全国に約7万社の派遣会社があるが、米国では約2万社だという。人口約3億人の米国社会と比べ、人口比で約10倍も多い。
 労働者の約4割が派遣社員となっている今日、派遣会社のマージンが派遣社員の手に渡り、正社員と同じく有給休暇がとれ、住宅手当や交通費、賞与等も同じく支給され、健康保険料も半額が会社負担になれば、どれほど日本経済に好影響を与えることか。
 日銀は物価を上げて景気をよくしようと、大量のお金を発行し、国債や株を買い上げているが、派遣社員の待遇改善を果たせないならば、日本経済は長い低迷から抜け出せないだろう。

 (6)ただ、派遣社員のいいところは、定時帰りができ、朝も夕餉も家族団欒ができること。
 だが、早く帰るため会社では肩身が狭く、雑用も多い。
 中高年は人生の経験が長いのだから、森川氏らの意見を聞いてはどうかと思う。
 正社員を見ているとおしゃべりが多い。勤務に専念し、会議の参加者を必要最低限の人数にするなどして、定時に帰れるようにしてはどうかと思う。

□森川海守「派遣社員の待遇改善が日本経済を救う ~中高年派遣社員物語12~」(「週刊金曜日」2017年4月日号)
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 【参考】
【派遣】国民健康保険料の理不尽 ~中高年派遣社員物語11~
【派遣】中高年の保険は医療保険で十分 ~中高年派遣社員物語10~
【派遣】中高年は厨房に入る ~中高年派遣社員物語9~
【派遣】海外を目指す! ~中高年派遣社員物語8~
【派遣】中高年の節約術 ~中高年派遣社員物語7~
【派遣】原子力損害補償業務はホームズの赤毛組合? ~中高年派遣社員物語6~
【派遣】中高年、手に資格を ~中高年派遣社員物語5~
【派遣】ハローワークは使えるか? ~中高年派遣社員物語4~
【派遣】転職・就職サイトに登録しまくる ~中高年派遣社員物語3~
【派遣】FXでの損が運の尽き ~中高年派遣社員物語2~
【派遣】余はいかにして派遣社員となりしか ~中高年派遣社員物語1~
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【派遣】国民健康保険料の理不尽 ~中高年派遣社員物語11~

2017年03月29日 | ノンフィクション
 (1)筆者=森川氏は、月額約5万円の老齢厚生年金を60歳から受給していた。この2月に65歳になったので、フル年金の、「老齢基礎年金+老齢厚生年金」を受給する手続きをした。
 以前、年金相談を利用したとき、厚生年金保険の被保険者期間が20年以上の人には、子どもが18歳になるまで年額約22万円の加給年金が、妻についても妻が65歳になるまで同額の年金に特別加算額を加えた合計39万円の加給年金(妻の年齢によって異なる)がもらえると説明を受けた。若い頃に勤めていた学校で加入していた私学共済も含めたら、月に20万円弱の年金がもらえることになった。

 (2)しかし、65歳になって届いた介護保険案内には仰天した。まだ体が丈夫なのに、介護保険を利用できる被保険者証が届いたのだ。保険料も今までの約1.5倍で、年金からの引き落としである。

 (3)定年退職後に入る国民健康保険にも保険料が高いという問題がある。それが如実にわかる体験をした。
 森川氏は、一昨年、3社に勤めた。最後の会社で、前の会社の源泉徴収票を出すように言われた。まとめて源泉徴収票を作るという。しかし、森川氏には、年金収入と給与収入の二つの収入があり、3社の源泉徴収票を税務署に持ち込み、確定申告した。その結果、所得税納付額は25,000円と出た。まあ年金収入もあり、こんなものかと思っていたら、昨年6月、市から国民健康保険料の通知が来た。年額約30万円とあって仰天。夜、寝ながら考えた。どうしてこんなに高額なのかと。
 最後の会社で作った3社を合計した源泉徴収票と、2社の源泉徴収票を二重に計算したため、年収が400万円となったのではないか。最後の会社が3社分をまとめて作った源泉徴収票に2社の額を明記していなかったため、気づかなかったのだ。
 大慌てで税務署に出かけ、修正申告をし、その足で市役所に出向いて減額の手続きをしたが、確定するまで2ヵ月以上もかかってしまった。

 (4)この間違えた年収額、実は森川氏が40代で民間研究所に勤めていた時の年収と同額なのだ。その時の給与明細書を持っていたので、保険料を比較することができる。当時1ヵ月の健康保険料が15,000円だった。
 つまり、国民健康保険料は、正社員の健康保険料の2倍くらい高い。
 収入によって額は異なるだろうが、正社員は企業が半額を負担してくれているので安いのだ。
 自営業や学生、非正規など裕福でない人の保険料の方が高くて、福祉国家といえるだろうか。
 そこで提案だが、国民健康保険料も政府が半額負担して、正社員の保険料と同額になるようにしてはどうか【注】。また、短期の仕事の多い非正規も、会社を辞めても同じ保険がそのまま使えるようにしてはどうか。将来的には、国民健康保険を健康保険に統合するよう提案したい。

 【注】森川氏は気づいてないが、実は市町村国保に対しては、国庫支出金、都道府県支出金、前期高齢者交付金、共同事業交付金などの施策が既にある。

□森川海守「国民健康保険料で感じた理不尽 ~中高年派遣社員物語11~」(「週刊金曜日」2017年3月24日号)
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 【参考】
【派遣】中高年の保険は医療保険で十分 ~中高年派遣社員物語10~
【派遣】中高年は厨房に入る ~中高年派遣社員物語9~
【派遣】海外を目指す! ~中高年派遣社員物語8~

【派遣】中高年の節約術 ~中高年派遣社員物語7~
【派遣】原子力損害補償業務はホームズの赤毛組合? ~中高年派遣社員物語6~
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【派遣】余はいかにして派遣社員となりしか ~中高年派遣社員物語1~


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【派遣】中高年の保険は医療保険で十分 ~中高年派遣社員物語10~

