語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】米国とイランの接近  ~「イスラム国」で中東が大混乱(2)~

2015年01月25日 | ●佐藤優
 (5)「イスラム国」(IS)といっても国家ではない。イラクのスンニー派地域に「イラクのイスラム国」という名のごく少数の勢力として存在していて、支持拡大は果たせなかった。
 ところが隣国シリアで紛争が始まったので、シメタ、とばかりに潜り込んでいった「シャーム(シリア・イラク地域)のイスラム国」と名前を変えて。
 反政府勢力に入り込んで、横取りしていった。「反政府勢力」と称しながら、アサド政権と戦わず、共通の敵を持つはずの自由シリア軍を攻撃して、陣地をどんどん取った。だから、実はアサド政権から支援を受けているのか、という説まで出た。しかし、実際はそうではなかった。なのに、まるで親アサド派であるかのように勢力をどんどん伸ばし、イラクに凱旋した。この過程で、中東各国どころか、世界各地から「聖戦に参加したい」という若者たちを集めて、組織を大きく拡大した。
 「イスラム国」は、マリキ政権(シーア派)によって不利な立場に追いやられていたスンニー派の支持を受け、イラク北西部を制圧し、首都バグダッドに向けて進軍を開始した。一時は、イラク政府軍が総崩れになるところまで行った。
 「イスラム国」は、もともとアルカイダ系だったが、余りの特殊さと残虐さゆえに、アルカイダからも破門されてしまった。イラク北西部で捕虜にしたイラク軍兵士や警察官1,700人を処刑し、その映像をネットで公開したのだ。さらには、米国のジャーナリストや英国のNGOメンバーを斬首する映像を流して、世界に衝撃を与えた。
  
 (6)シリアは2014年6月3日に大統領選挙を実施し、初めて複数の大統領候補が出たことを世界に誇示した。ダマスカスから北西部に至る地域においても、人々がちゃんと投票に行った。現政権が実効支配していることを国際社会に知らしめた。近い将来にアサド政権がつぶれることはない、ということが明らかになった。
 この事態を受けて、「イスラム国」の連中は、シリアより国家統治能力の機能が弱いイラクに移動した。この移動の目的に、油田の獲得もあった。「イスラム国」はシリア最大のオマル油田を押さえたが、日量7万バレル程度にすぎない。イラクの油田は桁違いで、クルド族が押さえているキルクーク油田だけでも、日量数十万バレルを産出できる。「イスラム国」はイラクの油田を押さえることで、大きな資金力を持った。

 (7)シリア、イラク問題が重要なのは、中東全体の構図が大きく変わりつつあることを示しているからだ。米国とイランの接近だ。
 サダム・フセインが打倒された後、移行政府を経て、2014年8月までイラクを統治していたマリキ政権は、米国の傀儡だ。傀儡にもかかわらず成り立っていたのは、宗教がシーア派12イマーム派で、イランの国教と一緒だったからだ。イランもマリキ政権を支援した。世界的に見ても珍しいことに、米国とイランの両方からサポートを受けたのだ。
 そうした不可思議で、かつ外からは見えなかったパワーバランスが、今回「イスラム国」が前面に出てきたことによって、すべて露見してしまった。
 「イスラム国」が支配したのは石油産出地区だ。混乱が生じて、石油価格が上がった。
 興味深いことに、ロウハニ・イラン大統領は、6月14日、記者会見で「対テロ対策だったら米国とも協力できる」と発言した。ロウハニは、ハタミ政権時代、国際社会との交渉役になり、オバマ大統領とも電話会談したり、雪解けの流れを推進している。同日、米国は、空母と巡洋艦をペルシャ湾に派遣すると言明した。7月7日、ラフサンジャ・イラン元大統領が、朝日新聞の単独インタビューで、イラク問題について「必要であれば米国と協力する」と述べた。
 今や、米国もイランと仲良くしたい。ところが、米国とイランが仲良くすると、イランと反目している親米国サウジアラビアが怒る。・・・・米国は、そういうジレンマに陥っている。

□池上彰・佐藤優『新・戦争論』(文春新書、2014年11月20日)の「第4章 「イスラム国」で中東大混乱」
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 【参考】
【佐藤優】シリア問題 ~「イスラム国」で中東が大混乱(1)~
【佐藤優】イスラム過激派による自爆テロをどう理解するか ~『邪宗門』~
【佐藤優】の実践ゼミ(抄)
【佐藤優】の略歴
【佐藤優】表面的情報に惑わされるな ~英諜報機関トップによる警告~
【佐藤優】世界各地のテロリストが「大規模テロ」に走る理由
【佐藤優】ロシアが中立国へ送った「シグナル」 ~ペーテル・フルトクビスト~
【佐藤優】戦争の時代としての21世紀
【佐藤優】「拷問」を行わない諜報機関はない ~CIA尋問官のリンチ~
【佐藤優】米国の「人種差別」は終わっていない ~白人至上主義~
【佐藤優】【原発】推進を図るロシア ~セルゲイ・キリエンコ~
【佐藤優】【沖縄】辺野古への新基地建設は絶対に不可能だ
【佐藤優】沖縄の人の間で急速に広がる「変化」の本質 ~民族問題~
【佐藤優】「イスラム国」という組織の本質 ~アブバクル・バグダディ~
【佐藤優】ウクライナ東部 選挙で選ばれた「謎の男」 ~アレクサンドル・ザハルチェンコ~
【佐藤優】ロシアの隣国フィンランドの「処世術」 ~冷戦時代も今も~
【佐藤優】さりげなくテレビに出た「対日工作担当」 ~アナートリー・コーシキン~
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