2017年03月29日 | ノンフィクション
 (1)森川氏は、3年間、損害保険の営業をしていたことがある。スキー保険という新保険を作ったこともある。これは事故があったら、保険会社の損害額が大きくなるが、通院日額を低くして会社の損害額を減らす設計にもなっている。だから森川氏は、生命保険にも詳しいと自負している。

 (2)60歳になると定年退職となるケースが多い。フルの年金がもらえる65歳まで、まだ5年もある。そこで問題になるのが生命保険だが、多くの人が退職後の保険で悩む。月給が高額だったために在職時は保険料を月1万円以上払っていたケースも多いのではないか。
 ところが退職すると年金額がそれに見合わないため、死んだら保険金が家族に支払われる死亡保険に疑問を呈する方が多い。平均寿命の男性約81歳、女性約87歳までも生きるとしたら、万一に備えるにしても、少ない年金から月1万円の保険料を20年以上も払い続けるのはどうかと思う。
 ここは、死亡保険は家族に理解してもらって解約、生きている間、病気・交通事故で入院した場合に備える掛け捨ての医療保険で十分ではないか。終身タイプが安全だが、死ぬまで保険料を払い続けなければならないため、月の保険料は5,000円以下が家計にやさしい。
 森川氏は、月保険料3,000円の一生保険料が変わらない終身タイプの医療保険に入っている。

 (3)若い時はまだ保険の知識がなく、10年満期の生命保険にしか加入していなかった。10年ごとに保険料が変わるので、若い時に終身保険に入っておくべきであったと後悔したのは後の祭りで、その時は入院日額5,000円の終身医療保険にしか加入していなかった。とはいえ、この医療保険には随分とお世話になった。気胸になったり、痔の手術をしたり。治療費等を賄うのに役立った。森川氏より若い中高年の方には、入院日額1万円の終身の医療保険に入るよう勧めたい。

 (4)家族に癌を患ったことのない森川氏には、癌保険はまったく役に立たなかった。たしかに「癌になった」と宣告されただけで保険金が下りる癌保険は手厚いが、その分保険料が高い。癌にならないと保険が下りないので、これほど役立たない保険はない。 
 しかも、公的健康保険に入っていれば、高額療養費制度があって、森川氏の収入程度であれば、月の医療費の自己負担額は上限44,000円。癌保険に入っていなくても困らない。
 メットライフやアフラック、オリックス等が扱っている医療保険だけで十分だ。
 癌で手術を受けても10万円なにがしかの手術代が補償されるし、2ヵ月分なにがしかの入院日額も補償される。
 通院日額が付いているものや、配当金付き生命保険は、保険料も高くなるので、勧められない。運用は自分でやると考え、保険とは切り離して考えるのがいい。

□森川海守「中高年の保険は医療保険で十分なのだ ~中高年派遣社員物語10~」(「週刊金曜日」2017年3月17日号)
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 【参考】
【派遣】中高年は厨房に入る ~中高年派遣社員物語9~
【派遣】海外を目指す! ~中高年派遣社員物語8~

【派遣】中高年の節約術 ~中高年派遣社員物語7~
【派遣】原子力損害補償業務はホームズの赤毛組合? ~中高年派遣社員物語6~
【派遣】中高年、手に資格を ~中高年派遣社員物語5~
【派遣】ハローワークは使えるか? ~中高年派遣社員物語4~
【派遣】転職・就職サイトに登録しまくる ~中高年派遣社員物語3~
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【派遣】余はいかにして派遣社員となりしか ~中高年派遣社員物語1~

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【派遣】中高年は厨房に入る ~中高年派遣社員物語9~

2017年03月28日 | ノンフィクション
 (1)中高年、何が怖いかといったら、やはり認知症だろう。NHK「ためしてガッテン」で認知症予備軍の男女3人の中高年に調理、運動、昼寝を実行してもらったら、認知機能が改善されたという。運動とは、番組では高さ20cmほどの踏み台の昇降だったが、ウォーキングが認知症や鬱病の予防にいいということが、周知されてきた。特に早足と普通の歩き方の交互の運動が効果的だという。節約の面からも、地下鉄やバスに乗らず、できるだけ早足で歩く習慣を勧めたい。

 (2)実は4年前に森川氏はパーキンソン病と診断され、以来3ヵ月に1回通院して薬を処方されていたが、3ヵ月分で自己負担金が1万円と高額な上に、薬が効いているかがよくわからない。経済的な理由から、最近すっぱり飲むのを止めた。しかし、毎日1時間半、通勤時に自宅から駅、駅から事務所まで徒歩通勤を続けていたら、病からくる左足の震えが改善に向かっている。
 薬の代わりに飲み始めたコエンザイムQ10も有効らしい(あくまで森川氏の場合の話で、薬を止める場合は医師と相談したほうがよい)。Q10は、細胞の中でエネルギーを作り出しているミトコンドリアの成分となっている。費用は薬の3分の1。

 (3)昼寝も認知症予防によいという。
 独身の頃、居眠り運転でガードレールを飛び越え、水田に落ちて車がひっくり返る事故を起こし、新車を全損させてしまったことがある。幸い車両保険に入っていたので、ことなきを得たが、原因はいびきだ。
 結婚後は、妻からうるさくて眠れないと訴えられ、たどり着いたのがマウスピースだ。内科で睡眠時無呼吸症候群の診断が出れば、歯医者で保険適用のマウスピースを作ってもらえる。はじめは違和感があるが、自分でも眠られるので愛用している。
 最近、インプラントを新しく装着したので、今までのマウスピースが使えなくなった。すると、使えなくなったその日から、「いびきがうるさい」とさっそく家族から苦情が出た。
 身に覚えのある方にはぜひ勧めたい。
 睡眠時無呼吸症候群を放置しておくと、高血圧、高脂血症、糖尿病、はては脳梗塞、心筋梗塞などにつながりかねない。睡眠も6時間を切ると、認知症になりやすいそうで、30分以内の昼寝も推薦したい。今の職場は、昼休みに節電のため消灯するので、机の上に伏せるだけでも昼間の眠気がとれてよい。

 (4)調理も認知症予防によいという。
 森川氏の場合、土日に料理を担当することが多く、18時までに、味噌汁、から揚げ、ポテトサラダなどのおかず2品を作ることにしている。18時までに間に合わせるのに、段取りをきちんと整えないと、すべての料理が温かい状態で提供できない。
 このような頭の使い方が認知症予防にいいのだ。今や、中高年になったら厨房に入るというのが常識になりつつあると言えようか。

□森川海守「中高年、厨房に入れ! ~中高年派遣社員物語9~」(「週刊金曜日」2017年3月10日号)
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 【参考】
【派遣】海外を目指す! ~中高年派遣社員物語8~

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【派遣】海外を目指す! ~中高年派遣社員物語8~

2017年03月07日 | ノンフィクション
 (1)中高年、一生に一度は海外で働いてみたいと思いませんか。
 住んでみると、命に関わる経験もありうるが、海外旅行では知りえない、その国の真相に迫ることができるかもしれない。

 (2)筆者=森川氏は、JICA(独立行政法人国際協力機構)からタイに派遣されて、チェンマイとノンタブリ市で合計4年間仕事をしたことがある。
 赴任初日から事故に遭遇した。バイクタクシーに乗った若い女性が運転手もろとも、交差点付近でカシャーンと倒れて、道路を横滑りしていくシーンを目撃した。幸い、命に別状はなかったが。
 1日車に乗っていたら、事故を目撃しない日はない。側溝や川に落ちて動けないトラックや、犬・猫が車にひかれてペチャンコになった残骸もよく見かけた。それもそのはず、一般の幹線道路が高速道路なみに走ることができ、時速100kmで走る車が多いのだ。

 (3)また、バンコクを歩くと、道路の側溝から下水の臭いがした。これは何か、トイレの実態を話さないと分からないだろう。
 ある日、水洗トイレから臭いがするので、団地の職員に訊いたら、「市役所に汲み取りを頼み、終わったら、このEM団子を浄化槽に放り込んでください」と言われ、住んでいる家の浄化槽を初めて見た。分かったのは、尿が土に染み込むタイプで、浄化槽からあふれ出た汚水が、街の側溝に流し込まれる仕組みになっていることだ。そのため、時々バキュームカーで側溝の下水を汲み取り、EM菌を使って浄化する下水場に運んでいる。

 (4)EM菌は、日本の比嘉照夫・琉球大学名誉教授が開発した有用微生物群の略称。東南アジアで随分と活用されている。
 実際、EM団子を浄化槽に放り込んだとたん、臭いが消えた。
 タイで水道の水が飲めない理由もここにある。
 そもそもタイでは水道管が古く、浄水場から水圧を高くして流すと漏水が多くなる。かといって、水圧を低くすると、こんどは汚れた地下水が水道管に入り込みやすくなる。事実、筆者も山の上の冷たい水道の水だからとコップ一杯の水を飲んだら、たちまち下痢した。

 (5)旅行者は、側溝の異様な臭いには気がつくかもしれないが、臭いの背景にこんな裏事情があることはわからない。
 市役所にアドバイザーとして勤め、側溝の掃除現場や下水場、浄水場の見学ができたからこそ分かった裏事情だ。
 残念だが、われわれの経験がJICAに引き継がれたかというと、心許ない。管理職を含め、シニア海外ボランティアと一緒に派遣された人のほとんどが2年任期の契約社員なのだから。 

 (6)とはいえ、見るもの、聞くもの、すべてが物珍しく、伴侶と一緒に海外に行くと毎日が観光だ。日本では珍しい蛍を家のそばで見たり、庭のバナナを食したり、象の住む森を歩くツアーに参加したり。
 経済的補償も厚く、一度はシニア海外ボランティアへの応募を勧めたい。

□森川海守「中高年は海外を目指す! ~中高年派遣社員物語8~」(「週刊金曜日」2017年3月3日号)
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 【参考】
【派遣】中高年の節約術 ~中高年派遣社員物語7~
【派遣】原子力損害補償業務はホームズの赤毛組合? ~中高年派遣社員物語6~
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【派遣】中高年の節約術 ~中高年派遣社員物語7~

2017年02月28日 | ノンフィクション
 (1)高級取りではなくなる中高年は、「第二の財布」といわれる節約でお金を融通し、生活をエンジョイしたい。
 筆者=森川氏は、福祉施設育ちで、調理用具を揃える経済的余裕がなかった。30代になって教師として赴任した長崎で釣に夢中になり、魚を自分でさばき、料理を覚えた。どうしたら効率よく料理、掃除ができるか、光熱費を節約できるかを考えた。育児以外は、妻と五分五分以上の家事をこなしている。ちなみに、結婚したのは49歳。子どもが生まれたのは59歳。

 (2)電気。
 要は、基本料金金を下げる、LEDに換える、待機電力をなくす、複数の電気製品を同時に使わない。
 わが家はマンション購入時、40アンペアだったものを30アンペアに換えた。これだけで毎月の電気代が280円下がる。
 天井照明は、毎月1個ずつ1万円前後のLEDに買い替え、最後に11個の電球を一気に転換。この時かかった費用は2万円少し。LED転換前と後を比べると、電気料金が3割下がり、毎月4~5,000円で済んでいる。
 待機電力をなくすため、こまめにコンセントを抜くとか、スイッチ一つで待機電力をなくせる個別スイッチが付いたコンセント(節電タイプ)で、こまめに電気を消している。
 ウォシュレットも個別スイッチが付いたコンセントで、使うたびにスイッチを入れて使っている。
 暖房も、最初はエアコンで暖め、部屋が暖かくなったら電気ストーブに換えている。寝る前には、エアコンで部屋を十分に暖めた後は、エアコンのコンセントを抜いている。

 (3)ガス。
 以前は、フライパンを洗った後、ガスであぶっていたが、今は水を切った後、ティッシュで拭いている。
 揚げ物は一度で揚げず、一度油から出して余熱で内部まで火を通し、二度目は高温でからったと揚げる。
 炒め物は材料をフライパンに入れ、蓋をして蒸し煮のようにし、材料が柔らかくなったら炒める。
 煮物や豆料理も長くコトコト料理せず、蓋をして火を止め、余熱で具を柔らかくする。
 ・・・・といった工夫でガス代は3割下がり、今。月に4,000円台。

 (4)水道。
 まずは洗面所のシンク下にある止水栓を少し堅く締めて、水が勢いよく出ないようにするのがよい。
 また、シャワーの湯を出すときは、暖かくなるまでは浴槽に水を流すとか、汚れがひどい食器を洗う時は他の食器の下に置き、洗っている間に水が溜まるようにしている。
 風呂の水は使用後に一度だけ、翌日水を足して使っている。
 このような工夫で、上下水道料金は隔月で8,000円を切る寸前である。

 (5)交通費。
 地下鉄・バスに乗らずに歩く。
 歩きこそが一番の健康法・節約法だ。
 しかし、究極は、歯科費用を節約することだ。筆者は若い時コカ・コーラが好きで、飲んだ後歯を磨かなかったために、3本も歯を抜いて、1本30万円のインプラントにしている。
 甘い物を食べたら歯を磨く。これが究極の節約法である。

□森川海守「中高年の節約術 ~中高年派遣社員物語7~」(「週刊金曜日」2017年2月日号)
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 【参考】
【派遣】原子力損害補償業務はホームズの赤毛組合? ~中高年派遣社員物語6~
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2017年02月26日 | ノンフィクション
 (1)あなただったら、どうする?
 研修を受けることが仕事だったら。
 しかも、時給1,500円と高額だったら。

 (2)1ヵ月間の短期業務で、東京電力の仕事をしたことが筆者=森川海守氏にはある。応募者は50人くらいの中高年。仕事は、福島の原発事故(2011年3月)で避難を強いられた16万人の避難者に対する補償業務だ。
 まず、セキュリティ対策や補償業務等に係る説明を1週間受けた。翌週も研修、翌々週も研修。結局、研修だけで1ヵ月が終わった。まるでシャーロック・ホームズの赤毛組合であった。
 赤毛組合とは、銀行強盗を企む盗賊が考えた組合で、赤毛の人だけが加入できる。組合職員に欠員ができたという新聞広告で、赤毛の人をおびき出し、組合の仕事をさせ、その留守中にくだんの赤毛の人が住む家から銀行に通じる地下道を掘る。ところが、いよいよという時に解雇されたので、不審に思ったその赤毛の人がベーカー街221Bを訪れたことで、真相が判明。犯罪者は逮捕された。

 (3)赤毛の人が組合の仕事としてやっていたのは、大英百科事典を書き写すだけ。これだけで高額の給料が保証された。
 東京電力の補償業務も同じではないか。
 仮に採用者1人に1日1万円、派遣会社の社員5人に2万円払うとして、1日60万円。1ヵ月を25日と計算して、大まかに1,500万円がまるまる無駄になったといえる。

 (4)それから1年後、はたらこねっとで探した仕事は、同じく60人と大量募集の同業務。研修後はテストがあり、結果が悪ければ解雇される。しかも、1ヵ月毎の更新だ。筆者はなんとか1ヵ月の更新を得たが、務めて1ヵ月を過ぎた時に、30代のフロアマネージャーから呼び出しがあった。彼から、一言。仕事が遅い、と。唖然。
 3週間の研修を終え、やっと実務に入ったばかり。仕事は避難者からの請求に基づき、被害額を算定するというもの。マニュアルがあり、難しくはないものの、請求書は毎日30件程度。しかも、請求書1件の作業は午前中いっぱいかければ十分。
 筆者がいたフロアでは、60人の派遣社員がいたが、どうも、半数以上に仕事が十分にはないようなのだ。研修が終わって配属された部署で、筆者が請求書に関わったのは4件のみ。その段階でクビだと言い渡された。それから約1カ月間、パソコン上にある研修プログラムで暇をつぶす羽目となった。

 (5)同僚に聞いたところ、30人いた同期入社が、1年経っても残っていたのは2、3人だったという。筆者の推測だが、国と東電との間で、1ヵ月間に費用はこれぐらいで、研修に何人雇う、という契約をしているのではないか。中高年は予算消化のために使い捨てにされているのではないか?
 フロアには、プライバシー漏洩に目を光らせる派遣会社職員が10人以上。
 暇な仕事と、多数の監督者の数から、国民の税金や電気料金を食い物にする実態が透けて見える。補償業務に係る費用を精査した上で、東電の役員、職員の給料を削る企業努力が必要だ。

□森川海守「原子力損害補償業務はホームズの赤毛組合? ~中高年派遣社員物語6~」(「週刊金曜日」2017年2月17日号)
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【派遣】中高年、手に資格を ~中高年派遣社員物語5~
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【派遣】中高年、手に資格を ~中高年派遣社員物語5~

2017年02月22日 | ノンフィクション
 (1)派遣会社で登録する際、書類には資格取得欄があるものの、ほとんど書くことがなくて困ることが多い。
 タッチタイピング(ブラインドタッチ)ができるかどうかも訊かれるが、筆者=森川海守氏は身に着けることができなかった。野口悠紀雄・一橋大学名誉教授は訓練すればやさしいとおっしゃるが、できない人はできない。
 筆者=森川海守氏の細君はタッチタイピングが難なくできる。派遣社員として働いていた頃、入力の速さを評価され、正社員に取り立てられたほどだ。

 (2)資格がないと、ありきたりの募集に応じるしかない。
 多いのが梱包・仕分け・検品等の軽作業や、組立・加工等の製造業で、時給は安い。コールセンターでの電話受付の仕事も多い。受信対応(カスタマーサポート)と発信対応(テレフォンアポインター)があり、敬語やセールストークが求められ、高度な技術が必要だ。経験があれば高給だ。

 (3)筆者が持っていたのは普通自動車免許だが、以前自損事故を起こしたことがあり、運転から遠ざかっている。仕事をする上で必要な場合があり、日常車に乗り慣れている人、都内の地図に詳しい人なら、配車・配達等のドライバー等の時給が高い仕事が望める。フォークリフト等の免許があれば、仕事も広がる。
  (a)小型船舶操縦士免許:船に関する業務にはオファーがあったが、船に関わる仕事に興味があるとか、業務経験がないと役立たない。
  (b)環境カウンセラー:役立たない。筆者の業務では、技術士の資格が必要だったが、最初に勤めたコンサルタント会社から取るように勧められたことはなかったし、取る時間的余裕もなかった。
  (c)TOEIC700点以上:JICA等の海外での高給な仕事に就ける。
  (d)プログラミングの資格:これは資格だけでなく、仕事として業務に就いた経験があるかどうかを問われる。資格と経験があれば、高給取りである。中高年であっても、年齢的に若ければ、資格を持っているだけでも就職できる可能性が広がる。筆者はある写真作成の専門会社で、設計図を作成できる無料ソフトの「JW-CAD」を学ぶ機会があり、1ヵ月で自在に設計図を作れるようになったものの、仕事探しをしてみると、有料ソフトの「AutoCAD」の募集が多い上に、設計等の基礎知識や経験が求められ、就職には至らなかった。

 (4)簿記の資格があり、経理ができれば、仕事の選択も広がる。編集の経験や、デザインに強みがあって、ホームページ作成もできれば、自宅勤務も可能になってくるし、起業もできる。
 筆者は、「ホームページビルダー」というソフトを購入し、テキストも読んでみたものの、思うように作れない。研修を受けないと操作が難しい。
 ハローワークでも、もっと中高年向けの訓練の機会を増やしてもらいたい。

□森川海守「中高年、手に資格を ~中高年派遣社員物語5~」(「週刊金曜日」2017年2月10日号)
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 【参考】
【派遣】ハローワークは使えるか? ~中高年派遣社員物語4~
【派遣】転職・就職サイトに登録しまくる ~中高年派遣社員物語3~
【派遣】FXでの損が運の尽き ~中高年派遣社員物語2~
【派遣】余はいかにして派遣社員となりしか ~中高年派遣社員物語1~

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【派遣】ハローワークは使えるか? ~中高年派遣社員物語4~

2017年02月06日 | ノンフィクション
 (1)筆者(森川氏)は、ハローワークにたびたび通った。
 中高年に役立つかどうか、検証してみたい。

 (2)問題点は、
  (a)営業時間。中高年の場合、どうしても土日、あるいは仕事が終わってから行くことになる。18時以降もやっているところや、土日も相談に応じてくれるところは少ない。
  (b)筆者(森川氏)のような調査研究等のコンサルタント系は登録職種にない。いつも仕事を探すのに苦労する。職種の登録方法を見なおし、求人情報検索の機能を高めてもらいたい。

 (3)最近、ハローワークでも遠方の派遣会社に登録に行ったら、社長に、「求人票に年齢不問とあるが、実は求人企業は若い女性を希望している。この仕事は若い女性には無理だと企業によく言い聞かせる」と言われた。面接後、電話が来て、「やはり求人企業は若い女性を希望している」と言われ、就職できなかったことがある。交通費と半日の手間賃を支払ってほしい、と憤慨したものだ。
 普通、ハローワークからの紹介で面接に行けば、大方、希望がかなう。しかし、派遣会社が仲介するようになると、派遣会社の面接と、(職場訪問という名目で)求人会社の面接があり、二度の手間と交通費がかかる。求職者から見ると、一度の手間ですむハローワークよりかなり厄介だ。

 (4)実際のところ、ハローワークの求人票にある「年齢不問」や「経験不問」は信用できない。
 年齢・経験に関係なく応募してみると、まったく相手にされていないことに気づく。経験者優遇とか、中高年者が活躍している職場であるとか、女性の多い職場であるとか、求人票に書き入れることができないものか。
 せめて、ハローワークの職員には求人企業の正直な希望がわかる仕組みを作ってほしい。求職者は中高年であることを電話などで伝えて、問題ないかどうかを確認してほしい。伝えていない職員を時々見かける。

 (5)履歴書、職務経歴書、自己PRを書き、さらに交通費を使ってハローワークまで紹介状をもらいに行き、封筒に92円の切手を貼って、それらを送付するという手間を想像してほしい。中高年の雇用を考えていないならば、はじめからそれと分かる仕組みを作るべきだ。
 しかも、面接が決まるまで、書類送付後2週間以上は必要で、今のインターネット事情に合わない。ハローワークが求人企業に電話するような、民間なみの職業紹介ができないか。
 せめて、ハローワークの紹介状がないと応募できない仕組みは見直す必要がある。ハローワークに登録する際、必ず職員との面談があるのだから、その段階で経歴や自己PR、どんな話し方をしているかをチェックして、ハローワークでも紹介できると見極めたら、原則、紹介状をメールで送付できないか。ぜひ検討してもらいたい。

□森川海守「ハローワークは使えるか? ~中高年派遣社員物語4~」(「週刊金曜日」2017年2月3日号)
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 【参考】
【派遣】転職・就職サイトに登録しまくる ~中高年派遣社員物語3~
【派遣】FXでの損が運の尽き ~中高年派遣社員物語2~
【派遣】余はいかにして派遣社員となりしか ~中高年派遣社員物語1~

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【派遣】転職・就職サイトに登録しまくる ~中高年派遣社員物語3~

2017年02月05日 | ノンフィクション
 (1)FX(外国為替証拠金取引)で大損した筆者(森川氏)は、4年間の海外勤務で得た小金で購入したマンションのローン返済や生活費にも困り、すぐにでも職を見つけようとインターネットで探した。
 60歳で定年を迎えた人にも、年金が全額もらえる65歳までどのように職を探すかは、知りたいテーマではあるまいか。

 (2)まずは派遣会社に登録するが、これがなかなか面倒なのだ。会社ごとに登録項目や書き方などが異なり、1社を登録するのに優に1時間以上かかる。派遣会社で話し合ってフォーマットを統一し、自宅のパソコンで作成した履歴書や職務経歴書をコピー&ペーストすればすぐに登録できるシステムを作れないか。
 また、ネットでの登録後、派遣会社に行かないと正式登録にならないが、その際の交通費は自腹だ。法律で交通費支給を明文化してもらいたい。
 交通費が出ないどころか、派遣会社に行ってみたら、実はまだ仕事が決まっていない。官庁の入札待ちの仕事だ、と言われて唖然としたこともある。こういう場合、入札待ちの仕事であることを求人票に明確に書き込んでもらいたい。

 (3)すぐにお金がもらえる短期の仕事が専門の派遣会社としては、「ヒューマントラスト」や「ネオキャリア」がある。登録すると、前者は毎日メールが届き、したい仕事があればすぐに電話で申し込む。早い者勝ちである。応募者がいない場合は交通費支給など、条件がよくなる。

 (4)昔からリクルートの職業紹介は有名だ。「マイナビ転職」や「リクナビNEXT」などは、企業からのオファーもあるシステムで便利だ。
 事実、筆者(小型船舶操縦士免許保持者)も、この免許保持者を探していた企業からオファーを得て、すぐに面接が決まり、正社員に決まったことがある。
 しかし、どのような年齢層が望まれているかが明確でなく、申し込んでもほとんど空回りで、一度も決まったことがない。どうやら、リクルートの転職の主眼は、中高年にはないようだ。

 (5)その点、「はたらこねっと」の求人サイトは便利だ。この会社はいろいろな派遣会社の求人を紹介していて、どのような人材が求められているのか、中高年でも応募できるのか、職場はどのような年齢層が多いのかが明確で、実際、現在働いているところも、ここに掲載された派遣会社に応募して決まった。
 登録すると、毎日仕事を紹介するメールが届くが、希望分野だけでなく、関連分野も紹介してくれる。求人サイトの画面も見やすい。応募すれば、2、3日で返事がもらえるのもよい。

 (6)その他、環境関連の仕事では「グレイス」が、調査研究職では「WDB」に定評がある。
 後者はしかし、生物・化学等の理系専門で、若い時に自動車関連の事故の研究職を紹介してもらい、研究員主任に抜擢されたこともあるが、ここの求人票も、中高年が応募できるのかが明確ではなく、後のフォローも少なくなる。

□森川海守「転職・就職サイトに登録しまくる ~中高年派遣社員物語3~」(「週刊金曜日」2017年1月27日号)
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 【参考】
【派遣】FXでの損が運の尽き ~中高年派遣社員物語2~
【派遣】余はいかにして派遣社員となりしか ~中高年派遣社員物語1~


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【派遣】FXでの損が運の尽き ~中高年派遣社員物語2~

2017年02月04日 | ノンフィクション
 (1)筆者(森川氏)は、41歳にして教師から大学院修士を経て、民間の廃棄物調査研究所の研究員になった。しかし、待ち受けていたのは、高橋まつりさん(自殺した電通社員)の仕事量に匹敵するほどの過酷な仕事だった。
 残業はすべてサービス残業。朝定時に出社し、夜は終電車で帰る。しかも、6年目にリストラにあって職を追われた。まだ独身。結婚相手を見つける暇などなかった。

 (2)いつかは海外で環境の調査をしたいと思っていた筆者は、それまでに貯めた700万円の貯金を基にして、3ヵ月かけて6ヵ国を2週間で調査するヨーロッパ取材旅行計画をたてた。メールで中央省庁等の役人に面会予約をとり、1日5万円支払って通訳を雇い、取材しない日はスキー等の観光もするという旅行だ。
 旅行後は、貯金を崩しながら調査結果を雑誌に発表。並行してさる会社の契約社員になった。仕事があるときだけ契約社員になるという待遇。ここで海外にグループ派遣してもらおうという企画があり、2年近い営業のおかげで海外で働けることになった。
 小金を貯めて帰国した。

 (3)これを機会に、海外長期滞在記を本にしようと出版社に掛け合い、2年間かけて自宅で執筆。その間はFX(外国為替証拠金取引)で儲けようと軽く考えていた。
 リスクのある取引は、最初はそこそこに儲けるのである。
 ところが、アベノミクスが登場して、口先介入したため、突然、円高から円安に急転落。円高予想の筆者は、もろに損が出た。
 損が出た時は、損を出して取引を切る自動損切りができるんどあが、その手続きをしていなかった筆者は、この円安に耐え切れず、なんと一挙に数百万円の損を出した。・・・・証券会社には言っておきたい。素人衆向けには、自動損切りの手続きを義務化すべきだと。
 さらに保証金の支払いが迫ったため、銀行からも借金して傷が広がった。生活費までFXに賭けていた筆者は、一挙にお金が不足。これはもう明日から働かなければいけないぞ、となり、今から6年前、60歳という中高年になて派遣社員になってしまった。

 (4)こんな損を出したのだから、読者の皆さんにはFXに手を出してはいけません、と申し上げるのが筋だろうが、自動損切りをしていたら、こんな目にはあっていないはず。だから、資金があり、新聞をよく読んでいる人なら、FXは宝くじより儲かる。
 ただし、筆者のように明日の生活費までつぎ込んではいけない。
 不幸は続いてやってくる。出版を約束してくれた出版社の社長は、出版不況のもと、闇金融にまで手を出して倒産。東京を後に、故郷に出奔してしまった。

□森川海守「FXでの損が運の尽き ~中高年派遣社員物語2~」(「週刊金曜日」2017年1月20日号)
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【派遣】余はいかにして派遣社員となりしか ~中高年派遣社員物語1~



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【派遣】余はいかにして派遣社員となりしか ~中高年派遣社員物語1~

2017年01月31日 | ノンフィクション
 (1)60代なかば、現役の派遣社員。名前を公にできない。若い頃から作家志望、中年になって環境保護に目覚めたので、「森川海守」というペンネームを創造した。森から始まり、川、海へとつながる生態系全体を守るぞ、という心意気だ。
 この連載でも、悲喜こもごもの中高年派遣社員の実体を述べ、中高年の悲哀から始まって、この国のあり方まで俎上に載せたい。ゆくゆくはアベノミクスさん=安倍首相に届け、派遣社員の待遇改善を図りたい。

 (2)筆者(森川氏)が派遣社員になった理由から始めるが、実は生い立ちから話さないと始められない。
 筆者は幼児期に親から見棄てられ、カトリックの施設に保護されて育ち、中学卒業後は施設を出て、たった一人で社会の荒波に漕ぎ出した。要するに天涯孤独な身の上なのだが、最近、ひょんなことから何と、60年前に生き別れた姉2人に出会えた。
 とまれ、施設を出て身寄りもない筆者は、定時制高校に通いながら、プレス機の職工や温度計製作会社に勤めた。いずれも正社員だった。
 大学進学のため、牛乳・新聞配達のアルバイトに転じたものの、筆者の若い頃は高度経済成長時代で、企業に勤めれば、それは正社員だった。
 新聞配達等のアルバイトをしながら、結局3浪して、やっと大学に入学できた。卒業したのは28歳だった。随分と歳の遅い、親のいない、ツテも何もない人間だったが、東京・丸の内の東京海上の高層ビルにあった外資系保険会社の営業員に採用された。

 (3)研修後は埼玉支店に配属され、新規代理店、顧客開拓の仕事をした。支店にいても仕事はないので、出勤後はすぐに店を出て、まったくの飛び込みで旅行代理店や中古自動車店で新規代理店に勧誘し、レストランや団地ではドアを叩き、保険を売り込んだ。
 難しい仕事かと思いきや、実はそうでもない。突然ドアを叩かれ、保険を売り込みに来ました、と言われたら、普通は驚くが、驚かない人もいる。セールストークに乗せられ、そのままお金を払って火災保険等に入る人がいるのである。

 (4)こうして毎日、新規の顧客を開拓、1年もしないうちに毎月新規代理店を開拓するまでになった。おかげで人見知りだった筆者は、営業の基本を学ぶことができた。
 しかし、3年で、営業には向かないこと、保険料率のうさんくささを悟り、勤めながら通信教育で教師の資格をとった後は、塾の講師を経て、地方の高校教師を6年間勤めた。
 ここで環境問題に目覚め、38歳で大学院に入学。修了後は41歳にして民間の廃棄物調査研究所の研究員になった。

□森川海守「余はいかにして派遣社員となったか ~中高年派遣社員物語1~」(「週刊金曜日」2017年1月13日号)
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【成功譚】極貧の幼少期から世界一のカレー屋に ~宗次徳二~

2016年11月18日 | ノンフィクション
 (1)「カレーハウス CoCo壱番屋」は国内1,285店、海外156店を展開する。その創業者は宗次徳二氏(68)は、3歳で孤児院から養父母に引き取られ、ロウソクの明かりで暮らし、野草を食べて飢えをしのぐ極貧生活を経験した。そこから如何にして、カレー専門店では業界トップ、世界一の店舗数を誇る壱番屋を築き上げたのか。

 (2)宗次徳二氏の最も古い記憶は夜逃げだ。4歳か5歳、母に手を引かれ、駅からの道を歩いていた。岡山県玉野市の新居に向かうところだ。
 父は競輪狂いで、日雇い仕事でもらう日当400円ほどのうち300円はすぐ車券に化けた。母は魚の行商で家計を支え、自転車の後ろにトロ箱を重ねて天秤棒を担ぐ後ろを氏もついていった記憶がある。
 あるとき畑のなかで、父が棒で母を何度も叩く光景を見た。その日から母はいなくなった。
 父は氏のことなどほったらかしで、食べ物がなくてガリガリに痩せていた。家に米がないときは、うどん粉を練って焼いて食べた。
 空腹をまぎらすために、隣家のラジオによく耳を傾けていた。窓からその家族が食卓を囲む様子が見えて、その母親が玉子を溶いて子どもたちのご飯にかけている光景は今も鮮明に覚えている。羨ましいと思いながらも、妬む気持はなかった。うちは違うんだから、と割り切っていた。
 学校は給食だが、たまに弁当の日があって、食べ物がない氏は校庭でみんなが食べ終わるのを待った。
 それほど貧しくても、明るい性格のせいか、いじめられた記憶はない。遠足では同級生の女の子が氏の分まで弁当を持ってきてくれ、担任の先生が氏にだけお菓子をくれたことがあった。
 生活保護を受けていたが、父が家賃を払わないので、何度も夜逃げした。近所の人は初めは氏に親切にしてくれるが、乱暴者の父がすぐトラブルを起こし、誰も近寄らなくなる。
 小学2年生のとき、失踪した母の居所がわかって名古屋に引っ越し、また親子3人で暮らすことになったが、母はしばらくするとまた出ていった。
 父と二人の生活に戻ると、電気を止められ、夜はロウソクの明かりで過ごした。銭湯は週1回行けばいいようで、夏はいつも井戸水で行水していた。相変わらず食べ物はないので、小学校の高学年になると、川の堤防沿いに生えているイタドリなどの野草を食べ、柿などをもいで飢えをしのいだ。
 父にはよく叩かれた。それでも親は好きだから恨む気持はなく、中学生になっても一切反抗しなかった。
 その父母が実の親ではないと知ったのは15歳のときだ。高校に入る準備で戸籍謄本を取ってくると、親の欄には見知らぬ男女の名があり、自分の名前と生年月日も違う。自分の名は「基陽(もとはる)」だと思っていたが、「徳二」と書いてあった。
 胃癌で入院していた父に尋ねると、3歳のとき孤児院から引き取って養子にしたと聞かされた。名を変えたのは、ギャンブルで負けが続いたから、という理由だった。
 戸籍や父の話から、自分が石川県で生まれ、兵庫県尼崎市の孤児院にいたとわかった。しかし、それ以上出自に対する関心はなかった。
 父の入院後、氏は母と暮らすようになり、ようやく電灯がともる生活になった。バレーボール部の友だちが豆腐屋だったので、登校前や休みの日にアルバイトをさせてもらった。養父が亡くなったのは、高校1年の夏のことだった。

 (3)高卒後、不動産販売の会社に就職し、21歳で大和ハウス工業の名古屋支店に転職した。ここで結婚し、その翌年、24歳で会社を辞め、新居の1階に不動産仲介業の事務所を構えた。当時は「列島改造論」で空前の土地ブームだったから、建売住宅などで利益をあげることができた。
 商売が面白くなり、妻・直美と「現金商売もやってみたいね」と話すうちに喫茶店を開くことに決めた。店は主に妻が運営し、氏も不動産業のかたわら手伝おうと考えたのだ。
 1974年に名古屋市内で喫茶店「バッカス」をオープンした。初日、開店と同時に大勢の客が押し寄せてきた。その光景を見て「これは楽しい。自分にとっての天職ではないか」と直感した。氏は翌日から不動産屋のスーツを脱ぎ捨て、ポロシャツ姿で店のカウンターに座った。
 名古屋の喫茶店にはコーヒーにつまみ、モーニングサービスと称してトーストとゆで卵がついたが、「バッカス」ではそういうサービスは一切しないで、ピーナッツ小皿に30円の値段をつけた。「金をとるのか」と不満を言う客がいたし、銀行の融資担当者からも強く反対された。
 しかし、オマケや安売りで来てもらうのではなく、心のサービスで客に必要とされる店、いつも笑顔あふれる店で勝負したかった。
 〈例〉自分専用のカップを購入してキープできる「マイカップサービス」では棚に160種類ものカップが並んだ。接客も含めて、他店と違う“素人商法”でも、徐々に客が増えて、常連客もちゃんとついてくれた。
 10ヵ月後に2店目をオープンして繁盛店になると、さらに売上げを伸ばすため、軽四輪車で出前サービスを始めた。このときメニューに加えたのがカレーライスだ。初めに業務用のカレーをいくつか試すと、味に納得できなかった。そこで思いついたのが、妻が新婚当時よく作ってくれたカレーだ。商品として出してみると大変な評判で、喫茶店でも注文が増えた。「これはいける」と手応えを感じて、1978年にオープンしたのが「カレーハウス CoCo壱番屋」1号店だ。

 (4)ここでも独自のアイデアで店づくりに励んだ。ルウの辛さは甘口、普通、1辛から5辛を選べるようにする。ご飯の量も100グラムごとに選べる。これらにちゃんと料金の差をつける。それまでのカレー専門店にはなかったシステムだ。
 1店舗の売上が1日6万円を超えたら次の店を出すと決めてスタートしたが、これが大変な苦労で、当初の目標どおり2号店を出したのは1年後だった。その後も同様な目標を掲げ、ひたすらその達成を目指した。振り返ったら、「あ、すごいことになった」と気づくようなものだ。成功の秘訣を聞かれて、氏がいつも「成り行きですね」と答えるのは実感だ。
 むろん、経営の苦労を語り出せばキリがない。一人息子を授かったときはカレーハウス3店舗の応援に忙しい頃で、妻は身重で厨房に入り、経理担当として金銭管理や資金調達に奔走していた。生まれたときは4号店ができていて、赤ん坊の口に哺乳瓶をくわえさせて店に出るようなこともあった。いま思えば、危ないことをしていた。
 現場主義という点では、アンケートはがきなどで寄せられる客の声も大切なことの一つだ。各店に置かれたアンケートはがきは社長宛に送られ、そのすべてに目を通した。1日千通を超えると、読むだけで3時間以上かかる。その時間を捻出するために、毎朝5時に出勤した。アンケートの大多数は褒める言葉だが、なかには厳しいクレームや苦情があって、それが店舗運営や独自のアイデアに役立つ。
 株式上場を決めた1998年、氏は会長に退き、妻・直美が社長に就いた。喫茶店を始めて25年目、氏が50歳となり、500店舗を達成した年だ。
 2002年、2号店の頃に19歳で入社した現社長が育ったと判断し、壱番屋の経営から引退した。
 以後、ストレスがない。高校時代から好きだったクラシック音楽のため、2007年に30億円の私財を投じ、名古屋にクラシック専門の「宗次ホール」を建てた。現在はその運営やNPO法人の活動で忙しくしている。

□宗次徳二「極貧の幼少期から世界一のカレー屋に」(「文藝春秋」2016年12月号)
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【中央アジア】田中哲二『キルギス大統領顧問日記 ~シルクロードの親日国で~』

2016年09月15日 | ノンフィクション
 
 古い倉庫を始末し、新しく設置した際、古い倉庫から出てきた本の一。

 毎日出版文化賞を受けた服部正也『ルワンダ中央銀行総裁日記』(中公新書、1972)と同じく、国際通貨基金(IMF)から派遣された日本銀行マンの回想録である。
 著者は、1993年、キルギス共和国国立銀行最高顧問として派遣され、後に大統領顧問となった。
 キルギス共和国は、旧ソ連解体後に独立した国で、中央アジア5か国の一つ。東部は中国と接し、他の三方はカザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタンと接する。面積は日本の半分、人口は460万人(当時。以下同じ)である。ちなみに、首都はビシュケク市で、人口は65万人である。
 経済力は東南アジア諸国連合(ASEAN)に及ばない、というのが着任第一印象であった。なにしろ、大統領の月給が80ドルなのだ。後に、キルギスは<政治、経済、軍事、国民福祉、外交機能等のすべてをワンセットで揃えた国になりうるだろうか><中央アジア諸国が緩やかな国家連合体としておのおのの特徴機能を生かして共生していくことだけに活路があるのではなかろうかと思う>と考察する。
 しかし、都市の基礎的インフラは整備され、教育水準は高く、芸術・スポーツの水準も高かった。はたして打てば響く人材と出会い、独立国に必要な財政上のシステムを次々に提案していく。こうした職務をはたす中で親日家を増やしていき、1995年には日本センターを開設して初代館長に就任した。日本語講座の修了生は著者離任時点で500人を数えた。また、キルギス人学生を日本へ送りこみ、帰国後も国立政策大学院大学客員教授として留学生の招聘に努め、手弁当で講義にでかけている。
 著者の奮闘はさわやかだが、発展途上にあるキルギスのお国柄やそこに生きる人々も魅力的だ。

□田中哲二『キルギス大統領顧問日記 ~シルクロードの親日国で~』(中公新書、2001)
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 ※参考
 
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